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第10話:新たな風と、初めての笑顔

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 セシルの存在は、王都のみならず地方へも評判が広まっていた。
 彼女が手がけた物資流通の管理システムや、魔物被害の情報整理は、すでに複数の地域で活用され始めている。
 それによって助けられた人々から、続々とお礼の手紙や贈り物が届くようになった。

「セシル様、このお花は東の村の方々からだそうです。道が整備されて交易が復活したおかげで、村の生活が安定したと」

 官庁の受付にずらりと並んだ贈り物を見て、セシルは驚きと喜びでいっぱいになる。

「こんなにも……私は、ただ書類をまとめただけなんですけど……」

「ですが、それが大きな成果を生んでいるのです。皆、心からセシル様に感謝しています」

 職員の言葉に、セシルは素直に嬉しそうな表情を浮かべる。
 王太子の元にいた頃は、一切そうした感謝を受けることはなかった。
 報われない努力もあるのだと知っていたが、ここでは“報われる”という現実がある。

 ◇

 夕刻になり、セシルは少し早めに仕事を切り上げて一人で王都の街を散策していた。
 細い路地を抜けると、小さなカフェテラスがあり、旅人や市民が楽しそうに語らっている。
 その光景を見ているだけで、心がほぐれていくようだった。

「ここまで来るのに色々あったけれど、今は幸せだな」

 ふと店先に貼られた王国の最新告知が目に留まる。
 そこには「魔物討伐が大成功、王国の被害大幅減少」と書かれており、どうやら国境地帯の平穏が戻りつつあるらしい。

「よかった……。これで人々も安心できるはず」

 セシルは自分の働きが微力ながらも貢献したと思うと、胸の奥が温かくなる。

 ◇

「セシル!」

 突然聞こえた呼びかけに振り向くと、そこにはオズワルドが息を切らしながら立っていた。

「将軍? こんなところでどうしたんですか?」

「お前が早めに上がったと聞いて、どこへ行ったか探してたんだ。少し用があったんでな」

 オズワルドはそう言いながら、セシルに一通の書類を差し出す。

「これは……新たな街道整備計画の草案……?」

「そうだ。お前の意見を聞きたくてな。新しく道を作るだけじゃなく、周辺の集落が活性化するように商業施設や宿場をどう配置するか。これからは軍だけでなく、お前のような目が必要だと思うんだ」

「そんな……私なんかでいいんですか? 本格的な街道整備は軍事や行政だけでなく、地元民の意見も重要ですし……」

 セシルは戸惑いながらも興味が湧いてくる。
 レナードの雑用時代にも近隣諸国との交易ルートについて学んだが、実際にそれをゼロから整備するとなると話が違う。
 しかし、自分の経験が少しでも役立つなら協力したい――そう思うと胸が躍った。

「なあ、セシル。お前が望むなら、これからもずっとグリーゼにいてくれないか? お前がいるだけで国が強くなるって、みんな分かってるから」

 唐突な誘いに、セシルは驚いてオズワルドの顔を見つめた。

「私……そんなに評価されてるんですか? ただ必要とされたい一心で働いていただけなのに」

「必要どころか、お前はもう国にとって欠かせない存在だ。俺はそのことを一番よく知ってる。……だから、ここでお前とともに国を守っていきたい」

 オズワルドの眼差しは真剣で、まるで戦場に向かう騎士のような迫力があった。
 セシルの心臓がドキリと高鳴る。
 この国での居場所――それは仕事や事務処理だけじゃない、もっと大切なものが生まれつつあるのかもしれない。

「ありがとうございます。私、これからもグリーゼで尽くしたいと思います。誰かの力になれる喜びを知ってしまったから」

 そう答えたセシルに、オズワルドは珍しく安堵の笑みを見せた。
 彼女にとって初めての、本当の笑顔を交わしたような気がした。
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