上 下
9 / 110
第一章

お母様と、マーサと②

しおりを挟む
食事を終えると、マーサが準備してくれた薔薇の見える木陰のテーブルへ移動する。

「今日は、お嬢様の好きなイチゴの紅茶にしましたよ。朝からたくさん泣いて、身体の中が渇れているでしょうから、飲んで潤してください」

「…ありがとう、マーサ」

ほんとに、思い返すと恥ずかしい。前回の人生で我慢し続けた感情が爆発してしまったようだ。

「…朝から?ヴィーは、起きたときに泣いていたのかい?」

お母様が眉間にシワを寄せてこちらを見る。本当に、心配をかけてしまった。

「お母様、そのことについて、今からお話したいのです。マーサにも、聞いて欲しいのですが…いいですか?」

「もちろんだよ。マーサも、座って」

「…いえ、せっかくですが私はこのままで…立っているほうが楽なので」

ニコリと微笑むマーサにお母様もそれ以上は言わず、視線で私を促す。

私はゆっくりと口を開いた。

「私自身、どう判断していいのかわからないので…うまく伝えられるか自信がないのですが…」

そう言って、私はスゥッと息を吸った。それをゆっくり吐き出す。

「…私は、18歳で一度死にました。今朝、目覚めたら…5歳だったのです」

「…なんだって?」

「よく、わからないで…」

「違う!」

お母様に遮られてビクッとする。

「…あ、ごめんね、ヴィー。怖がらせるつもりはなくて、あまりに驚いてしまって…」

そう言うとお母様は、私の手をとってギュッと握りしめる。

「18歳で死んだ?そんな早く、なぜ?病気?事故?ヴィー、いったい何があったんだ!?」

「お母様…私が言ってること、信じてくださるのですか?」

「信じるというか…いま、目の前にいるヴィーは5歳で、18歳のヴィーが想像もつかないというのが正直な気持ちなんだけど。ただ、夢だったとすると…それだとさっき感じた…ヴィーの話し方や言葉の違和感が拭いきれないんだよ」

「そうですね、私もそう思います」

「マーサ…」

「確かにお嬢様は、大人びた言葉を使うこともありましたが、こんなに流暢にご自分の気持ちや感情を説明することは5歳では難しいのではないかと思うのです」

お母様とマーサは顔を見合わせて頷き合うと、私に視線を戻す。

「ヴィーが18歳で亡くなって、でも、何かがあって、18歳の魂のまま、5歳に戻ったということなんだろう?はっきりしたことはわからない、それこそ神のみぞ知るということなんだろうが…
今のヴィーは、5歳の身体に18歳のヴィーが入っている、という状態なんだね」

「たぶん、そういうことだと思います」

「…つまりは、人生をやり直すことになるんだろうが…何か、思い当たることはあるのかい?そもそも、なぜ18歳で亡くなったんだ!?」

お母様が、真剣な顔で私を見る。どこまで言うべきか迷っていたけれど…ごまかしたり、曖昧にしたりするのはやめる。もう、逃げない。そう決めたのだから。

「お母様。私は、前回の人生で、皇太子殿下の妃候補になったのです」

「妃候補…?婚約者ではなく、候補…?」

お母様が、訝しげに私を見る。

「はい。そもそも、私が選ばれたのは、お父様が宰相だから、だそうです」

「宰相だから?…確かに、ロレックスは宰相を務めているが…」

「お父様と、国王陛下は学園の同窓だそうですね?同窓…というか、親友だと。親友に娘が産まれたと聞いて、国王陛下が是非にも婚約者にしたいと…そう仰ったそうです」

「産まれたと聞いて、ということは、ヴィーが産まれたときに婚約の打診があったということか?ロレックスからはそんなこと一言も言われてない…あいつ…まさか…」

お母様の顔がみるみる険しくなる。

「私も、詳しくはわからなくて…ただ、聞いたのは、お父様が断り続けたものの、国王陛下が譲らず、果ては王命だと言い出しそうなのをなんとか妃候補で留めたと…」

「いや、それがわからない。ヴィーに言っても仕方のないことだが、なぜロレックスは妃候補などと?そんな不安定な状態に娘を置くなんて…」

「お父様とお母様は、恋愛結婚だそうですね?」

私の言葉にお母様の顔が崩れる。

「え?」

「自分達が恋愛結婚だったから、娘にもそうさせたいと…だから、妃候補に留めてくれ、ということだったと聞いています」

「ヴィーを妃殿下にするつもりはなかったということか…。
確かに、王命により婚約者とされてしまえばそれを覆すのは難しいだろう。
候補であれば、外れることもできる。
ただ、外される年齢によっては、ヴィーのその後…皇太子殿下以外との婚姻は難しくなる。
家柄が上になるほど、婚約は早いからな…ヴィーは、いつ外れたんだい?」

「…いえ、外れなかったのです」

「じゃあ、そのまま婚約者になったのかい?」

「…お母様…私が、候補として、皇太子殿下と初めて顔を合わせたときのお話からしても…?」

「ああ、もちろん」

自分でそう言いながら、あの時の光景がよみがえり恐怖に満たされる。知らず俯いてしまった私の頬をお母様が優しく両手で包んでくれる。

「大丈夫だよ、ヴィー。無理して話さなくてもいいんだよ」

お母様の目を見る。

そこには、私への愛情が感じられた。

ひとつずつ、克服していくには、過去から逃げないことだ。

怖くても、いまここに、皇太子殿下はいないのだ。だから、大丈夫。話して、言葉にすることでえもいわれぬ恐怖から抜け出すことができるかもしれない。

「ありがとうございます、お母様…でも、大丈夫です」

私は、安心させるように笑顔をつくる。

「お母様と、マーサがいてくれるから…味方がいてくれるから、大丈夫です」

「ヴィー…」

「お嬢様」

お母様にはギュッと頬を挟まれ、マーサには頭を撫で撫でされる。そう、大丈夫だ。この温もりに守られている。私は、大丈夫。

「…初めてお会いしたときに、私は皇太子殿下の御不興を買ってしまったのです。
原因がなんだったのか、ついぞわかりませんでしたが…。
皇太子殿下は、ご挨拶した私の髪を掴み、『優秀な宰相の娘でなければ貴様のような醜い娘が俺の妃候補になるはずもないのに。貴様のような穀潰しは人に迷惑をかけぬよう死んだように生きていけ。他の人間が迷惑だから俺の妃候補にしておいてやる』と、」

「なんだって…?」

地を這うような低い恐ろしい声がお母様の口から吐き出された。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

【R18】騎士たちの監視対象になりました

ぴぃ
恋愛
異世界トリップしたヒロインが騎士や執事や貴族に愛されるお話。 *R18は告知無しです。 *複数プレイ有り。 *逆ハー *倫理感緩めです。 *作者の都合の良いように作っています。

【R18】義弟ディルドで処女喪失したらブチギレた義弟に襲われました

春瀬湖子
恋愛
伯爵令嬢でありながら魔法研究室の研究員として日々魔道具を作っていたフラヴィの集大成。 大きく反り返り、凶悪なサイズと浮き出る血管。全てが想像以上だったその魔道具、名付けて『大好き義弟パトリスの魔道ディルド』を作り上げたフラヴィは、早速その魔道具でうきうきと処女を散らした。 ――ことがディルドの大元、義弟のパトリスにバレちゃった!? 「その男のどこがいいんですか」 「どこって……おちんちん、かしら」 (だって貴方のモノだもの) そんな会話をした晩、フラヴィの寝室へパトリスが夜這いにやってきて――!? 拗らせ義弟と魔道具で義弟のディルドを作って楽しんでいた義姉の両片想いラブコメです。 ※他サイト様でも公開しております。

【R-18】後宮に咲く黄金の薔薇

ゆきむら さり
恋愛
稚拙ながらもHOTランキング入りさせて頂けました🤗 5/24には16位を頂き、文才の乏しい私には驚くべき順位です!皆様、本当にありがとうございます🧡 〔あらすじ〕📝小国ながらも豊かなセレスティア王国で幸せに暮らしていた美しいオルラ王女。慈悲深く聡明な王女は国の宝。ーしかし、幸福な時は突如終わりを告げる。 強大なサイラス帝国のリカルド皇帝が、遂にセレスティア王国にまで侵攻し、一夜のうちに滅亡させてしまう。挙げ句、戦利品として美しいオルラ王女を帝国へと連れ去り、皇帝の後宮へと閉じ籠める。嘆くオルラ王女に、容赦のない仕打ちを与える無慈悲な皇帝。そしてオルラ王女だけを夜伽に召し上げる。 国を滅ぼされた哀れ王女と惨虐皇帝。果たして二人の未来はー。 ※設定などは独自の世界観でご都合主義。R作品。ハッピエン♥️

クソつよ性欲隠して結婚したら草食系旦那が巨根で絶倫だった

山吹花月
恋愛
『穢れを知らぬ清廉な乙女』と『王子系聖人君子』 色欲とは無縁と思われている夫婦は互いに欲望を隠していた。 ◇ムーンライトノベルズ様へも掲載しております。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

処理中です...