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第02話:訪れた隣国の文化祭
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婚約破棄を言い渡されてから数日後、リリアーナは旅支度を整えていた。
行き先は隣国であるユリシエラ帝国。
決して遠くはないが、陸続きの道のりは多くの山と渓谷を越えることになる。
幸いなことに、侯爵家の令嬢である彼女には、しっかりとした旅の護衛がつけられた。
「お嬢様、改めて本当に隣国へ行かれるので?」
侍女のアメリアが不安そうな顔をする。
リリアーナは小さくうなずきながら、笑みを返す。
「ええ、少し気分転換が必要なの。あまり長い滞在にはならないと思うけど、できれば楽しんでこようと思っているわ」
「そうですか……。お気をつけていらしてくださいね。もし何かあったらすぐに連絡を」
「もちろんよ。ありがとう、アメリア」
◇
荷馬車に乗り込み、一行は祖国を離れる。
地平線の向こうに広がる山々が、ゆっくりと近づいてくる。
道中の宿で一泊し、翌日の昼頃にはようやくユリシエラ帝国の国境へとたどり着いた。
そこでは国境を守る兵士が入国の手続きを丁寧に進めてくれる。
「お嬢様、準備が整ったようでございます」
護衛役の騎士がそう言うと、リリアーナは静かにうなずいた。
「ありがとう。国境を越えたら……どんな景色が待っているのかしら」
心は少し高揚している。
人目を気にしてばかりだった祖国の日々から、一歩踏み出した自由な旅。
その期待は、薄暗く鬱屈した気持ちを晴らしてくれる。
◇
帝国に入ってすぐに感じたのは、街の雰囲気の明るさだった。
噂には聞いていたが、ユリシエラ帝国は各地方からの文化が集まり、多様性を尊重する風土があるという。
市場には色とりどりの布や珍しい香辛料が並び、人々は活気にあふれていた。
「わあ、すごい賑わい……」
リリアーナは思わず感嘆の声をもらす。
すると近くにいた女性商人が、にこやかに声をかけてきた。
「旅のお方かい? 丁度いい時期に来たね。今はちょうど帝都の文化祭が開催されるところなんだよ。祭りの日は明日からだから、街中がそわそわしてるんだ」
「文化祭……それは初めて耳にしましたわ。とても楽しそうですね」
「帝国中の芸術家や商人が集まって、自慢の品や音楽、踊りを披露するんだよ。もし時間があるなら、ぜひ見ていくといい。きっと素敵な思い出になるよ」
「はい、ぜひ拝見したいです」
リリアーナの目は輝きに満ちていた。
護衛の騎士たちも、こうした催しを見物できるのは悪くない様子だ。
◇
宿に荷物を預け、リリアーナはさっそく帝都の中心部を歩く。
石畳の道は整備され、古めかしい建物が並びながらも、どこか洗練された美しさがある。
明日の文化祭に向けて準備を進めている人々は、忙しそうに屋台の設営をしていた。
「ずいぶん大掛かりなのね。これが……ユリシエラ帝国の文化祭」
感嘆の声を漏らしていると、背後から誰かに声をかけられる。
「初めて見る顔だね。観光客かな? もし困っているなら案内してあげるけど」
振り返ると、そこには明るい茶色の髪を持つ青年がいた。
見るからに物腰が柔らかく、瞳には親しみのこもった笑み。
「ありがとうございます。ですが、今のところは大丈夫ですわ」
「そっか。じゃあ楽しんでいって。僕はフリックス……まあ、ただの音楽好きさ。明日の文化祭でも演奏を披露するんだ」
「フリックスさん……。はじめまして。私はリリアーナと申します。いえ、ただの旅行者ですので……」
「リリアーナか。うん、そのドレスから察するに貴族の人かな? でも雰囲気が堅苦しくなくていいね」
「そうですか? 私としては、地味だと言われ続けてきたのですけれど……」
「全然そんなことはないよ。清楚で上品じゃないか」
見ず知らずの青年から素直に褒められ、リリアーナは少し照れくさく感じた。
フリックスと名乗った彼は、どこか大らかで、親しみやすい性格のように思える。
「明日はきっと面白いことがたくさんあるよ。もしよかったら、一緒にいろいろ回ろう」
「まあ……ふふっ、ありがとうございます。よろしければ案内をお願いしても?」
「喜んで!」
フリックスの快活な笑顔を見て、リリアーナは心が弾むのを感じた。
まだ出会ったばかりだが、人柄の良さが伝わってくる。
こうして、リリアーナの隣国での旅は、ほんの少しだけ華やかな予感を伴って幕を開けるのだった。
行き先は隣国であるユリシエラ帝国。
決して遠くはないが、陸続きの道のりは多くの山と渓谷を越えることになる。
幸いなことに、侯爵家の令嬢である彼女には、しっかりとした旅の護衛がつけられた。
「お嬢様、改めて本当に隣国へ行かれるので?」
侍女のアメリアが不安そうな顔をする。
リリアーナは小さくうなずきながら、笑みを返す。
「ええ、少し気分転換が必要なの。あまり長い滞在にはならないと思うけど、できれば楽しんでこようと思っているわ」
「そうですか……。お気をつけていらしてくださいね。もし何かあったらすぐに連絡を」
「もちろんよ。ありがとう、アメリア」
◇
荷馬車に乗り込み、一行は祖国を離れる。
地平線の向こうに広がる山々が、ゆっくりと近づいてくる。
道中の宿で一泊し、翌日の昼頃にはようやくユリシエラ帝国の国境へとたどり着いた。
そこでは国境を守る兵士が入国の手続きを丁寧に進めてくれる。
「お嬢様、準備が整ったようでございます」
護衛役の騎士がそう言うと、リリアーナは静かにうなずいた。
「ありがとう。国境を越えたら……どんな景色が待っているのかしら」
心は少し高揚している。
人目を気にしてばかりだった祖国の日々から、一歩踏み出した自由な旅。
その期待は、薄暗く鬱屈した気持ちを晴らしてくれる。
◇
帝国に入ってすぐに感じたのは、街の雰囲気の明るさだった。
噂には聞いていたが、ユリシエラ帝国は各地方からの文化が集まり、多様性を尊重する風土があるという。
市場には色とりどりの布や珍しい香辛料が並び、人々は活気にあふれていた。
「わあ、すごい賑わい……」
リリアーナは思わず感嘆の声をもらす。
すると近くにいた女性商人が、にこやかに声をかけてきた。
「旅のお方かい? 丁度いい時期に来たね。今はちょうど帝都の文化祭が開催されるところなんだよ。祭りの日は明日からだから、街中がそわそわしてるんだ」
「文化祭……それは初めて耳にしましたわ。とても楽しそうですね」
「帝国中の芸術家や商人が集まって、自慢の品や音楽、踊りを披露するんだよ。もし時間があるなら、ぜひ見ていくといい。きっと素敵な思い出になるよ」
「はい、ぜひ拝見したいです」
リリアーナの目は輝きに満ちていた。
護衛の騎士たちも、こうした催しを見物できるのは悪くない様子だ。
◇
宿に荷物を預け、リリアーナはさっそく帝都の中心部を歩く。
石畳の道は整備され、古めかしい建物が並びながらも、どこか洗練された美しさがある。
明日の文化祭に向けて準備を進めている人々は、忙しそうに屋台の設営をしていた。
「ずいぶん大掛かりなのね。これが……ユリシエラ帝国の文化祭」
感嘆の声を漏らしていると、背後から誰かに声をかけられる。
「初めて見る顔だね。観光客かな? もし困っているなら案内してあげるけど」
振り返ると、そこには明るい茶色の髪を持つ青年がいた。
見るからに物腰が柔らかく、瞳には親しみのこもった笑み。
「ありがとうございます。ですが、今のところは大丈夫ですわ」
「そっか。じゃあ楽しんでいって。僕はフリックス……まあ、ただの音楽好きさ。明日の文化祭でも演奏を披露するんだ」
「フリックスさん……。はじめまして。私はリリアーナと申します。いえ、ただの旅行者ですので……」
「リリアーナか。うん、そのドレスから察するに貴族の人かな? でも雰囲気が堅苦しくなくていいね」
「そうですか? 私としては、地味だと言われ続けてきたのですけれど……」
「全然そんなことはないよ。清楚で上品じゃないか」
見ず知らずの青年から素直に褒められ、リリアーナは少し照れくさく感じた。
フリックスと名乗った彼は、どこか大らかで、親しみやすい性格のように思える。
「明日はきっと面白いことがたくさんあるよ。もしよかったら、一緒にいろいろ回ろう」
「まあ……ふふっ、ありがとうございます。よろしければ案内をお願いしても?」
「喜んで!」
フリックスの快活な笑顔を見て、リリアーナは心が弾むのを感じた。
まだ出会ったばかりだが、人柄の良さが伝わってくる。
こうして、リリアーナの隣国での旅は、ほんの少しだけ華やかな予感を伴って幕を開けるのだった。
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