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あの日の誓い

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2022年12月24日
聖なる日を明日に控えた街は、どこもかしこも煌めきに包まれている。
雪が今にも降り出しそうな程冷え込む夜。
青と白で織りなす街のイルミネーションの光は、コンサート会場を埋め尽くすペンライトととても良く似ていて。
あぁ、だから思い出したのかと、満席となった会場の中央ステージの上。
ピアノに指をはわせる20代前半の若い男は、ふと昔の記憶を思い出した。
あの日も確か、とても寒い日だった。
中性的な綺麗な顔立ちに、肩まで伸ばした白に近い金髪。
なんとも妖艶な色気を醸し出している男は、その容姿に反して少し掠れたハスキーボイスで、彼のヒット曲を歌っている。
曲に合わせて揺れる輝きはとても綺麗で幻想的。
だかしかし、どこかもの寂しくも感じる。
それは男が今弾き語っている曲がバラードだからだろうか。
切なく胸にささるメロディーと歌詞。
最後のピアノソロまで男が完璧に弾き終えると、会場はゆっくりと暗転していった。
すると終わりを惜しむように、女性達の歓声と悲鳴が混ざった熱い声が、しばらくの間響き渡っていた。



大盛況に終わったコンサートの後。
シャワーを浴び、髪も乾かして、男は長い髪を無造作に1つに結び、楽屋のソファーにどかりと座った。
外からはコンサートを無事に終えれたスタッフ達の高揚した声が未だに聞こえてくる。
その声を聞きながら、自身もまだ冷めやらぬ火照った体を感じ、満足そうに薄く微笑みを浮かべた。
なんとも言えないこの心地よい疲労感が堪らない。
男がゆっくりと瞳を閉じて余韻に浸っていると、不意にドアがノックされた。
はいと、男が返すやいなや、失礼するよとドアを開けたのは背の高い50代半ばくらいの長身の男。
ぴしりとスーツに身を包み、端正な顔立ちに黒い髪をきちりとオールバックに纏めたその男は、柔らかい笑顔を浮かべ中へと入ってきた。

「最高のステージだったよ。おめでとう、未来」

そしてお疲れ様と、言葉を添えた男に未来と呼ばれたソファーに座る男、加藤未来は、先程のステージ上の妖艶な雰囲気とは打って代わり、まだあどけなさの残る笑顔と共に腰を上げ、嬉しそうに男を迎え入れた。

「ありがとうございます。悟さん」

挨拶とお祝いを兼ねたハグを交わすと、未来は壮年の男、神崎悟とともに再びソファーに腰をおろした。

「あのさ、悟さん。俺さっきアンコール歌いながら思い出してたんだ。悟さんが俺を口説きに来た日の事」

今日みたいに雪が降りそうな程寒い日。
香しい匂いがそこかしこの家々から溢れる夕暮れ時の住宅街。
綺麗な飾りを纏った大きなもみの木のある未来の自宅の門前で、まだ幼い小さな未来の手を、悟はしっかりと握りしめていた。
未来が悟の誘いを受け入れた日。
本当にありがとうと、何度も繰り返し言う悟の掌からは、その気持ちと同じくらいの熱を未来は感じた。

君がまたメディアに戻れば必ずもう一度ブレイクするだろう。
君は本当に魅力的で才能もある。
君のような子は100万人、いや、1万人に1人いるかいないかだよ。

そう腰を屈め、目線を合わせて賞賛してくる悟に、未来は少しくすぐったい気持ちを感じたのを、今でも鮮明に覚えていた。
だってそれはなんだかまるで、愛の告白、プロポーズの様だったから。

「奇遇だな。俺もステージで歌うお前を見ながら、あの日を思い出していたよ」

にやりと悪戯な笑みを浮かべ言う悟に、未来は本当に?と、おどけた笑いで返した。
すると悟はおもむろにソファーから腰を上げ跪き、未来の華奢だが少し節くれだった手をとった。
それはあの日の模倣。
あの小さな手はしっかりとした大人の手になっていて、悟は感慨深く思いながらその手を暫く見つめた。

「ねぇ、悟さん。俺まだ覚えてるよ?あの日悟さんが言ってくれた台詞」

君が少しでも輝く為なら何だってする。
君の夢や希望は全て叶えよう。
君を必ず世界で通用する大スターにさせてみせる。

悟が言ったその台詞に、少年未来はとても胸を高鳴らせた。
この人の元なら、絶対に自分はやれると確かにそう思った。

「未来、俺は今も同じに思ってる。だから」
「悟さん。ごめん。でもやっぱり少し、今は時間が欲しい」

未来はそう言うと、そっと悟の手から自分の手を抜き、そしてソファーを立ち上がり帰りの身支度をし始めた。
あの日確かにあった熱い気持ちは覚めた訳ではない。
まだまだ輝けるし、まだまだ夢も希望も途中過程だ。
世界の壁は未だ遠く、だが無謀ではない所まではやってこれた。
その証は今回のツアー。
ソロアーティスト最高の動員数で、史上最年少でトップに立つという快挙を成し遂げられた。
まさに飛ぶ鳥を落とす勢い。
未来だってその実感は強くあった。
だけど

「本当にいいんだな?」

先程話を遮られた悟は、ため息混じりに未来を見つめそう言った。
数ヶ月前。
未来から言われた突然の休業を、渋々了承したものの、やはり悟は勿体なく思ってしまう。

「うん。迷惑かけてすいません」

眉根を下げて申し訳なさそうな笑みを浮かべる未来だが、彼が頑固な事を悟は重々承知していた。
それでも今日まで何度も何度も説得したが、彼の意思が変わることは無かった。

「はぁ~、分かったよ。後の事は心配するな」
「ありがとう、悟さん。んじゃ俺行きますね」

キャップを目深に被り、マスクにメガネをかけた未来は、黒の革製のリュックサックを片側の肩にかけると、軽く頭を下げて部屋を出ていった。
悟はパタリと閉まったドアを暫く見つめた後、大きなため息を1つ吐いた。
加藤未来、無期休業!!
と、数週間後にはあちこちでこの話題が持ち切りになるだろうことは言わずもがな。
未来には心配するなと言ったものの、関係各社への対応やらなんやら、自分の休みは当分無さそうだなと、考えただけで吐き気がしそうな今後を悟は苦々しく思った。
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