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優しい先輩
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2022年12月31日
時間にすれば15分程。
レッスン室で過ごした旬と叶多だったが、取り立てやる事も無いので部屋を後にし、エレベーターホールのある階まで階段で降りた。
すると先程来たばかりの頃は薄暗かった廊下に、一室だけ明かりが灯った部屋を見つけた。
叶多ははっと目を開き、咄嗟に駆け足でその部屋に向かった。
「未来っ!!」
ドアを開くと同時に発した言葉。
しかしそこにその名の人物は居なくて。
「え、あ、神君と、旬君。お疲れ様っす」
「お疲れ様です」
交互に挨拶した最初の男は、歳の頃は20代半ば、はっきりした顔立ちの細身の茶髪の男、矢田七瀬で、彼に続いた男も20代半ば、小柄で可愛らしい顔立ちの赤茶色の長めの髪の男、井上健太だった。
彼らもオリバーエンターテインメントに所属するタレントで、琉空や蒼真、綾人達と同じDaybreakの一員、旬や叶多にとっては後輩にあたった。
「お疲れさんってか、お前らこんな所で何してんの?」
叶多を追うように部屋に向かった旬だったので、丁度叶多の後ろに立っていた彼は、少し驚いた表情でそうたずねた。
今やSparkleと1.2を争う程人気のあるDaybreak。
そのメンバーの一員である彼らがこんな大晦日の昼下がりに、studentsの為のレッスン室に何故いるのだと是非問いたい。
「いや、俺らはその、未来の休業の話聞いて、そんでなんか未来の事話してたらあの頃が懐かしくなって」
「どうなってるかなって久しぶりに来てみたんすけど、旬君達は?未来の事、探してるんですか?」
眉根を下げ薄い笑みを浮かべ答える七瀬に続いて、健太は探るような眼差しを旬と叶多に向けた。
「別に、そんなんじゃねぇよ」
ふいっと視線をそらし不機嫌露に答える叶多に、健太の視線が厳しくなった。
「神君。俺なんかに言われたくないかもしれませんが、でも、未来の事はもう」
「解ってる。解ってるって。本当に未来を探してるとかじゃないからさ」
だから安心して?と、困ったような笑みを浮かべる旬が叶多を庇うようにそう言うと、健太は小さな鼻息を漏らしつつも、それ以上の言葉を飲み込んだ。
旬の手前、我慢をした健太だったが、本当は叶多に言ってやりたい数々が沢山あった。
だってあの頃の未来は本当に本当に、ただただ可愛くて。
もちろん今だって未来は可愛い。それに凄く綺麗になったと健太は思う。
綺麗でかっこよくて、まさに唯一無二の輝きを放つ存在。
だけど、健太はあの頃の陰りのない未来の笑顔が一番好きだった。
はにかんだ様な笑みや、綺麗な晴れやかな笑み、無邪気に笑う未来の顔ばかりここにいると思い出してしまう。
だがら、その未来の笑顔を奪ったであろう叶多と、そして旬にも苛立ちが込み上げて仕方なかった。
2013年2月3日
未来がオリバーエンターテインメントに入所してから2度目の合同レッスン。
午前中のレッスンを終えて昼ごはんを食べた後、午後のレッスンが始まるまでの間、未来は先輩達と共に談笑しながら待っていた。
「ってかまじでダンス上手いよねぇ。つか飲み込みはぇ~」
前回と、そして朝のレッスンを思い浮かべながら、当時から目鼻立ちのはっきりした顔立ちの薄茶色の髪の矢田七瀬は、そう言って未来のダンスを絶賛した。
「でしょ~。ダンス大好きだもんね~」
その台詞に1番に反応したのは未来ではなく蒼真で、まるで自分が褒められているかの様に嬉しそうな笑顔で未来に相槌を求めた。
「はい、大好きです」
「「か~わい~っ!」」
満面の笑みで答えた未来のその天使の様な可憐さに、七瀬ともう一人の少年の声が重なった。
「い~なぁ~っ。うちにも欲しいなぁ。こういう可愛い後輩っ」
「本当っ。こんな後輩がいたら超可愛がるのにっ」
今よりももっと華奢で小柄、まるで子犬の様な可愛らしい顔立ちのダークブラウンの長めの髪な井上健太は、胸をきゅんきゅんさせてそう言うと、それに七瀬も同調した。
「あははは。ありがとうございます」
自分の予想通りで理想通りな反応に大満足な未来。
初めて会った時からちやほやと自分に構ってくれる二人だったが、しかしだからといってこの人達が自分のコマ、送り迎えなんてやってくれるわけは無いだろう。
あれからいい人材は居ないかと探していた未来。
蒼真達に頼めば、きっと学校やこの合同レッスンの送りだって嫌な顔せずしてくれるだろうが、しかしそこまでさせるのは流石の未来も気が引けた。
中々探すと都合のいい人はいないもので、未来が心中でこっそりため息を付き、そしてオリバーで実績を作りマネージャーを付けて貰える様になるまでは自力で逃げ切るしかないか、と諦めていると。
「あ、未來、お前また取れてるじゃん」
未来の足元を見ながら言う綾人の視線に、未来も釣られて足元を見る。
「あ、靴紐。何でそんなすぐとれんだろな?結構きつく結んでんのに。ちょっと待ってな」
「あ、すいません…」
蒼真もそんな2人の視線を追うようにそこを見れば、蝶々結びが外れ、固結びだけになった紐がだらりと床に垂らされていた。
蒼真は徐に片膝を付き、そして未来の靴紐に手を伸ばした。
「え、何?もしかして毎回お前が結んでやってんの?」
その様子に驚きの声をあげたのは七瀬だったが、健太も同様に目を丸くしている。
「俺も大和君も結んでるよ~。この子蝶々結び出来ないから」
二人の驚く様などなんの気も留めず、綾人はさも当然とそう言うが。
「そうなの?何で?簡単じゃんあんなの」
「簡単じゃないですよ。全然難しいです」
靴紐など、低学年の子でも結べる子は多い筈と思い七瀬は言うが、未来にはそれが未だに出来なかった。
「不器用なのようちの子は。はい、OK」
「ありがとうございます」
ぽんと結び直した足を軽く叩き、蒼真は未来に出来たよと伝えると、未来は彼に笑顔を向けた。
「どういたしまして。あ、あっちで柔軟しとく?」
「はい、そうですね」
「俺トイレ行ってから行くわ」
「あぁ、うん。解った~。先いってるなぁ」
そう言って移動していくSクラス組の背中を見つめるのはAクラス組の二人で。
「…いやさ、不器用ってレベルの話?」
「だよね?可愛がる気持ちは激解るけど、でもちょっと甘やかしすぎだよな、あいつら」
きゃっきゃっとそれはそれは楽しそうに柔軟をする未来と蒼真を視界に入れながら、七瀬と健太は話す。
「うん。なんか、大丈夫か?」
怪訝な表情で七瀬が健太に目配せすると、彼は何とも言えない顔で肩を竦めた。
「さぁ…?」
何となく、何となくだが、この状態で行くのはあまり良くない様な気がするが、自分達が口出す事ではないのかなと、二人はとりあえず見守る事を選択した。
いや、違う。
自分達はいつも後ろからただ傍観しているだけだった。
クラスが違う、年齢も違う、未来は別格と、最初から未来と自分達の間に無意識に壁を作っていたのかもしれない。
だけど最初から、もっと口を出して、もっと未来と関わって、もっと未来と距離を縮めて、そうしていたら…。
未来の笑顔が陰る事にはならなかったのかもしれないなんて、そんな事を思う日が来るとは、この時の二人には想像出来なかった。
時間にすれば15分程。
レッスン室で過ごした旬と叶多だったが、取り立てやる事も無いので部屋を後にし、エレベーターホールのある階まで階段で降りた。
すると先程来たばかりの頃は薄暗かった廊下に、一室だけ明かりが灯った部屋を見つけた。
叶多ははっと目を開き、咄嗟に駆け足でその部屋に向かった。
「未来っ!!」
ドアを開くと同時に発した言葉。
しかしそこにその名の人物は居なくて。
「え、あ、神君と、旬君。お疲れ様っす」
「お疲れ様です」
交互に挨拶した最初の男は、歳の頃は20代半ば、はっきりした顔立ちの細身の茶髪の男、矢田七瀬で、彼に続いた男も20代半ば、小柄で可愛らしい顔立ちの赤茶色の長めの髪の男、井上健太だった。
彼らもオリバーエンターテインメントに所属するタレントで、琉空や蒼真、綾人達と同じDaybreakの一員、旬や叶多にとっては後輩にあたった。
「お疲れさんってか、お前らこんな所で何してんの?」
叶多を追うように部屋に向かった旬だったので、丁度叶多の後ろに立っていた彼は、少し驚いた表情でそうたずねた。
今やSparkleと1.2を争う程人気のあるDaybreak。
そのメンバーの一員である彼らがこんな大晦日の昼下がりに、studentsの為のレッスン室に何故いるのだと是非問いたい。
「いや、俺らはその、未来の休業の話聞いて、そんでなんか未来の事話してたらあの頃が懐かしくなって」
「どうなってるかなって久しぶりに来てみたんすけど、旬君達は?未来の事、探してるんですか?」
眉根を下げ薄い笑みを浮かべ答える七瀬に続いて、健太は探るような眼差しを旬と叶多に向けた。
「別に、そんなんじゃねぇよ」
ふいっと視線をそらし不機嫌露に答える叶多に、健太の視線が厳しくなった。
「神君。俺なんかに言われたくないかもしれませんが、でも、未来の事はもう」
「解ってる。解ってるって。本当に未来を探してるとかじゃないからさ」
だから安心して?と、困ったような笑みを浮かべる旬が叶多を庇うようにそう言うと、健太は小さな鼻息を漏らしつつも、それ以上の言葉を飲み込んだ。
旬の手前、我慢をした健太だったが、本当は叶多に言ってやりたい数々が沢山あった。
だってあの頃の未来は本当に本当に、ただただ可愛くて。
もちろん今だって未来は可愛い。それに凄く綺麗になったと健太は思う。
綺麗でかっこよくて、まさに唯一無二の輝きを放つ存在。
だけど、健太はあの頃の陰りのない未来の笑顔が一番好きだった。
はにかんだ様な笑みや、綺麗な晴れやかな笑み、無邪気に笑う未来の顔ばかりここにいると思い出してしまう。
だがら、その未来の笑顔を奪ったであろう叶多と、そして旬にも苛立ちが込み上げて仕方なかった。
2013年2月3日
未来がオリバーエンターテインメントに入所してから2度目の合同レッスン。
午前中のレッスンを終えて昼ごはんを食べた後、午後のレッスンが始まるまでの間、未来は先輩達と共に談笑しながら待っていた。
「ってかまじでダンス上手いよねぇ。つか飲み込みはぇ~」
前回と、そして朝のレッスンを思い浮かべながら、当時から目鼻立ちのはっきりした顔立ちの薄茶色の髪の矢田七瀬は、そう言って未来のダンスを絶賛した。
「でしょ~。ダンス大好きだもんね~」
その台詞に1番に反応したのは未来ではなく蒼真で、まるで自分が褒められているかの様に嬉しそうな笑顔で未来に相槌を求めた。
「はい、大好きです」
「「か~わい~っ!」」
満面の笑みで答えた未来のその天使の様な可憐さに、七瀬ともう一人の少年の声が重なった。
「い~なぁ~っ。うちにも欲しいなぁ。こういう可愛い後輩っ」
「本当っ。こんな後輩がいたら超可愛がるのにっ」
今よりももっと華奢で小柄、まるで子犬の様な可愛らしい顔立ちのダークブラウンの長めの髪な井上健太は、胸をきゅんきゅんさせてそう言うと、それに七瀬も同調した。
「あははは。ありがとうございます」
自分の予想通りで理想通りな反応に大満足な未来。
初めて会った時からちやほやと自分に構ってくれる二人だったが、しかしだからといってこの人達が自分のコマ、送り迎えなんてやってくれるわけは無いだろう。
あれからいい人材は居ないかと探していた未来。
蒼真達に頼めば、きっと学校やこの合同レッスンの送りだって嫌な顔せずしてくれるだろうが、しかしそこまでさせるのは流石の未来も気が引けた。
中々探すと都合のいい人はいないもので、未来が心中でこっそりため息を付き、そしてオリバーで実績を作りマネージャーを付けて貰える様になるまでは自力で逃げ切るしかないか、と諦めていると。
「あ、未來、お前また取れてるじゃん」
未来の足元を見ながら言う綾人の視線に、未来も釣られて足元を見る。
「あ、靴紐。何でそんなすぐとれんだろな?結構きつく結んでんのに。ちょっと待ってな」
「あ、すいません…」
蒼真もそんな2人の視線を追うようにそこを見れば、蝶々結びが外れ、固結びだけになった紐がだらりと床に垂らされていた。
蒼真は徐に片膝を付き、そして未来の靴紐に手を伸ばした。
「え、何?もしかして毎回お前が結んでやってんの?」
その様子に驚きの声をあげたのは七瀬だったが、健太も同様に目を丸くしている。
「俺も大和君も結んでるよ~。この子蝶々結び出来ないから」
二人の驚く様などなんの気も留めず、綾人はさも当然とそう言うが。
「そうなの?何で?簡単じゃんあんなの」
「簡単じゃないですよ。全然難しいです」
靴紐など、低学年の子でも結べる子は多い筈と思い七瀬は言うが、未来にはそれが未だに出来なかった。
「不器用なのようちの子は。はい、OK」
「ありがとうございます」
ぽんと結び直した足を軽く叩き、蒼真は未来に出来たよと伝えると、未来は彼に笑顔を向けた。
「どういたしまして。あ、あっちで柔軟しとく?」
「はい、そうですね」
「俺トイレ行ってから行くわ」
「あぁ、うん。解った~。先いってるなぁ」
そう言って移動していくSクラス組の背中を見つめるのはAクラス組の二人で。
「…いやさ、不器用ってレベルの話?」
「だよね?可愛がる気持ちは激解るけど、でもちょっと甘やかしすぎだよな、あいつら」
きゃっきゃっとそれはそれは楽しそうに柔軟をする未来と蒼真を視界に入れながら、七瀬と健太は話す。
「うん。なんか、大丈夫か?」
怪訝な表情で七瀬が健太に目配せすると、彼は何とも言えない顔で肩を竦めた。
「さぁ…?」
何となく、何となくだが、この状態で行くのはあまり良くない様な気がするが、自分達が口出す事ではないのかなと、二人はとりあえず見守る事を選択した。
いや、違う。
自分達はいつも後ろからただ傍観しているだけだった。
クラスが違う、年齢も違う、未来は別格と、最初から未来と自分達の間に無意識に壁を作っていたのかもしれない。
だけど最初から、もっと口を出して、もっと未来と関わって、もっと未来と距離を縮めて、そうしていたら…。
未来の笑顔が陰る事にはならなかったのかもしれないなんて、そんな事を思う日が来るとは、この時の二人には想像出来なかった。
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