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婚約者編
キーマン、ランベール①
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「母上、ただいま」
夕方、学園から帰ってきたアレクサンドライトが玄関の扉を開けると、フワリと微かに甘い香りがした。母がたまに焼いてくれる菓子に入っているような、…バニラの、香り。
(今日もまた何か焼いたのかな)
専業主婦であるアレクサンドライトの母、ルヴィア・エイベルは家事全般器用になんでもこなす。料理も上手いが菓子も上手い。甘いものに目がない父、ジークハルトのためにクッキーやらマドレーヌやらを焼いてくれる。アレクサンドライトもその甘すぎない菓子が好きだった。ただし、父がほぼ独り占めするためになかなか食べられないのだが。
今日はラッキーだな、と思いながら居間に向かう。その扉を開けると、さっきより強いバニラの香りがした。焼き菓子の香りはほとんどしない。
(…あれ?)
その香りで、アレクサンドライトは感じたことのない熱を下半身に感じた。手が、全身がじわりと汗ばむ。
「あら、アレク、お帰りなさい。…顔が赤いわよ、どうしたの?」
母が立ち上がるのに視線を向けると、向かいのソファに寝かされている人影が目に入る。その姿を見た途端、動悸が突然激しさを増した。
「…っ、」
胸をグッ、と押さえフラリとするアレクサンドライトに慌ててルヴィアが駆け寄る。
「アレク!?どうしたの!?」
「む、ねが、…苦しい…っ」
「ハルト様…っ!」
「アレク、大丈夫か」
倒れこむアレクサンドライトをルヴィアごと支えたジークハルトは、ルヴィアに「大丈夫だ、俺に任せて」と優しく微笑むとアレクサンドライトをグッ、と抱き上げた。
「カラダが熱いな…どうした、具合悪かったのか?…あれ?」
アレクサンドライトのズボンの屹立に気付いて、ジークハルトはアレクサンドライトの耳元で囁いた。
「…なんで反応してるんだ?」
アレクサンドライトは顔を腕で隠したまま、
「…っ、わ、かりません、部屋に入ってきたら、バニラの香りがキツくて、胸が、苦しくなって、」
ふむ、と頷いたジークハルトは、「あー…」と天井を見上げると、
「…おまえも厄介だなぁ」
と呟き、そのままアレクサンドライトの部屋に飛んだ。ベッドに寝かせられたアレクサンドライトの呼吸は荒い。顔も赤いままだ。
「アレク。おまえ、エイベル家の運命の香りについて知ってるよな?」
「…俺は、感じたことはありませんけど、父上も兄上も、そうなんでしょう。小さい時から聞かされてますから知ってますよ。サヴィオン様にも聞いてますし…」
そこまで話してハッ、としたアレクサンドライトはガバッとカラダを起こした。
「あそこにいたのが、そうなんですか!?あれは、あれは誰なんですか!?父上、教えてください…っ!!…うっ」
自分の逸物が吐精するのをまざまざと感じ、アレクサンドライトはまた顔を赤くした。
「…おまえ、なんにも興味関心ありません、みたいな生活してきたからなぁ…つらいぞ、これから」
ため息をつきながらジークハルトに言われて、しかし出したのに熱が引かないアレクサンドライトは「…ぐっ」と苦しそうに呻く。
「アレク、自慰の仕方はわかるか」
「…バカに、してるんですか…っ」
「いや、おまえやったことあんのかな、って。聖人君子みたいな顔してるからさ、いつでも。…あるなら、とりあえずカラダの熱が引くまで出してから居間に来い。きちんとシャワー浴びてから来いよ。ベッド片付けるのは俺が手伝ってやる。母上に見られるのは恥ずかしいだろ。…わかったか?」
ジークハルトにじっと視線を合わされて、アレクサンドライトは恥ずかしさでとにかく頷いた。
ジークハルトが姿を消した後、下着ごと制服を引き下ろす。ムワッ、と独特の匂いがしたが、アレクサンドライトはそのまま屹立をしごきだした。
「う…っ、うう…っ、ぐう…っ」
何度かの射精ののち、ようやく落ち着いてバタリ、とベッドにカラダを倒したアレクサンドライトは、しかしすぐに立ち上がり浴室に駆け込んだ。あの人物が誰なのか、早く知りたくて。
居間に入ってきたアレクサンドライトを見て、ルヴィアはホッとしたように顔を緩めた。
「アレク、大丈夫?」
「…はい」
恥ずかしくてルヴィアから目を逸らしたアレクサンドライトは、まだソファに横になっている人影に近づいた。先ほどよりも香りが弱まったように感じ、そっと覗き込んだ。
黒髪の、まだ幼い顔。
「母上、」
「俺が説明する。ルヴィ、アレクに何か作ってやって。腹が減ってるはずだから」
怪訝そうな顔をしながらも、ルヴィアは素直に部屋から出ていった。その間も、アレクサンドライトはじっとソファの上の少年を見つめる。
(…可愛い)
いま17歳、学園高等部の2年生であるアレクサンドライトは、黒髪に赤い髪の色持ちで、特性は炎、雷、水、風、植物を使いこなす。魔力量も多く、その上、父は魔術師団団長のジークハルト・エイベル。周囲は騒がしかったが、本人はただただ平淡に毎日を過ごしてきた。女子学生のみならず、兄のジェライトが同性と結婚したことから男子学生にも告白を受けるものの、まったくピンと来ずすべて断ってきた。試しに付き合ってくれと言われたことも一度や二度ではないが、自分の時間を他人のために使う、その意味がわからず、「無理だ」と断った。アレクサンドライトの目に映るのは、ただ、人間かそうでないか、だけであり、家族以外は判別する必要性も感じなかった。
それなのに。この少年に感じる、この気持ちはなんなのだろう。その肌に、髪の毛に触れたくて、思わず手を伸ばしたアレクサンドライトは、ギクリとその手を止めた。さっきまで気づかなかったが、消毒の匂いがする。
「…父上」
「アレク。この子はサヴィオン父上の孫だ。長女のミアがモロゾフ公爵家に嫁ぎ、そこで生まれた子どもだ。ギルバートと同じ10歳だ」
「…10歳?」
ギルバートと同じ、と言ったがとてもそうは見えない。弱々しく細いカラダ。身長も格段に小さく見える。
「ナディール叔父上の調査によれば、」
「…調査?いったいなぜ彼を、」
「アレク。とりあえず落ち着け。彼について話を聞きたいんだろう?」
ジークハルトにじっと見据えられ、アレクサンドライトは渋々「…はい」と頷いた。
「実はな。ギルバートが今朝、俺やルヴィのように、未来で死んで、巻き戻ってきたとカーティス君が連れてきたんだよ」
「…ギルバートが、ですか」
うん、と頷いたジークハルトは、
「カーディナル魔法国についての話の中で、この子…ランベール君の話が出てきたんだが、ナディール叔父上が調査していたのはこの子ではなくモロゾフ公爵家だ。モロゾフ公爵家について、10年前にある人から話があって、そこからずっと監視していたんだ。…アレク」
ジークハルトに名前を呼ばれ、ランベールから視線を移したアレクサンドライトは、その表情を見て胸がざわめくのを感じた。
「…なにか、あるんですか」
「アレク、ランベール君はおまえの運命の香りで間違いないんだよな」
「比べようがないのでわかりませんが、甘い香りがします、…間違いなく、彼から。彼を、…可愛いと、見た目がとか、そういうのではなく、純粋に、ただただ可愛いと、そう思います。彼に触れて、抱き締めて、ずっと、一緒にいたいです」
アレクサンドライトの答えを聞いて、ジークハルトは「そうか」と頷くと、
「今から言うことを、心を落ち着けて聞いて欲しい。ランベール君は実の母親から虐待されていた。カラダを見せてもらったが古い傷がたくさんある。それから、…ランベール君は、小児性愛者の家庭教師の男に昨日犯されたそうだ、後ろの孔を」
「…は?」
途端にアレクサンドライトのカラダから炎が立ち上ぼり、すぐに水泡に包まれた。水泡の外でジークハルトが、「だから、落ち着いて聞けと言っただろう」と言っているが、アレクサンドライトは水の中にも関わらず叫び声を上げ、激しくむせりながらも叫び続ける。
「アレク、もうやめるのか、ランベール君についての話を聞くのは」
淡々とした物言いをするジークハルトを、アレクサンドライトは鋭く睨み付けた。
(…こんな顔をするなんてなぁ)
息子の顔を眺めながら、ジークハルトは感慨深い思いだった。末っ子のアレクサンドライトは、感情の起伏に乏しくあまり話もしない子どもだった。何が好きで何が嫌いか、そんなこともまったくわからないくらいにただただ平淡な生活を送る我が子をどうしたものかと悩んだこともある。このまま誰にも関心を抱かず、愛し愛することも知らず、この息子は静かに死んでいくのだろうかと寂しさを感じたこともある。そのアレクサンドライトが。
ジークハルトは潤みそうになる瞳をなんとかごまかし、「じゃあそのまま聞け」と告げる。
「相手の男をぶち殺してやりたいだろう?サヴィオン父上もナディール叔父上も、もちろん俺も、みんな同じ気持ちだ。だがな、アレク。そいつが死んだところで、ランベール君が犯された事実は消えないんだ。そんな腐れ外道に関わることはない、おまえは、おまえの運命の香りを、ランベール君を愛してやれ。母親にも、父親にも愛情をもらえず、彼はずっと寂しい人生を送らされてきた。今回の件も、ランベール君はイヤだったそうだよ。その腐れ外道にカラダを触られ、陰部を舐められ口に咥えさせられ、イヤだったけど、可愛いと、愛してると言ってくれるから、だから、もし断ったりしたら自分はまた一人になってしまうと思って、我慢していたんだそうだ。誰にも言うなと言われた、それ以上に、自分の話を聞いてくれる人なんていなかったと。そうやって、我慢してきたのに、あんな痛い思いをしなくちゃならなかったのはなんでなの、僕はイヤだ、って、あの時何かをお尻に入れられて、痛くて、やめて、って泣き叫んだのに、やめてくれなかった、って。…僕は、どうして生まれてきたんだろう、って、泣きながら気を失ってしまったんだ」
アレクサンドライトがギリギリと歯噛みしながら、その顔が悲しみに彩られるのをジークハルトは見逃さなかった。そのまま水泡から出して、風魔法で乾かしてやる。顔を上げたアレクサンドライトの頬は、涙でしとどに濡れていた。
夕方、学園から帰ってきたアレクサンドライトが玄関の扉を開けると、フワリと微かに甘い香りがした。母がたまに焼いてくれる菓子に入っているような、…バニラの、香り。
(今日もまた何か焼いたのかな)
専業主婦であるアレクサンドライトの母、ルヴィア・エイベルは家事全般器用になんでもこなす。料理も上手いが菓子も上手い。甘いものに目がない父、ジークハルトのためにクッキーやらマドレーヌやらを焼いてくれる。アレクサンドライトもその甘すぎない菓子が好きだった。ただし、父がほぼ独り占めするためになかなか食べられないのだが。
今日はラッキーだな、と思いながら居間に向かう。その扉を開けると、さっきより強いバニラの香りがした。焼き菓子の香りはほとんどしない。
(…あれ?)
その香りで、アレクサンドライトは感じたことのない熱を下半身に感じた。手が、全身がじわりと汗ばむ。
「あら、アレク、お帰りなさい。…顔が赤いわよ、どうしたの?」
母が立ち上がるのに視線を向けると、向かいのソファに寝かされている人影が目に入る。その姿を見た途端、動悸が突然激しさを増した。
「…っ、」
胸をグッ、と押さえフラリとするアレクサンドライトに慌ててルヴィアが駆け寄る。
「アレク!?どうしたの!?」
「む、ねが、…苦しい…っ」
「ハルト様…っ!」
「アレク、大丈夫か」
倒れこむアレクサンドライトをルヴィアごと支えたジークハルトは、ルヴィアに「大丈夫だ、俺に任せて」と優しく微笑むとアレクサンドライトをグッ、と抱き上げた。
「カラダが熱いな…どうした、具合悪かったのか?…あれ?」
アレクサンドライトのズボンの屹立に気付いて、ジークハルトはアレクサンドライトの耳元で囁いた。
「…なんで反応してるんだ?」
アレクサンドライトは顔を腕で隠したまま、
「…っ、わ、かりません、部屋に入ってきたら、バニラの香りがキツくて、胸が、苦しくなって、」
ふむ、と頷いたジークハルトは、「あー…」と天井を見上げると、
「…おまえも厄介だなぁ」
と呟き、そのままアレクサンドライトの部屋に飛んだ。ベッドに寝かせられたアレクサンドライトの呼吸は荒い。顔も赤いままだ。
「アレク。おまえ、エイベル家の運命の香りについて知ってるよな?」
「…俺は、感じたことはありませんけど、父上も兄上も、そうなんでしょう。小さい時から聞かされてますから知ってますよ。サヴィオン様にも聞いてますし…」
そこまで話してハッ、としたアレクサンドライトはガバッとカラダを起こした。
「あそこにいたのが、そうなんですか!?あれは、あれは誰なんですか!?父上、教えてください…っ!!…うっ」
自分の逸物が吐精するのをまざまざと感じ、アレクサンドライトはまた顔を赤くした。
「…おまえ、なんにも興味関心ありません、みたいな生活してきたからなぁ…つらいぞ、これから」
ため息をつきながらジークハルトに言われて、しかし出したのに熱が引かないアレクサンドライトは「…ぐっ」と苦しそうに呻く。
「アレク、自慰の仕方はわかるか」
「…バカに、してるんですか…っ」
「いや、おまえやったことあんのかな、って。聖人君子みたいな顔してるからさ、いつでも。…あるなら、とりあえずカラダの熱が引くまで出してから居間に来い。きちんとシャワー浴びてから来いよ。ベッド片付けるのは俺が手伝ってやる。母上に見られるのは恥ずかしいだろ。…わかったか?」
ジークハルトにじっと視線を合わされて、アレクサンドライトは恥ずかしさでとにかく頷いた。
ジークハルトが姿を消した後、下着ごと制服を引き下ろす。ムワッ、と独特の匂いがしたが、アレクサンドライトはそのまま屹立をしごきだした。
「う…っ、うう…っ、ぐう…っ」
何度かの射精ののち、ようやく落ち着いてバタリ、とベッドにカラダを倒したアレクサンドライトは、しかしすぐに立ち上がり浴室に駆け込んだ。あの人物が誰なのか、早く知りたくて。
居間に入ってきたアレクサンドライトを見て、ルヴィアはホッとしたように顔を緩めた。
「アレク、大丈夫?」
「…はい」
恥ずかしくてルヴィアから目を逸らしたアレクサンドライトは、まだソファに横になっている人影に近づいた。先ほどよりも香りが弱まったように感じ、そっと覗き込んだ。
黒髪の、まだ幼い顔。
「母上、」
「俺が説明する。ルヴィ、アレクに何か作ってやって。腹が減ってるはずだから」
怪訝そうな顔をしながらも、ルヴィアは素直に部屋から出ていった。その間も、アレクサンドライトはじっとソファの上の少年を見つめる。
(…可愛い)
いま17歳、学園高等部の2年生であるアレクサンドライトは、黒髪に赤い髪の色持ちで、特性は炎、雷、水、風、植物を使いこなす。魔力量も多く、その上、父は魔術師団団長のジークハルト・エイベル。周囲は騒がしかったが、本人はただただ平淡に毎日を過ごしてきた。女子学生のみならず、兄のジェライトが同性と結婚したことから男子学生にも告白を受けるものの、まったくピンと来ずすべて断ってきた。試しに付き合ってくれと言われたことも一度や二度ではないが、自分の時間を他人のために使う、その意味がわからず、「無理だ」と断った。アレクサンドライトの目に映るのは、ただ、人間かそうでないか、だけであり、家族以外は判別する必要性も感じなかった。
それなのに。この少年に感じる、この気持ちはなんなのだろう。その肌に、髪の毛に触れたくて、思わず手を伸ばしたアレクサンドライトは、ギクリとその手を止めた。さっきまで気づかなかったが、消毒の匂いがする。
「…父上」
「アレク。この子はサヴィオン父上の孫だ。長女のミアがモロゾフ公爵家に嫁ぎ、そこで生まれた子どもだ。ギルバートと同じ10歳だ」
「…10歳?」
ギルバートと同じ、と言ったがとてもそうは見えない。弱々しく細いカラダ。身長も格段に小さく見える。
「ナディール叔父上の調査によれば、」
「…調査?いったいなぜ彼を、」
「アレク。とりあえず落ち着け。彼について話を聞きたいんだろう?」
ジークハルトにじっと見据えられ、アレクサンドライトは渋々「…はい」と頷いた。
「実はな。ギルバートが今朝、俺やルヴィのように、未来で死んで、巻き戻ってきたとカーティス君が連れてきたんだよ」
「…ギルバートが、ですか」
うん、と頷いたジークハルトは、
「カーディナル魔法国についての話の中で、この子…ランベール君の話が出てきたんだが、ナディール叔父上が調査していたのはこの子ではなくモロゾフ公爵家だ。モロゾフ公爵家について、10年前にある人から話があって、そこからずっと監視していたんだ。…アレク」
ジークハルトに名前を呼ばれ、ランベールから視線を移したアレクサンドライトは、その表情を見て胸がざわめくのを感じた。
「…なにか、あるんですか」
「アレク、ランベール君はおまえの運命の香りで間違いないんだよな」
「比べようがないのでわかりませんが、甘い香りがします、…間違いなく、彼から。彼を、…可愛いと、見た目がとか、そういうのではなく、純粋に、ただただ可愛いと、そう思います。彼に触れて、抱き締めて、ずっと、一緒にいたいです」
アレクサンドライトの答えを聞いて、ジークハルトは「そうか」と頷くと、
「今から言うことを、心を落ち着けて聞いて欲しい。ランベール君は実の母親から虐待されていた。カラダを見せてもらったが古い傷がたくさんある。それから、…ランベール君は、小児性愛者の家庭教師の男に昨日犯されたそうだ、後ろの孔を」
「…は?」
途端にアレクサンドライトのカラダから炎が立ち上ぼり、すぐに水泡に包まれた。水泡の外でジークハルトが、「だから、落ち着いて聞けと言っただろう」と言っているが、アレクサンドライトは水の中にも関わらず叫び声を上げ、激しくむせりながらも叫び続ける。
「アレク、もうやめるのか、ランベール君についての話を聞くのは」
淡々とした物言いをするジークハルトを、アレクサンドライトは鋭く睨み付けた。
(…こんな顔をするなんてなぁ)
息子の顔を眺めながら、ジークハルトは感慨深い思いだった。末っ子のアレクサンドライトは、感情の起伏に乏しくあまり話もしない子どもだった。何が好きで何が嫌いか、そんなこともまったくわからないくらいにただただ平淡な生活を送る我が子をどうしたものかと悩んだこともある。このまま誰にも関心を抱かず、愛し愛することも知らず、この息子は静かに死んでいくのだろうかと寂しさを感じたこともある。そのアレクサンドライトが。
ジークハルトは潤みそうになる瞳をなんとかごまかし、「じゃあそのまま聞け」と告げる。
「相手の男をぶち殺してやりたいだろう?サヴィオン父上もナディール叔父上も、もちろん俺も、みんな同じ気持ちだ。だがな、アレク。そいつが死んだところで、ランベール君が犯された事実は消えないんだ。そんな腐れ外道に関わることはない、おまえは、おまえの運命の香りを、ランベール君を愛してやれ。母親にも、父親にも愛情をもらえず、彼はずっと寂しい人生を送らされてきた。今回の件も、ランベール君はイヤだったそうだよ。その腐れ外道にカラダを触られ、陰部を舐められ口に咥えさせられ、イヤだったけど、可愛いと、愛してると言ってくれるから、だから、もし断ったりしたら自分はまた一人になってしまうと思って、我慢していたんだそうだ。誰にも言うなと言われた、それ以上に、自分の話を聞いてくれる人なんていなかったと。そうやって、我慢してきたのに、あんな痛い思いをしなくちゃならなかったのはなんでなの、僕はイヤだ、って、あの時何かをお尻に入れられて、痛くて、やめて、って泣き叫んだのに、やめてくれなかった、って。…僕は、どうして生まれてきたんだろう、って、泣きながら気を失ってしまったんだ」
アレクサンドライトがギリギリと歯噛みしながら、その顔が悲しみに彩られるのをジークハルトは見逃さなかった。そのまま水泡から出して、風魔法で乾かしてやる。顔を上げたアレクサンドライトの頬は、涙でしとどに濡れていた。
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