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第三章 一日目の昼前 タランの森でゴキホイ食うな
(2)白百合&リンジャンゲルハルト女帝&貴女を待っている
しおりを挟む黄朱の果実を一口齧った。
頭の中で重心がぐらつく。
何だ、此の不思議な感覚は……俺が揺れているのか、辺りの景色が伸び縮みして……吐き気を催す……此の果実は毒だったのか……
ううっ、腹がゴロッとなった。
白百合の男は顔を歪めて腹部に手を当てた。ゴロゴロと遠雷のような不穏な音がする。
ううっ、当たったか。腹を下したか…………ない……おおっ。俺は……紙が……ない……ううっ……糞っ。洒落にならん。あの阿保から奪った果実で腹を下すなど……忌々しい。あの阿保は食うつもりだったのだな。阿保め……どうなるとも知らずに……今頃、食ってたりして……ぶゎあははは……ああ、いかん、漏れる。
白百合は手頃な茂みに入った。
「ライザック、今日はダンジョン修道院の受け持ちか」
岩壁の影かと思うほど痩せた黒マントに声をかけられて、ライザックは足を止めた。
婢呼眼がライザックの全身を斜めに見てくる。
「婢呼女軍師長。何故、修道院に」
ウザいやつ。此の若者の強健さは証明済みだが、不必要に顔面が整っておるのが気に食わない。そういうやつはゾドムの出じゃないのか。あるいはリンジャンゲルハルトの……
婢呼眼の鋭い目線は何かのテストのようだと、戦士は心を振り切った。
気にすることはない。婢呼眼軍師長に目を合わせなければ災厄は免れる。
「お前に聞きたいことがある。奇妙な女を二人、見なかったか」
覗きの小窓の足台から下りて、小さな女帝はふふっと笑った。リンジャンゲルハルト帝国のノアル(女王)は身の丈が傀儡人形の如くではあるが、存在自体が国を治める律法だ。
「此のリンジャンゲルハルトで女に危害を加えたら落ちん子を切り落とされるって、あの男は知らなかったのか」
「犯罪者の考えは図りかねます、ノアル様。言い訳なら何とでも言えますので」
灰色の侍従は恭しく腰を低めて答えたが、ふいに顔を背けて笑いを堪えた。白塗りの仮面のような顔が歪む。
「どうした。隠さず話せ」
玉座の肘掛けに手が届かない。仕方なく座席を捕まえて足台によじ上った後、薔薇の小枝を振る。王座は先王のサイズに造られており、よじ登って座ると宝飾の中に小さく埋まる女帝は、足が床から浮く。
「はい。この前の犯罪者集団のことです、ノアル様」
身を屈めずとも、女帝の靴裏が見える。
「ああ、あれか。多くの人に悪意を抱かせて、自分の気に入らない女を犯させた躓きの女」
「左様でございます、ノアル様。あの女の言い訳を思い出してしまいました」
「きゃははは、傑作だったな。『被害者がそれを望んでいたからやってあげたんだ』と言うなんて。あやつをアホんだらサイコパァァァと言うのだ、きゃははは。首に錘を付けて湖に沈めてやった時も、あやつは……きゃははは」
「左様でございます、ノアル様。あの者は懲りない悪人でございました。更に多くのサイコピィを躓かせたのですから」
「質の悪い許せん女だ。あやつを憐れんで湖から引き上げた僭越な奴らはまだ牢にいるのか。ならば女と共に手首足首をちょん切れ。そして治療の後にあの女と共に野に放て」
この毒豚に睨まれると命はないが、わたくしのような灰色の小者にはお優しい面もあるのだ。
「このリンジャンゲルハルトの『ノアルの裁き』を曲げる僭越な輩は皆殺しにしてやりたい処だが、お前の笑顔に免じて命だけは取らずにおくのだ」
侍従は腰を曲げてほくそ笑んだ。
「仰せの通りに」
* * *
修道女ベロニカの出迎えに一瞥を与えただけで、婢呼眼は靴音高く院内の奥へと向かった。ベロニカも驚く足の速さでついて行く。
案内されずとも院長室はわかっている婢呼眼だ。無言の圧力を振り撒きながらマントが翻る。婢呼眼の姿はコマ送りのように消えては現れ疾風にならんとして。
院長室のドアが、内側から開いた。
「嗚呼、オリガルド……いえ、婢呼眼軍師長、様。お久しぶりです。三年ぶりですね。お待ちしておりました」
院長の温かな眼差しに涙が浮かぶ。
軍師長は片手で院長を室内に押し戻し、ベロニカを振り返って鋭い目で指示した。
「異世界からの女たちがいるな。連れて参れ」
院長室に踏み込んで、後ろ手でドアを閉める。
ベロニカ修道女は閉ざされたドアに向かって深く頭を下げ、廊下を去った。
「軍師長ではなく、貴女の娘オリガルドです。約束通りドラゴルーンを退治してこの忌まわしいダンジョンから救いだします。もう少しの辛抱です、母上」
「婢呼……オリガルド。貴女を待っていました。ずっと、母は……オリガルド、あなただけを待っているのです。他のことなど……」
院長は婢呼眼の首に腕を回して抱き締めた。婢呼眼も院長の背中を抱いて、肩に顔を埋める。
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