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第五章

それぞれの再出発①(エカテリーナ視点)

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「あのよぉ」

兄上が私を見て言った。

「その三領地を、カーディナルに組み込むことはできねぇのか?」

「…どういうことですか」

「モンタリアーノ国から独立する、共和国を作る、それはわかった。
ただ、それを黙って見てねぇヤツも出てくるだろ」

「クリミア皇国のことを言っているのですか」

「そうだ。
いきなり仕掛けてきやがって…」

兄上の言葉に、姉様は下を向いた。

「…私のせいで。謝っても謝りきれない」

「それを言ったら、俺も同じだ。自分の力を試したくて放浪してて、国の大事に駆けつけられなかった」

兄上は、「悪かったな、カティ、ケイトリン」と頭を下げた。

「サヴィオン様、もう過ぎたことです。私はそう思っています」

ケイトリンはニコッと笑うと、「ただし、クリミア皇国に対しては憎しみしかありません」と言った。『消尽の魔女』の降臨だ。怖い。

「いまだに、小競り合いを仕掛けてきますからね、あの国は」

「ケイトリンのお陰で辺境だけで済ませてもらっているな、本当に感謝する」

「違いますよ、陛下。宮廷魔術団から定期的に人材が我が家の部隊に応援に入ることを、陛下が許してくださったからです」

「元々、ケイトリンが育てた人員なのだし…宮廷魔術団として実戦が積めるのはいいことだろう」

辺境伯爵家には、専門の部隊がある。クリミア皇国と戦うために、戦後編成された武術専門の部隊だ。
ただし、我が国には大砲などの武器がないため、それを補うために魔術師たちも配置している。

「あの時まで、まともに戦うなんてことを想定してなかったからな、俺たちも」

「そうですね。だからこそ、国土にも侵攻されてしまったわけですから」

騎士も、魔術師も、日々訓練は積んでいた。しかし、訓練と実戦は違う。恐怖心がいつもの実力を蝕み、まったく役にたたなくなってしまうのだということを、我々カーディナル魔法国は思い知らされたのだ。

我々の抵抗が相手にとって想定外のものだったのか、どちらが、という決着もつかず半年で敵は引いた。父上はその時に傷を追い、二年後に亡くなったのだ。

「今回の件で、モンタリアーノ国も俺たちの敵になる可能性が生まれた。ただし、」

と兄上はニヤリと嗤った。

「あのクズが生きてる限りは、奴らから仕掛けることはないだろう」

「どういうこと?」

姉様は兄上に尋ねた。早々に戻ってしまって、見てないからな、あのクズにとっては惨劇な出来事を。

「姉様がカイルセンと共にカーディナルに戻った後、兄上がクズに従属魔法をかけたんです」

姉様はポカンとした顔で兄上を見て「…従属魔法?」と言ったあとに、嫌悪感丸出しの顔になった。

「サヴィオン、貴方…奴隷を持つなんて趣味が悪いにもほどがあるわよ。しかも、あんなクズを」

「いやいやいやいや、違う!従属魔法は、何も奴隷を作るためだけの魔法じゃねぇから!アンジェ!その顔やめろ!傷つくだろうが!」

「姉様、兄上は、あのクズが信用できないから、もし違反したら顔が焼けるようにしたんです」

「違反って、何についてですか?」

カイルセンが兄上に尋ねた。

「おまえとアンジェの離脱、離縁承認をあのクズが一方的に破棄する可能性を考えた。もし破棄された場合、おまえたちがカティに無理矢理連れていかれたと大義名分をうって、カーディナルに侵攻してくるかもしれねぇだろ?」

それを聞いたカイルセンは、「やりますね、あの腐れは。常識とか存在しませんから」と嫌そうに吐き捨てた。

「だから、承認書が少しでも破損されたりしたら顔が焼けることを実際に見せてきた」

「ちょっと!サヴィオン!なんでそんな面白いことを勝手にやるのよ!わたしも見たかったのに!!」

「いやいやいやいや、勝手に怒って帰ったのはアンジェだろ、やめろ、水泡に入れようとするな!」

「大丈夫よ、窒息しても貴方ならなんとかなるわよ」

「俺をなんだと思ってんだ!」

ギャーギャー喧嘩する二人を見て、あまりに懐かしく「ふふっ」と笑ってしまう。この二人は本当に昔からこうやって楽しそうに喧嘩していた。

「それから、どうしたのですか」

カイルセンは二人を無視して私に尋ねた。

「実際に顔から炎があがって火傷もしたんだが、兄上が治してやったんだ」

「治すことないのに。あいつの腐った根性の内面を映し出すにふさわしい顔だ」

金髪碧眼のザ・王子であるカイルセンが毒を吐くのがツラい。見た目はホワホワ王子にしか見えないのに。かわいいのに。

「そのあと、兄上がもうひとつ、カーディナル魔法国に何かがあったら、あのクズが関与してようがしてまいが関係なく顔が焼けると突きつけてきたんだ。だから、自分から進んで侵攻を計画することはないだろう」

「もちろん返り討ちにしてやるけど、そういうことならクリミア皇国が仕掛けてくるのも大歓迎ね」

「…姉様」

親子揃って過激派だ。

「それで、さっきの発言の真意はなんですか、兄上」

「その、独立するってとこはカーディナルとくっついてんだろ?」

「そうですね、だから離脱を決意したようです」

「ここは、」

兄上はノースサイドの地図を机上に広げると、指をさした。

「クリミアとも隣接することになる。さっきケイトリンが言ったように、いまだに小競り合いを仕掛けてくる国だ。守りが固い辺境伯爵領からは侵攻するのは難しいが、ここがモンタリアーノ国から外れたらここを利用しないはずがない。クリミアに正対してる場所はいいが、脇をつかれたらわからねぇだろ」

「今まではモンタリアーノ国だったからそういう手も使えなかったけど、独立した、しかも小国ならいとも簡単に利用できると考える、ってことね」

姉様も地図をさし、「この、反対側…モンタリアーノ国と接してる領地は、さっきカティが言った伯爵家なの」と言った。

「ここは、金を産出しているのよね」

「金を?」

「そう。それを加工して輸出することで国に利益をもたらしている。独立する、と言ってもあのクズが金の成る木である伯爵領を再度取り込もうと画策する可能性は高いわ。それこそ、武力を持ち出してもね」

「それは俺も知らねぇ情報だわ、さすが、王妃陛下は違うな」

「もう違うわよ」

嫌そうに言った姉様は、「そうだわ、カティ」と私に視線を移した。

「あのクズのせいで離縁も成立せずにうやむやになってたことなんだけど」

「なんですか?」

「…私は、カーディナル魔法国に戻ってもいいのかしら」

「…姉様、何を言ってるんですか」

思わず稲光が洩れる。

「私の勝手な行動のせいで、カーディナル魔法国にも、貴女にも、」

「やめてください」

私の言葉に姉様の肩がビクッと揺れる。私は嘆息して言った。まったく…変なところで気弱なんだから。

「戻ってきていいか、なんて、当たり前でしょう。ここは姉様の国ですよ。さっき、ルヴィア嬢も言っていたではないですか。ジークの過去の過ちは不問にすると。今、議論したところで時間は戻りません。過去の過ちを、繰り返さなければいいのです」

「…カティ」

姉様はボロボロと涙を溢した。

私は立ち上がり、姉様の肩を抱いた。

「戻ってきてください、姉様。嬉しいです」

「…ありがとう」

私が姉様の背中をさすっていると、兄上が「カティ」と言った。

「なんですか?」

「俺も戻ってきていいかな」

「…は?」

「いや、俺も自分勝手に出ていっちまって、何にも手助けできねぇでいたんだけど。今回の件で、カーディナルに戻って生活したくなったんだ」

ダメかな、と言う兄上に、私は雷撃を喰らわせた。

「うおっ…なにすんだ、カティ!」

「なにすんだ、じゃありませんよ!兄上は今の私の話を聞いていたんですか!ここは、貴方方の国でしょう!許可なんて必要ないんですよ!」

兄上はポカンとしたあと、ニカッと笑った。

「ありがとよ、カティ」

「まったく…ふたりとも私より歳上なのに、グチグチと」

「…すまん」

「…ごめんなさい」

「よかったですね、母上」

カイルセンも嬉しそうだった。

「カティ、私は王族には戻らないわ」

「それは…」

「せっかく戻ってくるんだし、一から領地経営したいのよ。カーディナル魔法国を発展させるためにやるわよ!」

「わかりました、姉様がそれでいいならば」

「俺も降りたほうがいいか?」

「兄上に領地経営なんて無理ですよ。兄上はこのまま王族として残ってください。姉様はカーディナル魔法国から一度離脱してるからいいですが、貴方は王族のまま各国を放浪してたんでしょう。身分は明かしてないとはいえ、今さらですよ。手続きもめんどくさいからこのままにしてください」

「おいカティ、アンジェに対する態度と違いすぎねぇか!?」

「それから、」

私は兄上の苦情をキレイに無視して言った。

「ジークは、今日から兄上の息子になります。あの変質者を、外で野放しにするわけにはいかないんですよ。いくらルヴィア嬢が過去を赦したとは言え、見たでしょう、さっきのジークの数々の奇行を」

「奇行…」

「あんなこと、外でやられたらルヴィア嬢が気の毒で仕方ない。ルヴィア嬢の立場を考えてください」

「王城内ならいいってことか?」

「すでに、いま、そうしてるんでしょ?二人っきりにしちゃってるじゃないですか!」

「まあ、確かにそうだが…」

「誓約魔法なんて使われちゃって、」

私はだんだん腹がたってきた。まったく、前回もひどい目に遇わされたのに、あの変質者に会わせてしまったせいで今回もルヴィア嬢を縛り付けることになってしまった。

「陛下、大丈夫ですよ」

「ケイトリン…」

「ヴィーは、前回は我慢ばかりの人生でしたが、今回は大丈夫です。先ほどのジークフリート殿下の扱い方は、むしろヴィーにしかできませんよ」

「そうね、猛獣使いみたいだったわ。きちんと大人しくさせて…あの子、すごいわねぇ」

姉様はそう言うと、「娘に欲しい。ジークは私の子どもじゃなくなるから、カイルと結婚させようかしら」

「やめてください、ぼくは兄上に殺されたくありません」

「そうだぞアンジェ、ようやく眠った変質者を起こすような発言はやめろ」

「そうですよ」

「あら、ジーク」

ルヴィア嬢を横抱きにして現れたジークは、姉様を冷酷な目で見据えた。

「血をわけた親とは言え、俺からルヴィを取り上げるなら潰します」

そう言って、コロッと表情を変えたジークは、「ルヴィ、何が食べたい?」と甘い声でルヴィア嬢に話しかけていた。



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