上 下
57 / 68
第四章

4-11

しおりを挟む


 準備は順調に進み、無事秋祭りの日を迎えることができた。

 香澄はカレンダーを見てため息を吐く。今日は秋祭りの日であり、黒田との約束の日だった。もしかしたら今日、レインボウは最後の日となるかも知れない。そう考えるだけで泣き出しそうになる。でも、今日は笑顔で一日を終えるのだと香澄は鏡に向かって満面の笑みを浮かべた。

「香澄さん、準備できましたよ」
「ありがとう」

 青崎は店の前に商工会から借りた長机をセットして簡易の出店を作ってくれていた。アイスコーヒーとサイダーをプラスチックのコップに入れて販売する。利益は出ないだろうけれど、賑やかしにはなるはずだ。

 カランコロンとベルが鳴る音が聞こえてくる。早瀬たち大学生組が大迫ベーカリー側から秋祭りの開始を知らせるベルを鳴らしながら歩いていた。手にはお化け屋敷の看板も持っている。その音を合図に、ほほえみ商店街に拍手の音が広がった。

「秋祭り、開始ですね」
「うん……。上手くいくと、いいな」
「きっと大丈夫です」

 落ち着いた様子でそう言う青崎に、香澄は小さく頷いた。事前に割引券を配っていたり、大学にチラシを貼らせてもらった効果があったのか、午前中はなかなかの賑わいを見せた。

 さらに――。

「香澄ちゃん」
「奈津さん!」

 引っ越しをしたはずの奈津が秋祭りに駆けつけてくれた。突然現れた思いも寄らない人物の姿に香澄は戸惑いを隠せない。

「どうしてここに」
「SNSで見かけたから遊びに来ちゃった」
「でも、この街は……」

 香澄が言いかけた言葉を遮るように、奈津は優しく微笑み首を振った。

「そりゃね、ここはハルちゃんとの思い出が多すぎてもう住むのは無理だけど、でもこの街が嫌いな訳じゃないの。ううん、むしろ好きなぐらい。それに、香澄ちゃんにももう一度会ってお礼を言いたかったから」
「奈津さん……」

 久しぶりに会った奈津は、以前に比べ明るく前向きになっているように思う。ハルのことを吹っ切れたわけではないだろう。なら、どうして。

「奈津さんは今、元気ですか?」
「元気よ。ハルちゃんがいなくなって寂しい気持ちはあるけど、でもいつまでも私が泣いていたらきっとハルちゃんも悲しいはずだから」

 だから奈津は顔を上げているのか。天国にいるハルを心配させないために。

「あ、いけない。立ち話で時間取らせてごめんね。せっかくだからお化け屋敷も行ってくるね」
「楽しんできて下さい」

 手を振り立ち去る奈津の背中を見つめていると、それまで静かだった青崎が「もしかして」と呟いた。

「あの人も、猫神社で?」
「うん。飼い猫のハルちゃんが行方不明になっちゃって。また一緒に暮らしたいって願ってたんだけど、いくら探しても見つからなくて。テンテンに教えてもらった場所に行ったらハルちゃん亡くなってて……。遺骸で奈津さんの元へ変えることになっちゃったの」
「そう、ですか……。辛いですね……。それで、どうなったですか?」
「テンテンがハルちゃんの願いを叶えて、奈津さんの夢の中で最後のお別れをしたの。次の日会った奈津さんはまだ辛そうだったけど、今日は随分と明るくなっていたからよかった」

 あのときも、結局香澄は何もできなかった。ただがむしゃらにハルを探して、それでも見つからず、結局テンテンに頼み込み動くことのないハルを迎えに行っただけだ。

 安請け合いして、助けることも、生きているうちに見つけてあげることもできなかった。

「明るくなれたのは、香澄さんのおかげですね」
「え? ち、違うよ。私は何もできなくて。明るくなれたのは奈津さん本人の頑張りだよ」
「そうです? でもそのとき、香澄さんがいなかったら奈津さんは今もハルのことを探してたかもしれません。辛いかも知れないけれど、死をきちんと受け入れることができた。そのきっかけはきっと、香澄さんだって俺は思いますよ」

 香澄はもう一度、奈津が歩いて行った方向を視線で追いかける。青崎の言うことが全て正しいわけではないとわかっている。けれど、もしも奈津が前を向く一因になれたのだとしたら、何もできなかったあの日の情けない自分を許してあげられるような、そんな気がした。

 そのあとはしばらく平和な時間が続いた。ときおりパンダの着ぐるみを着た雪斗が「お姉さん、飲み物ちょうだい」なんて言って買いに来ていた。どうやらお店の宣伝のため着ぐるみ姿で風船を持って回っているようだった。

「特に問題もなさそうですね」

 昼休憩に行ってもらっていた青崎は、他の店舗を見て回って帰ってきたようで手には林檎飴を持っていた。

「林檎飴なんて売ってたんだ」
「澤さんの手作りらしいですよ。はい、これ香澄さんにお土産です」
「え、澤さん? こんなの作れるんだ」

 慌てて財布を取り出そうとするけれど、にっこりと押し戻されてしまう。頑なに受け取らなさそうな笑顔に礼を告げると「どういたしまして」と青崎は妙に嬉しそうにしていた。

 青崎と入れ替わるように香澄は昼休憩に入る。簡単に昼食を済ませると、他の屋台を見て回った。当初は出店は二軒だけだと言っていたけれど、香澄たちのように長机を利用して店の前で販売をしているところもいくつか見かけた。早瀬たちのお化け屋敷も外に行列ができているのが見える。声をかけようかと思ったけれど、忙しくしていたのでとりあえず一番端のベーカリー大迫まで行ってみることにした。

 どこの店もそれなりに賑わっていて、商店街の外にいる人達も何をやっているのだろうと興味を持ち足を踏み入れてくれているのが見える。一人また一人とほほえみ商店街へと入ってきてくれる人達を見て香澄は嬉しくなる。

 そろそろ青崎の元へと戻ろうか。そう思い踵を返した香澄の耳に誰かが言い争っているような声が聞こえた。どこで揉めているのか、辺りを見回すとそれはお化け屋敷の順番を待つ列からのようだった。

「だから――」
「ちょっと待ってください――」
「うるせえ――」

 早瀬と香澄より少し年上だろうか、派手ながらのシャツを着た男性が二人、早瀬と揉めているのが見えた。

「ど、どうしたの?」
「あ、香澄さん」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界で モフモフな ”オオカミ“ に転生した。俺には特別な進化候補があるそうなので、例え『最弱』でも『最強』を目指す。

LittleNight
ファンタジー
いつの間にか異世界に来ていた。 『俺』は小さな可愛らしい?真っ白な小さい仔狼になってしまった。 生まれ持ったスキル「水晶生成」で弱肉強食の世界を頑張って生き延びる。 異世界に来たからといっても戦闘が多すぎない? 平和に暮らしたい小さな狼の大きな物語。 カクヨム、小説家になろうに掲載しております。 なろうはこちら↓ https://ncode.syosetu.com/n4194hj/

愛されない花嫁は初夜を一人で過ごす

リオール
恋愛
「俺はお前を妻と思わないし愛する事もない」  夫となったバジルはそう言って部屋を出て行った。妻となったアルビナは、初夜を一人で過ごすこととなる。  後に夫から聞かされた衝撃の事実。  アルビナは夫への復讐に、静かに心を燃やすのだった。 ※シリアスです。 ※ざまあが行き過ぎ・過剰だといったご意見を頂戴しております。年齢制限は設定しておりませんが、お読みになる場合は自己責任でお願い致します。

「僕は病弱なので面倒な政務は全部やってね」と言う婚約者にビンタくらわした私が聖女です

リオール
恋愛
これは聖女が阿呆な婚約者(王太子)との婚約を解消して、惚れた大魔法使い(見た目若いイケメン…年齢は桁が違う)と結ばれるために奮闘する話。 でも周囲は認めてくれないし、婚約者はどこまでも阿呆だし、好きな人は塩対応だし、婚約者はやっぱり阿呆だし(二度言う) はたして聖女は自身の望みを叶えられるのだろうか? それとも聖女として辛い道を選ぶのか? ※筆者注※ 基本、コメディな雰囲気なので、苦手な方はご注意ください。 (たまにシリアスが入ります) 勢いで書き始めて、駆け足で終わってます(汗

婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた

cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。 お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。 婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。 過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。 ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。 婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。 明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。 「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。 そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。 茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。 幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。 「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

婚約破棄された公爵令嬢は、真実の愛を証明したい

香月文香
恋愛
「リリィ、僕は真実の愛を見つけたんだ!」 王太子エリックの婚約者であるリリアーナ・ミュラーは、舞踏会で婚約破棄される。エリックは男爵令嬢を愛してしまい、彼女以外考えられないというのだ。 リリアーナの脳裏をよぎったのは、十年前、借金のかたに商人に嫁いだ姉の言葉。 『リリィ、私は真実の愛を見つけたわ。どんなことがあったって大丈夫よ』 そう笑って消えた姉は、五年前、首なし死体となって娼館で見つかった。 真実の愛に浮かれる王太子と男爵令嬢を前に、リリアーナは決意する。 ——私はこの二人を利用する。 ありとあらゆる苦難を与え、そして、二人が愛によって結ばれるハッピーエンドを見届けてやる。 ——それこそが真実の愛の証明になるから。 これは、婚約破棄された公爵令嬢が真実の愛を見つけるお話。 ※6/15 20:37に一部改稿しました。

引退したオジサン勇者に子供ができました。いきなり「パパ」と言われても!?

リオール
ファンタジー
俺は魔王を倒し世界を救った最強の勇者。 誰もが俺に憧れ崇拝し、金はもちろん女にも困らない。これぞ最高の余生! まだまだ30代、人生これから。謳歌しなくて何が人生か! ──なんて思っていたのも今は昔。 40代とスッカリ年食ってオッサンになった俺は、すっかり田舎の農民になっていた。 このまま平穏に田畑を耕して生きていこうと思っていたのに……そんな俺の目論見を崩すかのように、いきなりやって来た女の子。 その子が俺のことを「パパ」と呼んで!? ちょっと待ってくれ、俺はまだ父親になるつもりはない。 頼むから付きまとうな、パパと呼ぶな、俺の人生を邪魔するな! これは魔王を倒した後、悠々自適にお気楽ライフを送っている勇者の人生が一変するお話。 その子供は、はたして勇者にとって救世主となるのか? そして本当に勇者の子供なのだろうか?

運命の選択が見えるのですが、どちらを選べば幸せになれますか? ~私の人生はバッドエンド率99.99%らしいです~

日之影ソラ
恋愛
第六王女として生を受けたアイリスには運命の選択肢が見える。選んだ選択肢で未来が大きく変わり、最悪の場合は死へ繋がってしまうのだが……彼女は何度も選択を間違え、死んではやり直してを繰り返していた。 女神様曰く、彼女の先祖が大罪を犯したせいで末代まで呪われてしまっているらしい。その呪いによって彼女の未来は、99.99%がバッドエンドに設定されていた。 婚約破棄、暗殺、病気、仲たがい。 あらゆる不幸が彼女を襲う。 果たしてアイリスは幸福な未来にたどり着けるのか? 選択肢を見る力を駆使して運命を切り開け!

傍若無人な姉の代わりに働かされていた妹、辺境領地に左遷されたと思ったら待っていたのは王子様でした!? ~無自覚天才錬金術師の辺境街づくり~

日之影ソラ
恋愛
【新作連載スタート!!】 https://ncode.syosetu.com/n1741iq/ https://www.alphapolis.co.jp/novel/516811515/430858199 【小説家になろうで先行公開中】 https://ncode.syosetu.com/n0091ip/ 働かずパーティーに参加したり、男と遊んでばかりいる姉の代わりに宮廷で錬金術師として働き続けていた妹のルミナ。両親も、姉も、婚約者すら頼れない。一人で孤独に耐えながら、日夜働いていた彼女に対して、婚約者から突然の婚約破棄と、辺境への転属を告げられる。 地位も婚約者も失ってさぞ悲しむと期待した彼らが見たのは、あっさりと受け入れて荷造りを始めるルミナの姿で……?

処理中です...