鬼子の嫁

白木 犀

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第十六話/決着

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視覚に最初に捉えたのは、セピア色の大きな満月が浮かぶ夜空。

聴覚が最初に捉えたものは、かなり耳から近い位置でする啜り泣く声。

目だけを動かして、胸の方を見ると━━━━案の定、絢音が顔をうずくめて泣いていた。

ああ、そんなに泣かないでくれよ。
君の笑顔を見るために帰ってきたんだから。

晴昭の魂を追い出したばかりだからか、先の戦いで体力を使い果たしたのか、体はどんなに力を入れても、まるで石になってしまったかのように動いてくれなかった。

だから、重点的に力を込めて動かそうと試みることにする。
右腕を精一杯、動かそうとしてみるが無理……ならば、手だ。 手も震えるのがやっとで思うようには動かせない。
なので、消去法的に指を動かそうと努力してみる──と、ぎこちないけれどわりと思うように動かせる。

その感覚をしっかり体に刻み込んで、今度はもっと大きな部分──腕を動かせるように意識する……。

脳の血管が千切れるくらいに力を込めて、俺の胸を枕にしている絢音の頭までなんとか腕を持ってきて、ぎこちない動作で撫でる。

「え━━━━」

絢音は驚きの声をあげると、すぐにがばと起き上がって俺の目を見つめてくる。 その顔が久しぶりに見るものだから、あまりに可愛らしくって衝動的に抱きしめたくなってしまった。

そうして、愛情の次に来るものは羞恥心だった。

俺は子どもだし、俺たちは許嫁だ。
……だけど、女の子が胸に顔をうずめていたっていうのは凄い胸がどきどきしてしまう。 体の感覚はないっていうのに、顔が熱くなっていく感覚だけはある。

なので、言葉に詰まって、空気の読めない発言をしてしまった。

「…………えっと、おはよう……かな?」

自分でも、なんとつまらないことを言ったものかと枕に顔をうずくめたくなる。 だけど、もはや妖怪みたいに綺麗な女の子を前にして面白いことを言える男の方が、きっと少ない。
許してくれ。

「……とっくん?」

泣きはらして、すっかり目の周りが兎のように赤くなった絢音が涙を拭いながら問うてくる。

ああ、なにを気取っているんだ。
普通にしているのがいいに決まっているだろう。 彼女が好きになってくれたのは平生の俺なんだから。
俺は泣いている彼女を笑わしてやろうという思惑を投げ捨てて、普通になることにした。

「…………うん。 帰ってきたよ、ただいま」

「……生きててよかった…………大好き。 もう離れないでね……」

そう言うと絢音は俺の胸を抱きしめて、ぷつりと糸が切れてしまったように俺の肩に首を乗せてえんえんと、子どものように泣きじゃくる。

でも、いいんだ……。
絢音はきっと今まで、泣かなすぎた。
これからはもっと、心の赴くままに泣けばいい。
今まで泣けなかった分まで……。
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