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第5章 仮初めの日常

一話 名前

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夜摩一族と協力関係を結んだユキヤはアミの希望で、さしおり彼女の処で厄介になる事となった。


「もうすぐ私の家だからね」


アミと二人で家に向かう道中、彼は周りを見回して思う。


周りが自然に囲まれた、どこにでもある普通の集落。


道ゆく人々は自然と共に生き、自然に護られながら暮らしている。


“――とても穏やかだ……”


日本中渡り歩いてきた彼にとって、此処ほど穏やかで美しい場所は記憶に無かった。


少年は五つの時に特異点、星霜剣のユキヤに拾われ、以後四死刀と共に戦場を駆け抜けてきた。


三年前、狂座との闘いは、四死刀の一存で参加は赦されなかった。


こうなる事を予想していた訳ではあるまい。


だがもしもの時、その意思を継ぐ者が必要なのだと感じていたのかもしれない。


彼がユキヤに拾われてから、実に七年の月日が経過していた。


――しばらく。


二人は質素だが、木造の小綺麗な建物の前に立つ。


「さあ着いたわよ。今日からここを自分の家と思ってゆっくりしてね」


アミによると、此処が彼女の家との事。


彼女に家の中へと案内される。


だが他に人の居る気配は無い。


「他には居ないのですか?」


ユキヤのその問いにアミは少し淋しそうに、でも笑顔で語り掛けた。


「父と母は居ないの。私が幼い時に亡くなったと聞かされてるから……。これまで妹と二人でずっと一緒に暮らしてきたわ」


妹に興味がある訳では無いが、ユキヤは辺りを見回す。


気配は感じない。


「あっ! 妹は巫女修業の為、全国に武者修業の旅に出てるの。半年位前にね」


なら妹は今は居ないという事。


だが正直、彼にとってはどうでもいい話だった。


何故なら――


“私には親も家族もいない”


「そういえば……」


居間内で寛ぐ二人。唐突にアミが疑問を口にする。


「えっとね……本当の名前って何て言うのかな?」


「名前?」


彼女と向かい合わせに、彼はその問いにオウム返しに聞き返していた。


変な事を聞くものだと思った。


ユキヤの名を受け継いだ者だから、それが名前である事。


それ以上でもそれ以下でも無い。


「ほら、ユキヤというのは受け継いだ名前の事でしょ? ならその前の名前があるじゃない」


普通はそうであろう。アミの言ってる事はもっともである。


「その前の名前? そんなものありませんよ」


“そんなものありませんよ”


その意味深な響きに、アミは一瞬戸惑う。が――


「え? でも両親から貰った名前が……」


そう。人は無からは生まれない。


生まれくるには必ず両親が存在する。


“誰も付けてくれなかったから”


そう小さく、消え入りそうに少年が呟いていたのを、彼女は聞き逃さなかった。


「どう……して?」


“誰も付けてくれなかった”


それはどういう意味だろう?


喉まで出かかったその疑問を、アミは上手く言葉に、口に乗せる事が出来ない。


「どうしても何も、私には両親などという者は居ませんから」


彼女のそれを代弁するかの様に――


“両親が居ない”


彼は確かにそう口にした。


これまでこの少年が、どの様な過去を過ごしてきたのか。


四死刀の一人、ユキヤの名を受け継いだ、まだ幼さの残るこの先程の白銀髪の少年。


恐らく妹と同じ位の年である事。


だがその身に纏う雰囲気と、その人知を超えた力は、想像を絶する修羅場を潜り抜けて来た事は想像に難くない。


アミはこの少年がどの様な過去を送ってきたのかを、知りたいと思っていた。


でもそれは聞いてはいけない様な、そんな気もしていた。


「じゃあ、ユキって呼ぶね」


アミは深入りしない事にした。


誰にでも、知られたくない過去はある。


知ったらきっと戻れなくなる。そんな気がしていたから。


「……ユキ?」


彼は不思議そうに彼女に聞き返す。


「ユキヤというのはあくまで受け継いだ名前であって、自分自身の名前じゃ無い訳でしょ? だからこれからユキの事はユキって呼ぶ事に決めたの」


そう笑顔で話すアミに、彼は戸惑いを隠せない。


「なっ……」


それは頼んだ事でもない事。


ある意味自分勝手。だが――


“ユキ”


心の中でそれを反芻してみる。


それは何か、奥から込みあげてくる感覚。


だがそれが何かは、彼には理解出来なかった。


でも悪い感覚では無い事は確か――


「お好きにどうぞ……」


ユキヤ、否ユキのその一言に、アミはとびっきりの笑顔を彼に向ける。


受け入れたのだ。それが嬉しくもあった。


「これからも宜しくねユキ」
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