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皇太子サイド

リッツ・ハンフリート②

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「どうしたの、ジーク君」

「…リッツさん」

「なぁに?よく聞こえないから、顔を上げて話してごらんよぉ」

「俺は、」

「うん」

「俺は、モンタリアーノ国にいてもいいんでしょうか」

「どういうこと?」

「部屋を燃やした後、俺には誰も近づかなくなりました。
父様、母様も、なかなか会ってくれなくなりました。
俺が役に立たない魔法だから、仕方ないんだって、モンタリアーノ国では魔法なんて何にもならないって思われてるのに、」

俺はギュッと自分の手を握り締めた。

「戻っても、居場所がない」

リッツさんは、また俯いた俺の顔を両手でソッと挟むと、優しく自分の方に向けさせた。

「ジーク君は、モンタリアーノ国でどんな勉強をしてた?」

「…まだ、ほとんどしてません」

「そうかぁ。モンタリアーノもカーディナルも同じ『ノースサイド』だから、言葉も共通だしねぇ。
モンタリアーノ国の突っ込んだ歴史とかはムリだけど、ジーク君自体がまだ3歳だから、そんな難しい勉強はしなくていいと思うんだよねぇ。
ジーク君。まずは、いろんなことを勉強しよう。魔力のコントロールのためにも、自分を育てていくことが重要だからねぇ」

エカたんに相談してからだけどぉ、と言いながら、リッツさんは

「まず、字を書ける、読めるようにしよう。
識字率、ってわかるかい?」

「…わかりません」

「エライ!」

「え…」

「わからないことを、わからないって言えるのはすごく大事なことなんだよぉ。
大きくなってからも、それは大事だからねぇ。
わからないのに、わかるふりをすると、他の人にも迷惑かけるようになるからねぇ」

「…そうなんですか」

「そうだよぉ。
さて、識字率とは、だけどぉ。その国に住んでいる人が、その国で使用している文字を読んだり書けたりできるかどうか。どのくらいいるか、ってことかなぁ。
たとえばさぁ」

するとリッツさんは目の前に板のようなものを出した。

「これはねぇ、黒板って言うんだって。
オレの部下にちょっと変わったヤツがいてねぇ」

白い小さな棒を持つと、それで板に何かを書き始めた。

「これは、チョークって言うらしいよぉ」

面白いよねぇ、と言いながらどんどん書いていく。

「いい?ジーク君。…数は数えられる?」

「10までなら…」

「ちょうど10だよぉ」

そこには、人の形が10書かれていた。

「この中で、」

と言うと、黄色のチョークで2つ塗りつぶす。

「このふたりしか字を読んだり書いたりできない。
残りは?」

俺は、1、2、…と数えて「8です」と言った。

「そうだねぇ。10人のうち、8人、字を読んだり書いたりできない。
何が困るかわかるかい?」

「…わかりません」

「たとえばさぁ。
ジーク君、これ、読める?」

リッツさんはスラスラと何かを書いていくが、ほとんどわからない字ばかりだ。

首を横に振る俺に、「これがさぁ。たとえば、契約書だったとするでしょ。『おまえは、朝5時から夜10時まで働くこと。食事は一日一回だけ。給料は、なしとする』って書いてある。けど、説明をされずに、読んでサインしろ、って言われたら、働きたい人はサインしちゃうかもしれないでしょ。内容が理解できなくても」

「はい…」

「お金が必要だから働くのに、働いてもお金もらえなくて、しかも、長時間働かされるなんて、奴隷と同じだよ」

「奴隷…」

「うん。だからねぇ。文字を読んだり書いたりできないって、人間が生活していく上ですごく大変なことなんだよぉ」

あ、さっきので言えばサインもできないかぁ、とリッツさんはヘヘッと笑った。

「自分の身を守るために、字を読む、書くは必須項目だろう、特に平民は。
これは、さっきの俺の部下が言ったことでね。
貴族は当たり前、平民も魔力が強ければ学校に入るが、もっと小さいときに皆が通える学校を作ったらどうかって。
読み書きを習ったり、算術を習ったりする学校。そのあと、個人の希望や適性で将来に繋がる学校に分化させたら、もっとたくさんの優秀な人材を育てることができる。
産業も発達させることができる。国を発展させることができる、って。
戦後復興した日本のように!とか、ちょっとわかんねーこと言ってたけど。」

カーディナルの識字率は残念ながらまだまだ低いんだよねぇ、とリッツさんは言った。

「10人のうち、何人を目指すのですか?」

「目指すのは9人…できるなら、10人全員だねぇ。
人間に生まれて、字が読めない、書けないということは自分の可能性をどんどん狭めていくことになると思うんだよねぇ」

「可能性を、狭める」

「うん。さっき言ったみたいに、仕事に就こうとしても、騙されてひどい境遇で働かされることもあるだろう?
読み書きができないと、職業の選択肢も狭まる」

「なるほど…」

「それから、字が読めれば本を読むことができるよね」

俺は、図書館でただ表紙を眺め時間を潰していたときを思い出す。

「本を読むと、違う人の意見を知ることができるよねぇ。
たとえば、ジーク君は炎の特性が一番強いみたいだけどぉ。
炎について、攻撃魔法としてしか使いようがない、と書いてある本もあれば防御に優れる特性って書いている人もいる」

「まったく逆なんですね」

「そう。それを読んで、自分なりに考えたり実践したりする…それを繰り返すことによって、魔法が洗練されていくんだよ」

今のジーク君はね、魔力は膨大なんだけど、とリッツさんは言った。

「ただ、あるだけなんだよね。
…そうだなぁ」

そう言うと、リッツさんは俺を抱き上げた。

「移動するよ」

返事をする間もなく場所が変わった。勢いよく流れる水の音がする。

「ここは、川の源流だよ。見たことあるかい?」

首を横に振ると、「水の量がすごいだろう?」

と言う。

「ジーク君の中にある魔力はね、いま、こんな感じなんだ。あふれていて、たくさんの生命に恩恵を与える水だけど。
でも、大雨に襲われると、下流を襲う災害になる」

だから、そうならないように手を加えることが必要なんだ。

リッツさんはそう言うと、また宮廷に移動した。

「なんとなくわかったかい?」

「はい…。字を、読めるようにして、本を読んで…自分の中の魔力をうまく調節できるようにするために、まずは自分の知識を増やすということですね」

3歳なのにすごいなぁ、これが王族かぁ、と言った後、リッツさんはいきなり真剣な顔になった。

「ジーク君。今から、オレが言うことはキミをとてつもなく嫌な思いにさせるかもしれない。でも、言うねぇ」

そう言うと、俺とリッツさんを囲うように半分の球体が現れた。天井近くまである。

「これは、外に聞こえないようにするドームだよ。
あのねぇ。オレは、…ジーク君、キミのお父さんとお母さんが大っ嫌いなんだよ」
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