下げ渡された婚約者

相生紗季

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成人の儀

救護室にて

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 成人の儀どころではなくなった。
 セオドアはすぐさま救護室へと運ばれた。
 小石が投げた水面に広がる波のように、異変に気付いたものから口を開き、教会はざわめきであふれていた。

「みなのもの、お静かに!」

 アンドレアの怒号が響いてもなお、参列者たちは落ち着かない。
 コリン・ノースが静かに動いた。セオドアを運ぶ近衛の後を追う後ろ姿。
 僕も彼女に続いて、参列者の合間をぬって歩いた。

「セオドア殿下はどうなさったのですか?」
「ルイーザ嬢も行きましょう」

 僕はルイーザ嬢に腕を差し出す。
 彼女をここにひとりにしてはおけない。
 万が一、セオドアに起こったようなことがルイーザ嬢の身に起こらないとも限らない。
 僕たちはいまだ騒ぎのおさまらない教会を抜け出した。

「あ」

 救護室の前で、僕は立ち止まった。
 このなかには、もちろんセオドアがいる。そして、後を追ったコリン・ノースもいる。
 僕はルイーザ嬢の顔をうかがった。
 セオドアはルイーザ嬢との婚約を破棄した張本人だ。コリン・ノースはルイーザ嬢から第一王子を奪ったかたちになる。
 すすんで同席したい4人ではないだろう。
 しかし、ルイーザ嬢は言った。

「私もご一緒いたします」

 救護室の扉の前で、彼女はグレーの瞳をまっすぐ僕に向けた。

「いまの私にとってなにより大切なのは、マグノリアと、アルフレッド様です。そしてセオドア殿下は――」

 少しの時間、考えたような沈黙のあと、

「これはいま言うべきことではありませんね。セオドア様が回復されたら申します」

 と続けた。たぶん、悪態をつくつもりだろう。
 弱っている兄には言わないなんて、ルイーザ嬢はやっぱり公平な方だ。
 僕はあらためて感心し、救護室の扉を開けたのだった。

「すまなかった、アルフレッド……きみの晴れの日を……」

 救護室で横たわったセオドアは真っ青な顔で、開口一番そう言った。
 救護室にはいくつかのベッドが並んでいる。
 そのまんなかにセオドアは寝かせられていた。
 キルトが体を覆っている。
 式典服のジャケットは、急いで脱がせられたのか、壁際に置かれた椅子の背もたれに無造作にかけられていた。
 僕は椅子を引き寄せてルイーザ嬢を座らせた。
 並んだベッドに腰かけながら、僕は尋ねる。

「医者はなんて?」
「大きな外傷がないため、毒を盛られたのではないかと」

 セオドアの代わりに応えたのはコリン・ノースだった。
 感情の感じられない、淡々とした口調だった。

「成人の儀の最中に倒れたのは――」
「体調が悪いとは思っていたんだが、儀式が終わるまでは持たせるつもりだった。ほかのみんなは?」
「アンドレアお姉さまがなんとかしています」
「ああ……なら、大丈夫か」
「あまり喋らないほうがよろしいですよ」
「ああ、ありがとう」

 参列者を気にするセオドアを、コリン・ノースがたしなめた。
 ルイーザ嬢は、静かに座っている。
 いたたまれない。早く用を済まそう。
 僕はセオドアに言った。

「成人の儀の前に、怪しい人物を見たんです。そいつが毒を盛ったのかもしれない」

 セオドアが緩慢に目を細めた。
 コリン・ノースも、驚いたように僕を見た。

「ルイーザ嬢と僕は、成人の儀の前に、クローゼットを覗く男を見ました」
「ええ。私もこの目で」

 ルイーザ嬢をうながすと、彼女は頷いた。

「王都にいらっしゃる貴族や領主ではありません。社交パーティーでもお見掛けしたことがありません」
「……全員の顔を覚えているんですか?」
「はい。全員の顔を覚えております」

 セオドアの問いかけに、ルイーザ嬢はしっかりと答えた。
 それが当然である、とその顔は語っていた。
 セオドアの眉間に皺が寄る。苦しそうな表情だった。症状のせいだけではないだろう。

「警備が厳しくなっているから、剣は城に持ち込めない。毒なら納得だ」
「でもいつだろう? 食事はみなと同じものを食べた」
「同席したのは?」
「王妃陛下と、コリンだ」

 コリン・ノースは視線をあげた。

「式典の前だからと、パンと野菜の煮込みを食べました」
「体調にお変わりは?」
「ありません、アルフレッド殿下」
「私たちも、同じものをいただきましたわよね」

 コリン・ノースは健康そのものに見えたし、ルイーザ嬢もいつもと変りなかった。
 僕も元気だ。
 いったい、いつ? そしてどのようにして?
 方法が分からない以上、また被害を受けるものがいるかもしれない。
 そしてそれは――僕ならまだよくて――ルイーザ嬢や、幼いアリッサかもしれないのだ。
 なんとしても防がなければならない。
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みんなの感想(36件)

m‥·*"
2024.09.27 m‥·*"

 誰得? と存じましたが、ルイーザ嬢の記憶力他、素晴らしい知性に、ふふっ、慌てずとも彼女が解決して下さると存じました♪
 次回ご更新を愉しみにしております♢

相生紗季
2024.09.27 相生紗季

ご感想とルイーザへの応援、ありがとうございます! 更新をがんばります!

解除
もりりん
2024.09.27 もりりん

コリン・ノースの存在が謎です。
セオドアが倒れても取り乱すでもなく、悲しむでもなく…。
普通、愛する人が倒れたら無事だとわかってもショックを受けたりすごく心配するなりすると思うんです。
でもそんな感じ全くないですよね。
少なくとも今回の話で、コリンはセオドアの事を愛してはいないのかなと思いました。

相生紗季
2024.09.27 相生紗季

ご感想ありがとうございます!

解除
m‥·*"
2024.09.21 m‥·*"

 不穏ふおんフオン… 銀行とかにある防犯用カラーボールが欲しい、とか思ってしまいました。恙無く成人の儀を終えますように。

相生紗季
2024.09.21 相生紗季

ご感想ありがとうございます! まずはしっかり書き上げます! 登場人物へお気持ちを寄せていただきありがとうございます!

解除

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