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第四章

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 頭を抱える雲井に香澄は申し訳なく思う。何かいいアイデアはないだろうか。そう思っていた香澄に、雲井は何かを思い出したかのように顔を上げた。

「そういえばな。香澄ちゃん、猫神社って知っとる?」
「え? あ、えっと」

 突然出てきた名前に驚きを隠せず、戸惑ったような声を出してしまう。その反応を「知らない」と受け取ったのか雲井は話を続ける。

「なんやてんじんさんの奥にな、猫神社いう神社があるって最近よう話題になってんねやって。最近、店に来たお客さんが『猫神社で願ったら何でも叶う』や言うててな、もしかして若い子の間でなんや噂にでもなっとるんかと思ってんけど、そうか知らんか」
「えっと、その人はそれを信じてる感じだったんですか?」
「ん? せやなぁ、なんやその子は猫宮司に助けてもろたって言うてたわ」
「そうなん、ですか」

 雲井の言葉に香澄は少しずつではあるけれど、猫神社への信仰が戻ってきているようで嬉しくなる。

 黒田との約束まであと二週間と少し。レインボウの客入りについても考えなければいけないけれど、まずは目先の遺言書だ。テンテンの話だとあと少しで弥生と話ができそうだと言っていた。この調子なら間に合うかもしれない。

「まあでもやっぱり噂は噂やな。んなことあるわけがない」
「そんなことないですよ」
「ん?」

 雲井との話に割って入ってきたのは早瀬だった。慌てた様子の遠藤が「口挟んじゃ駄目だよ」と早瀬の腕を引っ張っている。

「君は?」
「あ、えっと田神さんのとこでバイトをしている青崎君の友達の……」
「早瀬です」
「で、その早瀬君とやらがなんや? 猫神社について何か知っとるんか?」

 雲井の言葉に、早瀬はなぜか誇らしげに胸を張り、ふふんと鼻をならした。

「知っとるもなんも、俺猫神社で猫宮司にお願い叶えてもらいましたから」
「ほんまか⁉」
「ええ。鈴ちゃん――彼女と喧嘩して別れそうになってたところを、猫宮司にお願いして仲直りさしてもらいました」

 けれど早瀬の話に最初こそ目を輝かせていた雲井の表情がだんだんと陰っていくのがわかった。

「そんなん、たまたまやろ。別に願ってなかったって仲直りぐらい」
「それだけやったらこんなん言いませんよ。これ、見てもらっていいです?」
「これは?」

 早瀬が差し出したのは、あの日テンテンから貰った『一願成就』の栞だった。ぐしゃぐしゃにならないようにラミネート加工されたそれを見て雲井は首をかしげた。

「これがなんやて言うんや」
「これを猫神社でもろたんです。猫宮司から」
「……嘘やろ?」
「ほんまです」

 まっすぐな瞳で見つめる早瀬と栞を交互に見つめると、雲井はもう一度「嘘やろ」と呟いた。

 映画の時間がある、と早瀬と遠藤がレインボウを出て行くと、雲井は先程の『ほほえみ秋祭り』の用紙を見つめながら「猫神社か」と小さく呟いた。

「……行ってみますか?」
「ん?」
「猫神社」
「いや……。せやな。この状況を助けてくれるんやったら神様でも猫でもなんでもええから頼まなんとな」

 雲井の言葉に「そうですね」と香澄も頷く。頼れるものなら何でも頼みたい。あの日、香澄もそう思って猫神社に駆け込んだ。あのとき、猫神社に行っていなければ今とは全然違う日々を送っていたかもしれない。早瀬も遠藤と仲直りできなかったかもしれないし、奈津もハルと再会することができなかったかもしれない。雪斗だって両親に気持ちを伝えられなかったかも知れない。

 全て『かもしれない』ではあるけれど、でも、もしも香澄が猫神社を訪れたことで変わった未来があるのだとしたら、自分のために必死にもがいてきたことが、誰かの為になっていたのだとしたら、これほど嬉しいことはないかもしれない。

 閉店時間には少し早いけれどレインボウを閉め、店の外で待つ雲井の元へと行く。雲井は商店街の様子をジッと見つめ、肩を落とすとため息を吐いた。

 香澄が出てきたことに気づくと、苦笑いを浮かべる。雲井が見ていた先には、人通りの殆どない、シャッターが下りた店舗が目立つほほえみ商店街の姿があった。

「……行きましょうか」
「せやね」

 寂しげに頷いて歩き出した雲井とともに、香澄は上宮天満宮へと向かった。
 鳥居を抜け横断歩道を渡り、石段を登りだした香澄たちは、向かいから下りてくる参拝客とすれ違う。すれ違いざま「猫神社」と言っているのが聞こえた気がした。
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