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第三章

カーディナルでの朝

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…とてもいい匂いがする。ぼんやりと目を開けると、お腹がキュルリと鳴った。

「あら、ヴィーちゃん起きたのね!おはよう~!!」

おばあ様は私の体をゆっくり起こしてベッドの上に座らせると、ギュッと抱きしめる。

「おばあ様、おはようございます」

私もおばあ様を抱きしめ返すと、おばあ様は、ますます強く私を抱きしめる。

「夢じゃないわよね!?私の腕の中にいるヴィーちゃんは幻じゃないわよね!?」

「大奥様、お嬢様が窒息しそうです」

マーサの冷たい声にバッと体を離すおばあ様。

「ごめんなさいね、ヴィーちゃん!夜も、消えたりしないか心配で…可愛いからずーっと見てたの!」

ほんっとに可愛いわぁ~!!と叫ぶおばあ様を横目に、「お嬢様、着替えましょう」と私の寝巻きを脱がせていくマーサ。

「マーサ、ずるいわ!着替えも私がさせたかったのに!」

「母上…」

「あら、シーラまで!もー、敵が多すぎるわよぉ」

プリプリするおばあ様に「母上に敵う人間がいますか?いないでしょ?」と言ってお母様は私を見た。

「おはよう、ヴィー」

「おはようございます、お母様」

ふふ、と笑うと、「マーサに準備してもらったら食事にしよう。我が家の料理人はかなりの腕前でね…」「シーラ!それ、私のセリフ!」「母上、痛い、痛いです!朝から吹雪をぶつけるのやめてください!」

お母様とおばあ様のやり取りが面白くて笑っていると、「ヴィーちゃんも、勉強したらこんなふうに魔法を使えるようになるからね」とおばあ様が言った。

「私が、魔法を…」

「とりあえず、食事にしましょう?今朝は邪魔男(じゃまお)がいないから、ゆっくり食べられるからね~」

おばあ様は、たぶんおじい様を指しているであろう言葉を憎々しげに吐き捨てると、鼻唄を歌いながら私の手を取り歩き出した。





朝食は、とても豪華だった。

「母上…朝からステーキとか…」

「何を言ってるの、シーラ!?朝食が一番大事なのよ!一日の活力源よ!
…あなた、まさか、私の教えをモンタリアーノ国で実施してないの?」

食堂の温度が急激に冷えていく。カタカタと震えてしまう私を見て「あら、ごめんなさいね、ヴィーちゃん!」と言って背中をさする。それと同時に部屋の温度が戻ってきた。

「シーラ、あなたには後でじっくり話があります」

「…はい」

落ち込むお母様を尻目に、おばあ様は私のお皿に少しずつ取り分けてくれる。

「ヴィーちゃん、あちらではどんな朝食だったの?」

「あまり、食べられないので…パンとスープ、フルーツなどが多かったです」

「あのね、ヴィーちゃん」

おばあ様は取り分けたステーキを食べやすい大きさに切り分けながら言った。

「食べることも、訓練なのよ」

「訓練、ですか」

「そう。これは、我が家のやり方だから他家はどうなのかわからないけれど。私はね、朝食に重きを置く主義なの」

「朝食に…」

「朝起きてすぐに食べられない、というのはわかるんだけど、それなら食べられるように、目覚めてから朝食までの間に体を動かしてみるとか。
少しずつ、そういうふうに体を慣れさせてほしいの」

ヴィーちゃんは可愛いけど、我が家のやり方を変えるつもりはないわ、とおばあ様は言って私を見た。

「もちろんです、おばあ様。私、明日から少し早く起きます」

まぁ~、なんって素直なの!とおばあ様は叫ぶと私の頭を優しく撫でた。

「ヴィーちゃんの魔力は、昨日言ったように結構高めなの。それをきちんと育てるためにも、食事と運動をしっかりしてまずは健康な体をつくりましょう。
それに伴って、魔力も磨かれていくからね!」

おばあ様は嬉しそうに言うと「さあ、召し上がれ!」と私の口にレタスを入れた。

「母上、ヴィーは一人で食べられますから!」

「わかってるわよ!でも、やりたいの!せめて一ヶ月はやらせて!」

「長すぎです!」

お母様の苦情を物ともせず、私の口に次々と運ぶおばあ様。どれもとても美味しいが、これ以上食べるのは無理そうだった。

「少食なのねぇ…少食にしちゃったのよね、シーラが!」

またおばあ様の怒りの矛先が向いたお母様は「ご馳走さまでした!」と早々に逃げ出した。

「まったく…。ヴィーちゃん、じゃあ、後片付け手伝ってくれる?食べたお皿を運んでくれるかしら」

「はい!」

返事をして見回すと、給仕をする人がいないことに気付いた。

「我が家はね、出来ることは自分でやる主義なの。というのは建前で」

とおばあ様はクスっと笑うと、「サムソン家は、頭脳より体力で勝負する家系だから、小さいときからなんでもできるように生活させてきたのよ」と言った。

「現に、シーラもヘンドリックスも騎士に就いたからねぇ。魔力も高くないしちょうど良かったのだろうけど」

「お母様は、魔力が高くないのですか」

「そうなの。邪魔男…ヴィーちゃんのおじい様、ロバートって言うんだけどね。シーラもヘンドリックスも、ロバートに似ちゃったのよねぇ。
魔力が高くないのをカバーするかのように、剣の腕は一流なんだけど…」

私としては、ちょっと物足りなくてね。

おばあ様はそう言って、「だから、ヴィーちゃんの魔力を見たときは物凄く嬉しかったの!!」
と私を抱き締めた。

「おばあ様、魔力は、見えるものなんですか」

「ヴィーちゃんは、魔力についてどのくらいシーラから聞いてるの?」

私が口を開こうとしたとき、おばあ様が私の体をスッと持ち上げた。同時にジョージさんが現れる。

「頼んだわよ」

おばあ様が私をジョージさんに預けると、おばあ様の前に男性が現れた。片膝をつき、頭を下げている。

「団長」

「…リッツ。突然なんなの」

「女王陛下がお呼びです」

「…うちのロバートが行ったはずよ」

「要領を得ず、」

その一言を聞いたおばあ様は、「邪魔男ー!!」と叫んだ。

「…母上!?寒っ」

食堂はブリザードが吹き荒れているが、私の周りは透明な空間になっていて寒さを感じない。爆音に驚いて入ってきたお母様はまともに風と雪を受けて埋もれそうだ。

すると、ブリザードが一瞬でパッと消えた。

「ありがとう、ジョージ…助かった」

「いえ、お腹の子に触りますので」

ブリザードはやんだが、目の前のおばあ様は髪の毛が逆立ってしまうのではないかというくらいにお怒りだった。

「あいつは、なんでまともに言伝てさえできないの!?言われたことを、そのまま伝えるだけでいいじゃない!!」

リッツ、と呼ばれた男性が顔を上げた。

「もぉ~、だから俺、来るのやだって言ったのにぃ~」

エカたん、ひどい!と天を仰いで嘆いている。

「うるさい!女王陛下を掴まえてエカたんとは何事だ!」

ひえっ、すみません、と青ざめる男性の頭をむんずと掴むと、「ついでにおまえもしごき直してやる」と言ってクルリと私の方を見た。

「ヴィーちゃん、ごめんねぇ。私、ちょっと呼ばれちゃったから、城に行ってくるからね。
…ジョージ、頼むわね」

「御意」

ジョージさんの返事を聞いて頷くと、「痛い!痛いです、団長!頭がもげます!」と叫ぶ男性の頭を掴んだままヒュッと消えた。
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