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ラジトバウム編

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 それから何日か経った。
 結局精霊杯はマールシュの優勝だった。
 俺は準決勝で棄権、つまり自分の意思で辞退したものの、それでもベスト4という成績を残すことができ賞金もいただいたので満足している。

 いよいよラジトバウムを出てカード探しの旅に出ることになる。俺たちはその準備をはじめていたが、同時期街には異変が起き始めていた。

「らあっ!」

 黒い塊を、剣撃でなぎ払う。『セルジャック』という肉体強化魔法のカードで攻撃モーションを補正しており、通常より早く強い攻撃を敵に叩き込んだ。
 
 街なかに突然モンスターが沸くようになったのはついここ数日のことだ。黒い液状(えきじょう)の粘体(ねんたい)のようなモンスターが、どこからともなく現れる。
 ウワサに寄れば天変地異の影響かもしれない、とのことだ。

 俺も冒険士として撃退依頼を受け、対処にあたっていた。

「おおっ! 冒険士か!」

 町民が頼もしそうに言う。ハイロが彼らの前に立って、下がるよう指示を出す。

「みなさん下がってください!」
 
 どこからでも出てくる、まるで影のようなモンスター。
 見た目はスライムビートルのようなスライム種に近い。だが液状というよりも空気に近く、生物であるのか疑わしい。さらに普通のスライムより強い、影スライムとでも呼ぶべきか。
 冒険士総出で出所を探っているが、未だに見つかっていない。

 通りの離れたところにも、影スライムがいるのが見えた。 俺がそこに向かおうとしたとき、ローグが肩のほこりでもはらうかのように、優しく剣を引き抜いた。
 次に俺が目にしたのは、影スライムが消滅していく姿だけだった。

 スライムと違う点はここにもある。本来モンスターにもオドの加護はあるらしく、攻撃によって命を落とすということはないそうだ。だがこの影スライムは強い割に防御力は弱く、簡単に消滅する。しかもその様はまるでカードが割れる時に酷似している。

 マールシュは風に髪をなびかせ、すっと剣をしまう。
 マールシュの所作のひとつひとつが見惚れるほど美しい。
 気高さが纏う空気に現れている。全身に魔力が宿っているかのようだ。まわりの町民とは存在感がまるで違う。

 今考えても、棄権したのは正解だった。マールシュの剣撃で、俺もあの影スライムのように真っ二つになっていかもしれない。

「ローグ様がいればこの町は安泰(あんたい)だ」

 隣にいたおじさんがそんなことを言うのが聞こえた。ローグはたしか、マールシュの名前だ。

「地下水道が獣道(けものみち)とつながってしまったのかもしれないわ。即刻(そっこく)町全体に警戒令を敷き、本部に出現ルートの調査を命じるように。ギルドにも連絡を」

「はっ」

 マールシュの言葉を受け、妖面(ようめん)を被ったお供の者が、こちらを向く。そいつはすぐに俺の存在に気づいた。

「姉御(あねご)……こいつここで殺っておいたほうがいいんじゃないですかい?」

 物騒な発言とともに、殺気を放ってくる。
 声をきいた感じからしておそらく女性だろう。だが今はそんなことはどうでもよく、俺は危険を察して腰の剣の柄に手を伸ばす。

 マールシュも俺たちに気づいて、こちらに近づいてきた。

「あなたの仕業……じゃあないわよね?」

「はあ?」

 愚問だという風に、俺は調子を強めて返す。

「精霊杯……棄権するとはねぇ。ずいぶんフザけたことをしてくれたじゃない」

 マールシュの向けてくる目線は冷たいが、瞳の奥に怒りの火が燃えているのがわかる。

「またあんたか……どうしていつもそうつっかかってくるんだ」

「それはあなたに理由がある。スオウザカエイト」

 マールシュがそう言ったとき、なにかが俺のほうに飛んでくるのがわかった。手で受けると、カードだった。
 マールシュが俺に向かって飛ばしたらしく、彼女はしばらく目を閉じてから、はっきりとした声で言った。

「私と結闘してもらうわぁ」

 その場にいた人々がざわついた。俺は意味がわからず、眉をひそめる。

「結闘って……ヴァーサスするってことか? なんでそんなことしなくちゃならない」

「残念でしょうけれど、あなたに選択権はないわぁ」

 マールシュが二本の指を立てると、そこにカードが出現した。同時に、俺がさっき投げられたものが消えている。

「どうやらあなたはエンシェント式、あるいは普通の戦闘問わず、人より傷を負いやすいようね。つまりそれは、オドの加護が人より少ないことを示す」

「何がいいたい」

「オドの加護を受けていない者について考えられる条件はおおよそ3つあるわぁ。一つ、そういう体質であるから。二つ、なんらかのカードの影響。三つ、その者がオドの反逆者であるから」

「なっ……エイトさんは反逆者なんかじゃありませんよ!」

 事態を理解できない俺の代わりに、ハイロが反発してくれた。

「どうかしら? それを調べたいのよ」

「オドの反逆者……? どういう……イミなんだ?」

「……オドの法則を著しく破った者は、オドの加護を受けられなくなるワヌ」

 フォッシャの説明を受け、俺は考える。
 
 マールシュは俺をオドの反逆者だと疑っていて、なぜかヴァーサスをしたがっている。
 戦う意味はよくわからないが、つまりかなり悪い奴だと思われてるってことか?

「あなた自身に問題がなくても、あなたにはなにか不穏なつながりがあるのではないか。と、私は思っているわぁ」

 マールシュは真剣な目で言う。

「ミラジオンから逃げて生還したと言うけれど……あなたがそもそも怪しいわぁ。さすがにこれ以上は、ほうって置くこともできない。もうそういう事態ではなくなりつつあるのよ」

 こいつの言っていることはなんとなくわかった。さいきん町に出るあの黒いオーラが、俺となにか関係があるっていいたいんだろう。
 ミラジオンってたしか、よく知らないけどカードを使って悪さを企んでた連中だろ?
 俺はあいつらの仲間なんかじゃない。

「何言ってるんだ……意味がわからない。俺はオドの反逆者でも、なんとかいう連中と一緒でもない!」

「じゃあ何者だというの? スオウザカエイト」

 まっすぐに俺をとらえる目に、俺は言葉に詰まる。

「……それは……」

「エイトはフォッシャの友達ワヌ! エイトはふだんはボケーとしてるけど、根はいいやつなんだワヌ!」

 ボケーっとは余計だよ。

「そう……あなたたち二人の友情はわかったわぁ。華麗で健気でうつくしい。それは認めるわ。でも……あなたたち二人とも、なにか隠しているでしょう? 誰にもいえない危険な秘密を。ねえ、ミス・フォッシャ。ミスター・エイト……?」

 この威圧感。すべてを見透かされているような切れ味のある眼差し。
 あのお供の妖面の殺気など比べ物にならないほどの圧を感じる。

「……こうしましょう。結闘をして、私が勝ったらあなたたち二人を拘束し、しかるべき場所で取調べを受けてもらう。もしスオウザカ、あなたが勝ったなら、カード探しについて協力すると約束するわぁ。お望みなら、レアカードや莫大な賞金もつけてあげましょうか。これならそう悪い条件ではないはず」

「姉御……!」

 なにか言いたげな妖面を、マールシュは手で制す。

「もし結闘を拒否するのであれば……強制的に拘束するしかないわあ」

「失礼ですよ……ローグさん。あなたがそんな人だとは思いませんでした……!」

「失礼は承知の上よ。それでも私には守らなければならないものがある」

 ひとつだけ、わからないことがある。

「一つ聞きたいことがある……」

「なにかしら?」

「どうしてそこまで俺と闘いたがる? そこまで俺たちを危険視してるなら、すぐに捕まえるなりなんなり、なぜしない」

「戦うことも調査の一環だからよ。ミスター・スオウザカ。1000の言葉より1のカードゲームが多くを語ってくれることもある……。あなたがオドに愛されているのかどうか、すべての決定はヴァーサスの舞台でくだされる」
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