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リンジャンゲルハルト帝国学園の堕天使の溜め息
羊飼いは命がけ
しおりを挟む「君は良いところを突いてくるな。有り難う、ゲラン。君の言う通りだ。ふたりの精神は明らかに違う。ではカインについて考えてみよう。カインは肉体労働者だ。鋤鍬を振るって畑を耕したとしても、彼の使っていた耕具は現代の農耕器具とは異なって、木製の手作りの道具だったはずだ。壊れやすく、使い勝手も良くなかったに違いない」
「水撒きもしたはずだよね」「えーっ、スプリンクラーなんてない時代だよ」「そんなの簡単さ。ホースを使うんだよ」「まさか。ホースなんて現代の発明だよ」「ウソ。僕の生まれる前からあったのに」「難儀そうだよ。僕は嫌だね、そんな仕事」
「エファタ、聞きなさい。その時代は雨が降ったことはなく、地表には霧とか靄など水分があったらしいから水を引く必要はなかったのかもしれない」
そうだよ。地表はいつも湿っていたと言っただろ。ずっと後のノアの時代に初めて雨が降ったんだよ。大災害という形で。だから、カインの時代はスプリンクラーもホースも要らなかったのさ。
「だが、カインの農業は想像するだに苦労が多い。アダムはエデンから追放された時に、男は額に汗して呪われた土地から実りを得ることになると、神に言われたのだからな。では、アベルはどうだね。ホーニッヒ」
デュアルメンに指名されて満面の笑みを浮かべちゃってハチミツ色のたれ目がキラキラと輝く。こいつは餌をばらまかなくても勝手に転ぶ。
「はあい。アベルは神に好かれていたので、楽々と羊の番をしていました」
確かにアベルは草笛を吹いて遊んでいるのも同じように見えた。比べてカインは重労働パフォーマーだから、毎夜、筋肉疲労と共に寝る。鋤鍬も、たとえ鉄鉱石が手に入っても現代のように製錬する技術はなかったから、木製のものだ。カインの土に汚れて黒くなった爪は、アベルの爪とは大違いだった。両親が神を裏切らなければ、カインも今頃はエデンで旨いものを食べて永遠の命と能力で何事かを成し遂げ、楽しく暮らしていたであろうに。
「ホーニッヒ、羊の番は本当に楽だと思うのかね」
デュアルメン、その笑みは意地悪な表情だな。ホーニッヒを見下ろすその姿は、まるで鏡を見ているような気分にさせる。尤も私には鏡に映るような肉体などないのだが。あればきっとデュアルメンと兄弟のような外見がいいな。
「僕、経験無いからわかりません」
「羊飼いは、ライオンやオオカミと戦わなければならない時もあるのだ。少年ダビデは石投げ器で ゴリアテという大男を倒した。それは彼が羊飼いだったからだ。羊飼いには鎧も盾もなく、石投げ器ひとつで捕食獣を撃退しなければならない。アベルはその羊飼いだったのだが……」
尤もカインとアベルの時代に鎧や盾などあるはずがないじゃないか。戦争する相手がいないのだから、木製のものさえありはしない。いきなり殺人事件が起きるまでは平和だったよ。な、クソ清いお天使様。カインが神の態度に傷つくまでは、特別に変わったことはなかったんだ。我々だって、大人しく見ていただけさ。
「えーっ、楽なお仕事ではないんですか」
いえいえ、ホーニッヒお坊っちゃま、楽なお仕事ですよ。ライオン君やオオカミちゃんと楽しぃく遊んでラムやマトンと一緒にガツガツ食われておっ死ぬだけなのですから、あぁんなに楽なお仕事は世界中探してもどっこにもありませんよぉ。命懸けですが、どうでしょう、羊飼い。なってみますかぁ。
「この世には君に向いている楽なお仕事は沢山あるだろうな。しかし君は羊飼いには向かない」
ふはは。可愛いポンコツにできる楽な仕事なら、他の誰にでもできる。私が探してやろうか。偶像の前にスプーンを置く仕事などどうだ。楽だぞ。スプーン置いたって誰が使うでもない不毛な仕事だが、数十体にも及ぶ堕天使の偶像を崇拝していた神殿ではそういう仕事もあったのだ。
まあ、実際にこのリンジャンゲルハルトの属国には未だに足萎えや盲目の神殿娼婦神殿男娼がいて、躄ながら懸命に箸を置く姿に欲情する堕落富貴族の喜捨が、その国の神殿を支えているのだからな。
堕天使仲間が神に成り代わっている悪魔崇拝神殿だが、福祉政策不十分な国の躄に憐れみを示しているのさ。ははっ、そういうことにしておこう。
はぁあ、年取った身障者がどのような扱いを受けているかって、ぉー……答える気はありませんね。人間の政治力がないのが問題なのでしょ。我々のせいではありませんよぉ。何でもかんでも悪魔のせいにしないでほしいものですね。人間は全ての責任を自分達で取るべきですよ。
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