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第四章

私はどうしたい?

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「ルヴィア嬢から聞いた今の話、ジークは知っているんだろうか。その公爵令嬢が、自分がジークの婚約者だと思っているということを?」

「私は、突き落とされる直前にサフィア様に言われて初めて知ったことなので、何が本当なのかわかりません。私がなんだったのか。サフィア様がなんだったのか。
ふたりを、そんな扱いにすることが可能なんでしょうか」

「…真実がよくわからない」と陛下は疲れたように首を振った。

「ルヴィア嬢」

「はい」

「姉様が…ジークの母も、キミに謝りたいと言っていた」

「王妃陛下が…?」

「ああ。キミがジークに虐げられていたのに、自分はなぜ何もしなかったのかと」

「シーラも言っていましたね、それは」

とおばあ様が言った。

「アンジェリーナ様は、魔力はエカテリーナ様に劣るものの、近衛騎士でさえ敵うものがそうそういないと言われる剣の使い手…『闘姫』と呼ばれるほどに恐れられていたのに、息子の言いなりのように二人きりで会わせるなんて、と」

「私の勝手な推測だが、」

陛下は私を見て言った。

「姉様は、ジークに対して負い目があったのだと思うんだ」

「負い目、ですか?」

「ああ。…私が、モンタリアーノ国にジークを迎えに行ったとき、ジークは、姉様が握った手を振り払ったんだ」

「手を…」

「姉様は傷ついたような顔をしていたが、ジークに何も言わなかった。私も状況がわからないのに口を出すべきではないと思ったから、何も言わなかった。
もしあんなことを幼いときに我々きょうだいがやったら、物理的に雷を落とされたんだが」

「え、」

「姉様は苛烈な性格でね。はっきりと理由も言わず親の手を振り払うなど、許されないことは、基本身体に覚え込ませるタイプだったんだよ。やるな、とね。次にやったらこうなるぞ、と。
その姉様がジークに対して何もしなかったのは、自分がジークを手放してしまったと思っているからではないかと」

「苛烈なのはアンジェリーナ様だけではなく、陛下もです」

おばあ様の言葉に「…ケイトリンにだけは言われたくない」と呟いて、おばあ様にいい笑顔で凄まれていた。恐ろしい。

「王妃陛下は、雷の特性なのですか」

「いちばん強いのは水だな。相手を窒息直前まで追い込むのが好きなんだ」

「え…」

窒息直前まで追い込むのが好き、ってどういう状況…?

前回の人生でお会いした、柔らかく笑う王妃陛下とはまったく結び付かない言葉に呆然としている私を見て、陛下は言った。

「姉様は、モンタリアーノ国の顔しか取り柄のないボンクラ屑野郎に惚れてしまって、好きになってほしいがためにネコをかぶっているからな。10匹くらい。
まあ、今はもうかぶってないんだが」

「ボンクラ屑野郎…」

私が呆然と呟くと「姉様が言ってるんだよ。本人にも言ってるらしい」と追い討ちをかけられる。

「まあとにかく、そういう性格の姉様がジークについて見て見ぬふりをし、最終的にキミを苦しめることになったことは親子関係の歪みも一因だったのではないかと思うんだ」

私は陛下の言葉に黙って頷いた。

「謝って済むことではない。それはわかる。ただ、ルヴィア嬢」

「はい」

「もし叶うなら…ジークと、会ってやってほしいんだ。こんな、」

陛下は先ほどの紙を指で差し、「…こんな気持ち悪いことをする犯罪者に憐れみをかけてくれと、本来言うべきじゃないことはわかってる。ただ、」

陛下はツラそうな顔になり私を見た。

「あいつと会って、話を聞いてやってくれないだろうか。いつか、ジークをほんの少しでも許せるときがきたら」

私は…私は、どうしたいんだろう。

陛下も、おばあ様も、お父様も黙っていた。私の気持ちが決まるのを急かすでもなく待っていてくれているのだろう。

「陛下」

「なんだい」

「私は、殿下を許せるかどうかわかりません。ずっとツラい思いをさせられていたと思っていますし、私のことがキライなら放っておいてくれればいいのに、と何度も何度も思いました。恐怖心が勝っていましたが、殿下に対する憎悪がなかったとは言えません。
私を貶め、苦しませた殿下に、一言文句を言ってもいいですか。本来であれば王族に文句を言うなど、不敬罪で罰せられることです。でも、」

私は陛下を真っ直ぐに見て言った。

「ここに書いてあるようなことを知らないうちにされていて、私に一言もなしに将来も勝手に決められて、サフィア様を婚約者にしながら私も妃候補として、言葉は悪いですが予備として取っておかれて。
私を好きだと思っていながら、私のことはまったく大事にしてくださらなかった。そんな自分勝手な殿下に、文句を言って、」

私はおばあ様をチラリと見て言った。

「なんてことしやがる、このクソガキ!一昨日きやがれ!って言って、…蹴っ飛ばしてもいいですか」

「ヴィー!?」

お父様が焦ったように私を呼んだ。陛下は一瞬目を丸くすると、大声で笑いだした。

「ふふっ…クソガキか、いいね、ルヴィア嬢!実にいい!」

ひとしきり笑って、陛下は私を見た。笑いすぎて顔が赤い。

「…キミは、もう前回のように黙ってやられる女性ではなくなるんだね。素晴らしいことだ。
大いにやってくれ!ジークの奴にコソコソふたりきりでやらせるような真似はしない、私が立ち会おう」

「もちろん僕も立ち会います!」

「私も立ち会うわよ、絶対に!いいわよね、ヴィーちゃん?」

「…ありがとうございます、お願いします」

誰かの後ろ楯を当てにするなんて卑怯かもしれないけど、殿下だって前回、ふたりきりで会うような卑怯な真似をしたんだから、と苦しい言い訳をしながら心を決めた。

「陛下、もうひとつ、お願いがあります」

「なんだい」

「まだ誰にも相談していないことですが、」

私はおばあ様とお父様を見て、息を吸い込んでから言った。私は、変わるんだ。自分が、進みたい道を選ぶんだ。

「私を…カーディナル魔法国の一員にしていただきたいのです」




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