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皇太子サイド

今度こそ②

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朝食を終えて、自分の部屋に戻った俺は先ほどのことを思い返していた。

以前の人生で、こんなことはなかった。

「俺が廃嫡なんて言ったせいかな…」

以前の人生で、俺は皇太子と呼ばれていたが学園を卒業すると同時に、修道院にいれるフリをしたルヴィを連れてカーディナル魔法国の人間になるつもりだった。

相談したのはカイルだけだ。

カイルは、自分がモンタリアーノ国の国王になることを心底嫌がっていたが、「僕を育ててくれた兄上の幸せのためですから、仕方ないですね」と言って、俺と話す時はルヴィを「義姉上」とコッソリ呼んでいた。

…あのあと。俺がルヴィと消えてしまって、カイルはどうしたんだろう。

俺のわがままのせいであんなことになって…。

今回は、俺は早々にこの国を出てカーディナル魔法国に行くつもりだった。俺がいなくなればカイルが正式に皇太子になれる。

どうしたものかと考えていると、「ジーク」と母上の声がした。

「はい」

「入ってもいいかしら?」

どうぞ、と答える前に「にいたま!」とカイルが入ってきてしまった。

ニコニコするカイルの後ろから苦笑いの母上が入ってくる。

「ごめんなさいね」

「いえ、大丈夫です」

俺は、「どうぞ」と言って椅子を引いた。母上が座るのを見て、カイルがキラキラした瞳で俺を見上げる。

「カイルもどうぞ」

と椅子を引いて、抱き上げて座らせると、「にいたま!ありがと!」と喜んだ。

俺は、茶器を取り出して3人分紅茶を淹れた。

その様子を見ていた母上は、カップを置いて俺が座ると徐に口を開いた。

「ジーク、貴方、」

「はい?」

「カーディナルから帰ってきたときと、魔力が変わってるわね」

「え?」

母上は俺をじっと見つめる。

「…自分では、よくわかりません」

「そう?だいぶ違うわよ。魔法を使い込んでる魔力になってるわ」

母上の思いがけない言葉に驚く。魔法を使い込んでる魔力だって…?

あの時の…最期の魔力を引き継いでいるのか?この体に?

「貴方、カーディナルから帰って来たときは、全体の魔力の色がほんのりとしていた。でも今は、それぞれの特性の色がギラギラしてるわ。まるで、」

母上が鋭い視線を向ける。

「前線で戦っていた、エカテリーナのようだわ」

俺が何も言えずに母上を見ていると、カイルが「ギラギラ?にいたま、ギラギラ、見えない」としょんぼりする。

「カイル、貴方はまだ見えないのよ」

「かあたま、ずるい!かいるも、にいたま、ギラギラ、みたいのに!」

と涙目になる。

「カイル、もう少し大きくなって、練習したら見えるようになるんだよ」

俺はなんだか可哀想になってカイルに言った。カイルは以前の人生の時も、俺のことを慕ってくれていた。こんなダメな兄なのに。

「する!れんしゅう、する!」

笑顔に変わるカイルをホッとして見ていると、母上が「いま、言えないのならいいわ」と表情を緩めた。

「ジーク、それよりも、今朝のことだけど」

「はい」

「私は、離縁してカーディナルに戻るつもりです」

「え…」

「今回のことであの人の気持ちがイヤと言うほどわかった。
役立たずと言われても、いつかは私を、魔法とかそんなものを取り払って私自身を見てくれるんじゃないかと期待してしまっていたのだけれど、ムダだったわ」

母上は、ニッコリ笑うと、「人の気持ちを変えようとするなんて無理なことはやめるわ」と言った。

「そうやって考え始めたら、結構冷静になってしまって。もう、モンタリアーノ国にいたくないの。
自分勝手に次期女王を押し付けて国を出てきた私を憎らしく思っている人たちもいるでしょうが、それでも帰りたい。
帰ってカティのために、カーディナルのために働きたいの」

「…王位を争うようにけしかけられるかもしれませんよ」

「私は、王族として戻る気はないわ。なんでもいいから、爵位を賜り、一人の貴族として国のために働きたい」

何も考えずにみんなに迷惑をかけた自分の罪を償うためにも、と笑う母上の顔はすべてを吹っ切った清々しい笑顔だった。

「とりあえず、カティに連絡をするわ」

「叔母上に、ですか」

「ええ。自分の気持ちを述べて、受け入れてもらえるかどうか。受け入れてくれるとしたら、向こうでの準備もあるだろうし」

「受け入れてもらえないときは…?」

「カーディナルで、平民になる。カーディナルに帰りたいの」

黒髪の母上が平民として市井に紛れて生活するのは至難の技だと思ったが、黙って頷いた。

「本当は、向こうに言って直接話したいんだけど、急に飛んだりしたら魔術団から敵と認定されちゃうかもしれないし」

と少しおどけたように言ったあと、母上は真面目な顔になった。

「エルネストが、…貴方たちの父がどんな手に出るかわからない。とりあえず今からは、私とともに行動してほしいの。
夜も部屋にドームを張って、誰も入れないようにするから」

行動を制限してしまって悪いのだけれど、しばらく我慢してくれる?

そういう母上に、俺は黙って頷いた。

「じゃあ、にいたまと、ずっといっしょ?」

「そうだな」

「やった!」

ニコニコするカイルの頭を撫でて俺も笑った。

「それでね」

母上は、俺とカイルを見ながら言った。

「貴方たちはどうする?」

「…どうする、とは」

「私はカーディナルに帰りたいけど、王族には戻らないわ。一緒に行って欲しいけど、貴方たちも王族の身分はなくなってしまう…」

「母上、俺はさっき、廃嫡してほしいと言ったのですよ。王族としての身分にも、この国にも、なんの未練もない」

「…ずいぶん難しい言葉使うのねぇ」

母上の言葉を無視して俺は続けた。

「母上のことがあってもなくても、俺はカーディナルに行くつもりでした。こちらには俺の居場所はない。
叔母上にはまだ相談していませんが、魔法の訓練に来いと言われたのでその時にお願いしようと」

「まだ5歳なのに、そんなこと考えてたの」

「…カーディナルで鍛えられましたので」

「ふーん…」

母上は目を細めて俺を見る。

以前の人生では早々に関わるのをやめたので、こんなに話すのは初めてかもしれない。母上の見透かすような視線に居心地の悪さを感じる。

「正式にカーディナル魔法国の人間になったら、貴方をカティの次の王に持ち上げる人間もでてくるかもしれないわ。…あなたは、カティと同じ色持ちだから」

「俺は、叔母上と争うようなことはしません」

「貴方がするつもりがなくても、そのように仕向ける人間はいるわ」

「…母上は、俺がカーディナルに行くのは反対なのですか」

「違うわよ。ただ、自分が争わないと思っていても、他人の思惑にのせられてしまうこともある、ということを知っていてほしいの。
巻き込まれず、うまくかわせる人間になりなさい」

「…はい」

「あとは、」

母上は顔をしかめて、「自分から離縁と言い出したのだから、すんなり話が決まるといいんだけど…」と言った後に、

「私が出ていくのは認めても、貴方たちふたりを出すことは認めない可能性もあるわ。
私に対する嫌がらせがひとつ、もうひとつは、」

母上はカイルを見て心配そうに言った。

「カイルが、生まれたときに光の魔法を使ったでしょ。あの後魔法は発現してないけど、回復効果があることを目の当たりに見て、カイルに対する執着が強いのよね。
自分の役に立つとでも考えているんでしょう、きっと」

カイルはキョトンとした顔で俺と母上を見ていた。

「カイルを離さないと言われたらどうするつもりですか」

「…どうしようかしらね」

母上は、思案するように上を向いた。

「勝手に出ていくのは簡単だけど、それを理由にカーディナル魔法国に攻めてこられたりしたら最悪だからね」

「攻める?」

「そうよ。私がこの国に嫁いできたから表だって言わなくなったけど、元々は魔法を使える人間を自分の配下にして国を大きくしようとしてたのよ。
その口実に使われたらたまったもんじゃないわ」

母上は憎らしげに吐き捨てると、「それについては考えるわね」と言った。






その日の夜からは、食事も父上とは別になった。元々会話もないのでありがたく思う。3人で食事をしているところに入ってこようとしたが、母上のドームに弾かれて憎々しげにこちらを見ていた。

「母上は、父上の前でこんな風に魔法を使っていましたか?」

以前の記憶では、母上が魔法を発動させているところは目にしたことがなかった。

「いいえ。モンタリアーノ国に嫁ぐときに、使わないと決めたの。もし夫婦喧嘩になったときに、魔法を使うのは卑怯かなと思って」

でも、と母上はニヤリとして言った。

「もう、モンタリアーノ国の人間じゃなくなるからいいのよ」





次の日の夜からは、父上が邪魔しに来なくなった。オルスタイン宰相が家に帰らずに仕事をしていて、父上にも書類の確認や仕事の棚卸をさせているらしい。

「今までやらせなかったのがおかしいんだからいいのよ」

と母上は笑っていた。

俺は毎日、ルヴィを見に行きたかったが、母上に感づかれると困るので魔力を探るだけで我慢した。優しい魔力を感じると、それだけで心が温かくなってくる。

朝は「おはよう」、夜は「おやすみ」、そうしてルヴィの魔力を感じていたある朝。

ルヴィの魔力が、モンタリアーノ国から忽然と消えていた。
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