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マリアンヌ編
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「さっきの義母の話通りに、マリアンヌちゃんが生んだ子どもが養子に出されちゃったのか…でも今回、キミは動いたんだね。その場で回れ右しなかった」
隣に座るナディールが、肩をグッと抱き込むようにして「偉かったね」と言った。その一言で、マリアンヌの瞳から堰を切ったように涙が溢れ出す。
「…偉く、ないです。その場で、離縁する、って啖呵をきっただけで、結局逃げてきましたし…私のことを、ノーマン様が追いかけてくるのも、ジェンキンス侯爵家の醜聞をバラされたら困る、代わりを見つけるのが手間だから、私を逃がさないようにしてるんだ、って思って…とりあえず逃げなくちゃいけない、それだけしか考えられなくて、…隊長に、ご迷惑をかけて、申し訳ありませんでした…」
頭を下げられたヴェルデは、「なに言ってんのよ、あんたはもう!!」と頭をガシガシ掻くと、
「迷惑かけてんのはあんたじゃなくてあんたの旦那の束縛鬼畜野郎でしょ!あんたはアタシの可愛い部下なんだから守るのが当然でしょうが!だいたい妊娠してるなんて知らなくて、無理矢理移動させちゃって…大丈夫かしら」
心配そうに眉を下げるヴェルデに、マリアンヌは「大丈夫です」と涙目で微笑んだ。そんなふうに言ってくれる上司の存在がとても嬉しかった。
「キミも、俺たちのように巻き戻ってきたんだな、マリアンヌさん」
ジークハルトの声に顔をあげると、「俺たち夫婦も、巻き戻った人生を生きているんだよ」と言って、隣に座るルヴィアの肩をそっと抱き寄せた。
「強い後悔の念があったからなんだと思うんだけど、…キミは、なんで亡くなったのかな」
「…第1王子の、魔力の暴発に巻き込まれたのだと思います。ものすごい熱さと爆音に包まれて…第1王子のカラダから、炎が上がりましたから」
ふむ、と頷いたジークハルトは、
「娘さんが、その第1王子の婚約者になった理由はわかるかい?」
とマリアンヌを促す。
「…娘と、第1王子は同い年で、第1王子の12歳の誕生日パーティーに、同じ年頃の公爵、侯爵家の令嬢が招待されたのです。我が国では前例のないことだと聞きました。確実に、婚約者を選ぶためのパーティーなのだろうと。その日、まったく交流がなかった私の娘が選ばれたのですが、選ばれた理由はわかりません」
「その第1王子とは険悪な感じだったの?」
ナディールの言葉にマリアンヌは首を横に振った。
「頻繁な交流はありませんでしたが、月に一度は必ずお茶会と称して侯爵家にいらしてました。娘を大事にしてくれていると思って、安心していたんです。私みたいな結婚生活を送ってほしくなかったから。でも、私がなんにも知らなかっただけで、娘は、学園に入ってから、王子に冷遇されていたそうです」
「…冷遇?」
はい、と頷いたマリアンヌは、
「結婚して半年後、突然城に呼び出されて、…行ったら、娘が死んでいました。ボロボロになって。その娘を抱いて、第1王子が泣き叫んでいて、傍らに水色の髪の毛の女性が顔を滅多刺しにされて倒れていて、」
「…水色の髪の毛?」
ピクリ、と腕を動かしたナディールを見上げると、険しい顔でジークハルトを見ていた。ジークハルトも同じような顔でナディールを見ている。
「…それで?」
「夫が、『なぜ愛妾が死んでいる』って言ったんです。愛妾って、なんのことかわからなくて…第1王子は学園に入ってから、男爵家の令嬢を寵愛するようになって、娘を冷遇したらしいのです。娘も、第1王子も、婚約を解消したかったのに、身分などの理由でそのまま結婚させられて、でも、第1王子が不満で、その男爵家の令嬢を愛妾として公的に認めていたそうです。…私はわかりませんでしたが、たぶん、内々のことに留めていたのではないかと思います」
「…そうだね。王族が愛人を持つなんてあってはならないことだ。…何を考えてるんだ、アズライト陛下は!」
「ハルト君、未来の話だから。いま激昂しても仕方ないよね。マリアンヌちゃん、続き。話せる?」
ナディールに覗き込まれ、コクリと頷いたマリアンヌは、
「その時、女王陛下と魔術師団団長が入ってきたんです」
「…俺?」
首を傾げるジークハルトに、「いえ、違います」と答える。
「…そうだ。なんで…。ジークハルト様ではなく、確か、モロゾフ公爵と仰ったかと…」
「モロゾフ?」
訝しげな声を上げたジークハルトは、隣のルヴィアに視線を向けると、
「父上の長女が嫁いだのがモロゾフ公爵家の息子じゃなかったか?」
「…たしか、そうだったかと。ミアさんも、妊娠されたそうですが」
ルヴィアの言葉に頷いたジークハルトは、
「…父上が、『魔力がしょぼくて使えねぇ婿様』って言ってたし、いま魔術師団となんも関わりがないよな、そいつ。…なんでそんなやつが団長になるんだ?」
「そのあたりはわからないけど、とりあえずマリアンヌちゃんの未来ではその男が団長なんだよね。それで?」
再びナディールに促され、マリアンヌは話を続けた。
「おふたりが入ってきたときに、もう一人、男性が倒れているのに気がついて、団長はその男性に近づこうとしたのですが、第1王子が風魔法で団長を持ち上げて女王陛下に向かって投げつけました。その後何か叫んでいたのですが、…内容はわかりません、すみません。その後、第1王子のカラダから炎が上がって…そこまで、です、記憶にあるのは」
マリアンヌが口を閉じると、ヴェルデが「えー…」と呆然としたような声をあげた。
「ジークハルト様が団長じゃなくなる…?だってどう考えてもまだ現役だし、もし外れたとしても次の団長はジェライトかアレクサンドライトじゃないの?そんなポッと出の名ばかりの団長なんて心底イヤだわ~…辞めようかしら…」
「そうだよね、よほどのことがない限り…こんな、みんなに変質者だってわかられていたって団長を務めていられるんだからさ」
「ナディール叔父上!俺は変質者ではありませんから!」
ナディールの言葉に抗議の声を上げたジークハルトは、そのままマリアンヌに視線を移すと、
「…それで、マリアンヌさんは、その未来を変えるために、ノーマン君とは離縁したいと、そういうことだよね?」
「…そ、うで、す」
ジークハルトはうーん、と唸ると、
「…マリアンヌさんは知らない、ノーマン君の秘密を教えようか」
と目をキラリとさせた。
「…っ、団長、」
焦ったように言うヴェルデにどうしたのかと目を向けると、
「…あんた、ショック死するかもよ」
とボソリと呟くように言う。
「ショック死、…ですか?」
「うん。あのねぇ、まず、離縁する、ってなったらノーマン君はさっきナディール叔父上が言ったように死ぬだろうし、たぶんもれなくキミを道連れにすると思う。自分が死んだ後、他の男がキミに触れるなんて耐えられないからね。それから、なんでキミの居場所が正確にわかるかって言えば、もちろん魔力で探るのもあるけど、その結婚指輪にGPS…?って言ってたかな、アキラさん。キミの居場所が特定できる機械が仕込まれているからなんだよ」
「…え?」
「あと、寝室をわけてるのは、キミを欲望のまま襲わないようにキミの寝室を訪ねる前に三回ほど抜いてから行くからだよ」
「…え?」
「俺はそういう趣味はないから見たくもないんだけど、ノーマン君の寝室についてる浴室には隠し撮りしたキミの写真がところ狭しと貼り付けられてるらしいよ。…そうですよね、ナディール叔父上」
衝撃的すぎて開いた口が塞がらないマリアンヌをチラリと見たナディールは、「そうだね」と平然と頷いた。
「マリアンヌのこの表情が最高だと思いませんか、このまつげを伏せた憂いある表情…!屈託なく笑うこの笑顔を守るためなら俺は死んでもいい、いや、やっぱり死ぬのはダメだ、マリアンヌが他の男に汚されるなんて耐えられない、ずっと一緒に生きていきます!あー、可愛い、可愛いなぁ、マリアンヌ、可愛い…って、見たくもないのに毎回のように見せられるからね」
…誰の話をしているんだろう。…誰の話?
茫然自失状態のマリアンヌにさらにヴェルデが追い討ちをかける。
「だいたいさぁ、あんたが雷と氷と特性持ってんのに、なんでアタシのとこにきたかわかる?第2部隊の隊長はノーマルなうえに彼女なし、独身だからよ!あの束縛鬼畜野郎は、アタシが女相手には勃たないってわかってるからアタシのとこにあんたをぶちこんだのよ!いや、アタシはいいのよ?あんた優秀だしさ…でも、もうそんなところからあんたコントロールされちゃってんのよ!あんたのこと、死んでも逃がすはずないじゃない!それなのに他の女を抱いちゃって、しかもあんたに見られた上に離縁だなんて言われて、…よくその場で惨殺しなかったわね、ジェンキンス…殺してないんですよね、ナディール長官?」
恐々とした様子で尋ねるヴェルデに「うん」と頷いたナディールは、
「そこは理性が働いたみたい…理性、っていうより、打算?ここで従妹と母親ぶっ殺しても、マリアンヌちゃんに言い訳できなくなる、死人に口なし状態にするよりは、きちんと自白させて、たしかに突っ込んじゃったし中に出しちゃったけど、言い訳にはならないかもしれないけど、違法な薬物盛られて、何より、マリアンヌちゃんだと思って抱いてしまったんだ、ってことを証明したかったんだろうと思うよ。どこまでもマリアンヌちゃんのことしかないから、ノーマン君の頭には」
マリアンヌは、もはや何も言えなかった。交際して一年半、結婚して半年、そんな素振りをまったく感じなかったのに。たしかに大事にされているとは思っていたけど、…隠し撮りの写真?居場所がわかる指輪…?
「で、さっきの話に戻るんだけど。マリアンヌちゃんが心配するような養子に出される事案はまず起きない。マリエラが生む子どもはノーマン君の子どもではないし、何よりマリエラと義母の実家が取り潰しになるからね。ノーマン君の父親は、ジェンキンス侯爵家を守るために妻を離縁するだろうからキミから子どもを取り上げる悪意ある人間はいなくなる。…たぶん、キミが経験した未来では、ノーマン君はキミを抱いたとしか思ってなかったんじゃないのかな。たぶん、だよ。それが、堕胎できないくらいになってからマリエラにおまえの子どもだ、って言われて、マリアンヌちゃんが知ってることをノーマン君は知らないわけだから、バラされたくなければ言う通りにしろ、的な…。でも、今の通りなら実家を探ってるわけだから、証拠が出た時点で自白させてマリエラと義母を消したんじゃないかね。たぶんノーマン君はそのくらい平気でやるよ。騙されてだいっきらいな従妹を抱かされてたなんて、死にたかっただろうね。何も知らないと思ってたからマリアンヌちゃんを殺せなくてなんとか生きてたんだろうけど、マリアンヌちゃんが従妹との情交を知ってた、ってわかってたらたぶんマリアンヌちゃんを道連れに死んでたと思うな」
さも当然のように言われて、マリアンヌは意識を失った。そんな人、私は、知らない…。
隣に座るナディールが、肩をグッと抱き込むようにして「偉かったね」と言った。その一言で、マリアンヌの瞳から堰を切ったように涙が溢れ出す。
「…偉く、ないです。その場で、離縁する、って啖呵をきっただけで、結局逃げてきましたし…私のことを、ノーマン様が追いかけてくるのも、ジェンキンス侯爵家の醜聞をバラされたら困る、代わりを見つけるのが手間だから、私を逃がさないようにしてるんだ、って思って…とりあえず逃げなくちゃいけない、それだけしか考えられなくて、…隊長に、ご迷惑をかけて、申し訳ありませんでした…」
頭を下げられたヴェルデは、「なに言ってんのよ、あんたはもう!!」と頭をガシガシ掻くと、
「迷惑かけてんのはあんたじゃなくてあんたの旦那の束縛鬼畜野郎でしょ!あんたはアタシの可愛い部下なんだから守るのが当然でしょうが!だいたい妊娠してるなんて知らなくて、無理矢理移動させちゃって…大丈夫かしら」
心配そうに眉を下げるヴェルデに、マリアンヌは「大丈夫です」と涙目で微笑んだ。そんなふうに言ってくれる上司の存在がとても嬉しかった。
「キミも、俺たちのように巻き戻ってきたんだな、マリアンヌさん」
ジークハルトの声に顔をあげると、「俺たち夫婦も、巻き戻った人生を生きているんだよ」と言って、隣に座るルヴィアの肩をそっと抱き寄せた。
「強い後悔の念があったからなんだと思うんだけど、…キミは、なんで亡くなったのかな」
「…第1王子の、魔力の暴発に巻き込まれたのだと思います。ものすごい熱さと爆音に包まれて…第1王子のカラダから、炎が上がりましたから」
ふむ、と頷いたジークハルトは、
「娘さんが、その第1王子の婚約者になった理由はわかるかい?」
とマリアンヌを促す。
「…娘と、第1王子は同い年で、第1王子の12歳の誕生日パーティーに、同じ年頃の公爵、侯爵家の令嬢が招待されたのです。我が国では前例のないことだと聞きました。確実に、婚約者を選ぶためのパーティーなのだろうと。その日、まったく交流がなかった私の娘が選ばれたのですが、選ばれた理由はわかりません」
「その第1王子とは険悪な感じだったの?」
ナディールの言葉にマリアンヌは首を横に振った。
「頻繁な交流はありませんでしたが、月に一度は必ずお茶会と称して侯爵家にいらしてました。娘を大事にしてくれていると思って、安心していたんです。私みたいな結婚生活を送ってほしくなかったから。でも、私がなんにも知らなかっただけで、娘は、学園に入ってから、王子に冷遇されていたそうです」
「…冷遇?」
はい、と頷いたマリアンヌは、
「結婚して半年後、突然城に呼び出されて、…行ったら、娘が死んでいました。ボロボロになって。その娘を抱いて、第1王子が泣き叫んでいて、傍らに水色の髪の毛の女性が顔を滅多刺しにされて倒れていて、」
「…水色の髪の毛?」
ピクリ、と腕を動かしたナディールを見上げると、険しい顔でジークハルトを見ていた。ジークハルトも同じような顔でナディールを見ている。
「…それで?」
「夫が、『なぜ愛妾が死んでいる』って言ったんです。愛妾って、なんのことかわからなくて…第1王子は学園に入ってから、男爵家の令嬢を寵愛するようになって、娘を冷遇したらしいのです。娘も、第1王子も、婚約を解消したかったのに、身分などの理由でそのまま結婚させられて、でも、第1王子が不満で、その男爵家の令嬢を愛妾として公的に認めていたそうです。…私はわかりませんでしたが、たぶん、内々のことに留めていたのではないかと思います」
「…そうだね。王族が愛人を持つなんてあってはならないことだ。…何を考えてるんだ、アズライト陛下は!」
「ハルト君、未来の話だから。いま激昂しても仕方ないよね。マリアンヌちゃん、続き。話せる?」
ナディールに覗き込まれ、コクリと頷いたマリアンヌは、
「その時、女王陛下と魔術師団団長が入ってきたんです」
「…俺?」
首を傾げるジークハルトに、「いえ、違います」と答える。
「…そうだ。なんで…。ジークハルト様ではなく、確か、モロゾフ公爵と仰ったかと…」
「モロゾフ?」
訝しげな声を上げたジークハルトは、隣のルヴィアに視線を向けると、
「父上の長女が嫁いだのがモロゾフ公爵家の息子じゃなかったか?」
「…たしか、そうだったかと。ミアさんも、妊娠されたそうですが」
ルヴィアの言葉に頷いたジークハルトは、
「…父上が、『魔力がしょぼくて使えねぇ婿様』って言ってたし、いま魔術師団となんも関わりがないよな、そいつ。…なんでそんなやつが団長になるんだ?」
「そのあたりはわからないけど、とりあえずマリアンヌちゃんの未来ではその男が団長なんだよね。それで?」
再びナディールに促され、マリアンヌは話を続けた。
「おふたりが入ってきたときに、もう一人、男性が倒れているのに気がついて、団長はその男性に近づこうとしたのですが、第1王子が風魔法で団長を持ち上げて女王陛下に向かって投げつけました。その後何か叫んでいたのですが、…内容はわかりません、すみません。その後、第1王子のカラダから炎が上がって…そこまで、です、記憶にあるのは」
マリアンヌが口を閉じると、ヴェルデが「えー…」と呆然としたような声をあげた。
「ジークハルト様が団長じゃなくなる…?だってどう考えてもまだ現役だし、もし外れたとしても次の団長はジェライトかアレクサンドライトじゃないの?そんなポッと出の名ばかりの団長なんて心底イヤだわ~…辞めようかしら…」
「そうだよね、よほどのことがない限り…こんな、みんなに変質者だってわかられていたって団長を務めていられるんだからさ」
「ナディール叔父上!俺は変質者ではありませんから!」
ナディールの言葉に抗議の声を上げたジークハルトは、そのままマリアンヌに視線を移すと、
「…それで、マリアンヌさんは、その未来を変えるために、ノーマン君とは離縁したいと、そういうことだよね?」
「…そ、うで、す」
ジークハルトはうーん、と唸ると、
「…マリアンヌさんは知らない、ノーマン君の秘密を教えようか」
と目をキラリとさせた。
「…っ、団長、」
焦ったように言うヴェルデにどうしたのかと目を向けると、
「…あんた、ショック死するかもよ」
とボソリと呟くように言う。
「ショック死、…ですか?」
「うん。あのねぇ、まず、離縁する、ってなったらノーマン君はさっきナディール叔父上が言ったように死ぬだろうし、たぶんもれなくキミを道連れにすると思う。自分が死んだ後、他の男がキミに触れるなんて耐えられないからね。それから、なんでキミの居場所が正確にわかるかって言えば、もちろん魔力で探るのもあるけど、その結婚指輪にGPS…?って言ってたかな、アキラさん。キミの居場所が特定できる機械が仕込まれているからなんだよ」
「…え?」
「あと、寝室をわけてるのは、キミを欲望のまま襲わないようにキミの寝室を訪ねる前に三回ほど抜いてから行くからだよ」
「…え?」
「俺はそういう趣味はないから見たくもないんだけど、ノーマン君の寝室についてる浴室には隠し撮りしたキミの写真がところ狭しと貼り付けられてるらしいよ。…そうですよね、ナディール叔父上」
衝撃的すぎて開いた口が塞がらないマリアンヌをチラリと見たナディールは、「そうだね」と平然と頷いた。
「マリアンヌのこの表情が最高だと思いませんか、このまつげを伏せた憂いある表情…!屈託なく笑うこの笑顔を守るためなら俺は死んでもいい、いや、やっぱり死ぬのはダメだ、マリアンヌが他の男に汚されるなんて耐えられない、ずっと一緒に生きていきます!あー、可愛い、可愛いなぁ、マリアンヌ、可愛い…って、見たくもないのに毎回のように見せられるからね」
…誰の話をしているんだろう。…誰の話?
茫然自失状態のマリアンヌにさらにヴェルデが追い討ちをかける。
「だいたいさぁ、あんたが雷と氷と特性持ってんのに、なんでアタシのとこにきたかわかる?第2部隊の隊長はノーマルなうえに彼女なし、独身だからよ!あの束縛鬼畜野郎は、アタシが女相手には勃たないってわかってるからアタシのとこにあんたをぶちこんだのよ!いや、アタシはいいのよ?あんた優秀だしさ…でも、もうそんなところからあんたコントロールされちゃってんのよ!あんたのこと、死んでも逃がすはずないじゃない!それなのに他の女を抱いちゃって、しかもあんたに見られた上に離縁だなんて言われて、…よくその場で惨殺しなかったわね、ジェンキンス…殺してないんですよね、ナディール長官?」
恐々とした様子で尋ねるヴェルデに「うん」と頷いたナディールは、
「そこは理性が働いたみたい…理性、っていうより、打算?ここで従妹と母親ぶっ殺しても、マリアンヌちゃんに言い訳できなくなる、死人に口なし状態にするよりは、きちんと自白させて、たしかに突っ込んじゃったし中に出しちゃったけど、言い訳にはならないかもしれないけど、違法な薬物盛られて、何より、マリアンヌちゃんだと思って抱いてしまったんだ、ってことを証明したかったんだろうと思うよ。どこまでもマリアンヌちゃんのことしかないから、ノーマン君の頭には」
マリアンヌは、もはや何も言えなかった。交際して一年半、結婚して半年、そんな素振りをまったく感じなかったのに。たしかに大事にされているとは思っていたけど、…隠し撮りの写真?居場所がわかる指輪…?
「で、さっきの話に戻るんだけど。マリアンヌちゃんが心配するような養子に出される事案はまず起きない。マリエラが生む子どもはノーマン君の子どもではないし、何よりマリエラと義母の実家が取り潰しになるからね。ノーマン君の父親は、ジェンキンス侯爵家を守るために妻を離縁するだろうからキミから子どもを取り上げる悪意ある人間はいなくなる。…たぶん、キミが経験した未来では、ノーマン君はキミを抱いたとしか思ってなかったんじゃないのかな。たぶん、だよ。それが、堕胎できないくらいになってからマリエラにおまえの子どもだ、って言われて、マリアンヌちゃんが知ってることをノーマン君は知らないわけだから、バラされたくなければ言う通りにしろ、的な…。でも、今の通りなら実家を探ってるわけだから、証拠が出た時点で自白させてマリエラと義母を消したんじゃないかね。たぶんノーマン君はそのくらい平気でやるよ。騙されてだいっきらいな従妹を抱かされてたなんて、死にたかっただろうね。何も知らないと思ってたからマリアンヌちゃんを殺せなくてなんとか生きてたんだろうけど、マリアンヌちゃんが従妹との情交を知ってた、ってわかってたらたぶんマリアンヌちゃんを道連れに死んでたと思うな」
さも当然のように言われて、マリアンヌは意識を失った。そんな人、私は、知らない…。
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