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第二章 カリギュラ暗殺

(51) リトワールの死

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年月は流れてリトワールはめっきり弱り、眼窩の窪みに若き日の美しさは留まってはいない。

ジグヴァンゼラの黒髪も、ヘシャス・ジャンヌを思わせる銀灰色になった。

リトワールは部屋を三階からジグヴァンゼラの隣に移して、寝たきりのリトワールは介護を受けた。

新しい執事が館の采配を振るう。

リトワールは、執事として役に立たなくなった己が身を寂しく思うばかりだが、有能な執事のことは喜んでいた。

二人で育てたヘシャス・ジャンヌの次男は堂々とした次期領主に育ち、王宮殿にも領主会議のために代理で上り、普段は国境警備に勤しむ若き覇者だ。もう嫁取りも済ませて、跡継ぎの心配はない。


「私はそろそろお先になりそうです、旦那様」

ある夜、オムツを変えたばかりの時にリトワールが静かに言った。

「リトワール、気分が優れないのか。医者を呼ぶから待っておれ」

添い寝をしようとベッドに入った処だった。

「いいえ、気分は多分……今日なのです。私は逝きます」

「何処へ行くのだ。お前は私の持ち物だと言ったではないか。何故勝手に死のうとするのだ。許さないぞ。死んではならない。生きるのだ、リトワール。お前は私の財産だ。失いたくない」

「有り難きお気持ち。リトは嬉しく思います」

自分のことをリトと言うのは初めてだが、言ってみてからリトワールはふふと笑った。簡単なことだったのだ。伸びかねる腕を伸ばす。

「ジギー……」

ジグヴァンゼラは顔色を変えた。悪霊ルネがそう呼ぶ。憑依されたかと訝りながらリトワールの顔を見つめた。

「ジギー……リトは……リトは……ああ、暗くて」

ジグヴァンゼラはリトワールの腕を自分の首に回す。半身を緩く重ねて耳元で囁いた。

「ジギーだ。此処にいるよ」

声が震えた。

「ジギー」

リトワールの声は弱々しい。その声でジギーと呼ぶ。初めて愛称で呼ばれた。

ジグヴァンゼラの記憶から、ルネのトラウマが薄れていく。

リトワールの愛しくもか弱い声が、恐れを塗り替える。ジギーと呼ばれることへの恐れから解放された。

「リト……愛している」

初めて止められることなく言えた。

「私もあなたを愛しています」

ジグヴァンゼラは奮えた。

「本心か。初めて聞くぞ」

「ジギー……あなたが私を大切に思ってくださるので、私は死神を恐れていました。あなたの為なら死ねます。でも、死神に壊されたくなかった……何故だか死神はあなた様の大切な者を奪って行こうとする。ですが、私はもう長くありません。死神を恐れることもない。私も、あなたを……」

ジグヴァンゼラはリトワールの指先に口づけした。 

「言わなくて良いから、死ぬな」

「いいえ、やっと言えるのです。ジギー……」

これでもう思い残すことはないとばかりに微笑むリトワールを抱き締めて、ジグヴァンゼラは泣いた。

「どんなになっても良いから……生きて傍にいてくれ」

「ジギー、私は昔から、ずっと、あなたを愛していました……」

きっと、初めて会ったあの日から……

リトワールの腕から力が抜けた。ジグヴァンザラを見る目から光が失われていく。

「リト……リト……」

泣きながら名前を呼んで、指先でそっと瞼を閉じた。まだ少し血の気の残る唇に口づけをする。

「お前がいてくれたから……」

音を立てずに歩く姿が好きだった

お洒落なフランス人のセンスも
鼻にかかるしゃべり方も

控えめな態度も
煮え切らない憎らしい処も

誰もがいないのも同然だった時に
リトワールだけは
静かにずっとこの館を守って
ルネから守る盾になってくれたのだ

兄のように慕い
初恋のように恋い焦がれ

哀愁と重なる思いを感じながら
口には出せず

ルネ討伐の後は妻のように愛した


先に逝かれてしまった……



しかし、残されたジグヴァンゼラの胸は熱い。


『あなたをずっと愛していました』


リトワールの最後の言葉が、岩のようにこびりついていた暗くて冷たい記憶を溶かしていく。

「リト……有り難う。私の妻……」





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