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愛され方が、分からない
愛され方が、分からない.2
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人に愛される、ということの中には多少の面倒も付きまとう。
愛されるための努力、というのが往々にして面倒を伴うものなのだから、当然のことだろう。
忙しい時間の合間を縫って登校してやっている自分に、雑用を押し付けるとはどういう了見なのだろうか、と花月は腹立たしく思った。
ただし、その感情は一ミリも表に出さず、軽やかで優雅な足取りのまま、両手に持った教材を旧館の資料室へと運ぶ。
重すぎる。あの教師、これを私一人に持たせるなんて、何を考えてるのか。
私が一言パワハラだ、セクハラだと騒ぎ立てれば、お前の人生終了なんだからな。
腹の中のどす黒いヘドロみたいな感情を丁寧にかき混ぜながら、花月は風になびく髪を抑えた。
ゆるふわ系の体現者であろうとセットしている髪は、やや赤みがかっていて、毛先がくるくると巻かれていた。
これが、今の年齢の自分に一番似合う髪型だと確信している。
旧館の人気のない廊下を進む。
一歩踏み出すごとに妙な音を立てて軋む床板が、この建物の老朽化を如実に指し示している。
こんな建物、さっさと壊してしまえばいいのにと思ったが、そう簡単ではないのだろうと考え直し、瞬きを何度かした。
開閉するシャッターの奥、古びたネームプレートの掛けられた扉が見える。
プレートには、手書きで『資料室』とかすれた文字で書き込まれていた。
多分、鍵は開いているはずだ、と口にしていた教師の顔が浮かぶ。
あまり私になびかない女教師の冷えた顔、そういえば彼女も私を愛していない。社会不適合者である。
両手がうまっているため、片足を使って開けようかという考えが脳裏をよぎる。しかし、うっかり誰かに見られでもしたらお終いだと思い、一度荷物を置いてから扉を開けた立て付けが悪くなっているらしい扉は、妙な悲鳴を上げながら横にスライドした。
室内は照明が点いてなくとも、西日のおかげでやや薄暗い程度だった。
分厚い木で作られた長方形の机がいくつも並んでおり、それを囲むように丸椅子が四つずつ配置されている。
おそらくは、元は資料室ではなかったのだろう。
こんなサイズ感が必要なのかと疑わしくなるほど大きな窓から、燦々と光が降り注いでいて、窓際はとても明るい。
誘蛾灯に引かれるようにして、何となくそちらの日向のほうに進みながら、そういえば、どこに置いておけば良いか聞いていないなと考えていた。
淡い黄色の光の中、両手の荷物の重さも忘れ、花月は立ち止まった。
天の川のように黒々と美しい長髪、それを押し潰すようにはめられた黒のヘッドフォン。
か細くもしなやかそうな手で掴んだハードカバーの本。
その頁の上に落ちる、知的で鋭い瞳。
一瞬、呼吸が止まるかと思った。いや、実際に止まっていただろう。
だが、それは驚きのためばかりではない。
確かに驚きはしたが、それを十分に上回る感動があったのだ。
人の気配のない資料室の奥、日当たりが最も良い場所の壁に、背をもたれかけて座っていたのは、時津胡桃だった。
彼女は、本に集中しているのか、それともヘッドフォンから聞こえてくる音楽に集中しているのか、花月が部屋に入って来たことには気が付いていない様子である。
時津は、ぺらりと頁を一枚捲るごとに瞬きを一つした。
その際に踊る長いまつ毛が、異様に花月の心を揺さぶる。
普段であれば、相手が誰であろうと気さくに話しかけるところなのだが、不意を打たれたような形になり、花月は自分がするはずのテンプレート行動を忘れていた。
それどころではなかったと言ったほうが正しいかもしれない。
数秒、あるいは数分の時が流れたか、正確な時間は分からない。
とにかく、冷静さを取り戻した後、花月は適当な机の上に教材を置いた。そのドスン、という鈍い音か、振動かで気が付いたのか、ようやく時津も花月のほうへと視線を移した。
みるみるうちに、その端正な表情が歪む。自分の嫌いな虫でも見つけたみたいな反応に、ほんの少しだけ口元が引きつる。
時津胡桃、何て女だろうか。この私と二人きりになれるなんて、こんな幸運、よっぽど前世で徳を積んでないとそうそう起こらないぞ。もっと、もっと有難そうな反応をしろよ。
ヘッドフォンを外した時津が舌打ちか、それか黙って去って行こうかしているのが空気を通して伝わって来たので、先制攻撃を仕掛けるつもりで花月は口を開く。
「わぁ、びっくりしちゃった。胡桃ちゃん、こんなところで何を――」
「あなたに関係ない」
こちらの言葉を遮るようにして時津が呟く。その取り付く島もない様子に、思わず言葉を失って彼女を見つめていると、時津が横目でこちらを睨んだ。
「何?」
「…何してたのかなぁ、って…」
「だから、あなたに関係ない」
コミュ障かお前、という言葉はどうにか飲み込む。
「えぇ、教えてくれても良いんじゃない?」
「見て分かることを、どうして教えなきゃいけないのか、意味不明」
時津は、ぱたんと閉じた本を軽く指の裏で叩いた。
確かに、読書していたのは見て分かる。でも、私が聞きたいのは何をしていたのかじゃなくて、何でこんなところに、というほうだ。それぐらい言わずとも普通分かるのではないか。
「じゃあ、何でこんなところで本を読んでいたの?」
「答える義理はなくない?」
結局、何も答えたくないんだろ、と心の中だけで叫ぶ。
埒が明かないので、適当な話題を振って、適当な会話だけしてこの場を去ろうと思い、花月はとりあえず視界に入ってきたものについて触れた。
「本、好きなの?」
ぴくり、と彼女が反応する。
今までは横目で花月を捉えていたオニキスの瞳が、今度は真っすぐ正面から自分にぶつかって来た。
「好きだけど」初めてまともな返しを貰えた。「へぇ、ちょっと意外」
思わず零れ出た本音に、時津がぎろりとこちらを睨む。
慌てて話題を逸らそうと、「どんな本を読むの?」と尋ねたのだが、へそを曲げたのか、次は横目ですら花月を見ようとしなかった。
しょうがないじゃないか。だって、一匹狼を気取って、誰ともつるまない不良みたいなイメージだったから、てっきり帰ったら同じような人種と騒いでいるか、反社会的な行動をしているとしか思わなかったのだ。
まさか、放課後は誰もいない資料室で読書に耽っています、なんてさぁ…。
閉じられた本のタイトルを盗み見る。
そこには、最近どこかで聞いたことのあるような堅苦しい表題が刻まれていた。
時津は、もう話は終わりだと言わんばかりに再び本を開いて読み始めた。その態度があまりにもふてぶてしくて、花月の高いプライドを刺激した。
そうか、この私と話したくないということか。
この国に、私と一言二言話せるだけで狂喜乱舞する人間がどれだけいると思っているのか。とにかく…、そっちがその気なら、私にだって考えがある。
花月は微笑みを浮かべ、ゆったりとした足取りで彼女の前に移動した。
黒々とした髪と、真っ白な頁を、黙って上から覗き込んでいると、痺れを切らした様子で時津が顔を上げた。
訝しむような、鬱陶しがるような顔つきに、ますます花月の中の負けん気が燃え上がる。
「何」と迷惑さを押し隠さずに時津が問う。
「ねえ、その本面白い?」
「面白くないなら読まないよ」
「確かに」出来るだけ自然な所作で時津の隣に腰を下ろす。
「ちょっと、何で隣に座るの」
「立ったままだと話しづらいから」
「話すことなんてない」
「そうなんだぁ、でも、私にはあるかなぁ」
相手が苛々することが分かっていて、あえて間延びした口調を維持する。
時津は、しばし逡巡するように、視線を花月の顔と虚空と行ったり来たりさせてから、ややあって諦めたように小さくため息を吐いた。
バタンと本を閉じて、無機質な数字でも読み上げるように呟く。
「手短に」
同じ目線で見つめる彼女は、本当に美しかった。
その他者を拒絶する吹雪のような美しさが、一度落ち着きを取り戻していた花月の心を、再び激しく揺さぶった。
「ねぇ、胡桃ちゃん、私のこと嫌いでしょ」
口にしてから、しまった、と内心で後悔した。
ここまでダイレクトに聞くつもりはなかったのに、私を見上げる彼女の目を覗き込んでいると、どうしてか、言葉を選ぶ余裕がなくて、頭に浮かんだものがそのまま投下されてしまった。
あからさまに怒っている人間に、『怒っているの?』と尋ねるのと同じレベルで、自分が行った質問は愚かな質問だった。
案の定、時津は苛立ちを露わにして舌を鳴らした。
「何となく、そうなのかなって思ったんだけど…」
慌ててフォローの言葉を口にするも、やはり彼女はムッとした表情のままだった。
「ごめんね、気に障った?」
「どうでもいいけど、下の名前で呼ぶのをやめてくれない?」
「あ、そっち?」彼女が苛立っていたポイントが意外であって、でも意外でなくて、花月は苦笑いを浮かべた。「自分の名前、嫌いなの?」
時津は何も答えず、立ち上がった。
「ちょっと、胡桃ちゃん」ぎろり、と時津がこちらを肩越しに睨みつけてくる。「ごめんね、でも、私は胡桃ちゃんの――」
時津は花月の話を弾き返すように顔の向きを変え、そのまま静かな怒りを込めた足取りで資料室から出ていった。
叩きつけるようにして開け閉めされた扉が、酷く哀れであった。
「――名前は可愛いと思うけど…アレじゃあねぇ」
愛されるための努力、というのが往々にして面倒を伴うものなのだから、当然のことだろう。
忙しい時間の合間を縫って登校してやっている自分に、雑用を押し付けるとはどういう了見なのだろうか、と花月は腹立たしく思った。
ただし、その感情は一ミリも表に出さず、軽やかで優雅な足取りのまま、両手に持った教材を旧館の資料室へと運ぶ。
重すぎる。あの教師、これを私一人に持たせるなんて、何を考えてるのか。
私が一言パワハラだ、セクハラだと騒ぎ立てれば、お前の人生終了なんだからな。
腹の中のどす黒いヘドロみたいな感情を丁寧にかき混ぜながら、花月は風になびく髪を抑えた。
ゆるふわ系の体現者であろうとセットしている髪は、やや赤みがかっていて、毛先がくるくると巻かれていた。
これが、今の年齢の自分に一番似合う髪型だと確信している。
旧館の人気のない廊下を進む。
一歩踏み出すごとに妙な音を立てて軋む床板が、この建物の老朽化を如実に指し示している。
こんな建物、さっさと壊してしまえばいいのにと思ったが、そう簡単ではないのだろうと考え直し、瞬きを何度かした。
開閉するシャッターの奥、古びたネームプレートの掛けられた扉が見える。
プレートには、手書きで『資料室』とかすれた文字で書き込まれていた。
多分、鍵は開いているはずだ、と口にしていた教師の顔が浮かぶ。
あまり私になびかない女教師の冷えた顔、そういえば彼女も私を愛していない。社会不適合者である。
両手がうまっているため、片足を使って開けようかという考えが脳裏をよぎる。しかし、うっかり誰かに見られでもしたらお終いだと思い、一度荷物を置いてから扉を開けた立て付けが悪くなっているらしい扉は、妙な悲鳴を上げながら横にスライドした。
室内は照明が点いてなくとも、西日のおかげでやや薄暗い程度だった。
分厚い木で作られた長方形の机がいくつも並んでおり、それを囲むように丸椅子が四つずつ配置されている。
おそらくは、元は資料室ではなかったのだろう。
こんなサイズ感が必要なのかと疑わしくなるほど大きな窓から、燦々と光が降り注いでいて、窓際はとても明るい。
誘蛾灯に引かれるようにして、何となくそちらの日向のほうに進みながら、そういえば、どこに置いておけば良いか聞いていないなと考えていた。
淡い黄色の光の中、両手の荷物の重さも忘れ、花月は立ち止まった。
天の川のように黒々と美しい長髪、それを押し潰すようにはめられた黒のヘッドフォン。
か細くもしなやかそうな手で掴んだハードカバーの本。
その頁の上に落ちる、知的で鋭い瞳。
一瞬、呼吸が止まるかと思った。いや、実際に止まっていただろう。
だが、それは驚きのためばかりではない。
確かに驚きはしたが、それを十分に上回る感動があったのだ。
人の気配のない資料室の奥、日当たりが最も良い場所の壁に、背をもたれかけて座っていたのは、時津胡桃だった。
彼女は、本に集中しているのか、それともヘッドフォンから聞こえてくる音楽に集中しているのか、花月が部屋に入って来たことには気が付いていない様子である。
時津は、ぺらりと頁を一枚捲るごとに瞬きを一つした。
その際に踊る長いまつ毛が、異様に花月の心を揺さぶる。
普段であれば、相手が誰であろうと気さくに話しかけるところなのだが、不意を打たれたような形になり、花月は自分がするはずのテンプレート行動を忘れていた。
それどころではなかったと言ったほうが正しいかもしれない。
数秒、あるいは数分の時が流れたか、正確な時間は分からない。
とにかく、冷静さを取り戻した後、花月は適当な机の上に教材を置いた。そのドスン、という鈍い音か、振動かで気が付いたのか、ようやく時津も花月のほうへと視線を移した。
みるみるうちに、その端正な表情が歪む。自分の嫌いな虫でも見つけたみたいな反応に、ほんの少しだけ口元が引きつる。
時津胡桃、何て女だろうか。この私と二人きりになれるなんて、こんな幸運、よっぽど前世で徳を積んでないとそうそう起こらないぞ。もっと、もっと有難そうな反応をしろよ。
ヘッドフォンを外した時津が舌打ちか、それか黙って去って行こうかしているのが空気を通して伝わって来たので、先制攻撃を仕掛けるつもりで花月は口を開く。
「わぁ、びっくりしちゃった。胡桃ちゃん、こんなところで何を――」
「あなたに関係ない」
こちらの言葉を遮るようにして時津が呟く。その取り付く島もない様子に、思わず言葉を失って彼女を見つめていると、時津が横目でこちらを睨んだ。
「何?」
「…何してたのかなぁ、って…」
「だから、あなたに関係ない」
コミュ障かお前、という言葉はどうにか飲み込む。
「えぇ、教えてくれても良いんじゃない?」
「見て分かることを、どうして教えなきゃいけないのか、意味不明」
時津は、ぱたんと閉じた本を軽く指の裏で叩いた。
確かに、読書していたのは見て分かる。でも、私が聞きたいのは何をしていたのかじゃなくて、何でこんなところに、というほうだ。それぐらい言わずとも普通分かるのではないか。
「じゃあ、何でこんなところで本を読んでいたの?」
「答える義理はなくない?」
結局、何も答えたくないんだろ、と心の中だけで叫ぶ。
埒が明かないので、適当な話題を振って、適当な会話だけしてこの場を去ろうと思い、花月はとりあえず視界に入ってきたものについて触れた。
「本、好きなの?」
ぴくり、と彼女が反応する。
今までは横目で花月を捉えていたオニキスの瞳が、今度は真っすぐ正面から自分にぶつかって来た。
「好きだけど」初めてまともな返しを貰えた。「へぇ、ちょっと意外」
思わず零れ出た本音に、時津がぎろりとこちらを睨む。
慌てて話題を逸らそうと、「どんな本を読むの?」と尋ねたのだが、へそを曲げたのか、次は横目ですら花月を見ようとしなかった。
しょうがないじゃないか。だって、一匹狼を気取って、誰ともつるまない不良みたいなイメージだったから、てっきり帰ったら同じような人種と騒いでいるか、反社会的な行動をしているとしか思わなかったのだ。
まさか、放課後は誰もいない資料室で読書に耽っています、なんてさぁ…。
閉じられた本のタイトルを盗み見る。
そこには、最近どこかで聞いたことのあるような堅苦しい表題が刻まれていた。
時津は、もう話は終わりだと言わんばかりに再び本を開いて読み始めた。その態度があまりにもふてぶてしくて、花月の高いプライドを刺激した。
そうか、この私と話したくないということか。
この国に、私と一言二言話せるだけで狂喜乱舞する人間がどれだけいると思っているのか。とにかく…、そっちがその気なら、私にだって考えがある。
花月は微笑みを浮かべ、ゆったりとした足取りで彼女の前に移動した。
黒々とした髪と、真っ白な頁を、黙って上から覗き込んでいると、痺れを切らした様子で時津が顔を上げた。
訝しむような、鬱陶しがるような顔つきに、ますます花月の中の負けん気が燃え上がる。
「何」と迷惑さを押し隠さずに時津が問う。
「ねえ、その本面白い?」
「面白くないなら読まないよ」
「確かに」出来るだけ自然な所作で時津の隣に腰を下ろす。
「ちょっと、何で隣に座るの」
「立ったままだと話しづらいから」
「話すことなんてない」
「そうなんだぁ、でも、私にはあるかなぁ」
相手が苛々することが分かっていて、あえて間延びした口調を維持する。
時津は、しばし逡巡するように、視線を花月の顔と虚空と行ったり来たりさせてから、ややあって諦めたように小さくため息を吐いた。
バタンと本を閉じて、無機質な数字でも読み上げるように呟く。
「手短に」
同じ目線で見つめる彼女は、本当に美しかった。
その他者を拒絶する吹雪のような美しさが、一度落ち着きを取り戻していた花月の心を、再び激しく揺さぶった。
「ねぇ、胡桃ちゃん、私のこと嫌いでしょ」
口にしてから、しまった、と内心で後悔した。
ここまでダイレクトに聞くつもりはなかったのに、私を見上げる彼女の目を覗き込んでいると、どうしてか、言葉を選ぶ余裕がなくて、頭に浮かんだものがそのまま投下されてしまった。
あからさまに怒っている人間に、『怒っているの?』と尋ねるのと同じレベルで、自分が行った質問は愚かな質問だった。
案の定、時津は苛立ちを露わにして舌を鳴らした。
「何となく、そうなのかなって思ったんだけど…」
慌ててフォローの言葉を口にするも、やはり彼女はムッとした表情のままだった。
「ごめんね、気に障った?」
「どうでもいいけど、下の名前で呼ぶのをやめてくれない?」
「あ、そっち?」彼女が苛立っていたポイントが意外であって、でも意外でなくて、花月は苦笑いを浮かべた。「自分の名前、嫌いなの?」
時津は何も答えず、立ち上がった。
「ちょっと、胡桃ちゃん」ぎろり、と時津がこちらを肩越しに睨みつけてくる。「ごめんね、でも、私は胡桃ちゃんの――」
時津は花月の話を弾き返すように顔の向きを変え、そのまま静かな怒りを込めた足取りで資料室から出ていった。
叩きつけるようにして開け閉めされた扉が、酷く哀れであった。
「――名前は可愛いと思うけど…アレじゃあねぇ」
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