江戸の薬喰い

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薬屋

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 天武五年。
時の政権は殺生禁止令を発令。
この令により、日の本では牛、馬、犬、鶏等、畜生を食する文化は表向きは消えた。


時は流れて……。

江戸。

ごんっ!

「あたたたた。 や、来たよ」

 背の高い女がにこりと笑い、頭をさすりながら背を屈め暖簾を潜って入ってきた。
その女、とにかく縦にでかい。
六尺はあろうかという背丈に見世の中にいた者たちは思わず視線を上下させる。
特別にあしらえたと思われる小袖の袖も腕の半ば過ぎで止まっているし、胸元などは女性特有の肉が合わせ目を押し上げ、谷間が剥き出しになっているほどだ。

「おぅ、来たかい」

 見世の奥、調理場の方から店主がひょっこりと顔を出し軽く手を上げる。
手には包丁が握られていた。
店主が顔を出した調理場の方からは下拵えの匂いか、やたらと良い匂いが漂って来る。
その匂いを嗅いだであろう女の腹からは店主への挨拶の代わりに巨大な地鳴りが響く。

「あはははは、盛大な挨拶だな」

店主は何とも言えない苦笑いを浮かべる。

「う、うるさいやぃ。それよりも遅れちまったのかい?」

女の問いに店主はにやりと笑う。

「危なかったな、ぎりぎりだぞ。てっきり来ないものかと思って始めるところだったんだ」

「ふぃ、あぶな。
大体あたしがこんな機会を逃すわけがないだろ、ちょっと腹ごなしに白飯をかっこんでいたら遅くなっただけだい。
折角昨日から断酒までしてるんだ」

偉そうに胸を反らす女に店主は溜息を一つ。

「まあ良いさ、間に合ったんだからな。どこか適当なところに座って待っていてくれ。お前で最後だからそろそろ始めるぞ」

それだけ言うと店主は調理場の方へと戻ってゆく。
そしてすぐに顔を出した。

「それとな、そのでっかいのはさっさと仕舞え」

店主の言葉に女は視線を下へと下げる。
そこには小袖の合わせ目から巨大なものが二つ飛び出していた。
女が見世の中を見回すと、先に来ていた男たちが視線を明後日の方へ向ける。

「別に減るものでもないからあたしゃ構わないんだけどねぇ」

にやりと笑いながら女は飛び出したものを仕舞いながら店の中を歩きだし、空いた席へと向かう。

「兄さん、ご一緒させてもらっても良いかい?」

女は一人で座っていた二十半ばの男の横に立ち声をかけた。

「ん? ああ構わねえよ」

男はちらりと女を見上げ、席へと促す。
女は雪駄を脱いで一段高くなった席へと上がると男の対面へと腰を下し胡坐をかいた。

「あたしゃ鬼灯ってもんだ。吉原の近くで骨董屋をやっているから興味があったら一度寄ってくんな」

「ああ、佐治ってもんだ。大工をやっている」

佐治は軽く頭を下げると急に顔を顰めた。

「まあ、なんだ。とりあえず裾を直さないか? 女が胡坐をかくなんざ、目の毒だ」

佐治の言葉に鬼灯は笑う。

「目の保養だと思えばいいんじゃあないかい?」

にやりと笑う鬼灯に佐治が一言。

「あのな、そっちが気になって薬が喉を通らないじゃあないか。それ以上ごねるなら店主と話をするぜ」

「ま、まっておくれ。直す、直すからさ。それだけは堪忍な」

鬼灯は慌てて裾を直し居住まいを正す鬼灯。
佐治も見えていたものが見えなくなった鬼灯を真正面から見る。

「普段はそれも嫌いじゃあないが、今日は特別な日だ。目的が違う」

佐治の真剣な表情に鬼灯も真剣な表情になる。

「だね。悪かったよ。今日はそれどころじゃあないからね」

鬼灯と佐治はお互いに笑い合い、ちょうど調理場から聞こえてきた音に耳をすませた。
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