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第三話 分かっていないゴールディ1

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リーダーとしてはどうなのかとサナーは落胆した。ゴールディもサナーと同じ妾腹の子だが、甘やかされて育ったのか『AIオーナー生活』というキャッチコピーに食いつく生徒が少なかったことからすこぶる機嫌が悪い。

AI代理戦争を支持する生徒数が少なくて、サナーはほっとしていた。

大体、AIオーナー生活なんて最早珍しくもない。サナーの生活圏内には、執事見習いや侍女見習いとして数年前からAIロボットが数台普通にいる。普通に会話して、それなりに友情めいたものも感じていたから、戦争に担ぎ出すなんてとサナーは内心面白くない。

それは僕だけではない
他の生徒も同じに違いない
みんな金持ちの次男や三男
或いは妾腹の子だ
親よりもAIロボットの方が
親しい立場にある者もいるだろう

サナーはゴールディの目を見て「可愛いのに惜しいな」と、うっかり口を滑らせた。

リッケ・モンイジャンが不思議そうにサナーを見る。朝食のテーブルには、サナーの横に並んで座るリッケと、その斜向かいにゴールディ、正面の席は気まぐれに座る教師のために空いていて、サナーの斜向かいにサレ・ザカリアンドロス。

サナーは内心舌打ちして笑いで誤魔化した。

「ふふ、リッケのことだよ。こんなに可愛いのに僕のものだなんて惜しいよね」

耳にこそっと告げた。

「そんなことないよ。僕は誰にも相手にされていなかったから寂しかったんだ。サナーが友達になってくれて良かった」
 
リッケの耳に甦るのは叔父の脅しとも取れるセリフだ。

『リッケ、お前の可愛い顔が苦痛に歪む様を見たくはないが、教えておこう。あの寄宿舎はお前のような可愛い顔の子をみんなでいたぶるのだよ。気をつけて……と言っても仕様もないことだが、叔父としてはやるせないね』

リッケの顎に掛けられた手の流麗な動きは女性的で、憂いに沈む目鼻立ちは、リッケの不安を掻き立てた。

叔父さんも
ここの出身だったから
何か嫌な思い出でも
あったのだろうか
僕はサナーと同室だから
変なことにはならない
サナーは僕を売らない
愛人の子供だからって
苛めたりしない
僕はもう
独りぼっちじゃない

リッケの向かいに位置するゴールディが蜂蜜色の目玉をパチクリと瞬く。

「リッケ、だったっけ。リッケ・モンイジャン。君は昨日到着したんだよね。半数の生徒は二日前に来てるけど。僕、君のキャッチコピーは気に入っていたよ。あれだ、パスポートを廃止するってやつ。パスポートを廃止して国営団地を作るんだよね。そこで住民税を課す。住み着くやつはどの国の人でも住民税を払って流動可能にすることで、国は崩壊に進むってやつ。素晴らしいと思ったよ。でもね、僕のAIオーナー生活の方が現実的だよね。僕たちは既にオーナーだけど、ほら、下層民はまだその恩恵を知らないじゃない。だから、オーナー生活に飛び付くよ。戦争もAIに任せて世界的な方向で国を潰せばって考えたんだ。スケールの違いがジャーメイ先生の選択に残った理由かな。ふふ」

得意気に語るゴールディの小ぶりの顔をみんなが眺めた。リギュールの横には三年生がズラリと陣取って、リッケとサナーを挟む両端にも三年生が並ぶ。サレの横には一年生がいた。

モジャモジャ赤毛のサレが質問した。

「君はAI戦争を起こすならどの国を相手にするの。負けなければ意味がないよね」

サナーははっとしてフォークを止めた。

「敗戦国を目指すのなら、リンジャンゲルハルト共和国の宿敵サザンダーレであるべきだ。あの国は今でも軍事的世界強国で傘下の米合衆国が忠犬のように矢表に立っている。僕の父の会社は主に合衆国と取引しているんだけどね」

リンジャンゲルハルト共和国最大のコンツェルン・ジルコングループは、大小合わせて三百を余る業種を誇る。ゴールディは、ふふっと笑って隣の三年生の肩に頭を乗せた。

長い黒髪の三年生が、ゴールディの口に小さく切った肉を運ぶ。おそらく、同じテーブルに並ぶ三年生全員がジルコングループの傘下にある子会社の息子たちだと、サナーは踏んだ。

「逆に、サザンダーレアと協定を組んで世界を滅ぼすと、小さなリンジャンゲルハルト共和国ではいられないから、それもひとつの亡国となる」

黒髪の三年生の提言に、三年生全員がどっと笑う。

「リンジャンゲルハルト共和国のトップが君臨するなら亡国とは言えませんから、そこらへんは」

サレの言葉に、今しがた笑った三年生が厳しい目を向けた。

「現在のリンジャンゲルハルト共和国の枠を外せば良いのだ。今の世界観を崩す。そして新しい世界を作る。亡国に意味があるとしたら構築すべき未来の姿を念頭に置くべきだ」

黒髪三年生の言葉にニヤリと笑って、サレは頷く。

「僕も未来志向型です。先輩方のご指南に感謝します」

リッケはサナーと顔を合わせて肩を撫で下ろした。

「すごいやり取りだね」

「リッケのも選ばれたら、こういう風に論じられるんだよ」

「僕のはいいや。想像しただけでも心が折れそうだもん」

高窓からハラリハラリと落葉が見えた。







    

    
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