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最終章
ジーク(サヴィオン視点)
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サフィを送り、急いで学校に引き返す。
「ねぇ、サヴィオン兄さん」
昨夜ナディールがニヤニヤしながら俺の部屋に入ってきた。
「なんだ」
「ちょっといいかな?」
俺の返事も聞かず、ソファに腰を降ろす。いいもへったくれもない。
「早く話せ。俺は忙しいんだ」
「ああ、サフィちゃん待たせてるからね」
「…ナディール」
俺はナディールを睨み付けた。
「馴れ馴れしく、俺のサフィを呼ぶな」
ニヤニヤした顔でナディールは、「完全なる親子だね、ハルト君と兄さんは」と言って、「その大事なサフィちゃんをさ、」
一瞬で真面目な顔に変わると、
「失いたくなかったら、明日学校に迎えにきなよ」
「…なに?」
「サフィちゃん、魔力ないよね?ま、あってもたぶん無理だけど」
「おまえ、何の話をしてるんだ」
「サフィちゃんを送ったら、すぐにまた学校に戻ってきて」
「おい、ナディール!」
ナディールは俺をじっと見た。
「ねぇ、兄さん。僕は、僕のやり方でやらせてもらう。だから明日は、絶対に僕の邪魔しないで。頼んだよ」
そう言い残して消えた。
昨日の、ナディールのあの言葉はなんだったのか、考えながら校舎の前に飛んだそのとき。
大きな爆発音とともに、校舎に火柱が上がった。この魔力は、
「ジーク!!」
「やぁ、兄さん。来てくれたんだね、良かった」
校内に飛んだ俺の前には、ドームに入ったナディールと、ブロンディ帝国の女、そしてナディールに腕を掴まれたジークがいた。ナディールの魔力を探ったため、俺もドームの中に入っている。
「一応、魔力封じ持ってきたんだけど…ハルト君の魔力、もう抑えきかないみたいで壊れそうなんだよ。まったく、子どもなんだから」
そう言ってジークの腕についた魔力封じの腕輪を見せる。ミシミシ音をたて、ヒビが入り始めている。
腕を掴まれたジークは、目の焦点が合っていない。「ルヴィ、ルヴィ、ルヴィ、ルヴィ、」とうわ言のように繰り返している。
「ナディール、いったいおまえ、何を…っ」
「兄さん、時間ないの。このまま飛ぶよ、ヴロンディ帝国の城に」
そのまま、ナディールは二人を連れて飛んだ。何がなんだかわからないまま、俺も追いかけざるを得なかった。
ここ数年で領土を拡大したヴロンディ帝国は、元々の自分達の領土だった場所に広大な城を建てていた。何人住むんだ、と思うくらいのデカイ城。掃除やら手入れやらが大変だろう。その城のあちこちから火柱が上がり始めていた。
ナディールの魔力を追った部屋には、ヴロンディ帝国の皇帝がいた。周りにも何人かいるが、一様に青い顔でへたりこんでいる。
「こんにちはぁ、皇帝陛下。げんき?」
ナディールが、項垂れるジークの腕を掴んだまま皇帝の前に立っている。皇帝の座る椅子の脇には、あの女が投げ捨てられていた。
「ねぇ。今の見た?」
ニヤニヤしながら皇帝を見下ろすナディール。楽しくて楽しくて仕方のないときの顔だ。
「い、」
「あんたの大事な城に、火柱が上がったのを見たかって聞いてんの。耳、だいじょぶ?」
そう言うと一転して冷酷な顔に変わったナディールは、「ねぇ。僕、言ったよね」と底冷えするような声で言った。
「カーディナルに手ぇ出したら許さないよって。あんたらがクリミア皇国をぐちゃぐちゃにしてくれたおかげで、まぁまぁ鬱憤は晴れたけど。そんときさ、お礼ついでに言ったよね、僕。おっさん、頭悪くて覚えらんないの?」
ナディールは皇帝を掴むと椅子から引きずりおろし、巻き起こした風で上に持ち上げた。
「ねぇ。返事もできないの?」
「す、すまなかった!」
「うん、ほんとすまないよ。留学生送り込まれた時点でもう僕の沸点通り越したのにさぁ。そのまま、あんたら計画通り進めるんだもんね。ははははは」
そのまま、ふっと風魔法を消したため、皇帝は床に叩きつけられる。呻く相手をまた持ち上げた。
「ずいぶんバカにしてくれたね、僕のこと。僕、言ったよね。売られたケンカは買う主義だって」
そのままニタァ、と嗤い、「あんたら消滅だ」と言った。
また風魔法を消して皇帝を叩き落とすと、その前にジークを立たせた。
「この子、知ってるでしょ?ジークハルト君。この子の大事なルヴィちゃんをさ、そこの」と落ちてるゴミがたまたま目に入ったかのようななんの興味もない視線を向けて、「バカ女が殺しちゃったんだよね」と言った。
「何!?」
「ねぇ、サヴィオン兄さん、邪魔しないで、って、僕、お願いしたよね。お願いしたんだよ。黙っててくれない?」
俺をチラリと見るとまた皇帝に視線を戻し、「それでハルト君、壊れちゃったの」とニヤリとした。
「さっき、僕が上げた火柱見たよね。今から、ジーク君のを見せてあげるよ、」
ナディールは、俺を見ると皇帝を指差して、「兄さん、こいつ死なないようにドームに入れて」と言い、「じゃあ、行くよ。さあ、ハルト君。ルヴィちゃんの敵討ちだ」。ジークの腕輪を外した。
その瞬間。ものすごい爆音が上がり、部屋全体が炎に包まれた。あまりの熱さに耐えきれず、俺は皇帝を連れて城の前に移動する。見上げる城は燃えていない箇所がないくらい、すべてが炎に包まれていた。
ジークを掴んだまま、ナディールもやってくる。
「ふふ、どう?とりあえず、あんたの広大で悪趣味な城は全焼だ。このままハルト君を連れて、元々ヴロンディ帝国だったとこと元クリミア皇国を焼く。焼き尽くす。なんにも残らないよ。ハルト君、制御できないから」
「や、やめてくれ!」
「は?」
「や、…や、やめてください!」
「おっさん、あんた、僕にケンカ売っといて何がやめてくださいだよ。ルヴィちゃんいなくなっちゃって壊れちゃったから、もう役に立たないし、ハルト君を置いていってあげるよ。ははは、楽しいね。どのくらいの時間で全焼するかな?」
「すまなかった、すまな、も、もう、絶対に手出しはしない!」
「あんたの言うことなんて信用ならないんだよ。
兄さん、そいつドームから出して。ハルト君に一緒に燃やしてもらうから」
「ど、どうすればいいんだ、頼む、教えてくれ!」
「なんで?なんで僕が?やるなよ、って言ってあげたのにケンカ売るようなバカになんで僕が教えてあげなきゃいけないんだよ」
その間にも、ジークの暴走した魔力でヴロンディ帝国の領土が焼野原と化していく。
「わ、私が、皇帝をやめる!」
「で?」
「統治した国を元に戻す、」
「で?」
「、賠償も、」
「で?」
「ヴロンディ帝国を、」
「うん、潰す。言ったでしょ、消滅だって。あんたらがやったように、他の国に統治されなよ。みんな嫌がるだろうけどね、こんな焼け落ちた城のある、なんの実りもない土地なんて。ははは」
そう言ってナディールは、懐から新しい魔力封じを取り出し、ジークにはめた。
「さて、ここじゃ話になんないし。カーディナルに行こうか、おっさん。兄さん、そいつ連れてきてね。よろしく」
と言って、ジークとともにナディールは消えた。
カティ、アンジェ、俺の立ち会いの元、ナディールは元皇帝に書類にサインをさせた。もう事前に準備していたらしく、話し合いもなかった。というか、話し合いはできなかった。ジークに怯えて、元皇帝がまともに話せる状態ではなかったからだ。
ジークは魔力を暴走させすぎた反動なのか、カーディナルに着いた途端意識を失い、眠ってしまった。
「ナディール、いったい何があったのか説明しろ!」
カティが怒鳴り付ける。訳のわからないうちにヴロンディ帝国が消滅したことになり、ジークがあんな状態になり、俺もアンジェもカティと同じ気持ちだった。
「売られたケンカを買っただけだよ。ヴロンディにも、ハルト君にもね。ま、ハルト君のことは利用しちゃったわけだけど」
俺は、さっきのナディールの言葉を思い出し、「ルヴィア嬢が死んだというのは本当か!」と詰め寄った。
ナディールは「兄さん、何言ってんの」とニヤニヤすると、「僕がルヴィちゃん殺すと思う?」と言った。
「ただ、すこーしジーク君に嫌がらせしただけだよ」
「ルヴィア嬢はどこにいるんだ」
「…それがさぁ」
ナディールは首をかしげると、「自分のカラダじゃないから加減が分からなくて、まだ仮死状態なんだよ」
「仮死状態…?」
「ハルト君が、昔、兄さんに刺されたときにやったやつだよ。ハルト君に、ルヴィちゃんが死んだと思わせなきゃいけなかったから、魔力止めたの」
「ちょっと、ルヴィちゃんどこなの!」
アンジェが立ち上がりナディールの襟を掴み上げる。
「落ち着いてよ、ちゃんと生きてるから。カイル君のとこだよ」
「なんでカイルのところに?」
「あのさ、アンジェ姉さん。前にカイル君の特性聞いたよね」
「光じゃないって言ったやつでしょ?私が回復したのに、貴方ちがうって言ったわよね」
「カイル君は、体の異常な状態を元に戻す力があるんだよ」
「異常な状態…?」
「うん。姉さんは、出産で体がいつもと違う状態だったでしょ。ルヴィちゃんは、生きてるのに魔力が止まってる。それを今直してもらってるんだよ、元の状態に」
「じゃあ、ジークも、」
「ハルト君はダメだよ」
「なんでよ。同じじゃない!」
「ハルト君は、魔力が暴走したけど魔力がなくなったわけじゃない。止まってもない。ただ眠ってるだけなんだもん」
「じゃあ、」
「このまま、起きるのを待つしかないね。申し訳ないけど」
ナディールの言葉に、俺の我慢も限界がきた。
「おまえ、申し訳ないってなんだ。ジークがおまえに何かしたか?ただ、売り言葉に買い言葉でああ言っただけだろう。あいつは、おまえより10も年下なんだぞ。しかも、まだまだガキだ。それを、ジークの弱点であるルヴィア嬢を使って、…俺の大事な息子を、魔力を暴走させるような真似をして…!このまま、あいつが目覚めなかったら、俺はおまえを殺す。絶対に許さん」
ジークと初めて会った日のことを思い出す。
俺をまっすぐに見て、「はじめまして、叔父上。ジークフリート・モンタリアーノです」と言った。5歳だと聞いていたのに、ずいぶん覚めた目をした可愛げのないこどもだな、と思った。
3歳で魔力を暴走させて、モンタリアーノ国を追い出されるようにカティの元で訓練することになったこと、見た目は5歳だが、未来で自殺して、中身は18歳だということ、それなのに考え方がだいぶだいぶ幼いこと。ルヴィア・オルスタインという女の子を病的に好きで、考え方が歪んでいること。カティに説明されてもイマイチすぐには理解もできなかったが、とにかく一緒に生活してみることにした。
朝から晩まで、「ルヴィが、」「ルヴィは、」とそればかりで辟易したが、夜寝ると「ルヴィ、ごめん、俺が、ごめん、」と泣きながら謝っているのを見て、確かに歪んだこどもだが、その子に対する気持ちだけは本物なのだと思った。
魔力が高く、ある程度つかいこなせていたが、一から教え直してみると吸収も早く、何より一生懸命だった。ルヴィア嬢を守りたい、その気持ちで様々な魔法も習得した。
ルヴィア嬢に再会した後、ジークの気持ちが重すぎて一度離すことにしたときも、泣いてはいたが、自分の責任だと受け止めやるべきことに取り組み、国のために仕事もできるようになった。
ルヴィア嬢に対する変態ぶりはどうしようもなかったが、それでも彼女を大切に大切にしていたし、からかわれて、それに対する軽口のやり取りも面白かった。「父上」と呼んでくれるあいつが、俺は大好きになっていたのだ。
「…ジークを、返してくれ。俺の息子を、返してくれ」
ナディールは俺を見て、くしゃりと顔を歪めた。
「無理だよ。ハルト君は、僕がぶっ壊しちゃったんだから。目が覚めても元には戻らないよ」
「なんで、」
「僕はね、兄さん。ハルト君がだいっきらいなんだよ」
「…なに?」
「僕と同じで頭がおかしいくせに、なんでハルト君は大切にされてるの。あんなにいじめてたルヴィちゃんに、なんで赦されて愛されてるの。アンジェ姉さんも、カティ姉さんも、サヴィオン兄さんも、薄い隔たりすらなく、全身でハルト君を受け入れてる。兄弟である僕には、入らせないところまで。そんなのおかしいよ。僕を疎外する原因になってるハルト君なんて、いなくなればいいんだ」
ナディールは、俺をじっと見た。
「僕は、どうすればいいの。どうすれば、ハルト君みたいにみんなに大切にしてもらえるの」
「ナディール、貴方、」
アンジェは、ナディールに近づくとギュッと抱き締めた。
「貴方、…寂しかったのね」
その言葉を聞いて、ナディールの顔がみるみる赤く染まり、目が潤み始めた。
「サヴィオンがいなくなって、私も出ていって、カティは即位して忙しくなってしまった。年が離れてた貴方のことを、思いやれなくてごめんなさい」
アンジェは、ナディールの頭を撫でながら言った。
「ナディール、ジークはね。私が見捨ててしまった3歳のときに、モンタリアーノ国で宰相を務めていたルヴィちゃんのお父さんに、カーディナルに行きなさいって言われたの。そのときに、3歳で寂しいだろうけど、人間はみんな寂しい生き物だ。だから、自分を寂しさから救ってくれる、そんな存在を探すといいって教えてもらったのよ」
「寂しさから救ってくれる、存在?」
「モンタリアーノ国で、魔力が暴走して疎外されてたジークにとって、魔力を持っているルヴィちゃんが心を満たしてくれる存在になったの」
「心を、満たす、」
「そう。ねぇ、ナディール。これから、貴方も入ってきて。私たちの中に。貴方が、自分から入ってきて。いじけてないで、やりたいこと、私たちにやってほしいこと、言いたいこと、なんでも言い合いましょうよ。カティが私とサヴィオンを赦して受け入れてくれたように、私たちも貴方を受け入れる」
アンジェは、ナディールを見つめた。
「そしていつか、ジークのように、貴方の心を満たしてくれる存在を見つけなさい。自分が変わればきっと見つかるから。ね、ナディール」
ナディールは、俯くと「…うん」と小さい声で返事をし、俺に向き合った。
「ごめんね、兄さん。ハルト君のことは僕が絶対になんとかする。兄さんが僕を殺してもかまわない。とにかく、時間をちょうだい。必ず直してみせるから」
「わかった。…俺も、すまなかった。小さいおまえを見捨てるように、自分勝手に出ていっちまって。赦してくれ」
ナディールは、「…ありがとう」と呟くと、「僕、ハルト君を見てくる」
「ディー叔父上」
突然声があがり、カイルセンが現れた。
「カイルセン、ルヴィア嬢は!?」
叫ぶカティを見て、「仮死状態から戻りました。痛いところもないそうです」と告げ、
「義姉上は、兄上についているそうです。だいたいの話はしました。目覚めないかも、と。それでも、そばにいると言うので…」
「わかった。ジークの部屋にいるんだな?」
「はい」
「ケイトリンに、ルヴィア嬢をしばらく預かることを知らせよう。ナディール、おまえが行って説明してこい」
「わかった。…カイル君、ありがとう」
「いいえ、」
カイルはニコリとした後、「兄上が起きたら…僕は殺されます、たぶん」と言って青ざめた顔で消えた。
「ねぇ、サヴィオン兄さん」
昨夜ナディールがニヤニヤしながら俺の部屋に入ってきた。
「なんだ」
「ちょっといいかな?」
俺の返事も聞かず、ソファに腰を降ろす。いいもへったくれもない。
「早く話せ。俺は忙しいんだ」
「ああ、サフィちゃん待たせてるからね」
「…ナディール」
俺はナディールを睨み付けた。
「馴れ馴れしく、俺のサフィを呼ぶな」
ニヤニヤした顔でナディールは、「完全なる親子だね、ハルト君と兄さんは」と言って、「その大事なサフィちゃんをさ、」
一瞬で真面目な顔に変わると、
「失いたくなかったら、明日学校に迎えにきなよ」
「…なに?」
「サフィちゃん、魔力ないよね?ま、あってもたぶん無理だけど」
「おまえ、何の話をしてるんだ」
「サフィちゃんを送ったら、すぐにまた学校に戻ってきて」
「おい、ナディール!」
ナディールは俺をじっと見た。
「ねぇ、兄さん。僕は、僕のやり方でやらせてもらう。だから明日は、絶対に僕の邪魔しないで。頼んだよ」
そう言い残して消えた。
昨日の、ナディールのあの言葉はなんだったのか、考えながら校舎の前に飛んだそのとき。
大きな爆発音とともに、校舎に火柱が上がった。この魔力は、
「ジーク!!」
「やぁ、兄さん。来てくれたんだね、良かった」
校内に飛んだ俺の前には、ドームに入ったナディールと、ブロンディ帝国の女、そしてナディールに腕を掴まれたジークがいた。ナディールの魔力を探ったため、俺もドームの中に入っている。
「一応、魔力封じ持ってきたんだけど…ハルト君の魔力、もう抑えきかないみたいで壊れそうなんだよ。まったく、子どもなんだから」
そう言ってジークの腕についた魔力封じの腕輪を見せる。ミシミシ音をたて、ヒビが入り始めている。
腕を掴まれたジークは、目の焦点が合っていない。「ルヴィ、ルヴィ、ルヴィ、ルヴィ、」とうわ言のように繰り返している。
「ナディール、いったいおまえ、何を…っ」
「兄さん、時間ないの。このまま飛ぶよ、ヴロンディ帝国の城に」
そのまま、ナディールは二人を連れて飛んだ。何がなんだかわからないまま、俺も追いかけざるを得なかった。
ここ数年で領土を拡大したヴロンディ帝国は、元々の自分達の領土だった場所に広大な城を建てていた。何人住むんだ、と思うくらいのデカイ城。掃除やら手入れやらが大変だろう。その城のあちこちから火柱が上がり始めていた。
ナディールの魔力を追った部屋には、ヴロンディ帝国の皇帝がいた。周りにも何人かいるが、一様に青い顔でへたりこんでいる。
「こんにちはぁ、皇帝陛下。げんき?」
ナディールが、項垂れるジークの腕を掴んだまま皇帝の前に立っている。皇帝の座る椅子の脇には、あの女が投げ捨てられていた。
「ねぇ。今の見た?」
ニヤニヤしながら皇帝を見下ろすナディール。楽しくて楽しくて仕方のないときの顔だ。
「い、」
「あんたの大事な城に、火柱が上がったのを見たかって聞いてんの。耳、だいじょぶ?」
そう言うと一転して冷酷な顔に変わったナディールは、「ねぇ。僕、言ったよね」と底冷えするような声で言った。
「カーディナルに手ぇ出したら許さないよって。あんたらがクリミア皇国をぐちゃぐちゃにしてくれたおかげで、まぁまぁ鬱憤は晴れたけど。そんときさ、お礼ついでに言ったよね、僕。おっさん、頭悪くて覚えらんないの?」
ナディールは皇帝を掴むと椅子から引きずりおろし、巻き起こした風で上に持ち上げた。
「ねぇ。返事もできないの?」
「す、すまなかった!」
「うん、ほんとすまないよ。留学生送り込まれた時点でもう僕の沸点通り越したのにさぁ。そのまま、あんたら計画通り進めるんだもんね。ははははは」
そのまま、ふっと風魔法を消したため、皇帝は床に叩きつけられる。呻く相手をまた持ち上げた。
「ずいぶんバカにしてくれたね、僕のこと。僕、言ったよね。売られたケンカは買う主義だって」
そのままニタァ、と嗤い、「あんたら消滅だ」と言った。
また風魔法を消して皇帝を叩き落とすと、その前にジークを立たせた。
「この子、知ってるでしょ?ジークハルト君。この子の大事なルヴィちゃんをさ、そこの」と落ちてるゴミがたまたま目に入ったかのようななんの興味もない視線を向けて、「バカ女が殺しちゃったんだよね」と言った。
「何!?」
「ねぇ、サヴィオン兄さん、邪魔しないで、って、僕、お願いしたよね。お願いしたんだよ。黙っててくれない?」
俺をチラリと見るとまた皇帝に視線を戻し、「それでハルト君、壊れちゃったの」とニヤリとした。
「さっき、僕が上げた火柱見たよね。今から、ジーク君のを見せてあげるよ、」
ナディールは、俺を見ると皇帝を指差して、「兄さん、こいつ死なないようにドームに入れて」と言い、「じゃあ、行くよ。さあ、ハルト君。ルヴィちゃんの敵討ちだ」。ジークの腕輪を外した。
その瞬間。ものすごい爆音が上がり、部屋全体が炎に包まれた。あまりの熱さに耐えきれず、俺は皇帝を連れて城の前に移動する。見上げる城は燃えていない箇所がないくらい、すべてが炎に包まれていた。
ジークを掴んだまま、ナディールもやってくる。
「ふふ、どう?とりあえず、あんたの広大で悪趣味な城は全焼だ。このままハルト君を連れて、元々ヴロンディ帝国だったとこと元クリミア皇国を焼く。焼き尽くす。なんにも残らないよ。ハルト君、制御できないから」
「や、やめてくれ!」
「は?」
「や、…や、やめてください!」
「おっさん、あんた、僕にケンカ売っといて何がやめてくださいだよ。ルヴィちゃんいなくなっちゃって壊れちゃったから、もう役に立たないし、ハルト君を置いていってあげるよ。ははは、楽しいね。どのくらいの時間で全焼するかな?」
「すまなかった、すまな、も、もう、絶対に手出しはしない!」
「あんたの言うことなんて信用ならないんだよ。
兄さん、そいつドームから出して。ハルト君に一緒に燃やしてもらうから」
「ど、どうすればいいんだ、頼む、教えてくれ!」
「なんで?なんで僕が?やるなよ、って言ってあげたのにケンカ売るようなバカになんで僕が教えてあげなきゃいけないんだよ」
その間にも、ジークの暴走した魔力でヴロンディ帝国の領土が焼野原と化していく。
「わ、私が、皇帝をやめる!」
「で?」
「統治した国を元に戻す、」
「で?」
「、賠償も、」
「で?」
「ヴロンディ帝国を、」
「うん、潰す。言ったでしょ、消滅だって。あんたらがやったように、他の国に統治されなよ。みんな嫌がるだろうけどね、こんな焼け落ちた城のある、なんの実りもない土地なんて。ははは」
そう言ってナディールは、懐から新しい魔力封じを取り出し、ジークにはめた。
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カティが怒鳴り付ける。訳のわからないうちにヴロンディ帝国が消滅したことになり、ジークがあんな状態になり、俺もアンジェもカティと同じ気持ちだった。
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「ルヴィア嬢はどこにいるんだ」
「…それがさぁ」
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「なんでカイルのところに?」
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「異常な状態…?」
「うん。姉さんは、出産で体がいつもと違う状態だったでしょ。ルヴィちゃんは、生きてるのに魔力が止まってる。それを今直してもらってるんだよ、元の状態に」
「じゃあ、ジークも、」
「ハルト君はダメだよ」
「なんでよ。同じじゃない!」
「ハルト君は、魔力が暴走したけど魔力がなくなったわけじゃない。止まってもない。ただ眠ってるだけなんだもん」
「じゃあ、」
「このまま、起きるのを待つしかないね。申し訳ないけど」
ナディールの言葉に、俺の我慢も限界がきた。
「おまえ、申し訳ないってなんだ。ジークがおまえに何かしたか?ただ、売り言葉に買い言葉でああ言っただけだろう。あいつは、おまえより10も年下なんだぞ。しかも、まだまだガキだ。それを、ジークの弱点であるルヴィア嬢を使って、…俺の大事な息子を、魔力を暴走させるような真似をして…!このまま、あいつが目覚めなかったら、俺はおまえを殺す。絶対に許さん」
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「無理だよ。ハルト君は、僕がぶっ壊しちゃったんだから。目が覚めても元には戻らないよ」
「なんで、」
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ナディールは、俺をじっと見た。
「僕は、どうすればいいの。どうすれば、ハルト君みたいにみんなに大切にしてもらえるの」
「ナディール、貴方、」
アンジェは、ナディールに近づくとギュッと抱き締めた。
「貴方、…寂しかったのね」
その言葉を聞いて、ナディールの顔がみるみる赤く染まり、目が潤み始めた。
「サヴィオンがいなくなって、私も出ていって、カティは即位して忙しくなってしまった。年が離れてた貴方のことを、思いやれなくてごめんなさい」
アンジェは、ナディールの頭を撫でながら言った。
「ナディール、ジークはね。私が見捨ててしまった3歳のときに、モンタリアーノ国で宰相を務めていたルヴィちゃんのお父さんに、カーディナルに行きなさいって言われたの。そのときに、3歳で寂しいだろうけど、人間はみんな寂しい生き物だ。だから、自分を寂しさから救ってくれる、そんな存在を探すといいって教えてもらったのよ」
「寂しさから救ってくれる、存在?」
「モンタリアーノ国で、魔力が暴走して疎外されてたジークにとって、魔力を持っているルヴィちゃんが心を満たしてくれる存在になったの」
「心を、満たす、」
「そう。ねぇ、ナディール。これから、貴方も入ってきて。私たちの中に。貴方が、自分から入ってきて。いじけてないで、やりたいこと、私たちにやってほしいこと、言いたいこと、なんでも言い合いましょうよ。カティが私とサヴィオンを赦して受け入れてくれたように、私たちも貴方を受け入れる」
アンジェは、ナディールを見つめた。
「そしていつか、ジークのように、貴方の心を満たしてくれる存在を見つけなさい。自分が変わればきっと見つかるから。ね、ナディール」
ナディールは、俯くと「…うん」と小さい声で返事をし、俺に向き合った。
「ごめんね、兄さん。ハルト君のことは僕が絶対になんとかする。兄さんが僕を殺してもかまわない。とにかく、時間をちょうだい。必ず直してみせるから」
「わかった。…俺も、すまなかった。小さいおまえを見捨てるように、自分勝手に出ていっちまって。赦してくれ」
ナディールは、「…ありがとう」と呟くと、「僕、ハルト君を見てくる」
「ディー叔父上」
突然声があがり、カイルセンが現れた。
「カイルセン、ルヴィア嬢は!?」
叫ぶカティを見て、「仮死状態から戻りました。痛いところもないそうです」と告げ、
「義姉上は、兄上についているそうです。だいたいの話はしました。目覚めないかも、と。それでも、そばにいると言うので…」
「わかった。ジークの部屋にいるんだな?」
「はい」
「ケイトリンに、ルヴィア嬢をしばらく預かることを知らせよう。ナディール、おまえが行って説明してこい」
「わかった。…カイル君、ありがとう」
「いいえ、」
カイルはニコリとした後、「兄上が起きたら…僕は殺されます、たぶん」と言って青ざめた顔で消えた。
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