40 / 68
第三章
3-9
しおりを挟む「香澄さん、今のん見ました⁉ 猫ちゃんの宙返り! めっちゃ可愛かったですよね!」
「え? 宙返り?」
「見んかったんです? 賽銭箱の上から飛んだ思ったら宙返りして。はー、もう一回してくれへんかな」
目を輝かせながらテンテンに近づくと目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。手を伸ばそうとするけれど、何かを思い出したように引っ込める。
「俺めっちゃ猫好きなんですよ。妹がアレルギーあるから飼われへんけど、そうやなかったら絶対飼ってたぐらい! いつか家出たら猫飼いたいいう話も、してて……」
「早瀬君?」
「……俺が大学卒業したら一緒に住もうなって言うてたんです」
項垂れるようにした早瀬の表情は見えない。けれど。
「もう忘れてしもたんかな」
呟くように言った早瀬の声は切なさに溢れていた。そんな早瀬に、香澄はほんの少しだけ違和感を覚える。早瀬の話す遠藤の言葉は全て早瀬の想像でしかないのだ。
「……ねえ、早瀬君。ちゃんと、聞いた?」
「え?」
「遠藤さんの話」
香澄の言葉に、早瀬は一瞬視線を泳がせ、それから泣きそうな顔で笑った。
「……聞いてないです。聞こうかと思ったら喧嘩になってしもて」
きっと早瀬もわかっている。遠藤の東京行きを応援したらこの喧嘩は終わるってことを。けれど、それができないから苦しんでいるんだ。
応援したい気持ちと遠藤がいなくなって寂しい気持ち、天秤にかけたら寂しい方が上回ってしまって。
「なあ、この神様ってほんまにおるんかな」
「どうだろ。でも、信じなきゃ神様だって助けてくれないんじゃないか?」
「せやな。……なあ、神様。俺、鈴ちゃんと仲直りしたいんや。頼みます」
目を閉じて早瀬は手を合わせた。その足下でテンテンが「なあぁ」と一鳴きする。承ったとでも言うかのように。そして。
「これをやる」
テンテンは以前雪斗にそうしたように自身の尻尾の毛を咥え引き抜くと「なぁああ」と鳴いた。驚く早瀬の前に『一願成就』と書かれた栞を口に咥え差し出した。
「え、は? 今のって」
目を瞬かせながら呆然とする早瀬にテンテンは栞を押しつけるようにする。恐る恐る受け取った栞を見つめながら「一願成就……?」と呟く。
「一つだけ、願いごとが叶うよってことだよ」
「大願成就やないんかいって感じですね」
早瀬の言葉にテンテンは不機嫌そうに「なぁぁっ」と鳴く。
「あはは、怒ってはるわ。えらいすんません。これ俺にくれるんです? ありがとうございます」
早瀬はもらった栞をジーパンのポケットに入れる。そして空を見上げて小さく呟いた。
「はぁ……。なんで、こんなことになってしもたんやろ」
その言葉に、香澄も青崎も答えを持ち合わせてはいなかった。
電車の時間があるから、と早瀬はJR高槻駅へと向かった。あと五分で新快速が出るらしく「快速と五分しか変わらへんけどせっかくやったら早いほうがええやん!」と言って走って行ってしまった。
香澄も家に帰ろうかと思っていると青崎が声をかけた。
「あの、そこのカフェ、行きませんか?」
31
お気に入りに追加
20
あなたにおすすめの小説
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑
岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。
もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。
本編終了しました。
灰かぶり姫の落とした靴は
佐竹りふれ
ライト文芸
中谷茉里は、あまりにも優柔不断すぎて自分では物事を決められず、アプリに頼ってばかりいた。
親友の彩可から新しい恋を見つけるようにと焚きつけられても、過去の恋愛からその気にはなれずにいた。
職場の先輩社員である菊地玄也に惹かれつつも、その先には進めない。
そんな矢先、先輩に頼まれて仕方なく参加した合コンの店先で、末田皓人と運命的な出会いを果たす。
茉里の優柔不断さをすぐに受け入れてくれた彼と、茉里の関係はすぐに縮まっていく。すべてが順調に思えていたが、彼の本心を分かりきれず、茉里はモヤモヤを抱える。悩む茉里を菊地は気にかけてくれていて、だんだんと二人の距離も縮まっていき……。
茉里と末田、そして菊地の関係は、彼女が予想していなかった展開を迎える。
第1回ピッコマノベルズ大賞の落選作品に加筆修正を加えた作品となります。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる