あなたを守りたい

蜜柑マル

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婚約者編

状況整理②

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「…今さらかもしれないが、過去に我が国に驚異があったことは知らせるべきかもしれないな」

ジークハルトがポツリと呟く。

「…俺も知りません。魅了を使う人間がいると聞いたことは確かにありますが、いったい何があったのですか?」

ジェライトがジークハルトに視線を向ける。

「…俺が学園に入学した年の前年に、クリミア皇国で内乱が起き、ヴロンディ帝国に吸収された。その前年にはバタリアフォティ、クリミア皇国の次の年にはスフェラがやられた。ヴロンディ帝国が領土拡大のためにトゥリエナ帝国から魅了を使える女を借りて、次々と国を潰して行ったんだ。その、魅了を使う女が我が国にも送り込まれた。狙われたのは俺、弟のカイルセン」

「あの頃は僕もハルト君がだいっきらいでぶっ壊れろ、って思ってたから、ついつい手を出しちゃってね。その女をうまく操ってハルト君の大事なルヴィちゃんを狙わせたの。ルヴィちゃんが死んだと思い込んだハルト君はほんとにぶっ壊れちゃってねぇ。魔力暴発させてヴロンディ帝国焼いちゃったんだよね」

ジークハルトの言葉を継いだナディールの話に、「…え?」と呆けたようになったジェライトは、瞬時にジークハルトに視線を移した。

「…国を、焼き滅ぼした?」

「…仕方ないだろ、ルヴィが殺されちゃったんだから。滅んで当然だ」

自分の言葉に憮然とした表情で告げる父を見て、ジェライトは絶対に父には逆らうまいと再度心に誓った。規模が違うし、思考がやばすぎる。

「カーディナルに関してはジークが学園を焼いたくらいで済んだからな。あんまりおおっぴらにしなくてもいいんじゃねえか、ってなったんだけどよ。…ギルバートの話では、トゥリエナの魅了がまた絡んでくんだろ?カーディナルでも魅了魔法について知ってる人間のほうが少ねぇんじゃねえのか?何しろカーディナルには存在しない魔法なんだからよ」

サヴィオンがそう言うのを聞いて、「そうだね」と頷いたナディールは、

「エカテリーナ姉さんとの話し合いによるけど、前回のヴロンディ帝国の件について国民に頒布しよう。我が国には水色の髪の毛にピンクの瞳、という色味はいない。トゥリエナ帝国と国交も開いていないわけだから入ってくるはずがないんだ。…未来で、どうやって入れたんだろうな?」

「ナディール叔父上、ギルバートの話では俺たちはこの国から出ていくわけですから、トゥリエナ帝国の魅了を使う人間の容姿を知る者も皆無だったのでは。ましてや女王と団長が入国させたわけですよね、誰も疑わないですよ」

「今の時点でそういう人間は入り込んでいないはずだが、諜報部で再度確認する。ギルバート君の話で出てきた主要人物について…カーディナルをトゥリエナに売るような真似をした主要人物について整理しよう。

まず、サヴィオン兄さんの娘と夫だけど」

ナディールが視線を向けると、サヴィオンは唸り声を上げた。

「あまりにもやり口が胸糞悪いんでな…ミアは30日間、ランベールが受けてきた暴力を己で受けさせた上で絞首刑にする。エカテリーナには話はつけた」

「…兄さん、それでいいの?」

ナディールの言葉に「…ふん」と鼻を鳴らしたサヴィオンは、

「未来に禍根を残さねぇ、とかそんな高尚な気持ちはねぇよ。あいつはそれだけのことをやったんだ、自分で生んだ子供によくまあそんな真似ができるもんだ…畜生にすら劣るあいつは、どうせ反省なんかしねぇんだ。ランベールに、死んで詫びるしかねぇ」

低い声でそう吐き出したサヴィオンは、

「婿だった男は家が取り潰しになるが、下手にランベールに接触されても困るから辺境に送ることになった。あっちで死ぬまでしごいてもらう。普段は魔力を封じる腕輪をつけさせる」

「その男が家族ごっこしてた、逃げた女は?」

「子どもは孤児院に入れた。母親に捨てられたんだと、事実を話してやったよ。気丈に振る舞ってたよ、あの両親なんて比べようもないくらいできた人間だ。頑張れるようなら、将来手助けしてやりたいと思う。…母親は、同じく辺境送りだ。望み通り結婚させてやったから今日からはほんとの夫婦だな」

そう鼻で嗤ったサヴィオンは、

「…それから、サフィアは次女のノラが面倒を見てくれることになった。離縁届けは署名して持たせたよ」

「だいぶ泣き叫んですがられたのに、兄さんよく我慢したね」

「…見てたのかよ」

ナディールを睨み付けたサヴィオンは、大きくため息をついた。

「サフィアが俺の運命の香りであっても、俺は俺の正義を曲げる気はない。あいつが俺を遠ざけた、俺に真実を告げなかった。それがすべてだ。もう変えようはない」

そう告げたサヴィオンは目を瞑り椅子に背を凭れさせた。それ以上話すつもりはないようなので、ナディールは話を続ける。

「ランベール君はどうだろう。ギルバート君の話では随分ギルバート君に執着してたみたいだけど」

「…ナディール叔父上はまだあの二人を見ていないのですね。見たらそんな心配は微塵もないとおわかりいただけるはずです。ランベール君はアレクにベッタリですし、…何より我が家の末の獅子が目覚めましたから。ランベール君は余所見をする暇はないでしょうね」

ジークハルトの言葉に「ふうん」と面白そうに笑ったナディールは、

「あとはアズちゃんか。女王からは降ろすって言うし、カーティス君が手綱を握ってくれれば大丈夫かな…まだ出てこないから、ここは保留で」

「…そうですね」

ジークハルトはそう言って頷き、

「あとはギルバートだな」

と言った。

「…ギルバート?ギルバートに何かあるんですか?」

訝しげな顔をするジェライトに、

「おまえ、10年前に第3部隊隊長室焼いたノーマン君覚えてるか?」

「ええ、よく覚えてます。父上以外にもあんなのがいるなんて世も末だと思いましたからね」

「一言余計だ。そのノーマン君の長女が、ギルバートの運命の香りであり、…前回のギルバートの婚約者で、不幸にも死んでしまった子なんだよ。ギルバートは会いたいと言っているが…」

ジークハルトがそう言うと、ナディールは首を横に振った。

「ハルト君が言ったようにあわせるべきではない、いまはまだ。婚約者にするなどはもってのほかだ。…彼女は本当にギルバート君の運命の香りだったのかな」

ポツリと呟くナディールに、「…なぜですか?何か疑問でも?」とジークハルトが訝しげな顔をする。

「マリアンヌちゃんのしてた話、覚えてると思うんだけど…。ギルバート君と娘さんの交流は頻繁じゃなかった、って言ってたでしょ?1ヶ月に一度、侯爵家でお茶会をする程度で大事にされてるとは思ったけど、穏やかな関係だったって」

「…それがなにか」

ナディールは呆れたような顔でジークハルトを見ると、

「ハルト君は自覚がないのかもしれないけど、キミのルヴィちゃんに対する執着とか他の男に対する牽制とか半端ないでしょ。ライト君だって、アキラ君を常に自分の腕の中に閉じ込めてる。僕だって、できることならマディと離れたくないよ、我慢してるけど。運命の香りの相手への筆舌しがたい渇望はわかるだろう?…マリアンヌちゃんから聞いたギルバート君からは、そういうものが感じられないんだよ。淡白というか…相手が見つかったのに1ヶ月に一度の逢瀬で我慢できる?僕は無理だよ、ハルト君だって無理でしょ」

「…確かに、そうですね。そのあたりはギルバートに再度確かめさせるしかない…微かだけど甘い匂いがした、って言ってたと思うんですが…勘違いだったのかな」

ジークハルトがそう言うと、ルヴィアがポツリと口を開いた。

「ハルト様はジークフリート様だった時でも、なんだかんだと理由をつけては城に呼び出していましたよね」

「…ルヴィごめんなさい」

とたんにショボくれた犬のようになる夫に、ルヴィアは慌てて否定した。

「あの、責めてるわけではないんです。あの時にも、私を運命の香りだと…そのときにそういう概念があったかは別として、私には執着していましたよね、好きではないと思わせながら…嫌いだと思わせながら、本当は好きだったわけですよね。隠してたわけですよね」

「…うん、…そうだね?」

ルヴィアの話の意図がわからず首を傾げるジークハルト。

「ギルバート様は、幼い時から母親であるアズライトさんに拒絶されてきた。カーティスがいくら愛情を注いだからと言っても、欲しい相手からもらえないのは相当堪えると思います。でも、我慢するしかなくて…そこに運命の香りの相手が見つかったけれど、また拒絶されたらどうするか、ましてや相手はエイベル家の血は継いでいないのですから、そんな、香りで決められたと言われても困惑しかないでしょう。ギルバート様は、自分ばかりが相手を…母しかり、婚約者しかり、自分ばかりが愛情を持っていて返してもらえないことへの無意識の壁…みたいなものを持っていたのではないでしょうか」

「拒絶されて傷つきたくないから、最初から深入りしないでおく、ってこと?」

ナディールの言葉に頷いたルヴィアは、

「だから、そうやって付かず離れず…でも、欲求とか執着は強いわけですよね、我慢して閉じ込めていただけだとしたら、その魅了をかけられたときにそういうものがすべて解き放たれてしまったとしたら、向ける相手を無理矢理ねじ曲げられて、でも欲求は全面に出るようになってしまって、そういう歪みのイライラ、不満、怒りのようなものが婚約者の方に向いてしまったのではないでしょうか。対象はあくまでも魅了をかけた女性だと思わされていて、でも本能は婚約者の女性を求めていて、だからこそカラダが反応した、けれど頭が否定するから、暴力を振るうしかなくて、…殺してしまったのでは」

「…そうだとしたら、ギルバート自身の問題だよなぁ」

ルヴィアの言葉にそう呟いたジークハルトは、「いいことを思い付いた」と言ってニッコリと微笑んだ。

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