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第三章

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 その日の夕方、香澄は猫神社へと向かった。早瀬の話をするのと、誰か願いごとを頼みに来た人がいないかどうかの確認のためだった。

 日が暮れるのが早くなってきたせいか、五時を過ぎると辺りが随分と暗くなる。人通りもなく、社務所も閉まったあとの境内はどこか寂しく思う。

 香澄はいつものように本殿のそばの脇道を抜け、猫神社へと向かう。相変わらずテンテンは賽銭箱の上に座っていた。

 少しずつではあるけれど、猫神社のことが広まっているのか蜘蛛の巣は古い物が残っているけれど新しく貼られている形跡はない。相変わらず猫の彫刻は砂埃を被ったままだけれど。香澄は持ってきた雑巾で彫刻を拭きながらテンテンに声をかける。

「テンテン、今日は誰か来た?」
「雪斗の友達が来たぞ」
「雪斗くんの?」
「ああ。雪斗からここで願ったら叶うと聞いたそうだ。ちなみに『明日の給食のカレーににんじんを入れないでください』だそうだ」
「わかった。じゃああとでその子の名前教えてくれる? 帰りに雪斗君のところに寄って頼んでおくよ」
「任せた」

 随分とテンテンの力は戻ってきたらしく例えば落とし物を見つけたり、ちょっとした困りごとを解決したりするぐらいならできるようになっていた。けれど、それはささやかで人を経由しない願いごとばかりだ。今回のような誰かの意思を動かすことはできない。

「そもそもいくら神だからといってそんなことできるわけないだろう」
「そうなの?」
「当たり前だ。人の世にそこまで干渉してはならん」

 線引きのようなものがあるらしく、テンテンのできることできないことははっきりしていた。それでもせっかく猫神社に来てくれたのだからと、香澄にできる範囲で手伝っていた。

「ちなみに喧嘩を仲直りさせることとかは」
「できるわけないだろう」
「だよね」

 あまりにハッキリ言い切られてガッカリする暇もなかった。そもそもあの二人の問題は、もっとお互いにきちんと話し合う必要があるはずだ。けれど早瀬がそれから逃げている。遠藤の口から東京行きの話を聞くのが嫌だから、だ。それではいつまで経っても仲直りなんてできるはずがない。

「どうしてあげたらいいんだろう」
「願われる前から心配か?」
「だって凄く仲のいい二人だったんだよ。やっぱり気になるよ」

 香澄の言葉にテンテンは眉をひそめると「このお節介が」と呟く。自分でもわかっている。けれど、どうしても気になってしまうのだ。黙り込む香澄に、テンテンはため息を吐いた。

「もう一人お節介がいるようだぞ」
「え?」

 テンテンの言葉に振り返ると、本殿の影からこちらを覗き込む青崎の姿があった。香澄と目が合うと、青崎はテンテンに訝しげな視線を向けながらこちらにやってきた。

「え、ど、どうして」

 青崎はたしか早瀬たちと一緒に帰ったはずだ。それなのにどうしてこんなところにいるのだろう。戸惑う香澄をよそに青崎はすぐそばまでやってくると香澄の腕を掴んだ。

「あ、青崎くん?」
「大丈夫ですか?」
「え?」
「この人に何か言われてたんじゃないですか?」

 青崎はテンテンを睨みつけながら言った。
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