上 下
7 / 30

第07話:祖国からの使者

しおりを挟む
 セシルが官吏として充実した日々を過ごすようになってから、ほどなくして一通の来訪者が現れた。
 その訪問相手はなんと、彼女の祖国ラヴィーニア王国からの使者だった。

「ラヴィーニアから……? 一体、何の用でしょう」

 セシルは不思議に思いながら、軍の応接室へ向かう。
 すでにオズワルドや副官のアーロンも同席しているようで、来訪者を出迎えてくれる様子だ。

 ◇

「失礼いたします。私はラヴィーニア王国より参りましたアラン・ユースティスと申します」

 そう名乗った使者は柔和な笑顔を浮かべ、セシルに深く頭を下げた。
 セシルはその顔をどこかで見た覚えがある。王城で何度か見かけた官吏の一人だ。

「私はセシル・ラインハートです。わざわざお越しいただき、ありがとうございます」

「実は、ラヴィーニア王太子殿下――レナード殿下より、セシル様へお伝えするよう仰せつかりました。『再び我が国へ戻り、殿下の公務を支えてほしい』ということでございます」

 その言葉に、オズワルドとアーロンは眉をひそめ、セシルは困惑した表情を浮かべた。

「王太子殿下から……ですか? 私との婚約を破棄したはずなのに」

「は。殿下は“やはりセシル様でなければ公務が捗らない”と、大変お嘆きでございまして。どうかもう一度、王太子殿下のもとにお戻りいただけないか、と」

 セシルはアランの言葉を聞いても、すぐには返答できなかった。
 あまりにも都合が良い話ではないだろうか。
 破棄したのはレナードなのに、手放してみて初めて彼女の有難みを思い知ったということなのか。

 ◇

「セシル、どうする?」

 オズワルドが静かに問いかける。
 アーロンも渋い顔つきのまま、セシルの決断を待っている。

「……私がいなくても、王太子殿下は優秀なのだからご自分でどうとでもできるかと思います。ですが、現状は手が回らないということなのでしょう」

 セシルは少し考え込み、結論を出す。

「申し訳ありませんが、私にはグリーゼの官吏として大切な任務があります。現段階ではラヴィーニアへ戻る意思はございません」

 きっぱりとそう告げたセシルの声は、どこか凜とした響きを帯びていた。
 アランはその答えを予想していたのか、苦笑しながら頷いた。

「そう、ですか……。殿下は『雑用でもなんでも構わないから、また助けてほしい』と仰っておりましたが……」

「雑用……ですか。やはり私の存在は、その程度ということなのですね」

 セシルの唇が苦笑いに震える。
 雑用扱いに戻る気など、もう毛頭ない。

「私はここで、誇りある仕事をさせていただいています。残念ながら、殿下のご要望にはお応えできません」

 静かな口調だが、その言葉には確固たる意思が感じられた。
 使者のアランは落胆の色を浮かべつつも、無理強いはせず、辞去していった。

 ◇

 使者が去ったあと、オズワルドはほっとした表情でセシルに声をかける。

「お前に戻ってほしくない俺たちからすれば、正直安心した」

「私も、こんなに充実した毎日を過ごせるとは思っていませんでした。戻りたい気持ちは微塵もありません」

 セシルがそう微笑むと、アーロンもまた安堵の笑みを浮かべる。

「彼らにとってセシル殿は雑用係なのかもしれませんが、我々にとっては違います。あなたは国の未来を支える大切な人材です」

 “国の未来を支える”――そう言われると、セシルはまだ少し照れくささを感じる。
 だが同時に、その言葉を大切に胸に刻みたかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】お世話になりました

こな
恋愛
わたしがいなくなっても、きっとあなたは気付きもしないでしょう。 ✴︎書き上げ済み。 お話が合わない場合は静かに閉じてください。

私が妻です!

ミカン♬
恋愛
幼い頃のトラウマで男性が怖いエルシーは夫のヴァルと結婚して2年、まだ本当の夫婦には成っていない。 王都で一人暮らす夫から連絡が途絶えて2か月、エルシーは弟のような護衛レノを連れて夫の家に向かうと、愛人と赤子と暮らしていた。失意のエルシーを狙う従兄妹のオリバーに王都でも襲われる。その時に助けてくれた侯爵夫人にお世話になってエルシーは生まれ変わろうと決心する。 侯爵家に離婚届けにサインを求めて夫がやってきた。 そこに王宮騎士団の副団長エイダンが追いかけてきて、夫の様子がおかしくなるのだった。 世界観など全てフワっと設定です。サクっと終わります。 5/23 完結に状況の説明を書き足しました。申し訳ありません。 ★★★なろう様では最後に閑話をいれています。 脱字報告、応援して下さった皆様本当に有難うございました。 他のサイトにも投稿しています。

妹の身代わり人生です。愛してくれた辺境伯の腕の中さえ妹のものになるようです。

桗梛葉 (たなは)
恋愛
タイトルを変更しました。 ※※※※※※※※※※※※※ 双子として生まれたエレナとエレン。 かつては忌み子とされていた双子も何代か前の王によって、そういった扱いは禁止されたはずだった。 だけどいつの時代でも古い因習に囚われてしまう人達がいる。 エレナにとって不幸だったのはそれが実の両親だったということだった。 両親は妹のエレンだけを我が子(長女)として溺愛し、エレナは家族とさえ認められない日々を過ごしていた。 そんな中でエレンのミスによって辺境伯カナトス卿の令息リオネルがケガを負ってしまう。 療養期間の1年間、娘を差し出すよう求めてくるカナトス卿へ両親が差し出したのは、エレンではなくエレナだった。 エレンのフリをして初恋の相手のリオネルの元に向かうエレナは、そんな中でリオネルから優しさをむけてもらえる。 だが、その優しささえも本当はエレンへ向けられたものなのだ。 自分がニセモノだと知っている。 だから、この1年限りの恋をしよう。 そう心に決めてエレナは1年を過ごし始める。 ※※※※※※※※※※※※※ 異世界として、その世界特有の法や産物、鉱物、身分制度がある前提で書いています。 現実と違うな、という場面も多いと思います(すみません💦) ファンタジーという事でゆるくとらえて頂けると助かります💦

「あなたの好きなひとを盗るつもりなんてなかった。どうか許して」と親友に謝られたけど、その男性は私の好きなひとではありません。まあいっか。

石河 翠
恋愛
真面目が取り柄のハリエットには、同い年の従姉妹エミリーがいる。母親同士の仲が悪く、二人は何かにつけ比較されてきた。 ある日招待されたお茶会にて、ハリエットは突然エミリーから謝られる。なんとエミリーは、ハリエットの好きなひとを盗ってしまったのだという。エミリーの母親は、ハリエットを出し抜けてご機嫌の様子。 ところが、紹介された男性はハリエットの好きなひととは全くの別人。しかもエミリーは勘違いしているわけではないらしい。そこでハリエットは伯母の誤解を解かないまま、エミリーの結婚式への出席を希望し……。 母親の束縛から逃れて初恋を叶えるしたたかなヒロインと恋人を溺愛する腹黒ヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:23852097)をお借りしております。

好きだと言ってくれたのに私は可愛くないんだそうです【完結】

須木 水夏
恋愛
 大好きな幼なじみ兼婚約者の伯爵令息、ロミオは、メアリーナではない人と恋をする。 メアリーナの初恋は、叶うこと無く終わってしまった。傷ついたメアリーナはロメオとの婚約を解消し距離を置くが、彼の事で心に傷を負い忘れられずにいた。どうにかして彼を忘れる為にメアが頼ったのは、友人達に誘われた夜会。最初は遊びでも良いのじゃないの、と焚き付けられて。 (そうね、新しい恋を見つけましょう。その方が手っ取り早いわ。) ※ご都合主義です。変な法律出てきます。ふわっとしてます。 ※ヒーローは変わってます。 ※主人公は無意識でざまぁする系です。 ※誤字脱字すみません。

婚約破棄を兄上に報告申し上げます~ここまでお怒りになった兄を見たのは初めてでした~

ルイス
恋愛
カスタム王国の伯爵令嬢ことアリシアは、慕っていた侯爵令息のランドールに婚約破棄を言い渡された 「理由はどういったことなのでしょうか?」 「なに、他に好きな女性ができただけだ。お前は少し固過ぎたようだ、私の隣にはふさわしくない」 悲しみに暮れたアリシアは、兄に婚約が破棄されたことを告げる それを聞いたアリシアの腹違いの兄であり、現国王の息子トランス王子殿下は怒りを露わにした。 腹違いお兄様の復讐……アリシアはそこにイケない感情が芽生えつつあったのだ。

【完結】私のことを愛さないと仰ったはずなのに 〜家族に虐げれ、妹のワガママで婚約破棄をされた令嬢は、新しい婚約者に溺愛される〜

ゆうき@初書籍化作品発売中
恋愛
とある子爵家の長女であるエルミーユは、家長の父と使用人の母から生まれたことと、常人離れした記憶力を持っているせいで、幼い頃から家族に嫌われ、酷い暴言を言われたり、酷い扱いをされる生活を送っていた。 エルミーユには、十歳の時に決められた婚約者がおり、十八歳になったら家を出て嫁ぐことが決められていた。 地獄のような家を出るために、なにをされても気丈に振舞う生活を送り続け、無事に十八歳を迎える。 しかし、まだ婚約者がおらず、エルミーユだけ結婚するのが面白くないと思った、ワガママな異母妹の策略で騙されてしまった婚約者に、婚約破棄を突き付けられてしまう。 突然結婚の話が無くなり、落胆するエルミーユは、とあるパーティーで伯爵家の若き家長、ブラハルトと出会う。 社交界では彼の恐ろしい噂が流れており、彼は孤立してしまっていたが、少し話をしたエルミーユは、彼が噂のような恐ろしい人ではないと気づき、一緒にいてとても居心地が良いと感じる。 そんなブラハルトと、互いの結婚事情について話した後、互いに利益があるから、婚約しようと持ち出される。 喜んで婚約を受けるエルミーユに、ブラハルトは思わぬことを口にした。それは、エルミーユのことは愛さないというものだった。 それでも全然構わないと思い、ブラハルトとの生活が始まったが、愛さないという話だったのに、なぜか溺愛されてしまい……? ⭐︎全56話、最終話まで予約投稿済みです。小説家になろう様にも投稿しております。2/16女性HOTランキング1位ありがとうございます!⭐︎

【完結】「異世界に召喚されたら聖女を名乗る女に冤罪をかけられ森に捨てられました。特殊スキルで育てたリンゴを食べて生き抜きます」

まほりろ
恋愛
※小説家になろう「異世界転生ジャンル」日間ランキング9位!2022/09/05 仕事からの帰り道、近所に住むセレブ女子大生と一緒に異世界に召喚された。 私たちを呼び出したのは中世ヨーロッパ風の世界に住むイケメン王子。 王子は美人女子大生に夢中になり彼女を本物の聖女と認定した。 冴えない見た目の私は、故郷で女子大生を脅迫していた冤罪をかけられ追放されてしまう。 本物の聖女は私だったのに……。この国が困ったことになっても助けてあげないんだから。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※小説家になろう先行投稿。カクヨム、エブリスタにも投稿予定。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。

処理中です...