下げ渡された婚約者

相生紗季

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婚約破棄

完璧な婚約者

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「えっ?」

 あっけにとられる僕をよそに、ルイーザ嬢はすらすらと話し始める。

「子供のころから婚約していたからといって、私とセオドア殿下は愛し合っていたわけではないんですよ。だからといって婚約破棄はひどいおこないだと思いますけど、それだって両家が納得しているんですから、誰も口出しできませんわ。ましてや、当事者の私がそれでいいと言っているんです。誰に止める権利があるんです?」

 ――一息。
 ルイーザ嬢は、鋭い視線で僕を見据えたまま、ぴくりとも表情を変えずに、言い切った。

「僕だって……当事者なんだけど……」
「お互いがそうだと思いますけれど、」

 スッと立ち上がるルイーザ嬢。
 ツカツカ、とうろたえる僕との距離をつめてくる。

「両家にとって、大切なのはマグノリア家とハリウェル家の婚姻です。それが誰であろうと関係ありませんし、第一王子と第三王子の順番の違いなんてささいな問題です」
「そうかな?」

 誰かひとりしか国王にはなれないんだから、選べるのなら選んだほうがいいと思う。

「僕はセオドア殿下みたいに、勉強ができるわけでも、体が動かせるわけでもないし、それに……あの人はとても優しいよ」

 僕がそう言うと、ルイーザは――この日はじめて、僕に笑顔を見せた。
 口角を右だけ上げた、あざけるような、冷たい笑い。
 僕はこのとき、まだ知らなかった。
 ルイーザが陰で『冷酷姫』と呼ばれていることを。

「それでは、殿下。セオドア殿下の優しさを、私は頂戴できなかったということですわね」
「あっ。それは……」

 失言だった。
 さきほどまでのうなだれたしおらしい姿は、彼女の仮の姿だったらしい。
 枯れかけて頭をたれていた花に、水をやったのは間違いなく僕である。
 ルイーザがまとっていたふんわりした光は、いまやメラメラと燃える炎に変わっていた。

「出向先で見かけた令嬢に一目ぼれして、家同士の約束を袖にするような愚かな方、たとえ次期国王であったとしても、こちらから願い下げですわ!」

 もっともだ。
 しかし、ルイーザの剣幕は、理屈以上に鬼気迫るものがあった。
 にっこり――と、訓練された美しい微笑みをルイーザが浮かべる。

「アルフレッド様。私はあなたの味方です。私と一緒に、あの男――セオドア殿下を王位継承の立場から蹴落とし、きっと後悔させてやりましょう」

 僕は、とんでもない“おさがり”をもらってしまったのかもしれない。

「私が、なにをしてでも、アルフレッド様を国王にしてみせますわ!」

 まるで可愛らしい約束をするみたいに気軽な口ぶりだった。
 完璧な侯爵令嬢は、膝をかがめて一礼をした。
 ……たとえ真実の愛とやらを知らなくても。
 こんな婚約者、僕だってごめんだ!
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