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マリアンヌ編
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フッ、と意識が浮上するのを感じてマリアンヌが目を開けると、見慣れない天井が目に入った。
「マリアンヌさん、目が覚めましたか」
声のする方に目を向けると、側にルヴィアが座っている。
「…っ、申し訳、ありません、」
「気にしないで。大変だったわね、あんな衝撃的な話まで聞かされて…気を失いたくなるのは当然のことよ。とにかく今夜は我が家に泊まって?ここ、客間だから。ゆっくり休んでちょうだい」
優しく微笑むルヴィアに、胸が熱くなる。
「ありがとうございます…申し訳ありません、本当に、ご迷惑をおかけして…」
「だから、気にしないで、マリアンヌさん。とにかく今夜はゆっくり休んでちょうだい、…ね?」
「はい…。あの、ヴェルデ隊長は、」
「もう帰ったわ。隊長室が使えない状態らしいから、修繕が済むまで一週間ほど休ませるってハルト様が言ってたから。第3部隊も、そんなに今は忙しい時期じゃないし、隊長がいなくてもハルト様がいれば回るだろう、って」
ルヴィアの言葉に「…え」と絶句するマリアンヌを見て、ルヴィアは「ふふ」と笑った。
「ヴェルデ隊長の恋人がねぇ、気が気じゃないみたいで。マリアンヌさんのご主人に何かされたら困るから、しばらく休ませてもらうから、ってハルト様に啖呵切ってたわ。愛されてるわねぇ」
「ヴェルデ隊長の、恋人…」
あら、と口を押さえたルヴィアは、「内緒よ?」とウインクすると、
「同じ第3部隊の、ゲーテ・カイオーさんって仰ったと思うけど…貴女が意識を失った後乗り込んできたの。自分より大きいヴェルデさんを持ち上げて、ハルト様が頷くのを確認したらすぐに消えちゃった」
すごいわねぇ、と笑うルヴィアに、マリアンヌは呆然とするばかりだった。カイオーと言えば、マリアンヌの2年先輩で今年23歳、ヴェルデは30歳になるはずだ。いつの間にそんなふうになっていたのだろう。同じ部隊なのに、まったく気付かなかった。
「毎晩、ヴェルデさんをカイオーさんが迎えに行くらしいんだけど、行ったらいないどころか執務室が大変な状況になってて、ちょうど貴女のご主人がナディール様に拘束されたところに出くわしたらしくてね。ものすごく怒ってたわ」
クスクス笑ったルヴィアは、
「とりあえずヴェルデさんも無事だから、安心して休みなさい。明日からのことはまた明日考えればいいんだから」
とマリアンヌのことをまた横にして布団を掛け直した。
「…ありがとうございます」
「いいのよ。おやすみなさい」
「…おやすみなさい」
パタン、と扉が閉じる音がするのと同時に部屋が真っ暗になる。仰向けのまま目を凝らしていると、だんだん暗闇の中にも何かの影が結ぶようになってきた。
あの時。今度はシャロンを守りたい一心で扉に手を掛けたものの、本当はものすごく怖かった。自分を駒と見ているジェンキンス侯爵家に、…ノーマンに押さえ込まれたら、魔力の差から見ても到底勝つことはできない。それでも、入って行けたのはシャロンが勇気をくれたからだと思う。
(貴女は、生まれる前から私を守ってくれたのね)
前回、母親として何もしなかった。死んでしまったシャロンを、抱き締めることすら叶わなかった。あんな、惨めな最期を、…今度は絶対に迎えさせない。いつでも笑って、幸せを感じて生きられる、そんな人生を貴女に贈りたい。
先ほどまでの話を思い返してみる。
ナディールが言ったように、職務の一貫で、しかも自分が望まない状態でノーマンがマリエラを抱いたのだということはよくわかった。マリアンヌだと思って、抱いてしまったことも。ノーマンはいつでもマリエラに対しきちんと一線を引いていたし、マリエラの訳のわからない思い込みで引っ掻き回された、しかもマリエラの腹の中には他の男の子どもがすでに宿っていたというのだから、ノーマンはある意味被害者なのだろう。
ただ、やはりシャロンのことを考えるとこのまま離縁したほうが安全なのではないだろうか。第1王子の誕生日パーティーに呼ばれたのは、公爵、侯爵家の令嬢だった。離縁すれば、シャロンは侯爵家の令嬢ではなくなる。少しでも、危険は減らしておきたい。学園に入る年になればイヤでも会わないわけにいかないだろうが、王子の婚約者が決まるのは12歳、シャロンたちが初等部に入学するのは13歳になる年だ。入学する前に婚約者が決まっていれば、シャロンと第1王子が出会っても何も問題は起きないはず。
そんなことを思いながら、マリアンヌはいつの間にか眠りに落ちた。
コンコン、という控え目なノックの音に、ハッと目が覚めたマリアンヌは、慌てて「はい」と返事をした。
「マリアンヌさん、入りますね」
そう言って部屋に入ってきたのは、ルヴィアにそっくりの栗色の髪の毛に緑色の瞳を持つ二人の女性だった。
「おはようございます。私たちは、ジークハルト・エイベルの次女、三女…双子なんですが、キャロルとクリスタと言います。学園を卒業したばかりです。マリアンヌさんを起こしてくるよう母から言われまして…起きられますか?」
「は、はい、すみません」
他人の、しかも団長の家でぐっすり眠りこけてしまうなんてと恥ずかしくなる。
「昨夜は大変だったみたいですね…思っているより疲れてるんですよ、きっと」
そう言ってニコリとする二人は見分けがつかないほどにそっくりだ。
「私たち、先に行きますから、ゆっくり準備していらしてください。洗面所も浴室もついてますから。あ、父が、今日は休みを取るように、と言ってました。ご主人を後から連れてくるそうです」
「…ノーマン様を、ですか?」
マリアンヌの掠れた声には気付かないように、「ええ」と頷くと、二人はペコリとお辞儀をして出ていった。時計を見ると8時を回っている。なんたる失態かと顔を青ざめさせたマリアンヌは、急いで顔を洗い昨日お邪魔した応接室に向かった。
「おはようございます、遅くなり申し訳ありません…っ」
頭を下げるマリアンヌに、「あらあら、何も慌てることないのに」と柔らかい声がかかる。頭を上げると、優しく微笑むルヴィアの瞳と目が合った。
「おはよう、マリアンヌさん。朝食を準備したから食べましょう」
「あ、の、団長は、」
「今朝は早くに出掛けたの。第3部隊の隊長室を見たいから、って。マリアンヌさんのご主人にも会いに行くって言ってたわ。ナディール様の許可が出次第、家に連れてくるって」
ルヴィアの言葉に「…はい」と力なく頷いたマリアンヌの手を取り、双子が席に座らせる。
「マリアンヌさん、ご飯!ご飯ですから!明るい気持ちで食べましょう!」
「そうですよ~!うちの父は変質者ですけど強いですから、マリアンヌさんのことは絶対守ってくれますから!安心して大丈夫ですよ!ナディール様もついてますから!」
娘に「変質者」と言われるジークハルトを気の毒に思いつつも、なんとなく気持ちが軽くなったマリアンヌは「ありがとうございます」と微笑んだ。
準備してもらった朝食は、トーストにベーコンエッグ、サラダに野菜スープだった。ホカホカと湯気の上がるスープから口にする。
「…美味しいです」
「これは、ナディール様が作ったんですよ」
「え!?」
ビックリしすぎて思わずスプーンを落としたマリアンヌを見て微笑んだルヴィアは、
「ふふ、驚くでしょう?ナディール様は、私の長女のアルマディンと結婚しているんですが、アルマディンが生まれた時からずっと手をかけてくださって…アルマディンは、ナディール様の運命の香りがするんですって。男女の関係にならなくても構わないって思ってたみたいなんだけど、アルマの方が我慢できなくてねぇ。無理矢理妻にしてもらったのよ。娘も生まれて、私、もうお祖母ちゃんなの」
こんなにキラキラしているルヴィアが祖母とは…世の中には自分が知らないことがたくさん溢れているのだな、とマリアンヌはなんとなく達観した気持ちになった。
「マリアンヌさんはご存知かと思うけど、第2部隊の副隊長は我が家の長男で、アルマディンと双子なのよ」
「ジェライト・エイベル様ですね…部隊見学の時にお世話になりました」
ジェライト・エイベルといえば魔術師団で知らない人間はいないだろう。団長の息子である、ということもそうだが、彼はカーディナル魔法国の同性婚第1号なのだ。大変仲睦まじい夫夫だと聞いているが、お相手のエイベル秘書官にはあまりお目にかかったことがない。
「あー、お兄様が出勤も退勤も団長室まで迎えに行ってそのまま飛んで帰ってきちゃうからね」
しみじみと言われて「…はあ、」としかマリアンヌは返せなかった。
「アキラさんが可愛すぎて他の男の目に触れさせたくないんだって。ジェライト・エイベルの運命だってわかってるのに手を出す人間なんていませんよね、お母様」
呆れたような娘の声に「そうね」とクスクス笑うルヴィア。
「…あの、先ほどから出てる、運命の香りとは、」
「エイベル家の血筋に現れる、自分の相手から香りがする、というものがあるんです。私の夫は、私から甘い香りがすると。ジェライトは、アキラさんからレモンの香りがするそうです。今の女王陛下も、私の弟からラベンダーの香りがすると言って弟を婿に迎えたんですよ」
「…そんな、香りが…」
なんだかすごいことだな、とマリアンヌが内心で戦いていると、「マリアンヌさん」とルヴィアに呼ばれた。
「はい」
「…貴女が昨日言ってたことなんだけど、そういう可能性もあるのよ、もしかしたら」
ルヴィアの言っている意味がわからずに「…は、あ、」と首を傾げると、
「貴女の娘さんを婚約者にした第1王子は、エイベル家の血をひいている。貴女の娘さんから運命の香りがして、貴女の娘さんを婚約者にしたのではないか、と…そういう可能性もあるのよ、ということなの」
「…え」
ルヴィアの言葉に、ザァッと血の気が引くのを感じたマリアンヌは、震え出す手を止めることができなかった。
「で、も、娘は、大事に、してもらえませんでした、…愛妾になった男爵家の令嬢が第1王子の運命で、でも、婚約してしまっていて解消できなかったから、娘にツラく当たったのでは、」
「…そうね。そのあたりは、なんとも言えない。情報量が少なすぎるし、少なくとも貴女の娘さんが酷い目に遭わされたあげく死に追いやられたことに間違いはないのでしょう。ただね、ひとつ気になるのが、じゃあなぜ第1王子は、冷遇して死んでも構わないような目に遭わせていた貴女の娘さんが亡くなった時に、貴女の娘さんの亡骸を抱いて泣き叫んでいたのか…その愛妾とされる女性がなぜ殺されていたのか…」
「こ、ろされ、て…?」
マリアンヌの声にコクリと頷いたルヴィアは、
「顔を滅多刺しにされていたのでしょう?まさか自殺するにしてもそんな死に方を選ぶ人はいないと思うわ」
と静かに告げた。
…そうだ。確かに、なぜあの場で愛妾とされる女性が死んでいたのか。なぜ王子は、シャロンを抱いて泣いていたのか…。
でも、本当にシャロンが、エイベル家の運命の香りだったとしたら、王子に冷遇された意味がわからない。ジークハルトを見てもジェライトを見ても、これ以上ないくらいに自分の相手を大事に大事にしているのに。
「マリアンヌさん、目が覚めましたか」
声のする方に目を向けると、側にルヴィアが座っている。
「…っ、申し訳、ありません、」
「気にしないで。大変だったわね、あんな衝撃的な話まで聞かされて…気を失いたくなるのは当然のことよ。とにかく今夜は我が家に泊まって?ここ、客間だから。ゆっくり休んでちょうだい」
優しく微笑むルヴィアに、胸が熱くなる。
「ありがとうございます…申し訳ありません、本当に、ご迷惑をおかけして…」
「だから、気にしないで、マリアンヌさん。とにかく今夜はゆっくり休んでちょうだい、…ね?」
「はい…。あの、ヴェルデ隊長は、」
「もう帰ったわ。隊長室が使えない状態らしいから、修繕が済むまで一週間ほど休ませるってハルト様が言ってたから。第3部隊も、そんなに今は忙しい時期じゃないし、隊長がいなくてもハルト様がいれば回るだろう、って」
ルヴィアの言葉に「…え」と絶句するマリアンヌを見て、ルヴィアは「ふふ」と笑った。
「ヴェルデ隊長の恋人がねぇ、気が気じゃないみたいで。マリアンヌさんのご主人に何かされたら困るから、しばらく休ませてもらうから、ってハルト様に啖呵切ってたわ。愛されてるわねぇ」
「ヴェルデ隊長の、恋人…」
あら、と口を押さえたルヴィアは、「内緒よ?」とウインクすると、
「同じ第3部隊の、ゲーテ・カイオーさんって仰ったと思うけど…貴女が意識を失った後乗り込んできたの。自分より大きいヴェルデさんを持ち上げて、ハルト様が頷くのを確認したらすぐに消えちゃった」
すごいわねぇ、と笑うルヴィアに、マリアンヌは呆然とするばかりだった。カイオーと言えば、マリアンヌの2年先輩で今年23歳、ヴェルデは30歳になるはずだ。いつの間にそんなふうになっていたのだろう。同じ部隊なのに、まったく気付かなかった。
「毎晩、ヴェルデさんをカイオーさんが迎えに行くらしいんだけど、行ったらいないどころか執務室が大変な状況になってて、ちょうど貴女のご主人がナディール様に拘束されたところに出くわしたらしくてね。ものすごく怒ってたわ」
クスクス笑ったルヴィアは、
「とりあえずヴェルデさんも無事だから、安心して休みなさい。明日からのことはまた明日考えればいいんだから」
とマリアンヌのことをまた横にして布団を掛け直した。
「…ありがとうございます」
「いいのよ。おやすみなさい」
「…おやすみなさい」
パタン、と扉が閉じる音がするのと同時に部屋が真っ暗になる。仰向けのまま目を凝らしていると、だんだん暗闇の中にも何かの影が結ぶようになってきた。
あの時。今度はシャロンを守りたい一心で扉に手を掛けたものの、本当はものすごく怖かった。自分を駒と見ているジェンキンス侯爵家に、…ノーマンに押さえ込まれたら、魔力の差から見ても到底勝つことはできない。それでも、入って行けたのはシャロンが勇気をくれたからだと思う。
(貴女は、生まれる前から私を守ってくれたのね)
前回、母親として何もしなかった。死んでしまったシャロンを、抱き締めることすら叶わなかった。あんな、惨めな最期を、…今度は絶対に迎えさせない。いつでも笑って、幸せを感じて生きられる、そんな人生を貴女に贈りたい。
先ほどまでの話を思い返してみる。
ナディールが言ったように、職務の一貫で、しかも自分が望まない状態でノーマンがマリエラを抱いたのだということはよくわかった。マリアンヌだと思って、抱いてしまったことも。ノーマンはいつでもマリエラに対しきちんと一線を引いていたし、マリエラの訳のわからない思い込みで引っ掻き回された、しかもマリエラの腹の中には他の男の子どもがすでに宿っていたというのだから、ノーマンはある意味被害者なのだろう。
ただ、やはりシャロンのことを考えるとこのまま離縁したほうが安全なのではないだろうか。第1王子の誕生日パーティーに呼ばれたのは、公爵、侯爵家の令嬢だった。離縁すれば、シャロンは侯爵家の令嬢ではなくなる。少しでも、危険は減らしておきたい。学園に入る年になればイヤでも会わないわけにいかないだろうが、王子の婚約者が決まるのは12歳、シャロンたちが初等部に入学するのは13歳になる年だ。入学する前に婚約者が決まっていれば、シャロンと第1王子が出会っても何も問題は起きないはず。
そんなことを思いながら、マリアンヌはいつの間にか眠りに落ちた。
コンコン、という控え目なノックの音に、ハッと目が覚めたマリアンヌは、慌てて「はい」と返事をした。
「マリアンヌさん、入りますね」
そう言って部屋に入ってきたのは、ルヴィアにそっくりの栗色の髪の毛に緑色の瞳を持つ二人の女性だった。
「おはようございます。私たちは、ジークハルト・エイベルの次女、三女…双子なんですが、キャロルとクリスタと言います。学園を卒業したばかりです。マリアンヌさんを起こしてくるよう母から言われまして…起きられますか?」
「は、はい、すみません」
他人の、しかも団長の家でぐっすり眠りこけてしまうなんてと恥ずかしくなる。
「昨夜は大変だったみたいですね…思っているより疲れてるんですよ、きっと」
そう言ってニコリとする二人は見分けがつかないほどにそっくりだ。
「私たち、先に行きますから、ゆっくり準備していらしてください。洗面所も浴室もついてますから。あ、父が、今日は休みを取るように、と言ってました。ご主人を後から連れてくるそうです」
「…ノーマン様を、ですか?」
マリアンヌの掠れた声には気付かないように、「ええ」と頷くと、二人はペコリとお辞儀をして出ていった。時計を見ると8時を回っている。なんたる失態かと顔を青ざめさせたマリアンヌは、急いで顔を洗い昨日お邪魔した応接室に向かった。
「おはようございます、遅くなり申し訳ありません…っ」
頭を下げるマリアンヌに、「あらあら、何も慌てることないのに」と柔らかい声がかかる。頭を上げると、優しく微笑むルヴィアの瞳と目が合った。
「おはよう、マリアンヌさん。朝食を準備したから食べましょう」
「あ、の、団長は、」
「今朝は早くに出掛けたの。第3部隊の隊長室を見たいから、って。マリアンヌさんのご主人にも会いに行くって言ってたわ。ナディール様の許可が出次第、家に連れてくるって」
ルヴィアの言葉に「…はい」と力なく頷いたマリアンヌの手を取り、双子が席に座らせる。
「マリアンヌさん、ご飯!ご飯ですから!明るい気持ちで食べましょう!」
「そうですよ~!うちの父は変質者ですけど強いですから、マリアンヌさんのことは絶対守ってくれますから!安心して大丈夫ですよ!ナディール様もついてますから!」
娘に「変質者」と言われるジークハルトを気の毒に思いつつも、なんとなく気持ちが軽くなったマリアンヌは「ありがとうございます」と微笑んだ。
準備してもらった朝食は、トーストにベーコンエッグ、サラダに野菜スープだった。ホカホカと湯気の上がるスープから口にする。
「…美味しいです」
「これは、ナディール様が作ったんですよ」
「え!?」
ビックリしすぎて思わずスプーンを落としたマリアンヌを見て微笑んだルヴィアは、
「ふふ、驚くでしょう?ナディール様は、私の長女のアルマディンと結婚しているんですが、アルマディンが生まれた時からずっと手をかけてくださって…アルマディンは、ナディール様の運命の香りがするんですって。男女の関係にならなくても構わないって思ってたみたいなんだけど、アルマの方が我慢できなくてねぇ。無理矢理妻にしてもらったのよ。娘も生まれて、私、もうお祖母ちゃんなの」
こんなにキラキラしているルヴィアが祖母とは…世の中には自分が知らないことがたくさん溢れているのだな、とマリアンヌはなんとなく達観した気持ちになった。
「マリアンヌさんはご存知かと思うけど、第2部隊の副隊長は我が家の長男で、アルマディンと双子なのよ」
「ジェライト・エイベル様ですね…部隊見学の時にお世話になりました」
ジェライト・エイベルといえば魔術師団で知らない人間はいないだろう。団長の息子である、ということもそうだが、彼はカーディナル魔法国の同性婚第1号なのだ。大変仲睦まじい夫夫だと聞いているが、お相手のエイベル秘書官にはあまりお目にかかったことがない。
「あー、お兄様が出勤も退勤も団長室まで迎えに行ってそのまま飛んで帰ってきちゃうからね」
しみじみと言われて「…はあ、」としかマリアンヌは返せなかった。
「アキラさんが可愛すぎて他の男の目に触れさせたくないんだって。ジェライト・エイベルの運命だってわかってるのに手を出す人間なんていませんよね、お母様」
呆れたような娘の声に「そうね」とクスクス笑うルヴィア。
「…あの、先ほどから出てる、運命の香りとは、」
「エイベル家の血筋に現れる、自分の相手から香りがする、というものがあるんです。私の夫は、私から甘い香りがすると。ジェライトは、アキラさんからレモンの香りがするそうです。今の女王陛下も、私の弟からラベンダーの香りがすると言って弟を婿に迎えたんですよ」
「…そんな、香りが…」
なんだかすごいことだな、とマリアンヌが内心で戦いていると、「マリアンヌさん」とルヴィアに呼ばれた。
「はい」
「…貴女が昨日言ってたことなんだけど、そういう可能性もあるのよ、もしかしたら」
ルヴィアの言っている意味がわからずに「…は、あ、」と首を傾げると、
「貴女の娘さんを婚約者にした第1王子は、エイベル家の血をひいている。貴女の娘さんから運命の香りがして、貴女の娘さんを婚約者にしたのではないか、と…そういう可能性もあるのよ、ということなの」
「…え」
ルヴィアの言葉に、ザァッと血の気が引くのを感じたマリアンヌは、震え出す手を止めることができなかった。
「で、も、娘は、大事に、してもらえませんでした、…愛妾になった男爵家の令嬢が第1王子の運命で、でも、婚約してしまっていて解消できなかったから、娘にツラく当たったのでは、」
「…そうね。そのあたりは、なんとも言えない。情報量が少なすぎるし、少なくとも貴女の娘さんが酷い目に遭わされたあげく死に追いやられたことに間違いはないのでしょう。ただね、ひとつ気になるのが、じゃあなぜ第1王子は、冷遇して死んでも構わないような目に遭わせていた貴女の娘さんが亡くなった時に、貴女の娘さんの亡骸を抱いて泣き叫んでいたのか…その愛妾とされる女性がなぜ殺されていたのか…」
「こ、ろされ、て…?」
マリアンヌの声にコクリと頷いたルヴィアは、
「顔を滅多刺しにされていたのでしょう?まさか自殺するにしてもそんな死に方を選ぶ人はいないと思うわ」
と静かに告げた。
…そうだ。確かに、なぜあの場で愛妾とされる女性が死んでいたのか。なぜ王子は、シャロンを抱いて泣いていたのか…。
でも、本当にシャロンが、エイベル家の運命の香りだったとしたら、王子に冷遇された意味がわからない。ジークハルトを見てもジェライトを見ても、これ以上ないくらいに自分の相手を大事に大事にしているのに。
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