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一の罪状

依頼

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暫しの沈黙が、深淵の室内を支配する。


「確かに……な」


おもむろに口を開いた幸人は、琉月の問いに一切の否定を見せない。


表では名医として評判の温和な獣医。だがその実は、消去代行請負組織“狂座”に組みする、コードネーム『雫』としての裏の顔。


「……今回のターゲットとクライアントの説明を」


“一体どちらが本当の顔なのか?”


その冷たいまでに熱の無い瞳には、あの穏やかな獣医としての顔は何処にも存在しなかった。


「フフフ……では本題に入りましょうか」


そう“仕事内容”を詰め寄る幸人に、琉月は幾枚かの資料を手渡す。


「…………」


その何枚かをサッと見回す幸人。


そこには三人もの顔写真と、その人物達の経緯・年齢に至るまで、あらゆる個人情報が網羅されていた。


三人共に二十歳と記されており、写真で見る限りまだ若い。


だがその目つきは共通して悪く、人を見下したかの様な、典型的な“悪人顔”である事は否めない。


「しかしあったま悪そうな面してんなコイツら……。ピアスに金髪、しかもきっちり染め上がってねぇし、典型的な屑でございますって雰囲気丸出しな連中だな」


幸人の左肩で同じく資料を眺めながら、その顔写真から見た三人の印象を鼻で笑うジュウベエ。


「今回のターゲット、市岡 明(イチオカ アキラ)、園田 雅司(ソノダ マサシ)、岩崎 一博(イワサキ カズヒロ)の三名。経歴通り高校卒業後、これまで傷害、恐喝、窃盗、婦女暴行等々、定職につく事もせず、己の欲望の赴くままに行動してきた。まあ……典型的な屑ですね」


琉月は対象となる三名のこれまでの経歴を、淡々と簡潔に述べていく。


「改善の余地も見当たりませんし、世の為人の為これからの為、この三名にはこの機会に消えて貰うのが最良かと」


その口調には一切の感情も無い。あくまで合理的に、ただ道端のゴミとしか見ていないかの様な物言い。


「おぉ、オレに負けず劣らずの毒舌っぷり。嫌いじゃねぇぜそういうの。オレも同感だな」


ジュウベエが琉月の物言いに、感心した様に同調する。


「お前はどうなんだ幸人? 少なくともコイツらは救いようが無いと思うが……」


たが幸人に同調等の変化は無い。ただ書類のみに焦点を定めていた。


「クライアント」


左手に持つ書類を見詰めながら、右手を差し伸べ、琉月にそう促す。


“依頼はターゲットとクライアントを以て、初めて成立する”


ターゲットのみで判断していない幸人のそれは、二人以上に理論的判断の顕れであった。


「こちらが今回のクライアントです」


琉月も最初からそのつもりだったのか、今回の肝となる書類を幸人に手渡した。


それを右手で受け取り、左手の書類から目を離し、新たに手渡された方に目を通す。


「…………!!」


それはほんの一瞬の事。


「フフフ……」


それまで機械の様な、感情で動く事の無かった幸人の瞳が、ほんの一瞬だけ確かに見開かれていたのを、琉月は見逃さなかった。


「オイ幸人! この子はもしかして!?」


書類上の顔写真。其処に記された名前。


ジュウベエにも見覚えがあった。


“杉村 葵”


「ちょっと待てよ? この子がウチに来たのは一昨日のはず……。この短期間で一体何が? まさか……あの後か!?」


流石にジュウベエも動揺を隠せない。


クライアントは僅か二日前、幸人の診療所に仔犬と共に訪れたていた、まだあどけなさの残る少女その者だったのだから。


「今回のクライアント、杉村 葵は二日前の午後八時頃、この三名に性的暴行を受けた事が、事の依頼の発端となっております」


「まっ……まじかよ……」


戸惑うジュウベエをよそに、事の顛末を淡々とした説明口調で語る琉月。


「勿論、全ての裏は既に取ってあります。クライアントが貴方の診療所に所縁有るという事も。だから貴方へ一番にこの話を持ち掛けた、という訳では無いのですが……」


私情では無いだろうが、その口調には何やら意味深な含みを感じられる。


「前言撤回。やっぱ胡散臭えし、なんか気に食わねぇわコイツ……」


ジュウベエが琉月に向けた言葉の意味。


それは“試している?”という、悪意にも似た品定め的な裏の真意を、敏感に感じ取っていたからに他ならない。


「オイ……幸人?」


だが幸人は沈黙を保ったまま。表情の変化を見せたのは、最初の一瞬だけ。


琉月の真意にも気付かない筈が無い。


ジュウベエが怪訝そうに幸人を見上げたのは、何時もの“消去人”としての顔しかなかったからだ。
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