27 / 31
成人の儀
3着の式典服
しおりを挟む
「よろしいんでしょうか。私がこちらにいても」
格式高い、伝統的な形のドレスをまとったルイーザ嬢は、たんなる疑問、というような態度で口を開いた。
きょろきょろと周りを見回すような振る舞いこそしないが、興味深そうな視線で部屋を眺めている。
「もちろんです。あなたは、僕の婚約者ですから」
僕は胸を張った。
とはいえ、ここはたいした部屋ではない。
クローゼットと呼ばれる部屋だ。
我が家では、それぞれが普段着る服のオーダーを出す。セオドアは職人にきちんとした礼服を作らせているし、アンドレアは流行りものに敏感だ。末っ子の僕はどうせ汚すからとおさがりが多い。
例外が、マグノリア国の式典時の服だ。どういうわけか、父は僕たちに揃いの服を着せたがる。まとめて発注された式典服は、このクローゼットに運ばれる。
僕たちの目の前には、3着の式典服。成人の儀の王子ではこの形のジャケットを着用するのだ。
「アルフレッド様はこちらを着ていただきます」
「そうだろうな!」
執事が指したのは、黒いスタンダードなものだった。
他のふたつは、個性的なしつらえだった。
ひとつは、明度を抑えたシックな赤。絶対にアンドレアお姉さまだ。
もうひとつは、黒色に深い青の糸で細かな装飾が縫い取られている。セオドアのものだろう。
「セオドア様とアンドレア様はこまかく注文をなさっていました」
「気にしてなかったのは僕だけか」
「さようでございます」
「並ぶと地味だな~」
「黒は」
ルイーザ嬢が強い声をあげた。
顔を見れば、きっと鋭い顔つきだ。
「黒は、由緒正しい伝統的なお色です。地味だなんてとんでもない!」
まるで、僕を責めるかのような口ぶりだ。
「今日の成人の儀はアルフレッド様が主役なのですから、文化の規範を示すのは素敵なことですわ」
すらすらと言葉を並べて、胸を張る。
執事はあっけにとられていた。
「じゃあ……着てきます」
「きっとお似合いになりますわ!」
得意げに言うものだから、僕は少し恥ずかしくなった。
ルイーザ嬢は、僕を励まそうとしているのだ。少し、分かりにくい形ではあるけれど。僕にはもう分かっていた。
自分ひとり簡素な礼服を着ることが、それほど嫌だったわけではない。
たんなる、軽い自嘲のつもりだった。人に見せたい姿があったり、先んじて準備をしたり、目をかけている職人がいたり、そういう視点は王位継承者に必要だと思う。
広い視点がない僕は王子にふさわしくないと、つい口に出してしまうのが癖になっていた。
ルイーザ嬢は、それをはねのけようとする。僕の自嘲を「そんなことない」と撤回させる。
その言葉の力強さが、僕にはとても心強い。
「あれ?」
ジャケットに手をかけて、僕は気づいた。
執事が僕の様子をうかがう。
「どうなさいましたか?」
「……きゃっ」
手元を覗いたルイーザ嬢が声をあげた。
格式高い、伝統的な形のドレスをまとったルイーザ嬢は、たんなる疑問、というような態度で口を開いた。
きょろきょろと周りを見回すような振る舞いこそしないが、興味深そうな視線で部屋を眺めている。
「もちろんです。あなたは、僕の婚約者ですから」
僕は胸を張った。
とはいえ、ここはたいした部屋ではない。
クローゼットと呼ばれる部屋だ。
我が家では、それぞれが普段着る服のオーダーを出す。セオドアは職人にきちんとした礼服を作らせているし、アンドレアは流行りものに敏感だ。末っ子の僕はどうせ汚すからとおさがりが多い。
例外が、マグノリア国の式典時の服だ。どういうわけか、父は僕たちに揃いの服を着せたがる。まとめて発注された式典服は、このクローゼットに運ばれる。
僕たちの目の前には、3着の式典服。成人の儀の王子ではこの形のジャケットを着用するのだ。
「アルフレッド様はこちらを着ていただきます」
「そうだろうな!」
執事が指したのは、黒いスタンダードなものだった。
他のふたつは、個性的なしつらえだった。
ひとつは、明度を抑えたシックな赤。絶対にアンドレアお姉さまだ。
もうひとつは、黒色に深い青の糸で細かな装飾が縫い取られている。セオドアのものだろう。
「セオドア様とアンドレア様はこまかく注文をなさっていました」
「気にしてなかったのは僕だけか」
「さようでございます」
「並ぶと地味だな~」
「黒は」
ルイーザ嬢が強い声をあげた。
顔を見れば、きっと鋭い顔つきだ。
「黒は、由緒正しい伝統的なお色です。地味だなんてとんでもない!」
まるで、僕を責めるかのような口ぶりだ。
「今日の成人の儀はアルフレッド様が主役なのですから、文化の規範を示すのは素敵なことですわ」
すらすらと言葉を並べて、胸を張る。
執事はあっけにとられていた。
「じゃあ……着てきます」
「きっとお似合いになりますわ!」
得意げに言うものだから、僕は少し恥ずかしくなった。
ルイーザ嬢は、僕を励まそうとしているのだ。少し、分かりにくい形ではあるけれど。僕にはもう分かっていた。
自分ひとり簡素な礼服を着ることが、それほど嫌だったわけではない。
たんなる、軽い自嘲のつもりだった。人に見せたい姿があったり、先んじて準備をしたり、目をかけている職人がいたり、そういう視点は王位継承者に必要だと思う。
広い視点がない僕は王子にふさわしくないと、つい口に出してしまうのが癖になっていた。
ルイーザ嬢は、それをはねのけようとする。僕の自嘲を「そんなことない」と撤回させる。
その言葉の力強さが、僕にはとても心強い。
「あれ?」
ジャケットに手をかけて、僕は気づいた。
執事が僕の様子をうかがう。
「どうなさいましたか?」
「……きゃっ」
手元を覗いたルイーザ嬢が声をあげた。
246
お気に入りに追加
1,737
あなたにおすすめの小説
愛されなかった私が転生して公爵家のお父様に愛されました
上野佐栁
ファンタジー
前世では、愛されることなく死を迎える主人公。実の父親、皇帝陛下を殺害未遂の濡れ衣を着せられ死んでしまう。死を迎え、これで人生が終わりかと思ったら公爵家に転生をしてしまった主人公。前世で愛を知らずに育ったために人を信頼する事が出来なくなってしまい。しばらくは距離を置くが、だんだんと愛を受け入れるお話。
捨てられた侯爵夫人の二度目の人生は皇帝の末の娘でした。
クロユキ
恋愛
「俺と離婚して欲しい、君の妹が俺の子を身籠った」
パルリス侯爵家に嫁いだソフィア・ルモア伯爵令嬢は結婚生活一年目でソフィアの夫、アレック・パルリス侯爵に離婚を告げられた。結婚をして一度も寝床を共にした事がないソフィアは白いまま離婚を言われた。
夫の良き妻として尽くして来たと思っていたソフィアは悲しみのあまり自害をする事になる……
誤字、脱字があります。不定期ですがよろしくお願いします。
いじめられ続けた挙げ句、三回も婚約破棄された悪役令嬢は微笑みながら言った「女神の顔も三度まで」と
鳳ナナ
恋愛
伯爵令嬢アムネジアはいじめられていた。
令嬢から。子息から。婚約者の王子から。
それでも彼女はただ微笑を浮かべて、一切の抵抗をしなかった。
そんなある日、三回目の婚約破棄を宣言されたアムネジアは、閉じていた目を見開いて言った。
「――女神の顔も三度まで、という言葉をご存知ですか?」
その言葉を皮切りに、ついにアムネジアは本性を現し、夜会は女達の修羅場と化した。
「ああ、気持ち悪い」
「お黙りなさい! この泥棒猫が!」
「言いましたよね? 助けてやる代わりに、友達料金を払えって」
飛び交う罵倒に乱れ飛ぶワイングラス。
謀略渦巻く宮廷の中で、咲き誇るは一輪の悪の華。
――出てくる令嬢、全員悪人。
※小説家になろう様でも掲載しております。
私のことが大嫌いらしい婚約者に婚約破棄を告げてみた結果。
夢風 月
恋愛
カルディア王国公爵家令嬢シャルロットには7歳の時から婚約者がいたが、何故かその相手である第二王子から酷く嫌われていた。
顔を合わせれば睨まれ、嫌味を言われ、周囲の貴族達からは哀れみの目を向けられる日々。
我慢の限界を迎えたシャルロットは、両親と国王を脅……説得して、自分たちの婚約を解消させた。
そしてパーティーにて、いつものように冷たい態度をとる婚約者にこう言い放つ。
「私と殿下の婚約は解消されました。今までありがとうございました!」
そうして笑顔でパーティー会場を後にしたシャルロットだったが……次の日から何故か婚約を解消したはずのキースが家に押しかけてくるようになった。
「なんで今更元婚約者の私に会いに来るんですか!?」
「……好きだからだ」
「……はい?」
いろんな意味でたくましい公爵令嬢と、不器用すぎる王子との恋物語──。
※タグをよくご確認ください※
裏切りのその後 〜現実を目の当たりにした令嬢の行動〜
AliceJoker
恋愛
卒業パーティの夜
私はちょっと外の空気を吸おうとベランダに出た。
だがベランダに出た途端、私は見てはいけない物を見てしまった。
そう、私の婚約者と親友が愛を囁いて抱き合ってるとこを…
____________________________________________________
ゆるふわ(?)設定です。
浮気ものの話を自分なりにアレンジしたものです!
2つのエンドがあります。
本格的なざまぁは他視点からです。
*別視点読まなくても大丈夫です!本編とエンドは繋がってます!
*別視点はざまぁ専用です!
小説家になろうにも掲載しています。
HOT14位 (2020.09.16)
HOT1位 (2020.09.17-18)
恋愛1位(2020.09.17 - 20)
【完結】要らない私は消えます
かずきりり
恋愛
虐げてくる義母、義妹
会わない父と兄
浮気ばかりの婚約者
どうして私なの?
どうして
どうして
どうして
妃教育が進むにつれ、自分に詰め込まれる情報の重要性。
もう戻れないのだと知る。
……ならば……
◇
HOT&人気ランキング一位
ありがとうございます((。´・ω・)。´_ _))ペコリ
※こちらの作品はカクヨムにも掲載しています
【完結】公女が死んだ、その後のこと
杜野秋人
恋愛
【第17回恋愛小説大賞 奨励賞受賞しました!】
「お母様……」
冷たく薄暗く、不潔で不快な地下の罪人牢で、彼女は独り、亡き母に語りかける。その掌の中には、ひと粒の小さな白い錠剤。
古ぼけた簡易寝台に座り、彼女はそのままゆっくりと、覚悟を決めたように横たわる。
「言いつけを、守ります」
最期にそう呟いて、彼女は震える手で錠剤を口に含み、そのまま飲み下した。
こうして、第二王子ボアネルジェスの婚約者でありカストリア公爵家の次期女公爵でもある公女オフィーリアは、獄中にて自ら命を断った。
そして彼女の死後、その影響はマケダニア王国の王宮内外の至るところで噴出した。
「ええい、公務が回らん!オフィーリアは何をやっている!?」
「殿下は何を仰せか!すでに公女は儚くなられたでしょうが!」
「くっ……、な、ならば蘇生させ」
「あれから何日経つとお思いで!?お気は確かか!」
「何故だ!何故この私が裁かれねばならん!」
「そうよ!お父様も私も何も悪くないわ!悪いのは全部お義姉さまよ!」
「…………申し開きがあるのなら、今ここではなく取り調べと裁判の場で存分に申すがよいわ。⸺連れて行け」
「まっ、待て!話を」
「嫌ぁ〜!」
「今さら何しに戻ってきたかね先々代様。わしらはもう、公女さま以外にお仕えする気も従う気もないんじゃがな?」
「なっ……貴様!領主たる儂の言うことが聞けんと」
「領主だったのは亡くなった女公さまとその娘の公女さまじゃ。あの方らはあんたと違って、わしら領民を第一に考えて下さった。あんたと違ってな!」
「くっ……!」
「なっ、譲位せよだと!?」
「本国の決定にございます。これ以上の混迷は連邦友邦にまで悪影響を与えかねないと。⸺潔く観念なさいませ。さあ、ご署名を」
「おのれ、謀りおったか!」
「…………父上が悪いのですよ。あの時止めてさえいれば、彼女は死なずに済んだのに」
◆人が亡くなる描写、及びベッドシーンがあるのでR15で。生々しい表現は避けています。
◆公女が亡くなってからが本番。なので最初の方、恋愛要素はほぼありません。最後はちゃんとジャンル:恋愛です。
◆ドアマットヒロインを書こうとしたはずが。どうしてこうなった?
◆作中の演出として自死のシーンがありますが、決して推奨し助長するものではありません。早まっちゃう前に然るべき窓口に一言相談を。
◆作者の作品は特に断りなき場合、基本的に同一の世界観に基づいています。が、他作品とリンクする予定は特にありません。本作単品でお楽しみ頂けます。
◆この作品は小説家になろうでも公開します。
◆24/2/17、HOTランキング女性向け1位!?1位は初ですありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる