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最終章

ルヴィ(ジークハルト視点)

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ルヴィのカラダがゆらりと崩れ落ち、その背中にはナイフが刺さっていた。ルヴィが倒れた後ろに立っていたのは、あの、ブロンディ帝国が留学生として送り込んできた魅了魔法を使う女。真っ青な顔でガタガタ震えながら自分の手を凝視している。

目の前で起きた一瞬の出来事に茫然として膝から崩れ落ちた俺は、突然強い力で腕を掴まれた。見上げた先にはナディール叔父上。これ以上ないくらい、嬉しそうな顔をして俺を見ている。

「だから言ったでしょ、ハルト君。言うこと聞かないから、こうなるんだよ。…キミのせいで」

叔父上は、「アッハハハハッ、あーあ、おっかしい」と大声で笑うと、「キミのせいでルヴィちゃんが死んだんだ。他でもない、キミのせいでね」と、俺を見て、嗤った。










ナディール叔父上が「ルヴィに挨拶にきた」と言ったあの日から、ナディール叔父上の得体の知れない不気味さに不安を隠せなくなった。叔父上が、どんな手段でルヴィを狙おうというのかまったく予想できず、焦燥感だけが募る。

父上には、「いくらなんでも考えすぎだ」と言われたが、ナディール叔父上は俺と同じだ。狙った獲物は絶対に逃がさない。敵と見定めた俺を宣言通り完膚なきまで叩きのめすために、俺が一番嫌がる方法をとるはずだ。俺の手の中から、俺の大事なルヴィを取り上げる。

俺の気持ちを逆撫でするように、仕事で顔を合わせるたび「ねぇ、ハルト君。ルヴィちゃん、元気?」と俺に声をかける。あの、イヤらしい笑顔で。

だんだんと追い詰められていく俺を見て、父上は「ナディールに会わないように、会合に出なくていい」と言ったが、動向がまったくわからないと余計に不安が募り、また、なにもしないうちに俺が負けたような気にさせられるため、その提案を飲むことはできなかった。

ルヴィを奪われないようにするなら、俺の腕に閉じ込めておけばいい。でも、それはできない。共に歩いて欲しいと伝えたのに、ルヴィにガッカリされたくない。それに、根拠がない。ただ、俺の本能が危険だと告げているだけだ。

ルヴィを守りたい、奪われたくない、失いたくない。俺は、ルヴィと甘い時間を過ごせなくなった。常に気が張り詰めて、とにかくただルヴィを腕の中に抱き締めることしかできなかった。

そんな俺をルヴィは、何も言わず抱き締め返してくれた。

言えば良かった。

「ハルト様は、自分の中にしまいこんでしまう」と、ルヴィに言われたのに。

ジリジリとした日々が続く。

ナディール叔父上の言った通り、留学生が入って一年後、スフェラ国がブロンディ帝国に統治されることになったが、新たに4月、レミントン国にも、カーディナルにもブロンディ帝国からの留学生は来なかった。

「あまりにも続けちゃったから、少し間を置くことにしたのかもね」

ナディール叔父上はそう言った後、俺を見てニヤニヤすると「ハルト君が、まだ2年生だしね」と嬉しそうに声をあげて嗤った。

「たぶん、来年来るよ。楽しみだね、ハルト君」

「…どういう意味ですか。俺はお伝えしたように魅了は効きませんよ」

「魅了が効かなくても、効いたフリをしてもらわないと。ちゃんと、その留学生に恋をしたフリをして、一年間、じっくり愛を育んでよ。ルヴィちゃんのことは、みんなの前でこっぴどく貶めてボロ雑巾のように捨てるんだよ?ブロンディ帝国だってバカじゃない、キミがルヴィちゃんにご執心だなんてこと、とっくに調べてるんだから。ブロンディ帝国を油断させられるかどうかは、ハルト君にかかってるんだからね」

みんなの前で貶めて、という言葉に頭がカッと熱くなる。自分の中の魔力がグルグルと狂暴に渦巻く。ルヴィにもう一度あんなことをしろと?冗談じゃない。ルヴィは、ものすごく傷付いた。俺が傷付けた。自分の、自分勝手な妄想を叶えるために、ルヴィをずっとずっと傷付けてきた。目的のためには仕方ないと、ルヴィの痛みも、気持ちも、考えられなかったバカな俺を、ルヴィは赦してくれた。ルヴィが、俺を赦してくれて、俺を変えてくれた。もう、俺は間違えない。そうルヴィに誓ったんだ。

「絶対にイヤです。俺はもう、ルヴィを傷つけることはしない。そう決めたんだ」

ナディール叔父上は、俺を面白そうにみやると、

「ふーん、まあ、いいよ。僕は言ったからね。あとはハルト君にお任せするさ」

と言って、「キミの決断が、間違ってないことを祈るよ」とイヤらしい顔で嗤って消えた。







俺とルヴィが最終学年になり、ナディール叔父上の予言通りブロンディ帝国から留学生がやってきた。水色の髪の毛にピンクの瞳という、トゥリエナ帝国で見掛けたことのある色味だった。

同じクラスに入ってきた女は、「ニーナ・ランドール」と名乗った。俺を見てニコニコ笑顔を振り撒いていたが、思ったような反応がないため一瞬眉をしかめた。

色味が周りと違うからわかるようなもので、俺にとっては「教室に存在している人間」でしかない。サフィア嬢を前回認識していなかったように、俺にとってどうでもいい人間を認識するつもりはない。

ナディール叔父上になんと言われようが、俺はルヴィを傷つけることはしない。そんなに油断させたければ、叔父上が魅了にかかればいい。「貴方だって王族で、しかも諜報部のトップじゃないか。ブロンディ帝国にとっていくらでも利用価値があるでしょう」。

ナディール叔父上は、面白そうに俺を見ると、「そうだね。明日から僕がアプローチするよ」と言った。

真意が読めずにいる俺を横目に、学校に何かと理由をつけてやってきては、ナディール叔父上は留学生に愛を囁くようになった。たぶん相手は魅了魔法にかかったと思っていただろう。でも違う。あの、熱のない目。

「ハルト君、僕はね」
叔父上は俺をじっと見ると、「魅了をはじくオーウェン兄さんの装置なんかなくても、魅了魔法にかかったりしないよ」と言い、今まで見せたことのない鋭い目付きで俺を睨み付けた。

「僕のほうが、キミより優れてるんだ。魔法でも、魔術でも、魔力でも。キミは装置がなければあの留学生と対峙することができないんだろ。臆病だね。情けないね。炎の貴公子が聞いて呆れるよ。この国で一番は僕だ。キミじゃない」

そう言うと、またいつもの顔に戻って、「ルヴィちゃんを守りきれるといいね?」とニヤリとして消えた。

魅了魔法を使えるという驕りが、その女の目を曇らせたのか。叔父上の覚めた瞳に気付くこともなく、いつしか女のほうが叔父上に夢中になり始めた。叔父上は学生ではないのだから毎日来ないなんて当然のことなのに、来ないとあからさまにイライラするようになった。

留学生として来ているのに、叔父上が朝来校しないとヘソを曲げて教室から出ていく。領土を狙う敵ながら、俺はブロンディ帝国に同情した。あまりにもこの女がお粗末すぎて。叔父上の掌でコロコロといいように転がされているバカな女。…俺自身も、この女と同じであることを気付けなかった。叔父上が張り巡らせた罠に、気付くことができなかった。







明日から冬休み、という日。

ルヴィと帰ろうと思ったら、サフィア嬢とルヴィの二人が職員室に呼び出された。

「ハルト様、お待たせすると悪いので、」

「ルヴィ、何言ってるの。いくらでもルヴィのことは待っていられるから、ゆっくり行っておいで」

「ありがとうございます、なるべく早く戻りますね」

ニッコリしたルヴィは、サフィア嬢と二人で出ていった。5分ほどすると、サフィア嬢だけが戻ってきた。

「ヴィーは、もう一人お話があるみたいで。もう少し待っててほしいと伝言ですよ、殿下」

「ありがとう、サフィア嬢」

サフィア嬢はマジマジと俺を見ると「貴方、縛りが強いのは変わらないけど、本当にヴィーのことが好きなのね」と言った。

なにを、といつもの憎まれ口を叩こうと口を開いたときに、父上が「サフィ、」と現れた。

「…サヴィオン様?」

「帰るぞ、早く」

言うが早いか、父上はサフィア嬢を連れて消えてしまった。まったく。俺になんだかんだ言うくせに、自分だって似たようなもんじゃないか。魔力がないサフィア嬢のいる場所を魔力から探ることができないからと、オーウェン叔父上に依頼して今サフィア嬢がどこにいるのか、父上だけが分かる装置を作ってもらったのだ。アキラさんはそれを聞いて「…エイベル家どうなってる?ストーカーが生まれやすい家なの?」と青ざめていた。

またひとりになり手持ち無沙汰になった俺は、教室から出て廊下でルヴィを待つことにした。しばらくすると、廊下の向こうを曲がるルヴィの姿が見えた。俺を見つけると、ふわっと笑う。ルヴィの甘い香りが届く。可愛い。

ルヴィの可愛い姿を堪能したくて、こちらに歩いてくるのを見ていたら、突然ルヴィが崩れ落ちた。…なに?

ルヴィの後ろに誰かいる。あの水色の髪は、

「ルヴィ!」

慌ててルヴィの元に飛ぼうとしたとき、ルヴィのカラダから、…魔力が消えた。あの、温かい、キレイな魔力が。よく見ると、ルヴィの背中にナイフが刺さっている。後ろに立っている女は青ざめた顔で、自分の手を見てガタガタ震えている。

ルヴィの魔力が消えたことに茫然として俺は膝から崩れ落ちた。…なに?な、に、…

突然腕をガッと掴まれ、見上げた先にはナディール叔父上の嬉しそうな顔。

「ふふっ、ハルト君。キミが言うこと聞かないから」

大声で笑った叔父上は、ニタァ…と口を吊り上げ「ルヴィちゃん、死んじゃったね。キミが殺したんだ、ルヴィちゃんを」と言うと、「カイル君!」と叫んだ。

倒れるルヴィの隣に、真っ青な顔のカイルが現れる。

「さ、早く。気の毒なルヴィちゃんを連れて行ってよ。邪魔だから」

連れて行く…?

カイルは、俺を見ると涙をこぼし、ルヴィをそっと抱き上げた。

「…カイル、やめろ、俺のルヴィに触るな」

「…兄上…申し訳ありません」

そのまま、消えてしまった。俺のルヴィと。

俺はカイルの魔力を追いかけようとしたが、ナディール叔父上に押さえられ飛ぶことができない。

「離せ、離せ、離せっ!俺のルヴィが…っ」

「だから、言ったでしょ、ハルト君。キミが言うこと聞かないからだよ。僕が言う通り、ルヴィちゃんを捨てて、あの女に恋してくれれば良かったのに」

「あんたがやって、」

「ねぇ、ハルト君。僕の話聞いてた?僕さ、クリミアの時もスフェラの時もちゃんと報告したよね?対象者は複数いたって」

叔父上はこれ以上ないくらい嬉しそうに嗤うと、「カイル君だって、きちんとかかったフリをして、あの女を満足させてたのに。キミはルヴィちゃんのことしか見てないから、そんなことにも気づけないんだよ」と言った。

「ふふっ、バカだね。ルヴィちゃんを失っちゃって。せっかく手に入れたのに、もういない。…ははっ。あはははははは」

叔父上は俺を引っ張り上げると、ニヤニヤしながら俺を見た。

「ルヴィちゃんは、前回もキミに殺されてその時はやり直したいと強く願ったから巻き戻った。キミもルヴィちゃんに会いたくて、引っ張られて巻き戻った。でも、今回は違う。だってルヴィちゃん、一瞬で死んじゃったから。
キミが後悔だらけでも、ルヴィちゃんにはない。後悔する前に、一瞬で、キミも見たように一瞬で、死んじゃったからね。だから、キミが戻っても、ルヴィちゃんはもう戻らないよ」

ニヤニヤしたまま叔父上は、「キミは、自分の身は守れるのにルヴィちゃんは守れなかったね」と言った。

「…なに?」

「だってさ、自分が刺されても死ななかったじゃない。死なないように魔法使ったじゃない。あれぇ?その魔法って、ルヴィちゃんを守りたくて身につけたんじゃなかったの?…ふふっ、ははは。まったく役に立ってないじゃん。あははははは。バカだねぇ」

叔父上は涙目になりながらひとしきり笑うと、「キミを手にいれるにはどうしたらいいか相談されてね、あの女に」とニーナ・ランドールを指差した。

「ルヴィちゃんに魔法で縛り付けられてるから、ルヴィちゃんを殺すしかないよって教えてあげたんだよ。親切でしょ?僕」

「魔法で縛り付け、」

「そうだよ。誓約魔法。使ったでしょ」

「使ったのは俺だ、ルヴィは関係ない…っ」

「そんなこと、あの頭が空っぽの女にわかるわけないじゃない。魅了魔法が使えるったって、魔力があるわけじゃないんだから。そして、妄信的に僕の言うことが真実だと思いこむ」

何も言えない俺に叔父上は続ける。

「あの女は、対象者が自分の魅了でどうにかできる、だからなんにも努力しない、そんなつまらない、うすっぺらな女なんだよ。頭も悪いし。あ、ハルト君と同じかな?ルヴィちゃんのことを考えながら、ルヴィちゃんを守れなかったバカなハルト君と。
ふふっ、」

掴んだ俺の腕をギリギリとさらに強く掴み、叔父上は言った。

「そんなつまらない女とバカなハルト君のせいで、可哀想にルヴィちゃん死んじゃったよ。キミに執着されて、キミが手放さなかったせいで、ルヴィちゃんの人生終わっちゃった。俺はルヴィを傷つけない?ふん、バカじゃないの。ハルト君、」

叔父上は俺をじぃっと覗きこむと、ニタァと嗤った。

「言ったように、僕は、ルヴィちゃんになんにもしてないよ。ルヴィちゃんを傷付けて、殺したのはキミだよ。他の誰でもない。キミが、ルヴィちゃんを、殺したんだ」

ルヴィの可愛い笑顔が浮かぶ。「ハルト様、」と呼んでくれる優しい声。柔らかいくちびる。俺だけの、甘い甘いルヴィの匂い。ルヴィが俺を変えてくれた、俺への優しさにあふれた言葉の数々。

『あんなに怖かったハルト様は、私の中からいなくなりました。優しくて、涙もろくて、でもがんばり屋なハルト様が私はだいすきです』

何度も何度も、嬉しくて読み返したルヴィの手紙。

俺に贈ってくれた、ルヴィの瞳の色のピアス。

ルヴィのために。ルヴィのために、俺はここまで来れたのに。

もういない。俺のルヴィは。

俺のせいで。俺の大事なルヴィは。

カラダの中で何かが弾ける。

「あ、あ、」

ルヴィ、

「うわあああああああああああああああっ!!!!!」


















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