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第05話:救国の女神と呼ばれて

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 関所を出てから数日。セシルは無事にグリーゼ王国の王都へ到着した。
 王都グリーヴァは、壮大な城壁に囲まれ、中央には堂々たる王宮がそびえ立つ。
 広々とした石畳の通りは多くの人で賑わっていたが、その表情にはどこか不安の色が混じっているようにも見えた。

「やっぱり、魔物被害のニュースが広まっているのかしら……」

 そんなことを考えながら、セシルはオズワルドが紹介してくれた宿を訪れ、まずは落ち着くことにした。

 ◇

「ようこそ、グリーヴァの宿『銀の月』へ。将軍殿から聞いておりますよ。セシル様を全力でおもてなしするように、と」

 人当たりの良い宿の主人は、すぐに部屋を用意してくれた。
 久しぶりにまともに休める場所が見つかり、セシルはほっと胸を撫で下ろす。

 だが、部屋でゆっくりしている最中も、彼女は国境の状況や自分が今後どうするべきかを考えずにはいられなかった。

「将軍が言っていたように、私が力になれるなら……」

 セシルはぼんやりと天井を見つめながら、かつて王太子レナードの下で培ってきたスキルを思い出していた。
 書類整理、物資の管理、人的配置やスケジュールの調整など、どれも地味な作業ばかりだ。
 しかし、それらはグリーゼでは極めて求められている分野なのだと、国境の関所で実感した。

 ◇

 翌日、セシルは王都内にある軍の詰め所を訪れた。
 オズワルドが事前に連絡してくれていたようで、面会はすぐに叶った。

「ようこそ。お待ちしておりました、セシル様」

 迎えてくれたのはオズワルドの副官を務める男性――名をアーロンという。
 やや柔和な顔立ちで、人当たりも良さそうだが、その瞳には鋭さがあり、有能そうな雰囲気を漂わせている。

「将軍殿からお話は伺っています。国境の関所で、魔物被害の情報をまとめてくださったとか」

「少しでもお役に立てたのなら嬉しいです」

「実は、私どもも事務処理や報告書の整理に苦労しておりまして……もしよろしければ、軍の戦略室を手伝っていただけないかと考えています」

 セシルは戸惑いながらも頷いた。
 ここでの“手伝い”とは、彼女にとって決して苦ではない作業のはずだ。
 むしろ、慣れ親しんだものだ。

 ◇

 戦略室に案内されると、そこには山積みの地図や報告書が散らかっていた。
 どこから手をつければいいのか分からないような惨状で、セシルは思わず苦笑する。

「やっぱり……私が整理しないと、進まなそうですね」

「お恥ずかしいかぎりです。軍は戦闘には自信があるのですが、こういった裏方作業はどうにも不慣れで」

 アーロンが肩を落とすのを見て、セシルは「任せてください」と笑顔を見せる。
 彼女がペンを握ると、まるで生き返ったように地図や書類が次々と整頓され、要点がまとめられていく。
 同時に、不足している情報も洗い出され、部下たちが動きやすいよう指示書が作られていった。

「す、すごい……あっという間に全体像が見えてきますね」

「これならば、次に何をすべきか分かりやすい。まるで一人参謀が増えたみたいだ」

 周囲の騎士や兵士たちは目を丸くしている。

「参謀だなんて、そんな立派なものではありません。私はただ、与えられた情報を整理しているだけですから」

 セシルは苦笑しながら、軍のメンバーとやりとりを続ける。
 すると、その最中に不意に戦略室の扉が勢いよく開かれ、声が響いた。

「おい、例の“救国の女神”とやらはここにいるのか?」

 声の主は屈強な騎士で、彼の後ろには数人の兵が控えている。
 セシルは突然の呼称に驚きつつも、思わず彼を見つめた。

「救国の……女神?」

「噂になっているんですよ。国境の混乱をあっという間に沈めた凄腕の女性がいたと。将軍も絶賛していて、『あの方がいなければ被害はもっと広がっていたかもしれない』とね」

 屈強な騎士がそう説明するのを聞き、セシルは恥ずかしさに頬を染めた。

「いえ、そんな大げさなことは……私は大したことしていませんし」

「まったく謙虚だな。ともあれ、グリーゼ国王陛下がその功績を知りたいとおっしゃっておられる。ぜひ一度、王宮でお会いしていただきたいとのことだ」

 その言葉に戦略室の面々が一斉にどよめく。
 国王直々の召喚――それは、よほどの貢献があった者にしか与えられない名誉である。

「わ、私が国王陛下に……? そんな、急に言われても……」

 セシルは戸惑いながらも、周囲の者から称賛の目で見られ、次第に心が落ち着いていく。
 かつては蔑ろにされてきた能力が、ここで認められるなんて夢のようだ。

 ◇

 こうしてセシルは“救国の女神”と呼ばれるほどの評価を受け、国王陛下への謁見を許されることになった。
 あらすじにあったように、彼女の雑用スキルは、ここグリーゼ王国では何にも代えがたい力となりつつあったのだ。
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