85 / 92
85 ごめんなさい
しおりを挟む足音が聞こえたような気がした。
今のやり取りをメガンサが聞いていたのかも、後でメガンサに注意しなければならない、メガンサは変わったよ、理知的だったメガンサがお酒に酔って、少し変わった
いきなり激しい感情をぶつけられると
真っ当な話なんてできやしないよメガンサ、メガンサの怒りにしたって、ナベを傷つけたからってそれで気が済む訳ではないだろう、それで解決とかメガンサにはあり得ないよね
僕たちがしっかりした絆で結ばれていることを自覚してもらわなければ、メガンサは苦しみ、周りも傷つく、メガンサに他人を傷つけさせてはならない、僕たちは夫婦になるのだから、ちゃんと目標を持って協力しよう
ライラは水瓶を渡し棒で肩に担ぐと、屋敷の敷地に入った。売れなかった水を台所に運ぶ。
「カメおばぁ。人の手伝いに行くから、この水を使って」
カメは驚いた顔でライラを見た。
「あば、お金を出して貰っている水だろうに、ぬうんち使えと」
「今日は売れそうもないから」
「あがじゃ。だいずがだいず。ライラの酒と水が売れなかったらだいずさ。ピンナギことは続くね。ライラ、あんた、包丁知らないか」
「包丁……」
「さっきまで使っていたさあね。何処に置いたか、探しているけど、おばぁもボケてきたかね。だいずがだいず。ピンナギさぁ」
カメは身の回りを隈無く探したらしく、台所から外に出て、ぶつぶつ呟いている。
ライラは気にも止めずに「直ぐに見つかるはずよ。誰も取らないから」と、台所からぐるっと回ってメガンサの裏庭に向かう。
「メガンサ」
格子になった嵌め殺しの無双窓に声を掛ける。
「メガンサ……」
格子に顔をつけて覗く。
綺麗に片付いた部屋に人影はない。
「包丁……」
いきなり不穏な妄想が迸る。
「まさか……」
まさか、メガンサ……包丁を持ち出してどうするんだ、わざと人を傷つけるようなメガンサではない、だったら、白子が嫌だと……違う、僕のせいだ、忘れていた、御者になったとき親父さんから言われたことを、メガンサを守ってくれ、何があっても死なせるな、死ぬことを考えさせるな
メガンサは包丁を手首に当てた。鼓動が早い。耳までぼうっと熱くなる。目がチクチク痛んで涙が溢れた。鼓動が静まるまでじっと待つ。
ライラ、さようなら、お父さん、ごめんなさい、ごめんなさい、私はやっぱり先立ちます、白子に生まれてごめんなさい、世界を変えるなんて大口叩いて何もできなかった
でも、もうそんなことはどうでも良い、背負ってきたものは、私独りで背負ってきたのではない、わかっている、周りが助けてくれたからだ
お父さん、ごめんなさい、今まで、我が儘に育てて貰って幸せでした、何の親孝行もできなかった……ごめんなさい……ごめんなさい
ナベが身を売る……私がライラを奪ったから、ナベはライラの嫁になれずにお金も工面できずに身を売るしかない
ライラはきっと私のお父さんに相談してお金を借りるんだ、見捨てられない女だから
私がナベでナベが私だったとしても、同じだっただろうか、ナベが酒造りの家に生まれて、私がナベの家に生まれていたら、私とライラは結ばれたかしら
あり得ない話だ、私はきっと幼い頃に狩人に拐われて死んでいる、目玉をくり貫いて手足を切って腸を引きずり出すと言われた
私が生きてこれたのは、親が金持ちだったからだ
私がライラと一緒にいられたのは、酒造りの家に生まれたからだ、手足を切られて目玉をくりぬかれた私など恐ろしくて、ライラは見たくもないはずだ
私はとうに死んでいた身だ、私は白子だから、お金持ちの家に生まれた白子だから、ライラは混血だから、優しくしていたのだ
メガンサは絶望した。白子の自分に絶望した。私は一生白子。絶望は、幼馴染の懐かしい相手だ。いつも死の影を連れて頭の眼の端に佇んでいた。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
いつか彼女を手に入れる日まで
月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
忙しい男
菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。
「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」
「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」
すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。
※ハッピーエンドです
かなりやきもきさせてしまうと思います。
どうか温かい目でみてやってくださいね。
※本編完結しました(2019/07/15)
スピンオフ &番外編
【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19)
改稿 (2020/01/01)
本編のみカクヨムさんでも公開しました。
前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る
花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。
その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。
何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。
“傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。
背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。
7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。
長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。
守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。
この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。
※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。
(C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる