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時は少しだけ遡り①
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入学式を終え、新しい生活にも慣れ周りを見る余裕ができてきた新入生たちの間で、ある噂がたち始めた。
今年の学年は、王太子殿下、その側近候補と言われる宰相閣下の嫡男である公爵子息、騎士団長子息、魔術師団団長子息と、花形が勢揃いしている異例の年だ。もちろん彼らには由緒正しき家柄の婚約者がおり、彼女たちも同じ学年に在籍している。そんな幸運に恵まれ、仲睦まじい様子を見れるのかと胸を期待で膨らませていたのに…。
『彼らは4人が4人とも、婚約者なぞには見向きもせず、一年前まで平民だったひとりの男爵令嬢に夢中である。その男爵令嬢は彼らの婚約者から酷い虐めを受けているらしいが、そのために余計に男性側の心が彼女たちから離れているようだ』
きっかけは、ある女生徒が、裏庭でマクマナス公爵令嬢が王太子殿下に叱責されているのを見たことだった。
ルーサー・ハルストーン王太子殿下は、王家の血筋であることを示す若草色の髪の毛と金色の瞳を持つハルストーン王家の長男である。この国は、特に何もない限りは長男を王太子にするため、彼も例に洩れず学園に入学する直前の3月に王太子になった。少し神経質そうな面があるものの、優しそうな方だと、そう思っていたのに。
「貴様はいったい何のつもりなんだ!ミーナに謝罪しろ!」
聞こえてきた乱暴に怒鳴る声と、何よりもその言葉の汚さに女生徒は耳を疑ったという。しかし、こっそり隠れている彼女の目には、ルーサー王太子殿下と、彼に相対するように立つアデレイド・マクマナス公爵令嬢、そしてあろうことか、王太子殿下の腕に絡み付くようにして立っている、顔を得意気に歪めた女生徒の3人しか見えなかった。
「何回注意したらわかるんだ!ミーナは、一年前に貴族になったばかりで、しかも男爵家ではあまり手をかけてもらえず、貴族のマナーや常識などわからないと言ったではないか!ましてやミーナは、引き取られた先で家族に相手にされず可哀想に虐げられているんだぞ!貴様のように恵まれた高飛車な女には一生涯わからない苦しみだろう。だからこそ、口を出すな!わかったのか!返事をしろ!」
マクマナス公爵令嬢への暴言は、間違いなく王太子殿下の口から紡がれていた。女生徒は、憧れていた王太子殿下の虚像がガラガラ音を立てて崩れるのを感じたという。こんな乱暴に、しかも一方的に女性を叱責するなんて、それでも国を治める王族なのかと、マクマナス公爵令嬢の気持ちを思うと、と涙ながらに彼女は語った。
マクマナス公爵令嬢は、「殿下」と静かに口を開いた。
「なんだ!」
「彼女は男爵家とは言え貴族です。この学園は、貴族子息子女が入学を義務付けられています。返せば、義務として通わせなければならないからこそ、各家は入学までにどんな手段を使ってでも常識とマナーを学ばせ、身につけさせるのです」
「…貴様は俺の話を聞いていたのか!ミーナは、」
「話を遮り申し訳ございませんが、わたくしたちの同学年、マクベス子爵令嬢もそちらの女性と同じく…いえ、ほんの半年前まで平民でした。それでも彼女は、マナー学の先生がお褒めになるほど、素晴らしい立ち居振舞いを身につけています。一年前だから、大事にされていないから、そんなことは言い訳になりません。彼女の家が恥をかくのです」
王太子は、顔を真っ赤にすると、いきなりマクマナス公爵令嬢の顔を平手打ちしたそうだ。動じることなく静かに立つマクマナス公爵令嬢の顔は、赤くなっていた。王太子が暴力を振るった、というだけでも驚きなのに、さらにその後、信じられないことを男爵令嬢が言ったという。
「ルーサー、ダメよ、顔を叩いちゃ。すぐにバレちゃうでしょ?躾るときは、見えないところを殴るのよ」
あの時の男爵令嬢の醜悪に歪んだ顔は一生忘れない、と女生徒は目を怒らせた。しかし相手は王太子。直接咎めることなどできようもなく、…しかしこの噂は、この子息子女により各家の当主たちに確かに伝えられた。件の、四家…王家も含めた、かの男爵令嬢と親密な彼らの家を除いて。
今年の学年は、王太子殿下、その側近候補と言われる宰相閣下の嫡男である公爵子息、騎士団長子息、魔術師団団長子息と、花形が勢揃いしている異例の年だ。もちろん彼らには由緒正しき家柄の婚約者がおり、彼女たちも同じ学年に在籍している。そんな幸運に恵まれ、仲睦まじい様子を見れるのかと胸を期待で膨らませていたのに…。
『彼らは4人が4人とも、婚約者なぞには見向きもせず、一年前まで平民だったひとりの男爵令嬢に夢中である。その男爵令嬢は彼らの婚約者から酷い虐めを受けているらしいが、そのために余計に男性側の心が彼女たちから離れているようだ』
きっかけは、ある女生徒が、裏庭でマクマナス公爵令嬢が王太子殿下に叱責されているのを見たことだった。
ルーサー・ハルストーン王太子殿下は、王家の血筋であることを示す若草色の髪の毛と金色の瞳を持つハルストーン王家の長男である。この国は、特に何もない限りは長男を王太子にするため、彼も例に洩れず学園に入学する直前の3月に王太子になった。少し神経質そうな面があるものの、優しそうな方だと、そう思っていたのに。
「貴様はいったい何のつもりなんだ!ミーナに謝罪しろ!」
聞こえてきた乱暴に怒鳴る声と、何よりもその言葉の汚さに女生徒は耳を疑ったという。しかし、こっそり隠れている彼女の目には、ルーサー王太子殿下と、彼に相対するように立つアデレイド・マクマナス公爵令嬢、そしてあろうことか、王太子殿下の腕に絡み付くようにして立っている、顔を得意気に歪めた女生徒の3人しか見えなかった。
「何回注意したらわかるんだ!ミーナは、一年前に貴族になったばかりで、しかも男爵家ではあまり手をかけてもらえず、貴族のマナーや常識などわからないと言ったではないか!ましてやミーナは、引き取られた先で家族に相手にされず可哀想に虐げられているんだぞ!貴様のように恵まれた高飛車な女には一生涯わからない苦しみだろう。だからこそ、口を出すな!わかったのか!返事をしろ!」
マクマナス公爵令嬢への暴言は、間違いなく王太子殿下の口から紡がれていた。女生徒は、憧れていた王太子殿下の虚像がガラガラ音を立てて崩れるのを感じたという。こんな乱暴に、しかも一方的に女性を叱責するなんて、それでも国を治める王族なのかと、マクマナス公爵令嬢の気持ちを思うと、と涙ながらに彼女は語った。
マクマナス公爵令嬢は、「殿下」と静かに口を開いた。
「なんだ!」
「彼女は男爵家とは言え貴族です。この学園は、貴族子息子女が入学を義務付けられています。返せば、義務として通わせなければならないからこそ、各家は入学までにどんな手段を使ってでも常識とマナーを学ばせ、身につけさせるのです」
「…貴様は俺の話を聞いていたのか!ミーナは、」
「話を遮り申し訳ございませんが、わたくしたちの同学年、マクベス子爵令嬢もそちらの女性と同じく…いえ、ほんの半年前まで平民でした。それでも彼女は、マナー学の先生がお褒めになるほど、素晴らしい立ち居振舞いを身につけています。一年前だから、大事にされていないから、そんなことは言い訳になりません。彼女の家が恥をかくのです」
王太子は、顔を真っ赤にすると、いきなりマクマナス公爵令嬢の顔を平手打ちしたそうだ。動じることなく静かに立つマクマナス公爵令嬢の顔は、赤くなっていた。王太子が暴力を振るった、というだけでも驚きなのに、さらにその後、信じられないことを男爵令嬢が言ったという。
「ルーサー、ダメよ、顔を叩いちゃ。すぐにバレちゃうでしょ?躾るときは、見えないところを殴るのよ」
あの時の男爵令嬢の醜悪に歪んだ顔は一生忘れない、と女生徒は目を怒らせた。しかし相手は王太子。直接咎めることなどできようもなく、…しかしこの噂は、この子息子女により各家の当主たちに確かに伝えられた。件の、四家…王家も含めた、かの男爵令嬢と親密な彼らの家を除いて。
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