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蜜柑マル

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婚約者編

目覚めたら腕の中にキミがいなかった②

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シャロンの両親がやって来た時、俺はすべてに打ちのめされて泣き叫んでいた。シャロンの両親が何かを話していたが、何を言っているのかはわからなかった。そのうちシャロンの母上がこちらに這うように近づいてくるのが見えて、その視界の端に母とモロゾフが入って来たのが映る。倒れるランベールに近づいたモロゾフを風魔法で持ち上げ、俺は母に向かってぶん投げた。

「貴様らが、貴様らのせいで、シャロンが死んだ!死んで償え!」

母がよたよたと立ち上がり俺に手を伸ばす。

「ギル、」

「貴様の勝手な劣等感のせいで、この国は、もうお仕舞いだ。売国奴を味方に引き入れ、本当の味方の手を離すなど…貴様は、自分自身が思っているように女王の器などではないんだよ!そんなにイヤならさっさと辞めて死ねば良かっただろうが!貴様は母でもなんでもない、死ね!死んで詫びろ!」

呆然とした顔で俺を見る身勝手な女に気をとられているうちに、シャロンの母上がシャロンに触れようと近づいていた。俺は、シャロンを奪われたくなくて、自分の胸にシャロンをギュッと抱き込んだ。この身が朽ち果てるまで、シャロン、キミの側にいる。だから、だからどうか、キミを追いかけることを赦してくれないか。死んでこの身を禊いだら、俺はキミの近くにいられるだろうか…。

ハッと気付いて目を開けると、腕の中にシャロンがいなかった。あんなに、けして離さないようにと力の限り抱き締めたはずなのに。

「シャロン…ッ!!」

慌てて起き上がり、シャロンの痕跡がないかと自分の手を見ると、…なぜか、小さい。そのまま視線を移した先にある足も、小さく見える。…なんだ?

姿見の前に立つと、見慣れていたはずの自分ではなくなっていた。身長も、何もかも小さく、顔が幼い。

「…なんなんだ」

シャロンを失ったショックで、何か夢でも見ているのだろうか。呆然と姿見の中の自分を眺めていると、扉をノックする音が聞こえてきた。返事をする前に、「ギルバート、入るぞ」と声がして、…父が、入ってきた。

母を見限り、離縁して、弟3人を引き連れジークハルト様を追った父が、なぜ。

「…なぜ、いるんですか、父上」

父は一瞬キョトンとした顔になると、相好を崩し笑った。ああ、懐かしい、くしゃくしゃの笑顔だ…。

「なぜいるんだなんて、朝からずいぶんな挨拶だな、ギルバート?父は傷ついたぞ」

そう言ってニコニコしながら近づいてきた父は、しかし、俺の前でピタリと足を止めると俺をじっと見つめ、みるみるうちに険しい顔になる。

「…ギルバート。おまえ、なんで魔力が変わってるんだ」

「…え?」

魔力が、変わってる…?

「変わって、ますか」

自分ではわからない。そもそも、これは現実なのか。

混乱する俺に、父は「ギルバート、おまえは何歳だ」と尋ねた。何歳…?

「何歳、とは、」

「いま、何歳だ。答えろ」

騎士団長を務める父の威圧に押されるように「19です」と答えると、父は「19…」と呟き俺の腕を取った。

「義兄上のところに…ジークハルト様のところに行くぞ、ギルバート」

「ジークハルト様のところに、ですか、」

唐突すぎる話に付いていけずに困惑する俺を覗き込んだ父の顔は、能面のようだった。

「ギルバート。おまえは、いま10歳だ」

え、と返す間もなく父に手を取られ景色が変わった。












「姉上!姉上、いらっしゃいますか!」

父がとんだ先は、ジークハルト・エイベル魔術師団団長…父、カーティス・エイベルの実姉の夫の住む家だった。父の姉、ルヴィア叔母様と父はサムソン、という姓だったが偶然にもまた同じ姓、エイベルになった。父は女王を務める母、アズライトに婿入りしたためだ。

「おはよう、カーティス。早いわね」

「姉上、…ジークハルト様は、」

「いるよ~」

焦ったような父の声とは対照的なのんびりとした声と共に、ジークハルト様が現れた。カーディナルを出て行ってしまったはずのジークハルト様が。やっぱり、これは、夢なんだろうか。

「おはよう、カーティス君、ギルバート君」

と俺たちに視線を向けたジークハルト様は「…ん?」と首を傾げた。

「あれ。ギルバート君、その魔力どうした?昨日までとずいぶん違うな」

「義兄上、あの、…ギルバートは、19歳だと、そう言うのです。今朝、朝の挨拶に部屋に入ったら、魔力が変わっていて…俺に、『なんでいるんだ』なんて言うし、」

俺を困惑気味に見ながらそう説明した父は、

「お二人のように、…戻ってやりなおしているのかと思って、連れてきたんです」

と呟くように告げた。ジークハルト様は俺をジロジロ眺めると、

「今朝かい」

と俺に尋ねた。

「…今朝、とは」

「今日起きたら、昨日までのキミと変わっていたのかい、と聞いているんだよ、ギルバート君。きみは19歳だったんだろ。でもキミは、いまのキミは10歳だ。19歳で死んで、何かを強く悔いて戻ってきたんだろう。何があったか話せるかい」

赤い瞳が俺を真っ直ぐ見据えている。

「…ジークハルト様、」

「なんだい」

「カーディナルを、…カーディナルを、助けてください」

「…なんだって?」

「このままだと、カーディナル魔法国はトゥリエナ帝国に侵略されます。たぶん、属国になる…俺は、そうなる前に死んでしまったようなので、どうなったのかはわかりませんが、モロゾフ公爵家が画策してトゥリエナ帝国と手を組み、自分の息子を国王にしようと…」

ジークハルト様はまた首を傾げると、

「モロゾフ公爵とは、俺の代わりに魔術師団の団長になるという男か」

と言った。…なぜ、

「なぜ、それをご存知なのですか…」

ジークハルト様は表情を変えることなく父に向き直ると、

「カーティス君。詳細はわからないが、国の存亡に関わるとギルバート君が言っている。話を落ち着いて聞きたいからキミも今日は仕事を休む算段をつけてこい。俺も休む。アズライト陛下にも、」

「あ、の、ジークハルト様、」

「…どうした」

「…今、俺は10歳とのことですから、まだ、だと思いますが、母はモロゾフ公爵にうまく唆され劣等感を払拭するために、ジークハルト様たちを、」

「陛下を呼ぶな、と言いたいのかな、ギルバート君」

じっとこちらを見るジークハルト様の赤い瞳は、なんの感情も読み取れないほど静かだった。

「ギルバート、まさか、陛下が関わっているというのか、」

動揺したように俺の肩を掴む父の手をジークハルト様が抑えた。

「カーティス君、落ち着いて。…ギルバート君。さっきキミが言ったように、まだ何も起きてない。俺は団長のままだしな。だからこそ、陛下にも話を聞いてもらわなくてはならない。アズライト陛下、カーティス君、俺、それからナディール叔父上。父上と、叔母上夫妻にも入ってもらおう。国の存亡に関わるとは穏やかではないし、意志疎通ができていれば対処できる内容も変わってくるはずだ。ギルバート君、隠し事はなしだよ。アズライト陛下はまだ何もしていないのだから、キミが体験した未来をきちんと明らかにするべきだ。それを聞いてもアズライト陛下が何かを起こそうとするなら、…カーティス君には悪いが俺が彼女を潰す」

そう淡々と告げたジークハルト様は、

「城に集まろう。ルヴィ、ナディール叔父上に声をかけてくれるかな。俺は魔術師団に顔を出してから行くから。カーティス君は悪いけど、さっき言った全員を集めておいて。場所は陛下の執務室がいいだろう。ギルバート君の弟たちたちはどうする?」

と俺に聞いた。

「…チェイサーは、俺が10歳ということは9歳、下の双子は6歳です。聞いても、理解できるでしょうか」

「そうだな。話が長くなると飽きてしまうだろうし、じゃあ弟君たちは今回は外れてもらおうか。…ギルバート君、ひとつだけ聞かせてもらいたいんだが。シャロン・ジェンキンスという女性はキミの運命だったのか」

ジークハルト様が口にした名前に、背中がゾワリと粟立つ。シャロン・ジェンキンス。シャロン。

「なぜ、…なぜ、ジークハルト様はシャロンを知っているのですか…っ!」

「ギルバート君、俺の問いに答えてくれ。シャロン・ジェンキンスはキミの運命だったのか」

何度聞こうと答える気がないのだと示され、俺は諦めるしかなかった。なぜジークハルト様が、シャロンを知っているのかを。

「…シャロンは、俺の運命でした。ほのかに甘い香りがする、本当にごくごく微かな香りでしたが、それでも間違いなく彼女は俺の運命でした」

そうか、と頷いたジークハルト様は、

「残念ながらギルバート君、シャロン・ジェンキンス侯爵令嬢はこの世界に存在しない」

と俺を絶望に叩き落とす発言をした。…存在しない?

「な、ぜ、わかるのですか、」

「俺がシャロン・ジェンキンスという名前を知っていることが不思議だろう?なぜ知っているのか。教えてくれた人がいるからだよ。モロゾフ公爵という男が俺の代わりに魔術師団団長になることも。ただ、なぜシャロン・ジェンキンス侯爵令嬢…そのときはキミの妻で王子妃だったそうだが、なぜ彼女が死んでしまったのか、ボロボロのゴミ屑のように亡くなってしまったのか、その理由はわからなかったらしい」

ジークハルト様が淡々と告げる言葉に俺はまた絶望を感じる。まさか。

「…シャロン・ジェンキンス侯爵令嬢の母上がね。ギルバート君、キミと同じように巻き戻ったんだよ。キミよりも10年早くに。彼女は、キミの魔力暴発に巻き込まれて亡くなったのではないかと言っていた。キミのカラダから炎があがり、それ以上の記憶がないと」

「シャロンの母上…」

あの時、俺の腕の中にいるシャロンに必死に触れようとしていた彼女の瞳を思い出す。あの時の絶望にまみれた瞳を。

自分が傷つけ、殺したくせに、俺はシャロンを手離したくなかった。あんなに酷い仕打ちをして、それなのに離したくなくて、誰にも、シャロンの母上にも奪われたくなくて、…なんて、身勝手なのだろう、俺は。自分が、シャロンを殺したくせに。

「彼女は、マリアンヌさんというんだが。キミとは絶対に関わりたくないと、そう言っていた。今度は幸せな人生を送らせたいと、…あ」

「シャロンは、シャロンはやっぱりいるんじゃないですか!会わせてください、今度は絶対に間違えません!」

ジークハルト様は嘆息すると、「いるけど、」と呟き、

「正確には、存在しない。シャロン・ジェンキンスという名前の女性は。前回のキミの婚約者だったシャロンさんという存在は生まれたが、彼女はまったく違う人間になったんだ。彼女は侯爵家の令嬢でもないし、だからキミの婚約者に選ばれることもない」

とうっすらと嗤った。
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