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第四章

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「香澄さん?」

 思わず青崎の言葉を遮り否定していた。驚いたような表情を浮かべる青崎は、呆然と香澄を見つめる。香澄はその視線を受け止めながら、自分の中に芽生え始めた感情と向き合っていた。

 家族とも違う、けれど早瀬のような知り合いの男の子とも違う。青崎の存在は、香澄にとって――。

「青崎君、私ね」
「は、い」

 青崎の声が上擦ったのがわかった。

 もしかしたら今からする話は、青崎が望んでいるものとは違うかもしれない。それでも伝えたかった。

「私、ね青崎君には感謝してるの」
「かん、しゃ? え、っとそれは」
「おばあちゃんが死んじゃったあと青崎君、よくお店に顔出してくれるようになったよね。あれって私のことを心配してくれてたんだよね。ありがとう、青崎君」
「あ、いえ、えっと、はい」

 照れくさそうな、それでもって少しの落胆を顔に貼り付けながら青崎は頭を掻いた。

 早瀬に言われなくても、青崎の気持ちに全く気づかないわけではない。それでも今の香澄にはその気持ちを受け止めるだけの余裕がない。だから。

「それにきっと青崎君がいなかったら、早瀬君のこととか今回のこととか、私一人じゃ上手くいかなかったと思う。本当にありがとう」
「……しょうがないなぁ」
「え?」

 青崎が何かを呟いたけれど、香澄はそれを上手く聞き取ることができなかった。首をかしげてみるけれど、青崎は小さく首を振った。

「なんでもないです。それで香澄さん。これからどうするんですか?」
「……うん。十八時に黒田さんが来るから、もう一回話をしてみようと思って」
「俺も一緒に行きます」
「え?」
「何もできないかもしれないけど、そばにいることはできますから」
「……ありがとう」

 青崎の言葉が純粋に嬉しかった。本当は一人で黒田と向き合うのが怖かった。弥生はああ言っていたけれど、香澄にとっては見知らぬ、レインボウと自宅を奪おうとする人間でしかなかったから。

 抱き続けていたテンテンの身体を下ろし、レインボウに戻ろう。そう思い、腕の中のテンテンをいつもの賽銭箱の上に置こうとすると、肉球で軽く叩かれた。

「なっ」
「何をしている」
「何って、レインボウに戻るからテンテンはここに」
「私も行くぞ」
「え?」

 思いも寄らぬ言葉に、香澄は腕の中のテンテンを落としそうになってしまう。慌てて捕まえるのと、テンテンが必死に香澄の腕に捕まろうとするのが同時だった。

「あ、危なかった」
「落とす気か!」
「だ、だってテンテンがビックリさせるから。え、テンテンも一緒に来てくれるの? どうして……」

 香澄の願いは弥生と再び会うことだ。結果として、遺言状はなかったけれどもすでにテンテンには願いを叶えてもらい終わっている。それなのに、どうして。

「ふん。弥生からはお前を守ってほしいと言われている。その男だけでは幾分か不安が残るからな」
「なっ、そんなことないですよ」

 もう一度鼻を鳴らすと、テンテンは香澄の頬に顔を擦り付けた。

「私はお前が気に入った。みすみすと傷つけられに行くところを放ってはおけないだろう」
「テンテン……ありがとう」

 ぎゅっとその身体を抱きしめると、腕の中でわざとらしく「なあぁ」とテンテンは鳴いた。


 香澄はテンテンを抱いたまま、青崎とともにほほえみ商店街へと戻る。普段なら夕方の買い物でちらほらと客がいる時間だけれど、今日は日中に秋祭りをしていたことも影響してか、アーケードの中は人通りがほとんどなかった。

 大半の店はもう今日の営業を終え、けれどなぜかシャッターは上がったままになっていた。

「香澄さん、あれ」
「え?」

 不思議に思っていると、青崎はほほえみ商店街の奥を指さす。その指の先にあったのはたくさんの人だかりだった。

「あそこって、レインボウ、ですよね」
「あっ……」

 もしかして、まさか、そんなこと。嫌な予感に襲われながら時計を見ると、長針と短針が十八時を示していた。

 香澄は慌てて駆け出すと人だかりへと向かう。それはやはり青崎の言うとおり、レインボウの前にできていた。

「あ、香澄ちゃん」

 雲井の声が聞こえたかと思うと、全員の視線がこちらを向いた。その中心には、真っ黒なスーツに身を包んだ黒田の姿があった。

「遅かったですね」
「お久しぶり、です。もういらしてたんですね」
「ええ。時間は守る物ですから。それで、単刀直入に聞きます。遺言状はあったのですか?」

 黒田の言葉にぎゅっと手のひらを強く握りしめる。口を開いても上手く声は出ず、結局掠れた声で「……いいえ」と言うのが精一杯だった。
 けれど、そんな返事を黒田は許すことはなかった。
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