上 下
16 / 30

第16話:帰還報告と王都のざわめき

しおりを挟む
 南部峡谷での騒動から数日後、セシルとオズワルドは王都グリーヴァへと帰還した。
 アーロンも護衛兵たちと合流し、一連の経緯を報告するために宮廷へ足を運ぶ。

 ◇

 王宮の執務室で、国王と重臣たちが出迎えるなか、オズワルドが先に口火を切った。

「南部峡谷地帯での魔物襲撃は、迅速な援軍と現地の協力により撃退成功しました。被害は最小限に留まりました」

「うむ、まずは無事でなによりだ。セシル、お前もよくやったな」

 国王の言葉に、セシルは深くお辞儀をして応える。

「ありがとうございます。まだまだ課題は多いですが、地形や住民の声を聞けたことで、今後の整備計画が具体的になりそうです」

「よし、期待しているぞ。完成した計画は、新設の災害管理局で協議し、予算化を図ろう」

 国王が満足そうに頷き、重臣たちも熱心にメモを取っている。

「将軍、すでに次の視察先を考えているのか?」

「はい。セシルと協力し、峡谷だけでなく森林地帯や港湾部の状況も確認する予定です。被害やリスクは地域ごとに異なりますから」

「うむ。あまり無理をせずにな」

 国王とオズワルドのやりとりを耳にしながら、セシルは自分に与えられた役割の大きさを改めて感じていた。

 ◇

 執務室を後にしたセシルは、アーロンとともに官庁街の自分の執務室へ向かう。
 そこには見慣れた書類の山が待ち構えており、帰還したその日から早速仕事が目白押しだった。

「おかえりなさい、セシル様。早速ですが、こちらに目を通していただけますか。商業ギルドから物資調達についての相談が来ています」

 職員がそう言って渡してきた書類を、セシルは受け取りながら苦笑する。

「ただいま戻りました。南部の視察レポートもまとめたいので、一緒に進めましょうか。アーロン、時間はあります?」

「もちろん、お手伝いします。休む間もなく……ですが、セシル殿が疲れていないか心配ですよ」

「むしろ、こうして動いているほうが安心です。やるべきことがあるって幸せですから」

 セシルの言葉に、アーロンは感心したように笑みを浮かべる。
 官吏になってからというもの、セシルは常に前を向いている。
 その姿が周囲を鼓舞していることを、本人はあまり意識していないようだった。

 ◇

 そんな忙しない日常の合間に、セシルはしばしば思い返す。
 峡谷での夜、オズワルドと共に戦況を見守りながら、お互いに言葉をかけ合ったあの特別な瞬間。
 信頼や安堵だけでなく、まるで胸がときめくような感覚があった。
 これまで仕事一筋で、そんな気持ちを抱くことはなかったのに――。

「私……オズワルド将軍のこと、少し気になっているのかもしれない」

 書類に向かいながら、セシルは心の中で小さく呟く。
 それが恋なのか、ただの仲間意識なのか、まだはっきりしない。
 けれど、彼の存在を近くで感じるだけで、不思議な力をもらえるのは事実だった。

 ◇

 しかし、王都に戻ったセシルを待ち受けるのは、単に忙しさだけではなかった。
 ラヴィーニア王太子レナードの動向や、グリーゼ王国の一部貴族たちによる思惑――さまざまな政治の駆け引きが、水面下で渦巻いている。

「セシル様、またラヴィーニア王国から使者が来ているそうです。今度は王子殿下ではなく、他の公務官が随行していて……」

 職員からそう告げられ、セシルは微かな息をつく。
 レナードがこの国での様子を探っているのだろうか。
 何か胸騒ぎを感じながらも、セシルは冷静に対応することを決めた。

「わかりました。必要なら面談を設定してください。今はグリーゼ王国の官吏として、礼を尽くしてお話しします」

 そう口にしながら、セシルは背筋を伸ばし、自分の立場を再確認する。
 かつてはレナードに振り回されていたが、今の彼女は違う。
 自分の意思で、この国に貢献するのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

恋人に夢中な婚約者に一泡吹かせてやりたかっただけ

恋愛
伯爵令嬢ラフレーズ=ベリーシュは、王国の王太子ヒンメルの婚約者。 王家の忠臣と名高い父を持ち、更に隣国の姫を母に持つが故に結ばれた完全なる政略結婚。 長年の片思い相手であり、婚約者であるヒンメルの隣には常に恋人の公爵令嬢がいる。 婚約者には愛を示さず、恋人に夢中な彼にいつか捨てられるくらいなら、こちらも恋人を作って一泡吹かせてやろうと友達の羊の精霊メリー君の妙案を受けて実行することに。 ラフレーズが恋人役を頼んだのは、人外の魔術師・魔王公爵と名高い王国最強の男――クイーン=ホーエンハイム。 濡れた色香を放つクイーンからの、本気か嘘かも分からない行動に涙目になっていると恋人に夢中だった王太子が……。 ※小説家になろう・カクヨム様にも公開しています

私が妻です!

ミカン♬
恋愛
幼い頃のトラウマで男性が怖いエルシーは夫のヴァルと結婚して2年、まだ本当の夫婦には成っていない。 王都で一人暮らす夫から連絡が途絶えて2か月、エルシーは弟のような護衛レノを連れて夫の家に向かうと、愛人と赤子と暮らしていた。失意のエルシーを狙う従兄妹のオリバーに王都でも襲われる。その時に助けてくれた侯爵夫人にお世話になってエルシーは生まれ変わろうと決心する。 侯爵家に離婚届けにサインを求めて夫がやってきた。 そこに王宮騎士団の副団長エイダンが追いかけてきて、夫の様子がおかしくなるのだった。 世界観など全てフワっと設定です。サクっと終わります。 5/23 完結に状況の説明を書き足しました。申し訳ありません。 ★★★なろう様では最後に閑話をいれています。 脱字報告、応援して下さった皆様本当に有難うございました。 他のサイトにも投稿しています。

妹の身代わり人生です。愛してくれた辺境伯の腕の中さえ妹のものになるようです。

桗梛葉 (たなは)
恋愛
タイトルを変更しました。 ※※※※※※※※※※※※※ 双子として生まれたエレナとエレン。 かつては忌み子とされていた双子も何代か前の王によって、そういった扱いは禁止されたはずだった。 だけどいつの時代でも古い因習に囚われてしまう人達がいる。 エレナにとって不幸だったのはそれが実の両親だったということだった。 両親は妹のエレンだけを我が子(長女)として溺愛し、エレナは家族とさえ認められない日々を過ごしていた。 そんな中でエレンのミスによって辺境伯カナトス卿の令息リオネルがケガを負ってしまう。 療養期間の1年間、娘を差し出すよう求めてくるカナトス卿へ両親が差し出したのは、エレンではなくエレナだった。 エレンのフリをして初恋の相手のリオネルの元に向かうエレナは、そんな中でリオネルから優しさをむけてもらえる。 だが、その優しささえも本当はエレンへ向けられたものなのだ。 自分がニセモノだと知っている。 だから、この1年限りの恋をしよう。 そう心に決めてエレナは1年を過ごし始める。 ※※※※※※※※※※※※※ 異世界として、その世界特有の法や産物、鉱物、身分制度がある前提で書いています。 現実と違うな、という場面も多いと思います(すみません💦) ファンタジーという事でゆるくとらえて頂けると助かります💦

好きだと言ってくれたのに私は可愛くないんだそうです【完結】

須木 水夏
恋愛
 大好きな幼なじみ兼婚約者の伯爵令息、ロミオは、メアリーナではない人と恋をする。 メアリーナの初恋は、叶うこと無く終わってしまった。傷ついたメアリーナはロメオとの婚約を解消し距離を置くが、彼の事で心に傷を負い忘れられずにいた。どうにかして彼を忘れる為にメアが頼ったのは、友人達に誘われた夜会。最初は遊びでも良いのじゃないの、と焚き付けられて。 (そうね、新しい恋を見つけましょう。その方が手っ取り早いわ。) ※ご都合主義です。変な法律出てきます。ふわっとしてます。 ※ヒーローは変わってます。 ※主人公は無意識でざまぁする系です。 ※誤字脱字すみません。

婚約破棄を兄上に報告申し上げます~ここまでお怒りになった兄を見たのは初めてでした~

ルイス
恋愛
カスタム王国の伯爵令嬢ことアリシアは、慕っていた侯爵令息のランドールに婚約破棄を言い渡された 「理由はどういったことなのでしょうか?」 「なに、他に好きな女性ができただけだ。お前は少し固過ぎたようだ、私の隣にはふさわしくない」 悲しみに暮れたアリシアは、兄に婚約が破棄されたことを告げる それを聞いたアリシアの腹違いの兄であり、現国王の息子トランス王子殿下は怒りを露わにした。 腹違いお兄様の復讐……アリシアはそこにイケない感情が芽生えつつあったのだ。

【完結】私のことを愛さないと仰ったはずなのに 〜家族に虐げれ、妹のワガママで婚約破棄をされた令嬢は、新しい婚約者に溺愛される〜

ゆうき@初書籍化作品発売中
恋愛
とある子爵家の長女であるエルミーユは、家長の父と使用人の母から生まれたことと、常人離れした記憶力を持っているせいで、幼い頃から家族に嫌われ、酷い暴言を言われたり、酷い扱いをされる生活を送っていた。 エルミーユには、十歳の時に決められた婚約者がおり、十八歳になったら家を出て嫁ぐことが決められていた。 地獄のような家を出るために、なにをされても気丈に振舞う生活を送り続け、無事に十八歳を迎える。 しかし、まだ婚約者がおらず、エルミーユだけ結婚するのが面白くないと思った、ワガママな異母妹の策略で騙されてしまった婚約者に、婚約破棄を突き付けられてしまう。 突然結婚の話が無くなり、落胆するエルミーユは、とあるパーティーで伯爵家の若き家長、ブラハルトと出会う。 社交界では彼の恐ろしい噂が流れており、彼は孤立してしまっていたが、少し話をしたエルミーユは、彼が噂のような恐ろしい人ではないと気づき、一緒にいてとても居心地が良いと感じる。 そんなブラハルトと、互いの結婚事情について話した後、互いに利益があるから、婚約しようと持ち出される。 喜んで婚約を受けるエルミーユに、ブラハルトは思わぬことを口にした。それは、エルミーユのことは愛さないというものだった。 それでも全然構わないと思い、ブラハルトとの生活が始まったが、愛さないという話だったのに、なぜか溺愛されてしまい……? ⭐︎全56話、最終話まで予約投稿済みです。小説家になろう様にも投稿しております。2/16女性HOTランキング1位ありがとうございます!⭐︎

言いたいことはそれだけですか。では始めましょう

井藤 美樹
恋愛
常々、社交を苦手としていましたが、今回ばかりは仕方なく出席しておりましたの。婚約者と一緒にね。 その席で、突然始まった婚約破棄という名の茶番劇。 頭がお花畑の方々の発言が続きます。 すると、なぜが、私の名前が…… もちろん、火の粉はその場で消しましたよ。 ついでに、独立宣言もしちゃいました。 主人公、めちゃくちゃ口悪いです。 成り立てホヤホヤのミネリア王女殿下の溺愛&奮闘記。ちょっとだけ、冒険譚もあります。

【完結】「異世界に召喚されたら聖女を名乗る女に冤罪をかけられ森に捨てられました。特殊スキルで育てたリンゴを食べて生き抜きます」

まほりろ
恋愛
※小説家になろう「異世界転生ジャンル」日間ランキング9位!2022/09/05 仕事からの帰り道、近所に住むセレブ女子大生と一緒に異世界に召喚された。 私たちを呼び出したのは中世ヨーロッパ風の世界に住むイケメン王子。 王子は美人女子大生に夢中になり彼女を本物の聖女と認定した。 冴えない見た目の私は、故郷で女子大生を脅迫していた冤罪をかけられ追放されてしまう。 本物の聖女は私だったのに……。この国が困ったことになっても助けてあげないんだから。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※小説家になろう先行投稿。カクヨム、エブリスタにも投稿予定。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。

処理中です...