上 下
10 / 10

第十話 許された範囲内に存在する

しおりを挟む
二匹のネズミがネズミトラップ「アースネズミホイホイ強力粘着チューバイチュー」に横たわって鳴いている。

チッ……キュッ……ヂッ……

人間の目には双子のようにそっくりなネズミだが、二匹いるとなると、まだ隠れていそうだ。

「アース……チュー」はあと一冊ある。広げるとムッチャムッチャと粘着する見開き黒いページ。昔はこれに親子ネズミ四匹が掛かっていたこともあるから、製品に間違いはない。

二冊で一セットだからと思って一個だけ購入したけれど、一匹見れば四十匹とか恐ろしい情報もあることだから……おや……

家のどこかで音が鳴る。割りと大きな音だけど、人間の立てる音のようでもあるし、ネズミが走り回って何かを落としたか引っ掛けたかのような嫌な音だ。

今鳴いているネズミは何を言ってるのだろう。

「助けてくれ。粘着して動けないんだ」「来るな。捕まるぞ」「腹がへった。差し入れ頼む」「水をく酒ならなお良いが」「いや、捕まらないように気を付けろ」「ううう、今こそ育てた恩を返せよ」「そりゃあ自由って素晴らしいさ。だから捕まるなよ」「いやいやいや、お願いだ。家族だろ」

そうか、お腹空いたのか。どうしようかな。二匹の背中の方に煮干しをひとつ置いてみるか。

この二匹は猫のエサにしている煮干し一個に釣られて死にかけているのだ。

有り難う弟よ。君の差し入れた「アーモンド&小魚」は良いエサだ。

煮干し一個でネズミ二匹。この煮干し、引き寄せの術マックスなのかも。まだまだ使えそうだからそのままにしておく。

ネズミが死んで臭くなったら引き寄せの効き目がなくなるだろうから、何とか数日は生き延びさせてやろうか。ネズミの口に入るスポイトなどで加工乳でもちょびっと飲ませてやろうか。水で良いか。

なんて優しい私なのだろう。死に逝くものに加工乳か水かと悩む。なんて合理的な私なのだろう。死に逝くものに仲間を誘き寄せるための延命措置を取ろうとするなんて。しかも煮干し一個のために。

ネズミの口に入るスポイトなどあったとしても、気持ち悪くてミルクも水も遣りゃあしないよ。なんて残酷で傲慢な私なのだろう。人間に生まれたからね。

ネズミよネズミ。簡単には死ぬな。お前の仲間を誘き寄せろ。ジェノサイド祭りだ。

ネズミトラップ「アース……チュー」で、左端と造反者たちを捕縛して、折り畳んで古新聞にくるんでごみの日に出す。

神の楽園にもネズミは居るだろうね。但し、害獣ではなくなった可愛いネズミが。聖書では、楽園におけるライオンや毒蛇は人間を害しないと云うのよね。神の楽園では素晴らしい生活が望めそう。

でもね、この世は決して楽園にはならないから、ネズミやコブラやハブはみんな害獣だよ。左端と造反者たちだってまだまだ巣食ってるものね。

死んでしまった車椅子の博士は、誰に対抗していたのかな。宇宙の目から地球を隠すと云う博士の科学者チームはどうなったの。神の目からは逃れられない。だがらさ、博士は物理的な存在を怖れたんだろうね。宇宙のどこかに存在する物理的な攻撃者をね。神ではなく。

私の家を覗いている集団ストーカーの目には、効果的な計画だったかもだけどね。家全体に博士の科学チームのシールドを貼ってさ、誰も入り込めない結界。安全地帯。

その前に害獣を追い出さなくてはね。「アース……チュー」を買った理由は、燻煙剤が無かったから。サンエーにもイオンにも無かったから。

燻煙材、天井裏に使いたかったんだよね。天井裏に巣食ってるかもなナニモノカを追い出すためにさ。

ああ、左端と造反者たちの末路を見てみたいよ。それに与する者たちの末路は怖いから、今日も昨日も明日も明後日、明明後日も、伝道者は歩く。感謝。

私の家族も未信者だからね。伝道者有難い。いつかきっといつかきっと未だにでもいつかきっとだよ。

「アース……チュー」に横たわる二匹のネズミ。害獣。あんな姿にはなりたくない。左端と造反者たちに与する者にはなりたくない。

神の目に映る私は……神に許された範囲内に存在する正当な私でありたい。




しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、第一王子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろうにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

処理中です...