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第五章

それぞれの再出発⑬(ジークハルト視点)

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魔術団の区画を出て、俺は庭園に行った。一昨日帰ってきたとき、ルヴィが飛んだ場所。

ベンチに座ってぼんやりしていると、「ジークハルト様?」と声をかけられた。振り返ると、

「…サムソン団長」

「お帰りになったとは聞いていたのですが、ご挨拶できずに申し訳ありません」

「いえ、こちらこそ」

少しの沈黙のあと、「少しお話してもよろしいですか?」とベンチに腰かけた。

「はい」

サムソン団長は、「一昨日、ヴィーから見せられましたが、ずいぶん高価なものをありがとうございました」と言った。

「…指輪ですか」

「はい」

「高価と言っても、」

「ジークハルト様、あの指輪はかなり高額でしたでしょう?ヴィーは、嬉しい気持ちの反面、正直困惑しておりました」

「困惑?イヤだったということですか?」

「違います、困惑です。あんなに高価な物をいただいて、私はハルト様に何を返せばいいのだろうと…困っておりました」

「何も、返してほしいなんて」

「ジークハルト様は、あの指輪をどういう意味合いでヴィーに寄越したのですか?」

「婚約指輪です」

「でも、ヴィーはそう思っていませんが」

「え!?」

「婚約指輪だと、おっしゃったのですか?」

「…言ってないかもしれません」

「ただのプレゼントだとしたら、高価すぎます。困惑すると思いますよ」

何も言えずにいる俺をじっとサムソン団長は見た。

「…本当はダメなことでしょうが…」

そう言って、手のひらに乗る大きさの四角い物を俺に渡した。

「これは、オーウェン様がうちのケビンを監視するためにつけた魔道具の、受信側です。監視する道具は我が家の、訓練場に付いています。この受信する機械で、ヴィーを監視しますか?」

「え、」

「昨日、ヴィーは泣きながら帰ってきました。ロレックスさんに見つかるとうるさいので、直接自分の部屋に飛んだようですが…。ケビンがたいそう心配しまして、私に知らせてきたんです。
事情を聞いてみたら、『ハルト様が好きなのは私ではない』と」

「どういう…ことなのか…わからないんです」

「ジークハルト様」

「…はい」

「ヴィーは、もう、前回のヴィーとは違います。まったく違う人間になりました。ジークハルト様は、そのことがお分かりになっていないのですね」

「まったく、違う人間…」

「そうです。ヴィーは、やられっぱなしの人生はやめたのですよ」

サムソン団長は、じっと俺を見た。

「必要なければ、アンジェリーナ様にお渡しください。お時間、ありがとうございました」

そう言って、スッと消えた。








どうするか決められずに、とりあえず自室に帰った。

ベッドに寝転がり、アキラさんの言葉を思い返す。

ルヴィの可能性を俺が潰している。

もしルヴィがシングロリアに行くと言ったら…、やはり俺は止めるかもしれない。なんで止める?

「ルヴィに会えないのはイヤだから…」

そう呟いてみて、ハッとした。

俺が、会えないのがイヤだから。ルヴィがやりたいことをやめさせる。

主体は俺、ルヴィの気持ちはそこに関係なく決めてしまっている。「…そういうこと?」

俺は、俺を優先してる。俺がルヴィに対してこうして欲しい、ということをルヴィがやるように求めてる。だから、『俺が』、ルヴィを失いたくないから、ルヴィのお茶会をやめさせたかった。『俺が』、ルヴィと過ごしたいから、アンジェ様と話している最中なのに連れ帰ってきた。

俺はルヴィが好きだから、それは許されると思ってた。アンジェ様も追いかけてまで説教しない。でもそれは、『赦した』わけではなく、俺を『諦めてる』から?ルヴィについて俺がやることは、口出ししても仕方ないって。誓約魔法かけちゃったり、気持ちが抑えられなくてルヴィに噛みついたりしてるのを見てるから。俺の力が強すぎて、たぶんそのうち父上とも対等になる。俺を抑えられる人間がいなくなったとき…俺はルヴィに、何をしてしまうんだろう。

一昨日も、頭に血がのぼって無理矢理ルヴィの純潔を奪おうとした。自分の、自分勝手な思い込みのために。

「ハルト様は、自分の中にしまいこみすぎです」と言ったルヴィ。

「ルヴィアさんの意思確認をしていない」と言ったアキラさん。

『俺が』そうしたいから、やる。最終的には誰も俺を止めないから。でも俺の行動は、昨日のサフィア・コリンズと同じだ。自分の欲求のままに動き、周りに与える影響がどれだけ大きいのか考えてなかった。

シングロリアに行く前、父上は俺になんて言った?

ルヴィとベタベタしていたら、俺だけではなく、それを注意しない叔母上も不審がられる。

サムソン団長が認めてなければ、誓約魔法のためにサムソン伯爵家が叔母上と敵対するかもしれなかった。

前回、ルヴィをカーディナルに連れてくるのも勝手に決めた。そのために周りを騙して、…

「ルヴィが死んだのは俺のせいだ」

でも、認めたくなくて、直接手をくだしたサフィア・コリンズを悪者にした。

でも、…じゃあ俺は、俺のやりたいことを我慢しなくちゃいけないのか?ルヴィとようやく会えたのに。

「人前では、ダメですよ。二人きりならいいです」

そう言ったルヴィ。

欲求を我慢する。それはできない、だってこんなに待たされたんだから。

でもそれは、…








アンジェ様の部屋のドアをノックする。

「どうぞ」

入ると「あらジーク。昨日の件を謝りにきたの?」と先制攻撃をくらった。

「…申し訳ありませんでした」

「座りなさい」

「はい」

俺が座るのを待ってアンジェ様は口を開いた。

「私はね、ジーク。あのクズに愛情を与えてほしくて貴方のことを見捨ててしまった。だから、貴方の行動にとやかく言う権利もないと思っていたのだけれど…」

俺を厳しい目で見据えると、

「でも貴方がルヴィちゃんの邪魔になるなら私は貴方と闘うわ」

「俺がルヴィの邪魔に…?」

「昨日、ルヴィちゃんが『私も一緒に勉強してもよろしいのですか』って言ったの覚えてる?」

「はい」

「でも貴方は、淑女教育だと言ってるにも関わらず、自分がルヴィちゃんと過ごしたいからそこに入ってこようとしてたわね?」

その通りなので黙っていると、

「貴方が見てる中じゃないと、ルヴィちゃんは何にもしちゃいけないの?貴方、ルヴィちゃんを支配したいの?今回は暴力をふるってないみたいだけど、あの手この手でルヴィちゃんの邪魔をして、ルヴィちゃんの気持ちを叩き潰して、自分の思い通りにしようとしているの?
ルヴィちゃんを壊すのは赦さないわよ。あんなに素敵な女の子、貴方みたいな独り善がりな独裁者には合わない。ルヴィちゃんを解放しなさい」

アキラさんと同じことを…。

「そんな、」

アンジェ様はちらりと俺の指輪を見て「そんなものでルヴィちゃんを縛り付けて悦に入ってるのかもしれないけど。本物のルヴィちゃんは貴方は手に入れられない。だって、貴方自身がルヴィちゃんを壊しちゃうから」と冷たく言った。

「ルヴィを壊すって、どういうことなんですか?」

「ルヴィちゃんの気持ちを尊重せずに、自分のやりたいようにねじ曲げてるじゃない」

アンジェ様は自室に飾ってある花瓶を手にした。

「このガーベラの茎、真っ直ぐよね?」

「…はい?」

「真っ直ぐだからこそ、水を吸い上げてイキイキと咲いてるのよ。でも、」

そういうとアンジェ様はその茎をぐるりと結び、その上、花に近い部分をぐしゃりと潰した。

「こうなったらもう…花は咲かない。すぐに枯れるわ。水を吸い上げられないもの。ジーク、貴方がルヴィちゃんにしてるのはこういうことよ。ゆっくりゆっくり、ルヴィちゃんは壊れていくわ。貴方の歪んだ愛情という名の束縛のために」

アンジェ様は短く嘆息すると、「前回、やりたいようにやったでしょ?失敗したけど。今回はルヴィちゃんを解放してあげてよ。あの子の可能性を潰さないで」と言った。

「俺はルヴィのためにならないと言うことですか?」

「そう思わないの?自分こそがふさわしいって、なんでそう思えるの?貴方が、自分の欲求を通したいからルヴィちゃんを求めてるだけでしょ?
ジーク、貴方、ルヴィちゃんを好きになったのは、モンタリアーノ国で居場所がない自分を救ってくれる存在だから、って言ってたわね。魔力を持ってるから、って」

「…はい」

「でも今回は違うでしょ。カーディナル魔法国に来て、貴方は受け入れられた。魔力があって当たり前、しかも貴方みたいに強大な魔力を持つ人間は、尊敬されこそすれ蔑まれることなんてない。ルヴィちゃんに癒しを求めなくても貴方の居場所はあるじゃない。
魔力を持つ女の子もたくさんいるわ。あと3年したら学園に入るのだし、貴方の見た目、魔力の強さ、もし王政が終わるにしても身分だって申し分ないのよ。引く手あまたでしょ。もう、ルヴィちゃんじゃなくてもいいでしょ」

ルヴィじゃなくてもいい?そんなこと、そんなことあるわけない。ルヴィじゃなくちゃイヤだ。ルヴィがいいんだ。

「ルヴィちゃんが貴方を赦してくれたんだから、貴方はルヴィちゃんを解放して。サヴィオンははっきり言わなかったけど、貴方誓約魔法だって、解除できるんでしょ、本当は」

ギクリ、と固まる俺を「やっぱりね」と蔑んだ目で見たアンジェ様は、「ルヴィちゃんに説明して、私の目の前で解除して」と言った。

「イヤです!」

「そんなもので縛り付けたって、ルヴィちゃんは手に入らないわよ。キレイだからと籠に閉じ込めた鳥はいつまでキレイでいられるかしら。貴方はルヴィちゃんを美しく咲かせる、男としての器がない。ルヴィちゃんは、もっとのびのびと見守ってくれる男でこそ花開くわ。たとえば、サヴィオンのように」

「え…!?」

「年齢が離れてるし、私も積極的には勧めないけど、サヴィオンならルヴィちゃんを美しく咲かせてあげられる」

貴方には無理。自分の欲求を叶えてほしいだけのお子ちゃまなんだから。と吐き捨てた。

「…どうすれば、いいんですか」

「だから、ルヴィちゃんを解放して」

「イヤです、俺はルヴィを諦めるなんて…!」

「卑怯な手で縛り付けて何を偉そうに言ってるのよ!実力で勝負できないから、そんなことしてるんでしょ!」

アンジェ様は苦々しげに言うと、「サフィア嬢のおかげで、貴方とルヴィちゃんの婚約発表はしていない。今となっては良かったわ。サヴィオンを通じて、私からも婚約解消のお願いをする。ルヴィちゃんには一切落ち度はないんだから」と俺を睨み付けた。

「イヤです、イヤです、なんで!なんで、婚約解消なんて!」

「そうやって駄々コネてればいいじゃない。貴方がやることは、誓約魔法の解除よ」

アンジェ様の言葉に茫然とする。

「ジーク。私に何かないの?」

俺は当初の目的をようやく思いだし、サムソン団長から渡された機械を出した。

「…これを使わなかったことだけは褒めてあげるわ。じゃ、出て行って。決心がつかないなら、サヴィオンに解除させるからね」

アンジェ様はそれ以上俺と話す気はないようで、俺は自室に戻らざるを得なかった。
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