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第07話:祖国からの使者
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セシルが官吏として充実した日々を過ごすようになってから、ほどなくして一通の来訪者が現れた。
その訪問相手はなんと、彼女の祖国ラヴィーニア王国からの使者だった。
「ラヴィーニアから……? 一体、何の用でしょう」
セシルは不思議に思いながら、軍の応接室へ向かう。
すでにオズワルドや副官のアーロンも同席しているようで、来訪者を出迎えてくれる様子だ。
◇
「失礼いたします。私はラヴィーニア王国より参りましたアラン・ユースティスと申します」
そう名乗った使者は柔和な笑顔を浮かべ、セシルに深く頭を下げた。
セシルはその顔をどこかで見た覚えがある。王城で何度か見かけた官吏の一人だ。
「私はセシル・ラインハートです。わざわざお越しいただき、ありがとうございます」
「実は、ラヴィーニア王太子殿下――レナード殿下より、セシル様へお伝えするよう仰せつかりました。『再び我が国へ戻り、殿下の公務を支えてほしい』ということでございます」
その言葉に、オズワルドとアーロンは眉をひそめ、セシルは困惑した表情を浮かべた。
「王太子殿下から……ですか? 私との婚約を破棄したはずなのに」
「は。殿下は“やはりセシル様でなければ公務が捗らない”と、大変お嘆きでございまして。どうかもう一度、王太子殿下のもとにお戻りいただけないか、と」
セシルはアランの言葉を聞いても、すぐには返答できなかった。
あまりにも都合が良い話ではないだろうか。
破棄したのはレナードなのに、手放してみて初めて彼女の有難みを思い知ったということなのか。
◇
「セシル、どうする?」
オズワルドが静かに問いかける。
アーロンも渋い顔つきのまま、セシルの決断を待っている。
「……私がいなくても、王太子殿下は優秀なのだからご自分でどうとでもできるかと思います。ですが、現状は手が回らないということなのでしょう」
セシルは少し考え込み、結論を出す。
「申し訳ありませんが、私にはグリーゼの官吏として大切な任務があります。現段階ではラヴィーニアへ戻る意思はございません」
きっぱりとそう告げたセシルの声は、どこか凜とした響きを帯びていた。
アランはその答えを予想していたのか、苦笑しながら頷いた。
「そう、ですか……。殿下は『雑用でもなんでも構わないから、また助けてほしい』と仰っておりましたが……」
「雑用……ですか。やはり私の存在は、その程度ということなのですね」
セシルの唇が苦笑いに震える。
雑用扱いに戻る気など、もう毛頭ない。
「私はここで、誇りある仕事をさせていただいています。残念ながら、殿下のご要望にはお応えできません」
静かな口調だが、その言葉には確固たる意思が感じられた。
使者のアランは落胆の色を浮かべつつも、無理強いはせず、辞去していった。
◇
使者が去ったあと、オズワルドはほっとした表情でセシルに声をかける。
「お前に戻ってほしくない俺たちからすれば、正直安心した」
「私も、こんなに充実した毎日を過ごせるとは思っていませんでした。戻りたい気持ちは微塵もありません」
セシルがそう微笑むと、アーロンもまた安堵の笑みを浮かべる。
「彼らにとってセシル殿は雑用係なのかもしれませんが、我々にとっては違います。あなたは国の未来を支える大切な人材です」
“国の未来を支える”――そう言われると、セシルはまだ少し照れくささを感じる。
だが同時に、その言葉を大切に胸に刻みたかった。
その訪問相手はなんと、彼女の祖国ラヴィーニア王国からの使者だった。
「ラヴィーニアから……? 一体、何の用でしょう」
セシルは不思議に思いながら、軍の応接室へ向かう。
すでにオズワルドや副官のアーロンも同席しているようで、来訪者を出迎えてくれる様子だ。
◇
「失礼いたします。私はラヴィーニア王国より参りましたアラン・ユースティスと申します」
そう名乗った使者は柔和な笑顔を浮かべ、セシルに深く頭を下げた。
セシルはその顔をどこかで見た覚えがある。王城で何度か見かけた官吏の一人だ。
「私はセシル・ラインハートです。わざわざお越しいただき、ありがとうございます」
「実は、ラヴィーニア王太子殿下――レナード殿下より、セシル様へお伝えするよう仰せつかりました。『再び我が国へ戻り、殿下の公務を支えてほしい』ということでございます」
その言葉に、オズワルドとアーロンは眉をひそめ、セシルは困惑した表情を浮かべた。
「王太子殿下から……ですか? 私との婚約を破棄したはずなのに」
「は。殿下は“やはりセシル様でなければ公務が捗らない”と、大変お嘆きでございまして。どうかもう一度、王太子殿下のもとにお戻りいただけないか、と」
セシルはアランの言葉を聞いても、すぐには返答できなかった。
あまりにも都合が良い話ではないだろうか。
破棄したのはレナードなのに、手放してみて初めて彼女の有難みを思い知ったということなのか。
◇
「セシル、どうする?」
オズワルドが静かに問いかける。
アーロンも渋い顔つきのまま、セシルの決断を待っている。
「……私がいなくても、王太子殿下は優秀なのだからご自分でどうとでもできるかと思います。ですが、現状は手が回らないということなのでしょう」
セシルは少し考え込み、結論を出す。
「申し訳ありませんが、私にはグリーゼの官吏として大切な任務があります。現段階ではラヴィーニアへ戻る意思はございません」
きっぱりとそう告げたセシルの声は、どこか凜とした響きを帯びていた。
アランはその答えを予想していたのか、苦笑しながら頷いた。
「そう、ですか……。殿下は『雑用でもなんでも構わないから、また助けてほしい』と仰っておりましたが……」
「雑用……ですか。やはり私の存在は、その程度ということなのですね」
セシルの唇が苦笑いに震える。
雑用扱いに戻る気など、もう毛頭ない。
「私はここで、誇りある仕事をさせていただいています。残念ながら、殿下のご要望にはお応えできません」
静かな口調だが、その言葉には確固たる意思が感じられた。
使者のアランは落胆の色を浮かべつつも、無理強いはせず、辞去していった。
◇
使者が去ったあと、オズワルドはほっとした表情でセシルに声をかける。
「お前に戻ってほしくない俺たちからすれば、正直安心した」
「私も、こんなに充実した毎日を過ごせるとは思っていませんでした。戻りたい気持ちは微塵もありません」
セシルがそう微笑むと、アーロンもまた安堵の笑みを浮かべる。
「彼らにとってセシル殿は雑用係なのかもしれませんが、我々にとっては違います。あなたは国の未来を支える大切な人材です」
“国の未来を支える”――そう言われると、セシルはまだ少し照れくささを感じる。
だが同時に、その言葉を大切に胸に刻みたかった。
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