下げ渡された婚約者

相生紗季

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王子の所以

第二王子の帰城

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 マグノリアローズを一輪持って、アンドレアお姉さまの馬車を待つ。
 僕の隣には、なぜかコリン・ノースがいた。
 婚約発表パーティーのあと、コリン・ノースはノーザリアに帰ることなく、マグノリア城で過ごしていた。
 一晩の婚約発表パーティーのためだけに王都へこさせるのがもったいない、どうせなら王都で羽を伸ばしていきなさい、という両陛下の配慮があったらしい。
 ノーザリアから少ない護衛でやってきたコリン・ノースに、政務で忙しいセオドアがいつもついていられるわけもない。
 結局彼女は、その余暇のほとんどをマグノリア城で過ごしていた。
 城にいる者として、僕も彼女も、今日は第二王子のお迎えというわけだ。
 あいかわらず、ぼーっとした表情だ。
 能天気に見えるが、腹の内ではどんなことを考えているか知らない。
 兄に見せている顔さえ、偽りの仮面かもしれないのだ。
 兄のため、そしてルイーザ嬢のため……僕には、それを見破る責務がある。

「アンドレア様がお帰りになったぞ!」

 バタバタとエントランスが騒がしくなった。
 近衛につられて、僕の姿勢もぴんと伸びる。
 コリン・ノースは手のひらを開けたり閉めたりしている。緊張していそうだ。

「アンドレア殿下! おやめください!」
「お待ちください! 危ないですから!」

 執事の慌てた声が聞こえる。
 僕は思わず扉に近づき、外を覗いた。

「風呂を用意して。汗を流したい」

 姉は、ちょうど馬の背から降りたところだった。
 ……僕は馬車を待っていたはずなんだけど。
 手綱を執事に引き渡し、アンドレアは颯爽とエントランスへと向かってくる。
 そして、僕と目が合う。

「アルフレッド!」

 姉はぐっとスピードを上げ、僕に向かってくる!
 ……! 逃げなければ!
 体を動かそうとしたときには遅かった。

「大きくなったな! アルフレッド殿下!」
「痛い! 痛いです! やめてください!」
「わはは! あなたも王子なら体を鍛えなさい!」
「嫌だ~!」

 姉は僕に超速で近づき、首を羽交い締めにした。首の皮膚がギチギチと音をたてている気がする。
 姉が僕に出くわしたときのお約束だ……久しぶりだから油断していた。
 忘れていたわけではない。姉は乱暴だ!
 落ちこぼれな僕は、温和で優秀な兄と比べられるとき、「あんまり似ていない」と言われる。
 しかし、姉もそろったときは別だ。
 三人の真ん中でお喋りをしつづける闊達な姉の前では、その様子を止めずに見守る兄と止められない僕は、近い姿に見えるようだった。

「そうだ、花! お姉さま、見てください!」

 僕は腕を伸ばしてアピールする。
 すると、首を絞める力が弱まった。

「ん? マグノリアローズだ。おい、まさか!」
「はい。僕が咲かせました! お姉さまにあげます!」
「すごいじゃないか! 苦労したかいがあったな!」
「ぐえ」

 角度を変えてまた首が絞められる。
 しかしその角度は、ねぎらいの抱擁だった。
 姉は花を僕の手から抜き取り、僕は解放される。

「はーっ、はーっ、気管がつぶれたかと思った」
「くすんだピンク。うん。素敵じゃないか。そこのメイド、私の部屋に飾りなさい」
「かしこまりました」

 じっと花を見つめたあと、姉は微笑んだ。
 似ていない兄と姉だけれど、柔らかく笑った顔は、セオドアに似ていると僕は思う。

「ありがとう、我が弟」
「どういたしまして」

 姉はメイドにマグノリアローズを預けて言った。
 勝気で活発な姉だが、けして優しさがないわけではないのだ。
 僕は豪放磊落な姉が好きだった。

「……ああ、あなたは」

 姉が立ちすくむコリン・ノースに気が付いた。
 コリン・ノースは姉の勢いに驚き、目をまん丸と見開いていた。
 姉はコリン・ノースへと近づき――

「コリン・ノース嬢でいらっしゃいますね。婚約発表パーティーに参列できず申し訳ありませんでした」

 ――跪いて、コリン・ノースの手をとった。

「私はアンドレア・マグナリード。どうぞよろしくお願いいたします」
「ひ、」
「……ん? コリン嬢、あなた、なにか……」
「ひいいいい! よろしくお願いいたします!」

 コリン・ノースは顔を真っ赤にしてアンドレアの手を振りほどいた。
 わたわたと僕の後ろにコリン・ノースが隠れる。

「……殿下たちにはまだお兄様がいらっしゃったんですか?」
「いや……アンドレアは僕の姉です」
「え? ああっ……アンドレア王女っ!?」

 コリン・ノースは姉を男だと思ったらしい。
 たしかに、女性がパンツスタイルで乗馬をする流行は最近のものだ。ノーザリアから出たことのなかったコリン・ノースが、パンツスタイルの人物を男だと思うのは自然なことだろう。
 しかし、マグナリードの女性を王女と呼ぶなんて。コリン・ノースは僕以上に王家のしきたりを知らないみたいだ。
 ノース家では、いったいどんな教育がなされているのだろう……いや、むしろ、されていないのかもしれない。
 これまで僕はずっと、知らないことを指摘されてばかりだったけれど。

「たいへん失礼をいたしましたっ! 申し訳ございませんっ!」

 ……礼儀作法が間違っている人がいると、気になるな。
 コリン・ノースはびしっと最敬礼をしている。
 貴族令嬢は、目上の立場の人物に対して礼をするとき、膝をかがめて頭を下げるものだ。ルイーザ嬢は見本のようなお辞儀をしていた。
 それに引き換え、コリン・ノースは……足でも悪いのだろうか。貴族令嬢が軍人と同じ敬礼をするのには、それ相応の理由があるはずなのだ。
 姉は、コリン・ノースの姿をじっと見つめる。

「ノーザリアのご出身だと聞いていますが」
「はいっ! 生まれも育ちもノーザリアでございますっ!」
「では剣技は北部式ですか」
「ひっ」

 コリン・ノースの顔が青ざめた。
 アンドレアは首をひねる。

「あれ、違いましたか? ノーザリア軍では剣の鍛錬に力を注いでいませんでしたか?」
「アー、いえ。ワタクシ、お花とダンスばかりでしたので、剣術については……」
「そうなのですか?」

 どう考えても嘘だ。
 コリン・ノースは冷や汗を流している。
 アンドレアはマグノリア各地の武術収集を趣味にしている。ノーザリアのように力のある軍のことは当然把握しているだろう。
 すぐにばれる嘘をつくなんて……コリン・ノースは、いったい何を考えているんだ?

「お母さまーっ!」

 窮地のコリン・ノースを救ったのは、アンドレアの後を追ってきたアリッサだった。
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