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王子の所以
悲しい記憶、嬉しい思い出
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ラケットを持って僕たちはエントランスへ戻る。
「そういえば、ルイーザ嬢は今日はどうしていらっしゃったんですか?」
もしかして、僕に会いにきたのだろうか。
ちょっと期待したけれど、返ってきた答えは当然ちがった。
「陛下に謁見する父に、ついてきたんです」
「えっ。ルイーザ嬢はよかったんですか? 陛下にお会いしなくて」
「……だから、私はついてきただけです。何度も馬車を出すのは非効率でしょう」
ルイーザ嬢は鋭い目で言った。
うーん、たしかに。いちどの馬車で済むのなら、御者も馬も楽だろう。
「庭園も綺麗でしたし、あなたに発破もかけられましたし。良かったです」
と、続けるルイーザ嬢。
僕も、今日はルイーザ嬢が来てくれて、良かった。
ルイーザ嬢のことを知ることができた、楽しい時間だった。
「コリン嬢、ラケットを預かるよ」
「いえ、私も運びます」
エントランスにつき、姉とコリン・ノースが話している。
アリッサが僕たちに近づいてきた。
もじもじとルイーザを見上げる。
「ルイーザ様、このあとお茶をするんです。ご一緒にいかがですか?」
誘われたルイーザ嬢は僕を見る。
「いかがですか?」
「いいのでしょうか?」
不思議に遠慮がちだった。
急に誘ったのはこちらだ。なにも気にせずいてほしかった。
「ぜひ! うちのシェフはデザートも上手です」
「そうですか? じゃあ、お言葉に甘えて……」
「嬉しい! ルイーザ様ともっとお話ししたかったんです!」
そう言って、アリッサは笑顔でアンドレアお姉さまに報告へ行った。
アリッサの言葉を聞くと、お姉さまは僕たちに目線をくれて微笑む。
「アルフレッド様は、よくお茶はなさるんですか? その……アンドレア様や、アリッサ様と」
「頻繁にはしませんよ。庭にいることのほうが多いですから」
「そうなんですね」
「でも、アリッサが誘ってくれたら断れません。特に今日は久しぶりだし……どうしてです?」
「…………」
ルイーザ嬢は、唇を引き締めた。
息を深く吸って、吐ききって、
「アリッサ様のことは、かねてから存じ上げていました」
重々しく口を開いた。
「ただ、こんなふうに楽しくお話をしたり、お茶会に誘われたりということは、ありませんでした」
「そうなんですか」
僕はいまいちピンとこない。
ルイーザ嬢は、言葉を慎重に選んでいるようだった。
……なんとなく分かっていた。
ルイーザ嬢の思慮深さと気遣いが、誰に向けられているのか。
「兄が関係していますか?」
「…………憶測にすぎません」
「セオドア殿下が、アリッサに言い含めた? あなたに話しかけないように」
「断定はできません」
ルイーザ嬢はいつもと変わらない表情だった。
でも、僕は悲しい。
ルイーザ嬢のグレーの瞳が感情に揺れなくても、目にうつす僕の心は揺れるのだ。
湖面が揺れれば、映り込む像はゆがむ。
「ルイーザ嬢、あなたには、喜んでほしい」
「……え?」
予想していなかった言葉だったらしい。ルイーザ嬢は、驚いて僕を見た。
僕は笑う。
できるだけ強く見えるよう。
僕が、彼女にふさわしい人間であると示したかった。
「セオドア殿下に婚約破棄をされたけれど、あなたは僕の婚約者になった」
あなたにはその価値があるのだと。
「僕は、あなたのことを大切にします。そう、マグノリアノーズくらい、丁重に。だから、僕はあなたが、婚約破棄されて、嬉しい」
ルイーザ嬢が婚約発表パーティーで、望まれた筋書きを書き変えたように。
――僕も、彼女の悲しい記憶を、嬉しい思い出に変えていこう。
たとえいまは虚勢だとしても、きっといつか実を結ぶはずだ。
ルイーザ嬢は、黙って聞いていた。
「……そして」
僕は急に照れ臭くなった。
「あなたは、おいしいケーキと紅茶を飲むことができます。僕のかわいい姪といっしょに。これって、喜ぶべきことですよね?」
顔が熱い。たぶん、赤くなっている。
気取ったようなことを言ったのが恥ずかしくて、僕はルイーザ嬢と目を合わせることができない。
「……ふっ」
と、息を吹く音が聞こえた。
「ふふふ、あはは、ふふっ」
続けて、笑い声が。
僕は、音のほうへ――ルイーザ嬢へと顔を向ける。
ルイーザ嬢は、笑っていた。
炎のように、でもなければ、訓練された口角をあげて、でもなく。
「アルフレッド様、おかしいわ。せっかく、格好良かったのに」
目尻に皺を寄せて、まるで子供のように笑っていたのだった。
その顔を、いつまでも見ていたかったけれど、やっぱり僕は照れくさくて、目をそらしてしまった。
「ケーキはお好きですか?」
「はい、とっても。私、甘いものが大好きなんです」
「……僕もです」
そうして、ルイーザ嬢を招いての小さなお茶会が、はじめて開催された。
「そういえば、ルイーザ嬢は今日はどうしていらっしゃったんですか?」
もしかして、僕に会いにきたのだろうか。
ちょっと期待したけれど、返ってきた答えは当然ちがった。
「陛下に謁見する父に、ついてきたんです」
「えっ。ルイーザ嬢はよかったんですか? 陛下にお会いしなくて」
「……だから、私はついてきただけです。何度も馬車を出すのは非効率でしょう」
ルイーザ嬢は鋭い目で言った。
うーん、たしかに。いちどの馬車で済むのなら、御者も馬も楽だろう。
「庭園も綺麗でしたし、あなたに発破もかけられましたし。良かったです」
と、続けるルイーザ嬢。
僕も、今日はルイーザ嬢が来てくれて、良かった。
ルイーザ嬢のことを知ることができた、楽しい時間だった。
「コリン嬢、ラケットを預かるよ」
「いえ、私も運びます」
エントランスにつき、姉とコリン・ノースが話している。
アリッサが僕たちに近づいてきた。
もじもじとルイーザを見上げる。
「ルイーザ様、このあとお茶をするんです。ご一緒にいかがですか?」
誘われたルイーザ嬢は僕を見る。
「いかがですか?」
「いいのでしょうか?」
不思議に遠慮がちだった。
急に誘ったのはこちらだ。なにも気にせずいてほしかった。
「ぜひ! うちのシェフはデザートも上手です」
「そうですか? じゃあ、お言葉に甘えて……」
「嬉しい! ルイーザ様ともっとお話ししたかったんです!」
そう言って、アリッサは笑顔でアンドレアお姉さまに報告へ行った。
アリッサの言葉を聞くと、お姉さまは僕たちに目線をくれて微笑む。
「アルフレッド様は、よくお茶はなさるんですか? その……アンドレア様や、アリッサ様と」
「頻繁にはしませんよ。庭にいることのほうが多いですから」
「そうなんですね」
「でも、アリッサが誘ってくれたら断れません。特に今日は久しぶりだし……どうしてです?」
「…………」
ルイーザ嬢は、唇を引き締めた。
息を深く吸って、吐ききって、
「アリッサ様のことは、かねてから存じ上げていました」
重々しく口を開いた。
「ただ、こんなふうに楽しくお話をしたり、お茶会に誘われたりということは、ありませんでした」
「そうなんですか」
僕はいまいちピンとこない。
ルイーザ嬢は、言葉を慎重に選んでいるようだった。
……なんとなく分かっていた。
ルイーザ嬢の思慮深さと気遣いが、誰に向けられているのか。
「兄が関係していますか?」
「…………憶測にすぎません」
「セオドア殿下が、アリッサに言い含めた? あなたに話しかけないように」
「断定はできません」
ルイーザ嬢はいつもと変わらない表情だった。
でも、僕は悲しい。
ルイーザ嬢のグレーの瞳が感情に揺れなくても、目にうつす僕の心は揺れるのだ。
湖面が揺れれば、映り込む像はゆがむ。
「ルイーザ嬢、あなたには、喜んでほしい」
「……え?」
予想していなかった言葉だったらしい。ルイーザ嬢は、驚いて僕を見た。
僕は笑う。
できるだけ強く見えるよう。
僕が、彼女にふさわしい人間であると示したかった。
「セオドア殿下に婚約破棄をされたけれど、あなたは僕の婚約者になった」
あなたにはその価値があるのだと。
「僕は、あなたのことを大切にします。そう、マグノリアノーズくらい、丁重に。だから、僕はあなたが、婚約破棄されて、嬉しい」
ルイーザ嬢が婚約発表パーティーで、望まれた筋書きを書き変えたように。
――僕も、彼女の悲しい記憶を、嬉しい思い出に変えていこう。
たとえいまは虚勢だとしても、きっといつか実を結ぶはずだ。
ルイーザ嬢は、黙って聞いていた。
「……そして」
僕は急に照れ臭くなった。
「あなたは、おいしいケーキと紅茶を飲むことができます。僕のかわいい姪といっしょに。これって、喜ぶべきことですよね?」
顔が熱い。たぶん、赤くなっている。
気取ったようなことを言ったのが恥ずかしくて、僕はルイーザ嬢と目を合わせることができない。
「……ふっ」
と、息を吹く音が聞こえた。
「ふふふ、あはは、ふふっ」
続けて、笑い声が。
僕は、音のほうへ――ルイーザ嬢へと顔を向ける。
ルイーザ嬢は、笑っていた。
炎のように、でもなければ、訓練された口角をあげて、でもなく。
「アルフレッド様、おかしいわ。せっかく、格好良かったのに」
目尻に皺を寄せて、まるで子供のように笑っていたのだった。
その顔を、いつまでも見ていたかったけれど、やっぱり僕は照れくさくて、目をそらしてしまった。
「ケーキはお好きですか?」
「はい、とっても。私、甘いものが大好きなんです」
「……僕もです」
そうして、ルイーザ嬢を招いての小さなお茶会が、はじめて開催された。
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