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一の罪状

完了

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突如、静止した市岡の身体に異変が起こる。


「――ひぎぃっ!!」


内部から“何か”が競り上がって来る感覚に、市岡は絶叫する。


不規則な表皮の膨張と収縮。


目を背けそうな“何か”が外へ出ようとしている。


「痛い痛いいだいイダイイダィイダイィィィ!!!!!」


胎内を蠢く得も知れぬ感覚と、神経を逆撫でする想像を絶する激痛に、悲痛な絶叫を上げ続ける市岡の哀れな姿。


その姿は偽善でなくとも、思わず助けたくなる程の。


その痛みと身体の膨張、収縮は臨界点を超え、やがて――


「だっ……だずけっ――!!」



“ボン”



圧縮した空気を破裂させた様な不協和音が、内部から外部へと向けて鳴り響いた。


その音と断末魔を最期に、市岡の五体は十六分割に破裂。


内部の中心点から競り上がり、咲き誇るは枝分かれした氷の華。


路地裏に咲いた“それ”は、幾多ものパーツで赤く彩られ、それはさながらモズの早贄の如く。


それは美しくも凄惨な“死”のオブジェ。


分離した生前の一部が、その恐怖を物語る様に見開いていた。


その瞳孔が動く事は二度と無い。


「市岡 明。消去完了」


『雫』はそのオブジェに一瞥する事も無く、無慈悲なまでの終焉を告げていた。


そこには一欠片の情けも慈悲も無い。


「お前達の断罪への消去は終了した」


誰に聞かせる訳でも無く、ただ対象を消去しただけかの様な、感情の無い『雫』の声が闇の静寂に溶け、消えていった。


「終わったな……」


暗闇に同化してたかの様な黒猫の姿。終了するのを待っていたのか、ジュウベエがそう呟きながら、路地裏の隅からそっと姿を現した。


何時から居たのかは定かでは無いが、少なくとも“消去中”は『雫』の傍らには居なかった。


姿こそ見せなかったが、“見届け役”として常に状況を把握していたのは確かだろう。


「よっこらせっと……」


ジュウベエは『雫』の元へ歩み寄り、跳躍していつもの左肩にその身を預けた。


「相変わらず凄絶だな……。まあ屑にはお似合いの最期ってか」


『雫』の目線の高さで現状を見回したジュウベエは、その凄惨さを理解していながらも、感慨に耽る事は無い。


“これはいつもの事”


消去対象に容赦をしないのは当然の事。


「後始末は向こうが勝手にすんだろ。証拠照明が今回の依頼の鍵だったからな」


それはこの無惨な状態を、証拠としてクライアントに提出する事を意味していた。


事故を装った自然死から殺害後の状況まで、消去の種類はクライアントが希望する事も出来るらしい。


「帰るぞジュウベエ」


二人はアスファルトに咲き誇る“死のオブジェ”をそのままに、一瞥する事も無くその場から立ち去る。


「これであの子も、少しは救われるといいんだかな……」


立ち去る間際のジュウベエの言葉の意味。それはクライアントの気持ちの代弁か。


「……救われる事は無いさ。どんな理由であれ依頼する者、裁かれる者の因果は終わらない。狂座にアクセスしたというのは、そういう事だ。クライアントはこれから、その業を背負って生きていかねばならない……」


しかし『雫』はその考えを一蹴に処す。


依頼した者も消去された者も、同じく罪深き存在であるという事を。


「業を背負いし者の魂は、死後何処に逝くんだろうな……」


ジュウベエは言葉を濁す。


分かっていた。逝き着く先は一つしかない事に。


それでもやり切れぬ想い。


ジュウベエは最後にチラリと背後を振り返る。


遠ざかっていく、その片眼に映るモノを。だがそれは同情の視線では無い。


“消去されるべき存在”


ジュウベエは視線を元に戻し、ほっと溜め息を吐いた。


「救われないな……あの子も、アイツらも……」


依頼した者と裁かれた者の因果関係。


「そして……」


その因果を第三者として裁く者。


「お前もな……」


ジュウベエが誰にともなく呟いたそれは、この三つ巴が等しく“罪”である事を意味していた。


その先に救い等無い。どんな形であれ、報いを受けねばならない事に。


「救われる必要は無い。俺がこの“道”を選んだ時から、逝き着く先は決まっているのだから……」


それは死後の地獄なのか?


だが生きる事を歩むこの現世(うつしよ)こそが、真の地獄と云えるのかもしれない。



凍る様に寒い夜の深淵――


路地裏にあった二つの姿は、その深淵の闇に溶け込む様に、その場からその姿を消していくのであった。
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