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マリアンヌ編
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ノーマンに求められるまま激情の時間を過ごし、眠るように意識を失ったマリアンヌは気付いたらベッドの上でノーマンに抱き込まれて横になっていた。パジャマを着せられ、シーツなどもすべてキレイになっている。モゾモゾするマリアンヌに、「気が付いたか」とノーマンの声がかかった。顔を上げると青い瞳と目が合う。
「ノ、…マン、」
「…喉、嗄れてるから喋るな。今、水を持ってくるから待ってて…」
ノーマンはマリアンヌを腕から離し、そっと横たえると素早くベッドから降りてコップを片手に戻ってきた。ベッドサイドのテーブルに一度置いて、マリアンヌを抱き起こすと自分の膝の上に横抱きにする。
「寒くないか。タオルケットで、くるんでおこう」
そう言いながら器用にマリアンヌを巻くと、コップをゆっくりマリアンヌの口元に寄せた。
「リア、あの、…まだ、意識がある内に、うがいも、させたし、…ごめん、たぶん口の中、大丈夫だと思うんだけど…飲めるか?」
心配そうに揺れる瞳にコクリと頷きマリアンヌは口をつけた。あまり冷たくないその水をゆっくり飲み込む。思ったより痛みもなく、マリアンヌはホウッ…とため息を吐いた。その間も視線を外さないノーマンに、「大丈夫ですよ」と伝えると、へにゃりと眉を下げた。
「口の中、気持ち悪くないか」
「大丈夫です。全部キレイにしていただいて、ありがとうございました」
「…当たり前だ。こんなの…俺、そういうつもりじゃなかったけど、結果的につけこむような真似してごめん。リア、優しいから」
「ノーマン様、私がたとえ優しいのだとしても、優しさだけでマリエラ様を抱いたノーマン様を無条件に受け入れたりはしません。私、…他の方からすればバカみたいなんでしょう、きっと。浮気されたのをこの目で見たのに、それでも愛してるからいいなんて、どこまでおめでたいんだって。また裏切るに決まってる、って。たとえそうだとしても決めたのは私ですし、傷つくのも後悔するのも私ですから。シャロンに…この子には迷惑をかけるかもしれませんが、好き勝手言う周囲の方々にはなんの関係もないことです。ノーマン様、勝手を言って申し訳ありませんが、今回離縁しないのであれば契約書を作っていただけませんか。私はシャロンを幸せにします、そのために、必要なことをやります。口約束は当てになりませんし、…愛情も、当てになりません。私はノーマン様を愛していますが、それとこの子のことは別問題です。ノーマン様が心変わりしたときのために、…保険を、いただきたいのです」
淡々と告げるマリアンヌに、ノーマンはマリアンヌの拒絶を感じさせられ胸が苦しくなった。「愛している」と言ってくれたが、もう、掛け値なしに自分を受け入れてはいないのだということを感じて苦しかった。挿入はなしにしても自分との行為を受け入れてくれた時点で自分を赦してくれたのだと…なんて傲慢で浅はかな考えだったのか、目の前に突きつけられ愕然とする。自分が(本心だが)、「死ぬ」とか「王子を殺す」とかわがままな子どもじみたことを、自分勝手なことを言葉にし、「離縁したくない」とすがりついたから、そして、おかしくなっていたから、マリアンヌは人命救助のように付き合ってくれただけなのだろう。ここから、俺も変わらなければ。せっかくマリアンヌがチャンスをくれたのに、今のままではマリアンヌに切り捨てられる。一番イヤな形で。書類上でつながっているだけで、マリアンヌの心が貰えないのでは意味がない。
自分の心は絶対に変わることはないと、言葉にするのは簡単だ。でもマリアンヌには「当てにならない」と言われてしまったのだから、言葉だけではダメだ。態度で示していかないと。今後あるかどうかわからないが、マリアンヌに寄ってくる害虫の排除だけに神経を使っていたのも問題だ。ノーマン自身にすり寄ってくる…マリエラと義母という汚物のように、甘い汁をすすってやろうという俗物どもが現れた場合、今度こそ対応を間違えない。
(リアが日常的に目にする相手だからこそ放置していたが、今後そんな対象は出てこないのだから即消滅させればいい)
それが一番確実で、マリアンヌの安全にも繋がるとノーマンは考えた。
あんな害虫、と驕っていた自分が全面的に悪い。マリアンヌとのこれから先の人生のためにも、自分自身の仕事を含めた人生のためにも、あまりにも痛い仕置きだったが目が覚めて、気付けて良かったな、と思うしかない。このたった一度の過ちをどれだけかかれば償えるのかわからないが、いつかマリアンヌが心から自分を受け入れてくれるようになるまで、今回のマリアンヌの決断が間違いではなかったと思ってくれるまで、自分が精進しようと決意したノーマンは、硬い表情で自分を見上げるマリアンヌの髪に触れた。
「わかった。俺と二人で決めるんじゃなく、他の人にも入ってもらった上で公的に認められる契約書を結ぼう。卑怯で申し訳ないが、俺はリアが離縁しないでいてくれるなら何でも構わない。リアが気の済むように、なんでも言ってくれ。…本当に感謝してる。ありがとう、リア」
マリアンヌからすればノーマンを拒絶する気持ちはまったくなく、ただ単に「シャロンを手離さずに済むように」あらかじめ目に見える形に残したい、という決意の現れでしかなかったのだが、緊張からぎこちなく微笑むマリアンヌの髪を撫でながら、ノーマンの心はどす黒く染まっていく。こんな、望まない状況を作り上げた害虫どもへの怒りで。あんなわかりやすい手にひっかかった、バカな自分への絶望で。
(クスリの影響もあって今日は休まざるを得なかったが、明日から死んだ方がマシだって目に遭わせてやる)
昨日怒りのあまりある程度自白させてしまったが、裏付けを取るに合わせて尋問する時間も増えていく。あの二人、そして伯爵家を徹底的に容赦なくぶっ潰してやる。社会的には最早死んだも同然だがそれではノーマンの気持ちは収まらなかった。
「…もう少し、寝るといい。腹は?減ってるか?」
フルフルと首を横に振るマリアンヌにもう一度水を飲ませ、ノーマンはマリアンヌをベッドに横たえた。
「リア、ありがとう」
少しずつウトウトしだすマリアンヌの髪の毛を優しい手つきで鋤き続けたノーマンは、規則的な寝息が聞こえてきたのを確認して部屋を出た。出た先の壁に、ナディールが寄りかかり立っている。
「話はできたかい」
「…いつからいらっしゃったんですか」
「ノーマン君がマリアンヌちゃんに害を与えた場合は否応なしに踏み込むつもりで待機してたからハルト君が二人をこの部屋に飛ばしてすぐからだね。マリアンヌちゃんがノーマン君のクスリを抜く手伝いをしてくれるとは予想外だったけど。マリアンヌちゃんはノーマン君の自分への気持ちを信じてみることにしたのかな。良かったね、ノーマン君。二度目はないだろうけど」
感情ののらない赤い瞳がこちらを射抜くように見据えている。
「…俺はリアに対してもう二度と過ちは犯しません」
「絶対という言葉はないけどね」
「俺の中の勝手な誓いです。リアに絶対大丈夫だなんて口が裂けてもいいません。そんな安っぽい言葉でリアを安心させられる訳がない。やってしまったことは消えない。…長官、以前『吊り橋効果』というお話をしてくださいましたね。リアはいま、そんな状態なのかもしれない。だから俺を受け入れるしかないのかもしれない。この先、正気に戻ったら、俺を捨てて逃げるかもしれない。…そうならないことだけを、願うしかないですし、リアを、」
「とりあえず歩こうか。伯爵家についてどうするかキミの意見も聞きたいしキミのお父上もいらしてる」
ナディールに促されその後ろをついて歩く。
「ノーマン君」
「…はい」
「この家の長であるハルト君はね。大好きなルヴィちゃんをあらゆるものから守ろうとしてルヴィちゃんに捨てられかけたんだよ」
唐突な話に、ノーマンは「…は、」としか返せなかった。
「ハルト君はルヴィちゃんを守りたくてでも同じようにルヴィちゃんだってハルト君を守りたい、大事にしたいって思ってることに気付けない独り善がりの大バカ者だったの。あのまま捨てられちゃえばよかったんだけどルヴィちゃんはハルト君を想って…自分が側にいたらハルト君が危険にさらされることになる、それはイヤだ、って気持ちでいたから。結局ハルト君のこと好きな気持ちのまま身をひいたようなもんだったからあの変質者は諦めることなくしつこくルヴィちゃんを自分のモノにしちゃったんだよね」
「…は、あ、」
クルリ、と振り向いたナディールの瞳は、いつもの無機質なままだったがほんのりと、ごくわずかに微笑んでいるように見えた。
「なにが言いたいか。つまりはノーマン君、独り善がりでいては二人の間の愛情は育っていかないよ、ってことだよ。今回みたいに仕事が絡んで詳細は話せなくてもキミの正直な気持ちを素直にマリアンヌちゃんに見せるべきだっただろう。情交だってたくさんしたいなら毎日は無理でもマリアンヌちゃんに話をして休日前は一晩中付き合って欲しいとかいくらでも言えただろう。だいたいキミが寝室をわけるような真似をしたからあの害虫に隙を与えたんだ。隠したって変質者は変質者なんだから堂々と見せるしかないだろう。そういう自分を受け入れてもらってこその夫婦ではないのか。マリアンヌちゃんの写真を盗み撮りしたうえ自慰のオカズに浴室に貼るなんて本物が同じ家の中にいるのによくそんな変態めいたことができるよ」
淡々と早口で酷いことを羅列したナディールは、
「キミはハルト君と同じ変態で変質者だ」
と止めをさした。
「ち、がいます、」
「違くないよ。自覚しなよ、変質者なんだって。妻を隠し撮りするなんておかしなことなんだから。隠し撮りなんてせずに堂々とオカズにするから写真を撮らせて欲しいって頼むべきなんだよ。格好つけてるごまかした自分を好きになってもらってキミはそれで満足なのかい。これから子どもも生まれてくるんだよ。いつまでも偽りの仮面をつけて生活するのかい。他ならぬ愛する家族の前で」
ナディールはまた廊下を歩き出す。その後ろをトボトボついて歩きながら、ノーマンは酷く打ちのめされた。
「強くて隙がない完璧な男を演じたせいでこうなったんだろう。自分は愚かで弱い人間だと自覚するんだよ。マリアンヌちゃんの前ですべてをさらけ出す強さを持ちなさい」
ノーマンは何も答えることができずにいたが、ナディールの言葉はじっくりと噛みしめた。
「ノ、…マン、」
「…喉、嗄れてるから喋るな。今、水を持ってくるから待ってて…」
ノーマンはマリアンヌを腕から離し、そっと横たえると素早くベッドから降りてコップを片手に戻ってきた。ベッドサイドのテーブルに一度置いて、マリアンヌを抱き起こすと自分の膝の上に横抱きにする。
「寒くないか。タオルケットで、くるんでおこう」
そう言いながら器用にマリアンヌを巻くと、コップをゆっくりマリアンヌの口元に寄せた。
「リア、あの、…まだ、意識がある内に、うがいも、させたし、…ごめん、たぶん口の中、大丈夫だと思うんだけど…飲めるか?」
心配そうに揺れる瞳にコクリと頷きマリアンヌは口をつけた。あまり冷たくないその水をゆっくり飲み込む。思ったより痛みもなく、マリアンヌはホウッ…とため息を吐いた。その間も視線を外さないノーマンに、「大丈夫ですよ」と伝えると、へにゃりと眉を下げた。
「口の中、気持ち悪くないか」
「大丈夫です。全部キレイにしていただいて、ありがとうございました」
「…当たり前だ。こんなの…俺、そういうつもりじゃなかったけど、結果的につけこむような真似してごめん。リア、優しいから」
「ノーマン様、私がたとえ優しいのだとしても、優しさだけでマリエラ様を抱いたノーマン様を無条件に受け入れたりはしません。私、…他の方からすればバカみたいなんでしょう、きっと。浮気されたのをこの目で見たのに、それでも愛してるからいいなんて、どこまでおめでたいんだって。また裏切るに決まってる、って。たとえそうだとしても決めたのは私ですし、傷つくのも後悔するのも私ですから。シャロンに…この子には迷惑をかけるかもしれませんが、好き勝手言う周囲の方々にはなんの関係もないことです。ノーマン様、勝手を言って申し訳ありませんが、今回離縁しないのであれば契約書を作っていただけませんか。私はシャロンを幸せにします、そのために、必要なことをやります。口約束は当てになりませんし、…愛情も、当てになりません。私はノーマン様を愛していますが、それとこの子のことは別問題です。ノーマン様が心変わりしたときのために、…保険を、いただきたいのです」
淡々と告げるマリアンヌに、ノーマンはマリアンヌの拒絶を感じさせられ胸が苦しくなった。「愛している」と言ってくれたが、もう、掛け値なしに自分を受け入れてはいないのだということを感じて苦しかった。挿入はなしにしても自分との行為を受け入れてくれた時点で自分を赦してくれたのだと…なんて傲慢で浅はかな考えだったのか、目の前に突きつけられ愕然とする。自分が(本心だが)、「死ぬ」とか「王子を殺す」とかわがままな子どもじみたことを、自分勝手なことを言葉にし、「離縁したくない」とすがりついたから、そして、おかしくなっていたから、マリアンヌは人命救助のように付き合ってくれただけなのだろう。ここから、俺も変わらなければ。せっかくマリアンヌがチャンスをくれたのに、今のままではマリアンヌに切り捨てられる。一番イヤな形で。書類上でつながっているだけで、マリアンヌの心が貰えないのでは意味がない。
自分の心は絶対に変わることはないと、言葉にするのは簡単だ。でもマリアンヌには「当てにならない」と言われてしまったのだから、言葉だけではダメだ。態度で示していかないと。今後あるかどうかわからないが、マリアンヌに寄ってくる害虫の排除だけに神経を使っていたのも問題だ。ノーマン自身にすり寄ってくる…マリエラと義母という汚物のように、甘い汁をすすってやろうという俗物どもが現れた場合、今度こそ対応を間違えない。
(リアが日常的に目にする相手だからこそ放置していたが、今後そんな対象は出てこないのだから即消滅させればいい)
それが一番確実で、マリアンヌの安全にも繋がるとノーマンは考えた。
あんな害虫、と驕っていた自分が全面的に悪い。マリアンヌとのこれから先の人生のためにも、自分自身の仕事を含めた人生のためにも、あまりにも痛い仕置きだったが目が覚めて、気付けて良かったな、と思うしかない。このたった一度の過ちをどれだけかかれば償えるのかわからないが、いつかマリアンヌが心から自分を受け入れてくれるようになるまで、今回のマリアンヌの決断が間違いではなかったと思ってくれるまで、自分が精進しようと決意したノーマンは、硬い表情で自分を見上げるマリアンヌの髪に触れた。
「わかった。俺と二人で決めるんじゃなく、他の人にも入ってもらった上で公的に認められる契約書を結ぼう。卑怯で申し訳ないが、俺はリアが離縁しないでいてくれるなら何でも構わない。リアが気の済むように、なんでも言ってくれ。…本当に感謝してる。ありがとう、リア」
マリアンヌからすればノーマンを拒絶する気持ちはまったくなく、ただ単に「シャロンを手離さずに済むように」あらかじめ目に見える形に残したい、という決意の現れでしかなかったのだが、緊張からぎこちなく微笑むマリアンヌの髪を撫でながら、ノーマンの心はどす黒く染まっていく。こんな、望まない状況を作り上げた害虫どもへの怒りで。あんなわかりやすい手にひっかかった、バカな自分への絶望で。
(クスリの影響もあって今日は休まざるを得なかったが、明日から死んだ方がマシだって目に遭わせてやる)
昨日怒りのあまりある程度自白させてしまったが、裏付けを取るに合わせて尋問する時間も増えていく。あの二人、そして伯爵家を徹底的に容赦なくぶっ潰してやる。社会的には最早死んだも同然だがそれではノーマンの気持ちは収まらなかった。
「…もう少し、寝るといい。腹は?減ってるか?」
フルフルと首を横に振るマリアンヌにもう一度水を飲ませ、ノーマンはマリアンヌをベッドに横たえた。
「リア、ありがとう」
少しずつウトウトしだすマリアンヌの髪の毛を優しい手つきで鋤き続けたノーマンは、規則的な寝息が聞こえてきたのを確認して部屋を出た。出た先の壁に、ナディールが寄りかかり立っている。
「話はできたかい」
「…いつからいらっしゃったんですか」
「ノーマン君がマリアンヌちゃんに害を与えた場合は否応なしに踏み込むつもりで待機してたからハルト君が二人をこの部屋に飛ばしてすぐからだね。マリアンヌちゃんがノーマン君のクスリを抜く手伝いをしてくれるとは予想外だったけど。マリアンヌちゃんはノーマン君の自分への気持ちを信じてみることにしたのかな。良かったね、ノーマン君。二度目はないだろうけど」
感情ののらない赤い瞳がこちらを射抜くように見据えている。
「…俺はリアに対してもう二度と過ちは犯しません」
「絶対という言葉はないけどね」
「俺の中の勝手な誓いです。リアに絶対大丈夫だなんて口が裂けてもいいません。そんな安っぽい言葉でリアを安心させられる訳がない。やってしまったことは消えない。…長官、以前『吊り橋効果』というお話をしてくださいましたね。リアはいま、そんな状態なのかもしれない。だから俺を受け入れるしかないのかもしれない。この先、正気に戻ったら、俺を捨てて逃げるかもしれない。…そうならないことだけを、願うしかないですし、リアを、」
「とりあえず歩こうか。伯爵家についてどうするかキミの意見も聞きたいしキミのお父上もいらしてる」
ナディールに促されその後ろをついて歩く。
「ノーマン君」
「…はい」
「この家の長であるハルト君はね。大好きなルヴィちゃんをあらゆるものから守ろうとしてルヴィちゃんに捨てられかけたんだよ」
唐突な話に、ノーマンは「…は、」としか返せなかった。
「ハルト君はルヴィちゃんを守りたくてでも同じようにルヴィちゃんだってハルト君を守りたい、大事にしたいって思ってることに気付けない独り善がりの大バカ者だったの。あのまま捨てられちゃえばよかったんだけどルヴィちゃんはハルト君を想って…自分が側にいたらハルト君が危険にさらされることになる、それはイヤだ、って気持ちでいたから。結局ハルト君のこと好きな気持ちのまま身をひいたようなもんだったからあの変質者は諦めることなくしつこくルヴィちゃんを自分のモノにしちゃったんだよね」
「…は、あ、」
クルリ、と振り向いたナディールの瞳は、いつもの無機質なままだったがほんのりと、ごくわずかに微笑んでいるように見えた。
「なにが言いたいか。つまりはノーマン君、独り善がりでいては二人の間の愛情は育っていかないよ、ってことだよ。今回みたいに仕事が絡んで詳細は話せなくてもキミの正直な気持ちを素直にマリアンヌちゃんに見せるべきだっただろう。情交だってたくさんしたいなら毎日は無理でもマリアンヌちゃんに話をして休日前は一晩中付き合って欲しいとかいくらでも言えただろう。だいたいキミが寝室をわけるような真似をしたからあの害虫に隙を与えたんだ。隠したって変質者は変質者なんだから堂々と見せるしかないだろう。そういう自分を受け入れてもらってこその夫婦ではないのか。マリアンヌちゃんの写真を盗み撮りしたうえ自慰のオカズに浴室に貼るなんて本物が同じ家の中にいるのによくそんな変態めいたことができるよ」
淡々と早口で酷いことを羅列したナディールは、
「キミはハルト君と同じ変態で変質者だ」
と止めをさした。
「ち、がいます、」
「違くないよ。自覚しなよ、変質者なんだって。妻を隠し撮りするなんておかしなことなんだから。隠し撮りなんてせずに堂々とオカズにするから写真を撮らせて欲しいって頼むべきなんだよ。格好つけてるごまかした自分を好きになってもらってキミはそれで満足なのかい。これから子どもも生まれてくるんだよ。いつまでも偽りの仮面をつけて生活するのかい。他ならぬ愛する家族の前で」
ナディールはまた廊下を歩き出す。その後ろをトボトボついて歩きながら、ノーマンは酷く打ちのめされた。
「強くて隙がない完璧な男を演じたせいでこうなったんだろう。自分は愚かで弱い人間だと自覚するんだよ。マリアンヌちゃんの前ですべてをさらけ出す強さを持ちなさい」
ノーマンは何も答えることができずにいたが、ナディールの言葉はじっくりと噛みしめた。
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