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第三章

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「香澄さん、今のん見ました⁉ 猫ちゃんの宙返り! めっちゃ可愛かったですよね!」
「え? 宙返り?」
「見んかったんです? 賽銭箱の上から飛んだ思ったら宙返りして。はー、もう一回してくれへんかな」

 目を輝かせながらテンテンに近づくと目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。手を伸ばそうとするけれど、何かを思い出したように引っ込める。

「俺めっちゃ猫好きなんですよ。妹がアレルギーあるから飼われへんけど、そうやなかったら絶対飼ってたぐらい! いつか家出たら猫飼いたいいう話も、してて……」
「早瀬君?」
「……俺が大学卒業したら一緒に住もうなって言うてたんです」

 項垂れるようにした早瀬の表情は見えない。けれど。

「もう忘れてしもたんかな」

 呟くように言った早瀬の声は切なさに溢れていた。そんな早瀬に、香澄はほんの少しだけ違和感を覚える。早瀬の話す遠藤の言葉は全て早瀬の想像でしかないのだ。

「……ねえ、早瀬君。ちゃんと、聞いた?」
「え?」
「遠藤さんの話」

 香澄の言葉に、早瀬は一瞬視線を泳がせ、それから泣きそうな顔で笑った。

「……聞いてないです。聞こうかと思ったら喧嘩になってしもて」

 きっと早瀬もわかっている。遠藤の東京行きを応援したらこの喧嘩は終わるってことを。けれど、それができないから苦しんでいるんだ。

 応援したい気持ちと遠藤がいなくなって寂しい気持ち、天秤にかけたら寂しい方が上回ってしまって。

「なあ、この神様ってほんまにおるんかな」
「どうだろ。でも、信じなきゃ神様だって助けてくれないんじゃないか?」
「せやな。……なあ、神様。俺、鈴ちゃんと仲直りしたいんや。頼みます」

 目を閉じて早瀬は手を合わせた。その足下でテンテンが「なあぁ」と一鳴きする。承ったとでも言うかのように。そして。

「これをやる」

 テンテンは以前雪斗にそうしたように自身の尻尾の毛を咥え引き抜くと「なぁああ」と鳴いた。驚く早瀬の前に『一願成就』と書かれた栞を口に咥え差し出した。

「え、は? 今のって」

 目を瞬かせながら呆然とする早瀬にテンテンは栞を押しつけるようにする。恐る恐る受け取った栞を見つめながら「一願成就……?」と呟く。

「一つだけ、願いごとが叶うよってことだよ」
「大願成就やないんかいって感じですね」

 早瀬の言葉にテンテンは不機嫌そうに「なぁぁっ」と鳴く。

「あはは、怒ってはるわ。えらいすんません。これ俺にくれるんです? ありがとうございます」

 早瀬はもらった栞をジーパンのポケットに入れる。そして空を見上げて小さく呟いた。

「はぁ……。なんで、こんなことになってしもたんやろ」

 その言葉に、香澄も青崎も答えを持ち合わせてはいなかった。

 電車の時間があるから、と早瀬はJR高槻駅へと向かった。あと五分で新快速が出るらしく「快速と五分しか変わらへんけどせっかくやったら早いほうがええやん!」と言って走って行ってしまった。

 香澄も家に帰ろうかと思っていると青崎が声をかけた。

「あの、そこのカフェ、行きませんか?」

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