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第13話:南部峡谷への視察開始

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 翌週、セシルとオズワルドは南部の峡谷地帯を目指すため、数名の護衛兵を連れて王都を出発した。
 緑豊かな平野を抜け、徐々に切り立つ崖や岩壁が増える道のりを進んでいく。
 ここのところ天候は穏やかで、空は高く澄み渡っていた。

 ◇

 馬車の中で、セシルは今回の視察に関連する資料を確認している。
 峡谷地帯は土地が痩せて農業には不向きだが、川沿いの集落では鉱石採掘や染料作りが盛んらしい。
 ただ、地形の険しさと魔物の発生率が問題で、たびたび襲撃や事故が起こっているとのこと。

「このあたり、以前から魔物被害が多いとの報告がありますが、具体的にはどの種類が出没しているのでしょう?」

 セシルが馬車の扉越しに尋ねると、騎乗していたオズワルドが振り向く。

「主にオークやゴブリンの群れが多い。崖や横穴を住処にしているようだ。しかも最近は分布が広がっている可能性がある」

「なるほど……。それを踏まえると、護衛がしやすい街道の整備が急務ですね。集落も偏在しているから、道路建設の優先順位を見極めないと」

「お前がまとめている整備計画の参考になるはずだ。現地の人の声をよく聞くことが大事だな」

 オズワルドの言葉にセシルは頷き、「はい」と答える。

 ◇

 南部峡谷の入り口に差しかかったころ、一行は馬車を降りる。
 荒々しい岩山が目前に迫り、谷底には勢いよく川が流れているのが見えた。
 近くの小集落で宿泊を取りつつ、各地を回るという段取りだ。

「こちらが集落長のアルヴォスさんです。お世話になります」

 護衛兵の一人が案内した先には、やや小柄な初老の男性がいて、セシルたちを歓迎してくれた。

「ようこそ、遠路はるばるお越しくださった。魔物の件や、地滑りなどの災害について相談できるお方をお待ちしておりました」

「私、セシルと申します。国の災害管理に携わっています。少しお話を伺ってもよろしいでしょうか」

 セシルが丁寧に挨拶すると、アルヴォスは笑顔で頷く。
 集落の共用スペースへと移動し、周囲には何人かの住民が集まってきた。

「ここ数年、谷の上流側で大規模な地滑りが起きやすくなっております。また、崖の横穴からゴブリンが現れることも増えたんです」

「なるほど。地形の変化が原因でしょうか? 山の伐採や雨の影響などはありますか?」

「上流の鉱山開発が進んでおり、大雨が降ると土砂が流れやすくなるようです。加えて、魔物が荒らしているのかもしれません」

 セシルはこまめにメモを取りつつ、必要な情報を整理していく。
 オズワルドは周りを警戒する護衛兵に指示しながら、会話の内容にも耳を傾けていた。

「将来的にこの地域で道路を整備するとなると、地盤対策や護岸工事が欠かせませんね。あと、警備拠点の設置も検討したほうがいいかもしれません」

「ええ、そう思います。人々が安全に暮らせるようにしないと……」

 セシルの視線は真剣そのもので、その横顔をオズワルドが見守っている。

 ◇

 話し合いを終え、集落の実態が少しずつ見えてきたころ、一人の若い住民が慌てて駆け寄ってきた。

「大変です、山の中腹でオークの集団を見かけたとの通報がありました! ここから少し離れていますが、念のため注意が必要かと……」

 住民たちが不安そうにざわめく。
 オズワルドはすぐに護衛兵たちに動員指示を出し、数名を哨戒に向かわせた。

「セシル、集落の地形図はあるか? 万が一オークが下ってきた場合、どこを守ればいい?」

「はい、すぐに確認します」

 セシルは地図を広げ、急いで要点を探る。
 谷底には橋がかかっており、そこが唯一の村への入り口だ。
 もしオークが侵入してくるなら、橋か崖沿いからのルートが危険だろう。

「橋を抑えれば大半の侵入は防げると思います。あと崖沿いの道を見張る必要がありますが、そこは足場が悪いはず。兵を少数配置すれば充分かと」

「了解だ。護衛兵に配置を命じる。お前はここで集落民の避難先を指示してくれ。できるだけ安全な家屋や岩陰を確保しておくんだ」

「わかりました」

 セシルとオズワルドは即座に行動を開始する。
 短時間のうちに仮の避難計画が立てられ、村の者たちは落ち着いた様子で指示に従い始めた。

「こ、この速さは一体……!」

 アルヴォスが驚きの声を上げるが、セシルは微笑んで首を横に振る。

「長く雑用に追われてきた経験が、こういう形で役立つんだと思います。私たちは協力して、最悪の事態を防ぎたいだけなんです」

 集落の人々は不安の中にも希望を見出すような眼差しを浮かべ、セシルとオズワルドを見つめていた。
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