上 下
99 / 128
第三章 純愛と天使と悪霊

(90)モーナス、愛している

しおりを挟む


モーナスが目を覚ました。扉が開いて小さな影が家に入ってくる。

「ガレ、不浄だったのか」

「うん。ちゃんと手を洗って来たよ」

月明かりの差し込む部屋を、ガレが近づく。身体半分が影になる立ち位置で、ガレの左右色の違う瞳が光る。

「ガレ、腹は減ってないか。お父さんと一緒にパンを食うか」

「うん。嬉しい」

ガレの笑顔が弾けた。モーナスの方から優しい声を掛けられた記憶がない。驚きと共に、洞穴に作った祭壇にお祈りを捧げた祈りの効力だ、と喜んだ。

モーナスは台所に進んでガレの頭をくしゃくしゃに撫でた。いつからか、口をきくのも少なくなっていたと気づく。

アデルが二人目を宿してからだ
自分に似ていない子供が生まれることを恐れて
悩んでいた
ガレはもしかしてメンデの子供ではないかと
アデルの貞操を疑った
兄貴を疑った
しかし、エレネイラは間違いなく俺の子だ
ガレの片方の青い目も、俺と同じだ
もじゃもじゃの赤毛は親父と同じ
ガレも俺の子だ 
憎いわけではない
寧ろ、その逆だ
可愛い息子だ
失いたくない可愛い息子

モーナスは天井から吊るした篭から、食べ残しのパンを取り出した。それを二つに割いてガレに手渡す。

「祈るか。天の神様。日々の糧を与えてくださることに感謝します。私と家族が健康で働けることにも感謝します。ガレを与えてくださったことに感謝します。とても良い息子です」

ガレの胸がドキンと奮えた。

「娘を与えてくださったことにも感謝します。元気に成長しています。心優しい妻を与えてくださったことにも感謝します」

白い寝間着姿のアデルが、両手を口に当てて突っ立っている。

「私の伴侶として申し分のない妻です。神様の愛と憐れみが引き続き私たち家族に示されますように。天の神に感謝と祈願を捧げ、神を讃えます。アーメン」

「「アーメン」」

ガレの声にアデルも和した。

「アデル、起きたのか。お前もパンを食べるか」

立ち上がろうとするモーナスに駆け寄って、アデルが背中に抱きつく。

「有り難う、あなた」

「なんだ」

ガレも椅子から降りて父親に腕を回した。

「お父さん、大好きだよ」

途端に、モーナスの背に衝撃が走り目から涙が落ちた。片手をアデルの腕に添えて、片手でガレの頭を掻き抱く。暫く咽び、それから離した。

ガレもアデルも泣いていた。エレネイラだけが静かに寝ている。優しい時間はゆっくりと歩を進めた。

悪霊が静かに入って来た。

モーナス……
なんと恵まれた男だ
兄のメンデはお前の背の高さを羨み
父親のサレはお前の料理の腕前を認め
母親マロリーはお前の性質を喜び
甥っ子ネイトには優しいおじさんと慕われ
妻のアデルには深く愛されて
実子のガレには尊敬されている
お前は何がほしいのだ
既にこの世の全てを手にしているのと
同じではないのか
やりがいのある仕事があり
愛する家族に囲まれて
健康で幸せに暮らすこと
それが人の望みの全てではないのか
私はお前が嫌いだ
いや、愛しているよ、モーナス
お前が悩んでいた間
どんなに可愛いと思ったことか
お前の耳に口をつけて
疑いを吹き込んだのは
このベルエーロ様だ
お前はどうする
私に従うか、モーナス
それとも、神に祈り続けるつもりか
お前は私の持っていないものを
全て持っている
モーナス
一介の悩み多き不完全な人間であるお前が
私の持っていないものを持っている
許せると思うか、モーナス
ああ、可愛いモーナス
愛しているよ
わははは……




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

♡ちょっとエッチなアンソロジー〜おっぱい編〜♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート詰め合わせ♡

強制調教脱出ゲーム

荒邦
ホラー
脱出ゲームr18です。 肛虐多め 拉致された犠牲者がBDSMなどのSMプレイに強制参加させられます。

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

我慢できないっ

滴石雫
大衆娯楽
我慢できないショートなお話

処理中です...