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王総御前試合編

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 いったいどうなるのかと思ったが、機械人形も少女も淡々とヴァーサスをしている。

 序盤なのでなんともいえないが、形勢だけ見れば機械人形がやや有利か。

「だいじょぶワヌ、あの子……? ぜんぜん攻めないけど……」

「押し込められているように見えるが、なにか策があるんだろうな」

 すでに機械人形が強力なウォリアーを場にそろえつつあるのに対して、少女のほうは意図の不明なウォリアーを1枚ずつ出しては破壊されたりを繰り返している。

「ちょっ。手札から1枚なくなっちゃったワヌよ!?」

「今のは自分でえらぶタイプの手札キルだから、いらないカードを選べばそこまで痛くはない」

 だがあの機械人形も決して弱くない。あれを作った人間は相当カードを研究しているだろう。ハイロと俺でも5分で倒すのはむずかしいだろうが、本当にあの少女ができるのか。
 自分の姿をみると、いつのまにか元通りになっていた。あれから時間が経ったということか。
 ただの試合ではない。他の参加者たちは今も苦しんでいる。そろそろ5分を越える可能性も考えて、こちらもただ見ているだけじゃなく行動しなきゃな。

 氷の魔女の力では呪いのカードそのものを止められるかはわからない。かと言って火力のあるカードを使えば、この館ごと崩れる可能性もある。
 さいきん手に入れた『べボイ・トリックスタ』を召喚できれば、ぱぱっと魔法でなんとかしてくれるかもしれない。しかしそもそもカードが実体化する光景をあの少女とミジルに見せるのがいい判断だとも思えない。
 なにかこの状況を打破できる手はないか、と俺は考える。

「……ハイロ、作戦がある。合図したら、ミジルの注意をひいてくれないか」

「……わかりました」

 ハイロに耳打ちしたあと、そのすぐ隣のローグにも声をかける。こうしてみると、ローグはハイロとそこまで背丈は変わらない。思っていたよりかは小柄だ。

「フラッシュであの二人の目がくらんでいるうちに、呪いのカードを壊せないか。こっちで援護する」

「……名案ね」

 盤面へと目をもどす。驚いたことに、形勢が逆転していた。少女のほうがエース級の強力なカードを盤面にそろえ、いつのまにか人形のほうのウォリアーカードは一掃されている。
 人形がウォリアーカードを出したり、少女のエース級のカードを墓地へ送ろうとなにか除外系のトリックカードを出しても、ことごとくそれにピンポイントで対応できるカードで打ち消されている。

「……読みきっていますね」

 ハイロの言うとおりだ。おそらくあの人形が使う闇系のデッキ、まだ場には出ていないが主軸は『カースオブゴーレム』という強力なウォリアーカードだろう。
 おそらくここまで出したほかのカードだけであの少女は、人形のデッキ構成を見切ったんだ。主軸となるカードによってデッキの構成はある程度決まってくる。構成が読めれば先手を打つことができ、相手の意図する組み立てや展開を妨害することができる。
 彼女は人形が『カースオブゴーレム』を場に出すまえからすでにもうわかっていて、出させないように、あるいは出しても意味がないように封じているんだ。

「相手がどんなカードをだすか、まるでわかってるみたいに……全部対応できてるワヌ。み、未来予知、みたいワヌね……ぐうぜんにしても、すごいワヌよねえ。よっぽど運がいいのか……」

 フォッシャの感想は合っている。彼女はハイロに抱きかかえられたまま、目を丸くしていた。

「いや……偶然じゃないんだ、フォッシャ」

「え?」

「トップクラスのカードゲーマーの頭の中には、あらゆる種類のカードとそれらの組み合わせによる効果がほとんど全て詰め込まれている。その数はおよそ億に近いかもしれない。相手の出したカードをみて、どんな狙いがあるのか一瞬で判断しているから、まるで未来になにが起きるかわかっていたかのように盤面をコントロールすることができる」

「ええ……!? そ、そんなの信じられないワヌ……!?」

「今見ただろ。お前の力と同じくらい不思議なことが、頭の中では起きるんだよ」

 だがここまで準備が早いということは、最初の1ターン目からここまでの展開をもう読みきっていたのか。だとしたら俺よりもずっと見切りがうまい。

 人形の手を封じ、少女は一気に攻勢をかけた。ウォリアー『海の知恵者アプカルル』の効果によりトリックカードのオドコストが2減っているため、立て続けにトリックを発動する。【精霊が踊る泉】で手札を3枚ドロー。【大渦潮<メイルシュトローム>】で敵の手札を2枚破壊、【大河の洪水 <フラッディング>】で人形側の防御系ウォリアーを除去、【オアシスの幻】でさらにもう一体を1ターンの間行動不能に。ここまでやれば、もはや人形に反撃の余地はない。

 ――強い。おそらく今まで俺が見てきた誰よりもカードのセンスがある。彼女のデッキの場合、なにかエース級のウォリアーが主軸になっているというよりかは、状況を自分のものへと制圧できる攻防に長けたトリックカードたちがメインだと考えられる。
 カードゲームにおいて基本的に強力な戦闘カードが勝敗を決するのがほとんどであり、ヴァーサスもそれにあてはまる。トリックカードは使いどころやタイミングも難しく、状況によっても威力が左右されるためそれを主体とした戦術は上級者向けだ。だが彼女はそれを完璧につかいこなしている。
 なにより、この災厄カードという異常事態を前にしてあの落ち着きようと目つきはどうだ。まるで自分が負けることを疑っていない、ただ盤面のみに集中した求道者の眼光だ。かつて俺も同じだったからわかる、あれはカードという世界で頂(いただき)に到達することを志した者の目だ。

「シュトロームフラッドコンボ……まさか生で実戦を見られるとは……」

 ハイロのつぶやくのを聞いて我に返った。没頭している場合じゃない。もう勝負はついたようなものだが、あの人形、そして呪いのカードがおとなしく引き下がってくれる保証はない。

「コンボってなんワヌ?」

「コンボといっても千差万別ですが、カードを組み合わせてより強力な効果を発揮させたり、1ターンのうちに色んな連鎖を起こしたりして有利な展開に持ち込む技術です。たとえばあのシュトロームフラッドコンボは、『アプカルル』の効果によりトリックカードの使用コストが2下がっています。そこから精霊の泉で手札を増やし、できるだけトリックを連発して敵の反撃を封じたわけです。もう相手にできることはほとんどありません」

「ふーん……」

「なにしろ組み合わせは星の数ほどありますから、まだ誰にも知られていない強力なコンボもあるでしょうね」

 ハイロの説明に、俺もつけ足す。

「強いプレーヤーなら、たとえ圧倒的に不利な局面でもコンビネーションを駆使してたった1ターンで形勢を逆転できる。俺もよく苦しめられた」

「へー……」

 もう相手は手札も1枚だけだ。少女のウォリアー『水辺にて貪(むさぼ)る者バニプ』でトドメを刺せばこの試合は終わる。
 だが念のためこちらも準備をしておくか。
 やることはシンプルだ。【フラッシュ】でミジルと少女の目をくらまし、【セルジャック】でローグを強化して、『氷の魔女』のシークレットスキルで呪いのカードの魔法効果を一時停止、ローグが人形ごとカードを叩き斬る。

 フォッシャと前から決めている、魔法をつかうときのサインがある。カードを手に持っておでこを掻いたり、わざと落としたりするのがそれだ。俺はわざとフラッシュのカードを落とすフリをして、「おっと」とわざとらしく声をだす。
 フォッシャがそれに反応して俺の肩に乗ってくる。ハイロはそれを察して、ミジルのところへと歩いていった。
 あとは順に計画を実行した。魔法の発光が収まったころに目をあけると、ローグが見事に呪いのカードを真っ二つに破ってくれていた。

「財団の管理も甘いわね……この館、文化遺産としては残す価値はあるけれど、まだなにかあるかもしれない。取り壊したほうがいいのかもしれないわね」

 呪いのカードが消えて、ローグもいつもどおりの調子をとりもどしたらしい。

「ちょっ。今あんたなんか――」

 ミジルはなにか気になるところがあったのか、こちらに詰め寄ろうとしてきた。しかし俺の肩に乗っているフォッシャが先に声をかけてきて、

「エイト、手ケガしてるワヌよ? だいじょうぶ?」

 俺の手をみて、彼女はきいてきた。

「あ? ああこれ?」

 さっき機械人形と交錯(こうさく)したときにできた切り傷だ。もうほとんど治っているので問題はない。
 ミジルはあのとき俺を試したって言ってたっけ。本当は避けれたとか。だとしても、いや、だとしたらあの選択は良かったんだ。ちゃんと誰かのために動くことができた。俺は大したカードゲーマーじゃないけど、悪いやつばかりじゃないってこと、すこしでもわかってもらえたらいいな。
 
「カードの端で切ったんだ」

 肩をすくめて言う俺の頭をこづいて、フォッシャはけらけらと笑う。

「ほんとカードばっかりワヌね~」

 ミジルはなにか言いたそうにしていたが、その後結局追求してくることはなかった。
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