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第五章

それぞれの再出発⑨

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今日、ハルト様が帰ってくる。

2ヶ月くらい、というお話だったのだが、サヴィオン様とハルト様はそのままシングロリアに残ることになった。シングロリア国は王族はいるが、王政国家ではないのだという。その仕組みを学ばれることになったのだ。

「ゆくゆくは、カーディナルもそういう国にしたいのよ」

お茶会に呼んでくださったアンジェ様の部屋でお話を聞く。

「王政をやめるのですか」

「うん。今回、鉄道もそうだけど、新しい人材を受け入れるためにいろんなことが始まったでしょ?」

「はい」

たとえば郵便。魔力がない人は手紙や荷物のやり取りはできない。私と手紙をやりとりするうちにハルト様が気付いたのだと、サヴィオン様が手紙をくださった。「キミのおかげでジークは成長している。予定がのびて、直接お礼が言えずすまない」と。

私のおかげではない。ハルト様が頑張っている結果だ。とても嬉しい。

「そうすると、やっぱり魔力があるかないかでそのうち揉めることも出てくるだろうし、王族はいなくてもいいんじゃないかなって。私とサヴィオンは、カティに押し付けた感がすごくあるし、下のふたりも王位にまったく興味ないし。カティと、その子どもにだけ負担があるのも…もう限界なんだろうと思って。…まあ、私たち兄弟がダメすぎたんだけど。ほんと、カティのおかげでなんとか今まできたけど、そういうわけにいかなくなるから」

そう。陛下はいま、妊娠中なのだ。

「本来ならば女王の伴侶として王配がいるんだけど、リッツの場合は政治に向いてないし。チャラいけど、部隊長としてはかなり尊敬されてるからね、あいつ」

アンジェ様はニヤニヤすると、「いや~、ようやくくっついてくれて良かったわ!!」と言った。

「まだ、結婚はされないのですか?」

「うん、ふたりで話をして、子どもが生まれてからすることになったの。あのムッツリが」

あら、ルヴィちゃんの前でごめんなさいね、とアンジェ様は言った。

「カティに、マーメイドラインのウェディングドレスを着せたいんですって。アホよね」

「でも、とてもお似合いだと思います」

「私もそう思う。リッツは、カティに対するこだわりはすごいから。もう、今はタガが外れっぱなしでカティも困ってるわ」

陛下は警護の関係もあり、今まで通り城内に住み、リッツさんも共に住むことになったのだが、まず、朝は陛下をお姫様だっこして陛下の執務室へ。「無理しないでよ、なんかあったらすぐに呼んでよ」といつまでも陛下についていて、補佐についてるアンジェ様に雷を落とされ、ようやく出ていく。出ていく際も「あいつ、見せつけるようにキスしていくのよ!私のこと独り身だって知ってるくせに!ムキーッ」とアンジェ様の体から稲光が洩れる。怖い。
昼食も必ず一緒、夕方は就業時間終了と同時にやってきて、「エカたん、大丈夫?疲れてない?」とまた抱っこして帰ってしまうらしい。

「まあ、カティを置いたあと自分はまた職場に戻って仕事してるし。言うことないんだけどさ…地味に私に仕事振ってくんのよ、あいつ!今までエカたんに押し付けたんだからやれ、とか言って!」

なんだかんだと、アンジェ様とリッツさんは仲良しなんだな、と微笑ましくなる。

「すぐに王政をやめるわけにはいかないから、カティが出産してしばらくの間は私とサヴィオンとで代理で仕事をすることにしたの。うるさいじじいどもにも、ひとりひとりお願いにいってさぁ。私がひとりで!サヴィオンめ、『こういうのは早いほうがいいからおまえがやっとけ』なんて…うまくしてやられたわ」

そう言いながらもアンジェ様は楽しそうだ。

「子どもが生まれて、一年くらいしたら結婚式をやるらしいんだけど、国として大々的にやるつもりはないみたい。身内だけでやるっていうから、ルヴィちゃんもドレス準備しましょうね!」

「え…?」

「え、ってなに?」

「あ、いえ、私も参加させていただいていいのですか?」

「当たり前じゃない!ルヴィちゃんはジークの嫁なのよ!身内でしょ!」

「よ、よめ、」

「そうよぉ。あの変態をここまで更正させたのはルヴィちゃんなんだから。…逃がさないわよ」

ウフフ、と笑うアンジェ様の目が怖い。

「ま、それもあるし、身内と言ってももちろん魔術団はそれなりの人数呼ぶ…というか来たくて争いになるだろうし。
今日、サヴィオンとジークが帰ってくるでしょ?」

「はい」

「あのふたりはまだモンタリアーノ国から入ってくれた三領主と会ってないから、明日顔合わせをする予定になってるの。ルヴィちゃんもいらっしゃい、ケイトリンには許可取ったから」

「え、私もですか?」

「そうよ!まだルヴィちゃんも会ってないでしょ」

「そうですが…」

「ルヴィちゃんをジークの婚約者だって御披露目するのよ」

「え、」

「言ったでしょ、逃がさないって。本人いなくて出来なかったけど、これからはどんどん顔出ししていくわよ、ルヴィちゃん!」

オーホッホッホ、と高笑いするアンジェ様。

「何を勝手に決めてるんですか、アンジェ様」

「あら、ジーク」

急に聞こえてきた声にドキッとし、視線を移すと…

蕩けるような笑顔のハルト様が立っていた。

「ただいま、ルヴィ」

ハルト様が私の前に立つ。また背が伸びたみたい…。キラキラ輝くキレイな赤い瞳。

「…ルヴィ?」

ハルト様に見とれてしまっていた私は、ハッとして「は、はい」と返事をした。

「ルヴィ、おかえりは?言ってくれないの?」

ハルト様が私の頬に手を伸ばす。その感触に、私の胸が限界を迎えた。

「ルヴィ!?」

私は別人のようなハルト様に耐えきれず、その場から飛んで逃げた。







お城にお邪魔したときは必ず寄らせていただいている庭園に飛んだ私は、そっとベンチに座った。久しぶりに見たハルト様を思い、また胸がドキドキしてくる。

約2年ぶりに会うハルト様がとても素敵になってしまって、代わり映えのしない自分を思いため息をついた。ハルト様はガッカリしてしまうのではないだろうか。そう思うと、胸がきゅうっと苦しくなった。

「ルヴィ」

後ろから声を掛けられ、ビクッとした私に「そのままで」とハルト様は言った。

ベンチに座る私の後ろに立つハルト様の気配に、また胸がドキドキする。ギュッと目をつぶると、「ルヴィ、俺のことキライになったの?」と言うハルト様の声が聞こえてきた。

慌てて振り向くと、傷ついたような顔のハルト様が。

ああ、私、何してるんだろう。

私は立ち上がり、ハルト様の手を掴んだ。

「ごめんなさい、ハルト様」

「…ごめんなさいって、何?キライになってごめんなさいってこと?」

「ち、ちがいます」

「じゃあ、何?なんで逃げるの?俺、なんかした?俺のこと怖くなくなったって言ってくれたのに、やっぱり怖くなったの?」

泣きそうな声で言われて、私は自分勝手な行動を後悔した。

私は、ハルト様をぎゅうっと抱き締めた。ハルト様の鼓動が聞こえてくる。

「…ルヴィ?」

「ハルト様、逃げてごめんなさい。ハルト様が、とても素敵になられていて…」

ハルト様はバッと体を離すと、私を見つめた。

「素敵になった?」

「はい」

「ほんと?」

「はい」

「ルヴィ、俺のこと好き?」

「はい」

「はいじゃなくて、ちゃんと言って」

私は自分の顔が赤くなるのを感じながらも、ハルト様の目を見て告げた。

「大好きです、ハルト様。おかえりなさい。お会いできて嬉しいです、ずっと待っていました」

自分の言葉に、胸がきゅうっとなり、涙がこぼれそうになる。

そう。私は待っていたんだ。ハルト様が帰ってきてくれるのを。

ハルト様は私をまじまじと見つめると、やはり顔が赤くなった。

「ルヴィ、嬉しい。ありがとう。俺も、ルヴィが大好きだよ。会いたかった」

そう言って、私をぎゅうぎゅう抱き締めた。髪に顔を埋め、「ルヴィの匂い…」と恍惚とした声で呟く。

「ルヴィ、取り敢えず一度戻ろう。アンジェ様に顔見せないと、ずっと邪魔される。ゆっくり話したいし、ルヴィを感じたい。ね?」

ハルト様は私を横抱きにするとアンジェ様の部屋に飛んだ。









「もぉ~、ルヴィちゃん、心配したのよ!この変態が!いきなり入ってくるからでしょ!バカ!デリカシーがない男は嫌われるわよ!」

「嫌われません。ルヴィは俺のことが大好きだと言ってくれました」

アンジェ様は一瞬ポカンとした顔になり、すぐにニヤニヤし始めた。

「ふ~ん、そお。へ~え。ルヴィちゃんに好きだって言ってもらったんだぁ」

「ちがいますよ、アンジェ様。好きじゃなくて、大好き、です。間違えないでください」

「ハ、ハルト様!」

「なぁに、ルヴィ」

また甘い笑顔を向けられて、私の顔は赤くなる。

「ところで、アンジェ様」

「なに?」

「俺の部屋は、まだ、あの時の客間ですか?」

「あ、ううん。サヴィオンから言われて私たちも思い出したんだけど、ここに住むわけだから部屋を準備したわ」

「…父上と一緒ですか」

「もちろん違うわよ!」

とまたニヤニヤするアンジェ様。

「サヴィオンは生意気に『露天風呂が欲しい』とか言うからあいつから送金させて部屋を改築してやったのよ」

いい儲けになったわ!と嗤うアンジェ様。怖い。

「貴方の部屋は、客間とあんまり変わらないけど。応接セットと、お風呂もついてるし、あ、ただね」

アンジェ様はまたニヤニヤして私たちを見た。

「ベッドはキングサイズにしておいたわ。私の私財で」

「ありがとうございます、アンジェ様。父上からさっ引いてください。では、これで。邪魔しにこないでくださいよ」

言うが早いか、ハルト様は「部屋の場所、教えてください」と言って私を抱いて飛んだ。









「ここが俺の新しい部屋か」

ハルト様はわたしを抱いたまま、部屋の中を確認し始めた。

「ハ、ハルト様」

「なぁに、ルヴィ」

「わ、私、おります」

「ダメだよ。せっかく会えたのに。あ、そうだ」

ハルト様は横抱きから体勢を変えて片手で抱え直した。

「ルヴィ、俺の首に腕回して」

「え、」

「ほら、早く。こうすれば、ルヴィも部屋見やすいでしょ」

「は、はひ」

あまりの密着ぶりに顔が赤くなる私を見て、ハルト様は「俺もドキドキしてるよ。わかる?」とニコッとした。

「ルヴィの匂い、すごく久しぶりで…変になりそう」

そう言ってハルト様は、私の鎖骨あたりにチュッ、と口づけた。

「ふふ、ルヴィもドキドキしてきたね」

「…え?」

ハルト様は私の襟元をスッとズラすと、姿見の前に立った。

「見て、ルヴィ」

「え、」

私の左鎖骨の下あたりに、赤い薔薇のような紋様が浮かび上がっていた。

「!?」

「ごめんね、ルヴィ。これは、俺がズルしてたときにつけたヤツだから、水に流してね」

「こ、これ、」

「これはねぇ」

ハルト様はニコッと笑うと、「ルヴィが俺に興奮したときにだけ浮かび上がるシルシだよ。俺だけに反応するシルシ。キレイでしょ」と言った。

「にゃ、」

「ん?どうしたの、ルヴィ」

「にゃ、にゃ、にゃんてこと」

「ふふ、ごめんね。でも消さないよ」

ハルト様は「キレイ。ルヴィ。大好き」と私の頬に口づけると、「他も見ようか。寝室とか」と私を見つめた。ハルト様の艶やかさに、私の容量は限界寸前だった。
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